面白い人

先日、天神祭でご縁のあった逆手塾の和田芳治さんがお亡くなりになりました。昨年お会いしてからまるで流れ星のようにあっという間に光り輝いていなくなられました。私にとっては、とても大きなご縁になりあの唄声や温かい励ましの眼差しや声が心に響き続けています。

いつかは私も天に帰る時が来ますが、その時までいただいた言葉を大切に胸にしまいその言葉をお守りにして歩み切っていきたいと思います。

今回、弔辞の中で「時が過ぎてみて時がわかり、友が去ってみて友がわかる」という言葉を知りました。いるときはあたりまえだと思っていたものが、いなくなってはじめてその存在の大きさを知る。

本来、私たちはいかに大切なものに囲まれて生きてきたかそれを忘れるものです。あるのものがあたりまえになって、それ以外のものを追い求めようとする。しかし本来は、あるものは得難いものばかりであたりまえではないことに気づけばそこに確かな仕合せや幸福はあります。

ないものねだりではなく、あるものに感謝するから「面白い」と感じるように私は思います。和田芳治さんは、私に面白いことをやること、自分が楽しいことをやることの価値を見せてくださいました。あの頃より、今はその意味が確かに観えています。

人生というものは一度きりなのは誰もがあたりまえに知っています。しかしそのあたりまえに気づいているか、なくなってみてわかるでは遅すぎるのです。二度とないからこそ、如何にその人生を喜びに満たしていくかは生き方次第、自分次第なのです。

悔いのない人生を送ろうとするのは、挑戦を続ける人生を送り続けるのはきっと、私の中にそのあたりまえがあたりまえではないことに気づいている自分というものがあるからかもしれません。

先に逝った同志を偲びつつ、私も今回の人生でやるべきことをやり切ってからまたお会いしたいと思います。ご指導ありがとうございました、ご冥福を心よりお祈りいたします。

善の本体

孟子に「性善説」というものがあります。これは人間の本性を善とするという考え方のことです。そもそもすべての人間の心には本来善への可能性が内在し、その兆しを四端(したん)といい(惻隠(そくいん)、羞悪(しゅうお)、辞譲(じじょう)、是非(ぜひ))の情としました。この四端を拡大していけば、人間の善性は仁義礼智という形で完全に発揮できるといったのです。

この4つの感情とは現代語にすれば、あわれみいたましく思う心、不善を恥じにくむ心、目上にへりくだり譲る心、正邪を判断する心のことでこれは最初から持っているというのです。

人間が素直になれば、これらの感情は持っているというのは生まれたばかりのいのちにはその道理が備わっているという言い方なのです。確かに、生きていくうえで必要な道理というものがあります。

それはこの自然界、宇宙においても従わなければならない絶対的なものがあります。この地球に生まれた以上、これがなくては生きていくことができないというものはもともと備わっているはずです。

水や空気、光や熱なども当たり前すぎて気づきませんが、生きていくためには欠かせません。これらは情となり心となり、私たちのいのちと密接につながっているように思うのです。

そしてそれらを総称して孟子は「善」というのではないかと思うのです。つまりいのちは水であり、水が善であるということ。

老子に「上善水如」があります。

これは最高のは水であるとし、万物に利益をあたえながらも、他と争わず器に従って形を変え、自らは低い位置に身を置くという水の性質を、最高の善と称えます。

つまりは、善であるというのは水のような存在のことであるということです。人間は生まれながら水を持っている、その水には性質として低きに流れるというものがある。だからこそ、水は環境を受けて変化する。環境としてこの世にある道理を色濃く受けて善になるということでしょう。

つまり「善」は、宇宙における万物自然の道理のことです。

いのちはどんないのちも道理に逆らうことはできません、いのちは道理に従うことでそのものの本来の本性が引き出されていきます。本性を引き出すとは天命を生きると同義語です。

人間は水のように澄んだ存在に近づけば近づくほど、より本性の価値になっていくということです。本性の価値とは地球といういのちの姿です。無為自然とも言います。

善を循環していけるように、新しい仕組みを考案中です。

子どもたちが安心してこの先もずっとありのままであるがままに暮らしていけるように今できることの最善をいのちを懸けて取り組んでいきたいと思います。

 

最幸の学校~本物の実力~

昨日、3年間をかけてコンサルティングをしているある高校の卒業式に参加しました。ここは明確な理念を掲げを子どもたちと大人が一緒に学び合い成長していくことを実践している学校です。

