人類の過渡期~3つ子の魂~

人間が自然な存在としてこの世にあるのは、「生まれ持ったものを磨く」ときに認識するものです。その生まれ持ったものは、その人にしか与えられない天からの使命でもあり恩恵でもあります。人間はその生まれ持ったものを磨くことで世の中に役に立つ存在になれば自然体でこの世の中を自由に自立していくことができるからです。

誰もが正直に素直に自然体で生きられる、共存共栄する世の中はまずこの生まれ持ったものを磨くことを受容されている世の中かどうかで決まります。

私の本業で関わっている幼児の世界は、日本に古くからある諺の一つで「三つ子の魂百まで」と言われ、西洋の諺にも「The child is father of the man」(子どもは人類の父)」と言われ、それだけこの時期に与える影響は一生、また人類の未来に影響を与えると言われます。

その時期の子どもたちがどのような環境であったか、またどのような社會であったかは、人類をはじめ、その人の人生の左右する一大事であるのです。

脳のニューロンの数は1歳の時にピークを迎え、3歳までには個性の要になる人格形成や言語能力も形成されるほど急成長の時期です。この時期に、天性のものを磨くことを見守られるたかどうかはその後のその子の一生に大変大きな影響を与えてしまうのです。

また心においては、さらに影響が大きく心の根もその時期に育っていきます。だからこそその土壌がどのようになっているかが人類の未来を変えてしまうのです。私が乳幼児期にこだわる理由はここにあります。

この時期の子どもたちが自然体で正直で素直に健全に伸びるような見守られた環境があるかどうかで仕合せかどうかが決まり、世界が変わるかどうかが決まります。人類は長い時間をかけて伝承という仕組みを用いて今よりもさらに善くなる未来を創造してきました。この循環の仕組みは天の法理であり、いのちはこのようにバトンを繋ぎながら世界を創造し続けてきたからです。

子どもが天から与えられたものをどう削ぎ落さずに磨いていくことができるか、本来はそれが教育者の役割であったはずです。いつからか削ぎ落してはならないものを無理に削ぎ落させ、別の人生を刷り込み、その他大勢になるように洗脳するようになればその子らしさが失われるだけではなく、本来のその人が失われることもあります。

自分らしく生きるというのは、自然体のままでいい人を増やす社會にするということです。自然体のままで許される社會は、