世界が科学技術の発展によって一つにつながっていく時代、いかにグローバルな視座でこの先の時代を子どもたちが創造していくのか。それを深く考え抜いた現理事長が「心の持ち方を学ぶ」という一語に魂を籠めて具体的な教育方法として多様性の発揮や個性の尊重、主体性や協力といった本質的な人間の「成長」に軸足を置いて私たちの知恵の結晶でもある一円「対話」という仕組みを使い学校の改革に一緒に取り組んでおります。

私もこの3年間の集大成として、卒業式の一円対話に参加しましたが生徒たちは最初に打ち立てた自分の初心を見事に3年間守り通し、立派に人として「成長」していたのを実感しました。その証拠に、一人ひとりが丁寧に3年間の学びを発表していきましたがその非常にオープンで自由に発言していく人の言葉の中に「心の持ち方」をしっかりと学んだことが凝縮されていました。

そして生徒も先生も一緒に学ぶだけでなく、最後は保護者も一体になって心の持ち方を学び合う姿にこの学校の「本物の実力」を感じることができました。そして生徒たちが初心を語るとき、その初心がこの3年間で全員実現したと自分の言葉で語るその自信に溢れる姿に一人ひとりの「誇り」を感じました。「誇らしい」という言葉は、その人が自分らしく自分の足で歩んでいると感じた時、私はその言葉を用います。つまり生徒たちはみんなこの3年間の学校生活を通して自己と深く正対し「人としての自信」を身に着けたのです。これはこの先の未来において、何よりも重要な時間を過ごしたことになるのは明白です。学問本来の醍醐味とは、この「初心に費やした時間」を言うのです。それが「自ら道を拓く」ということだからです。

そして、私自身もまたこの生徒や先生、学校から深く学び直しています。なぜなら心の持ち方は生き方であり、生き方を学ぶのは決して能力や資格、知識なのではなく「共に今を生きる人間として学ぼう」とする生きた学問だからです。また単なる成功を望むのではなく、幸福を感じ直すための本物の学問です。このような学問を、現代のような一斉画一教育や知識偏重型の刷り込み教育が横行する世の中において、そのバランスを保ちながらも子どもの生きる力を尊重するこの実力がある学校が日本にあることが私の心の誇りにもなりました。

善い志事に恵まれ、善い同志に恵まれ、善い仲間に恵まれたことに何よりも感謝したいと思います。卒業というのは、次のステップ、次のステージに「挑戦するための門出」でもあります。

時空は前へ前へと進んでいきますから、振り返りをしつつも決して立ち止まることなく初心を守り続け夢の実現に向かって歩んでいきたいと思います。

このような一人ひとりの人生を尊重していくような最幸の学校が、世界に増えていくことを祈り、私も自分の使命に全うしていきたいと思います。

一期一会に深く感謝しています。

人類の過渡期~3つ子の魂~

人間が自然な存在としてこの世にあるのは、「生まれ持ったものを磨く」ときに認識するものです。その生まれ持ったものは、その人にしか与えられない天からの使命でもあり恩恵でもあります。人間はその生まれ持ったものを磨くことで世の中に役に立つ存在になれば自然体でこの世の中を自由に自立していくことができるからです。

誰もが正直に素直に自然体で生きられる、共存共栄する世の中はまずこの生まれ持ったものを磨くことを受容されている世の中かどうかで決まります。

私の本業で関わっている幼児の世界は、日本に古くからある諺の一つで「三つ子の魂百まで」と言われ、西洋の諺にも「The child is father of the man」(子どもは人類の父)」と言われ、それだけこの時期に与える影響は一生、また人類の未来に影響を与えると言われます。

その時期の子どもたちがどのような環境であったか、またどのような社會であったかは、人類をはじめ、その人の人生の左右する一大事であるのです。

脳のニューロンの数は1歳の時にピークを迎え、3歳までには個性の要になる人格形成や言語能力も形成されるほど急成長の時期です。この時期に、天性のものを磨くことを見守られるたかどうかはその後のその子の一生に大変大きな影響を与えてしまうのです。

また心においては、さらに影響が大きく心の根もその時期に育っていきます。だからこそその土壌がどのようになっているかが人類の未来を変えてしまうのです。私が乳幼児期にこだわる理由はここにあります。

この時期の子どもたちが自然体で正直で素直に健全に伸びるような見守られた環境があるかどうかで仕合せかどうかが決まり、世界が変わるかどうかが決まります。人類は長い時間をかけて伝承という仕組みを用いて今よりもさらに善くなる未来を創造してきました。この循環の仕組みは天の法理であり、いのちはこのようにバトンを繋ぎながら世界を創造し続けてきたからです。

子どもが天から与えられたものをどう削ぎ落さずに磨いていくことができるか、本来はそれが教育者の役割であったはずです。いつからか削ぎ落してはならないものを無理に削ぎ落させ、別の人生を刷り込み、その他大勢になるように洗脳するようになればその子らしさが失われるだけではなく、本来のその人が失われることもあります。

自分らしく生きるというのは、自然体のままでいい人を増やす社會にするということです。自然体のままで許される社會は、「それぞれが生まれ持ったものを磨き合う社會にする」ということです。

私が見守ることに人生を懸けるのもその理由に尽きます。

人類の過渡期に、今こそ子どもたちの環境を見直す必要性を感じています。長い目で観て、一緒にこの使命を共にしてくれる仲間を求めています。それぞれが安心して心の中の平和を保てる時代になるように協力していきましょう。

自然の道~シンプルにする~

物事をシンプルにしていくことは、現代のような複雑な世の中ではとても重要なことのように思います。このシンプルさは、物事を本質的にするということでもありますがそれとは別に心や思想のシンプルさというものがあるように思います。物と心を一体化する中で如何にシンプルにしていくか、そこに物事を突き詰めていき自分を磨く面白さがあるように思うのです。

このシンプルさというものは、日本語では素直さと言ってもいいかもしれません。物事を素直に受け止める人はいつもシンプルで本質的です。時折、あるがままのことをありのままに観えている人に出会うと尊敬の念がこみあげてきます。

いくら本を読んで知識を蓄えても、どのような智慧に触れたとしても、子どものような純粋な心で透明な澄んだ目で世の中を見て心のままに話ができる人は美しい世の中の原型を持っています。こういう人を自然体の人というのでしょう。

自然体の人になるには、自分自身の心を整理する必要があります。そのためには、自分が何を感じたか、自分がなぜそれをやるのか、自分にとっての意味が何かと、直観を信頼して歩んでいく必要があります。つまり自分に素直になって行動していく必要があるということです。

そうすれば時折、障害や困難、不安や恐怖、他人からの誹謗中傷や非難などもあります。それで常識的に従っていけばまた複雑さは複雑さを呼び、何をしたいのか何をしているのかわからなくなっていくのです。

素直になるというのは、直観を信じるということです。そして直観が分かるのは素直だからです。この素直になるというのは、松下幸之助さんが一生涯かけて修行したとお聴きしたことがありますがまさにその境地になってこそ物事の真実に生きるという自然の道なのでしょう。

自然の道は果てしなく限りない、まさに永遠ですからこの今も素直であるかと自問自答、自反慎独をしながら坦々蕩々と日々を楽しみながら歩んでいくことが人としてこの世に生を受けた私たち人間の道です。

言うは易く実行は思いのほか難しいことですが、だからこそ挑み甲斐がある道で遣り甲斐がある歓びの一生です。日々に一期一会に自然の道を意識しながら、この今に自分を懸けていきたいと思います。

聴福庵

「炭鉱のカナリア」という慣用句があります。これは炭鉱においてときおり発生するメタンや一酸化炭素といった窒息ガスや毒ガス早期発見のための警報としてカナリアという鳥が活用されたことが由来です。鉱山以外でも、戦場や犯罪捜査の現場で用いられたりします。また金融の世界では、株価の急落や景気変調のリスクを示すシグナルの意味で使われたりもします。

このカナリアはつねにさえずっているので、異常発生に先駆けまずは鳴き声が止みます。そうやってカナリアが危険を察知して騒ぎ立てることで、人々のいのちを救ったのです。ここから身を捨てて多くの人々を救うという意味でも用いられました。

聴福庵は、筑豊炭鉱の中心地にありかつての炭鉱王伊藤伝右衛門邸の正面にあります。この炭鉱はかつては日本の産業革命の際の全エネルギーのほとんどをこの地の石炭で賄ったほどに貢献してきた土地です。つまりひとつ前の時代の変化の礎になってきた歴史を持っている場所に建っています。

世界の進む方向が大量生産大量消費のグローバリゼーションの席巻で自然を覆いつくすほどの市場を拡大していく中で、大勢の人々が自転車操業的に資本主義経済の激流に流されるまま流されているだけでこのままでは危ないと気づいていても進む方向を誰も変えることができなくなっています。歴史に学べばこのまま進めば人類はかつてないほどの危機に晒されることになります。この濁流に柵をかける人たちがどれくらいいるかわかりませんし、崩壊しないように楔を打つ人がいつでてくるのかもわかりません。

世の中の道とはまるで逆走するかのように聴福庵はその反対の方へと孤軍奮闘しながら前進して小さな鳴き声で危機を発信していますがまるで「炭鉱のカナリア」そのもののようです。

人類が滅亡の危険になるとき、自然災害などの異常が発生する予兆、そして時代の変化の時に身を捨ててでも人々を守ろうとするカナリアです。これはまさか自画自賛をしたいのではありません、まさにもう心身もボロボロの満身創痍の状態で薄氷の上を戦々恐々として歩む心境ゆえにそう自称したのです。

こういう時、西条八十の童謡「かなりや」を心を頼りに歩んでいるのです。

「歌を忘れたカナリヤは後ろの山に棄てましょか

いえいえ それはなりませぬ

歌を忘れたカナリヤは背戸の小薮に埋めましょか

いえいえ それはなりませぬ

歌を忘れたカナリヤは柳の鞭でぶちましょか

いえいえ それはかわいそう

歌を忘れたカナリヤは象牙の舟に銀のかい

月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す」

これは西条八十が詩を捨てようかどうかと思い悩むときに作詞したものだといいます。居場所を見つけて美しい詩を奏でられるという希望を子どもたちに伝えようと謳ったものだと言います。人間の愛や美しさを信じるからこそ唄を忘れることはありません。

聴福庵の声を私がもしも世界へと届けるのなら、「炭鉱のカナリア」の遺志を伝えるのみです。いよいよ聴福庵は、始動を開始するうぶ声をあげはじめました。しっかりと見守り共に歩んでいきたいと思います。

 

 

 

いい循環

世の中には「いい会社」というものがあります。そのいい会社とは何か、それを話し合い定義しなければいい会社が何かはわからないものです。たとえば、成功している会社とか、成長する会社とか、給与や休みが多い会社とか、自由な会社とかいろいろとあるものです。

実際に人間にはそれぞれに価値観もあり、自分に都合のよいものをいいと言いますからいい会社も多種多様に存在するものです。実際にいい会社とは何か、それを定義するものがなければ人はいい会社のこともまたわかりません。

しかしいい会社と呼ばれる会社には、本来普遍的に流れている一つのものがあるように思います。それは「徳」というものです。これは会社に限らず、人も同様に「いい人」とは何かということの定義も同じです。

この「いい」とは「徳」のことを指すのです。

この徳のことは最近は誤解されていることが多いように思います。一つは、何かお得な人物や特別な能力がある人を徳があるといったり、もしくは聖人君子みたいない人物が徳のある人などと言われます。しかしそんな人は最初から徳があるわけではなく、生まれつきの個性だったりもします。

本来の徳は、後天的に精進して磨いていくものです。それは人間として大切な道徳心を磨くこと。たとえば、誠実であること、約束を守ること、生き方を貫くこと、真心を盡すことなどによって徳を積んでいくのです。

徳を積んでいけば、次第に「いい人」になっていきますし、徳を積む人たちが増えれば「いい会社「になる、そしていい会社が増えれば当然日本は「いい国」になり、徳が日本に増えれば「いい世界」になるのです。

徳を積む人たちの背中から私たちは徳の本体を学び、その徳を守り自分もまた徳を積んでいくことで「いい循環」はつながり永続的にその徳は天の蔵に貯金されて子孫たちの繁栄と発展に寄与していくのです。

「いい会社」になることがゴールではなく、徳を積んでいくことがゴールなのです。

いい会社かどうかを査定したり比較したりする前に、何のために「いいこと」をするのかを定義することが大切だと私は思います。

引き続き、私も子どもたちにとっていい人、いい会社になるためにも常識に囚われず至誠を貫いていきたいと思います。

 

自分の選んだ道

人生は生き方で決まるものです。その人がどのような生き方をすると決めたか、それがまずすべてにおいて先でありその後に結果としてどのようなことを為したかが追いかけてくるものです。

結果を出したから生き方が決まったのではなく、生き方が決まっているから結果もまた出てくるということです。その結果とは何か、それは単なる世間的な成功などというものではありません。生き方が現れるというのは、その人が死んだときに生前の人柄や生き様の価値が人々の心を通して世の中に顕現してくるのです。

生き方は常に心の中にあるということでしょう。

しかしその生き方を選ぶには、日ごろから自分の中で定めた初心や覚悟を常に優先していこうとする心の作法が必要になります。

一般的には人間は職業上の立場や肩書、世間体などを気にして自分の行動を決めたりするものです。世の中の常識に従っていることで身の安全も保障されますし、周囲の偏見や差別に受けなくなります。しかし、それは生き方を選んだのではなく無難な方を選んだということです。

人生の挑戦とは何か、それは何も巨大な敵に挑むことでもなく、まったくやったことがないことに挑むことでもなく、未知なことに手を出すということでもありません。

人生の挑戦とは、生き方を貫くと決めることなのです。

生き方を貫くと決めた時から、後悔しない人生を歩むためにありとあらゆる日々の決断や決心を自分の心に問いかけて行動に移していく必要があります。それがたとえ世間から「狂っている」と言われようと、「馬鹿げている」と笑われようと、それは生き方だから自信をもって歩んでいくのです。

そうやって一人一人がその生き方の背中を子どもたちに見せていくのなら、いつかきっと世界はお互いを真に尊重できる平等で誰しもが納得できる平和な世の中になっていくでしょう。

日々は生き方の連続ですから、決して油断はできません。常に自分を磨き上げ、生き方を貫けるように自分の選んだ道に誇りを持ち続けたいと思います。

本物の経済人~世直しの仕組み~

二宮尊徳の弟子たちが残したものに二宮翁夜話があります。これは二宮尊徳の門弟、福住正兄が身辺で暮らした4年間に書きとめた《如是我聞録》を整理して尊徳の言行を記した書のことです。

この夜話には、二宮尊徳の思想や具体的な行動が記録されています。その夜話231条の記録の中に「神儒仏正味一粒丸」という言葉があります。

「神道は開国の道なり。儒教は治国の道なり。仏教は治心の道なり。ゆえに予は高尚を尊ばず卑近を厭わず、この三道の正味のみを取れり。正味とは人界に切用なるをいう。切用なるを取りて切用ならぬを捨てて、人界無上の教えを立つ、これを報徳教という。戯れに名付けて神儒仏正味一粒丸という。その効用の広大なることあえて数うべからず」

どのように世直しをしていくか、その善いところだけを合わせて団子のように丸めて薬にして人々に与えるという発想。この「正味」という字は、余分のものを取り除いた中身、本当の中身という意味です。二宮尊徳は、報徳という考え方はこの3つを合わせてできたということを暗に意味しています。

そしてこの報徳を実現することを報徳仕法を実践することとしました。

「農村の復興・改革という報徳仕法の実践面は、勤労、分度、積小為大、そして、推譲から成っていると考えられる。つまり、まず分度を立て、その分度を守りつつ勤勉に働く。最初は小さな成果しか得られないかもしれないが、それを継続し、積み重ねれば大きな成果が生まれる。成果が生まれたら、いたずらに浪費するのではなくそれを家族や子孫、他人や社会のために役立てる。一言に集約すると『勤倹譲』(勤労、倹約、推譲)と表現されることになり、これらが報徳仕法の実践である」

これは現在のソーシャルビジネスにも通じており、尊徳はもうずっと前に経済で生み出される人間の貧困の問題を解決するための方法を発見しそれを具体的に実現し成果を出していたのです。その後、明治維新により西洋化を急速に進める中で報徳仕法は失われましたが世界を救う世直しの仕組みとしてこれ以上のものは産み出されていないのです。

二宮尊徳がこの仕法に気づくキッカケになったのは、大飢饉と飢餓です。自身の人生の苦労から一生涯を懸けてこの問題の解決に取り組んだ方なのです。グラミン銀行のムハマド・ユヌス氏もグラミン銀行の創設の理由を同じようにこう語っています。

「グラミン銀行設立のきっかけは1974年の大飢饉でした。当時、私は米国の大学で博士号を取得して帰国したばかりで、大学で経済学を教えていました。若くして自信満々でしたが、いくら経済の知識を持っていても餓死していく人々を救えませんでした。」

人が貧困や飢餓で死んでいく現状を心底憂い、なぜこうなるのかと社会構造全体の変革について挑戦した人物たち。まさに経済の道の中で、世直しを実行しようとした本物の経済人たち。

このような人たちが、経済というものの本質を見極め、経済とは何のためにあるのかということをシンプルに語り掛けてきます。

「貧困は人災である。貧困のない世界を創る。貧しい人々は力さえ与えれば、チャンスさえ与えれば、才能さえ引き出せれば自立できる、そしてよりよい社会を創り上げることができる。すべての人に尊厳、自由、平和の保障された生活を」と。

今一度、私たちは深く考えなければなりません。

貧富の差の本質とは何か、格差社会の本質とは何か、同じ人間がなぜこのように差別されてしまうのか。それはすべて「心の問題である」と気づいた人たちが世の中を変えていくのです。どうせこの先、行き詰まる世の中で必ず人類の誰かがそれに気づき立ち上がりみんなを動かし世界は変わります。

その過渡期にある私たちは、その問題にみんなで勇気をもって向き合う必要が出てきます。人類の平和や仕合せとは何なのか、本当の暮らしは、本物の人生はどのようなものであるべきか。

道の途中ですから、今を真摯に学び直しながら人生の正味を練り上げていきたいと思います。

 

 

門松と信仰

昨日は、聴福庵に門松を飾り正月の準備を行いました。最近では、あまり家々の門に門松飾りを見かけなくなりましたがこれも古来から続いている日本の伝統の一つです。

そもそも門松の意味は簡単に言えば、正月に遠来から歳神様が家に来てくださるようにその目印としてお祀りするものです。より詳しくは、折口信夫氏の「門松のはなし」が最も的を得ているように思います。

「日本には、古く、年の暮になると、山から降りて来る、神と人との間のものがあると信じた時代がありました。これが後には、鬼・天狗と考へられる様になつたのですが、正月に迎へる歳神様(歳徳神)も、それから変つてゐるので、更に古くは、祖先神が来ると信じたのです。歳神様は、三日の晩に尉と姥の姿で、お帰りになると言ふ信仰には、此考妣二位の神来訪の印象が伝承されてゐる様です」

色々な説が時代と共に変化していますが、一般的には山から降臨する田の神様が歳神様だとも言われます。五穀豊穣を約束する神様が、家に来て福を授けてくださいます。床の間におもてなしする鏡餅は、正月の間、滞在してくださる神様の依り代です。稲作を中心に私たちは暮らしと信仰を一致させ永続する家としての智慧を結集したものの一つがこの正月であったのです。

門松の松は、常緑樹は榊と同様にいのちが宿る木とされ古来より神様の依り代になりました。また松を「待つ」と言霊の響きを同じくし、神様を待つとしています。松飾がある期間を「松の内」とし、その間は神様が家にいるかのように生活を慎みました。そして山にお帰りになるころにちょうど節分があり五穀豊穣を祈願するために五穀を蒔き歳神様をお見送りするとも言われます。

行事はそのもの単体で見ては意味がわからないものも、つなげてみるとその行事の意味や信仰していた日本人の心やカタチが観えてくるのです。

聴福庵では、古式の門松を飾ります。これは平安時代の「小松引き」が由来です。そのため玄関には「根」がついたままの松を飾ります。これは歳神様が訪れて幸せが根付くようにという縁起によるものです。そして裏玄関には根が切られた松を飾っています。これは厄を断ち切り根付かせないという縁起によるものです。

日本人は、むかしから物事の解釈を常に福になるように転じ続けてきました。根があってもいい、根がなくてもいい、それをどのように捉えるか、そのすべてを感謝に換えて言葉や文化、伝統を創り上げてきました。

信仰というものの本質は、どんなことがあっても丸ごと信じるという生きる姿勢の実践のことです。自然災害が世界で最も多い国だからこそ、自然災害から自然崇拝が誕生してくるのは自明の理です。宗教ではなく、「信仰」というものがあるのは私たちがそれだけこの自然風土の変化に晒されて逞しく変化に順応しながら生きてきたからです。

暮らしや行事は、私たちが自然の中で仕合せに生きぬいていくための先人の智慧と親祖の真心を感じます。時代が変わることは仕方がないことですが、変えていいものと変えてはならないものを確かに見つめ子どもたちのために先人の恩を繋いで結んでいきたいと思います。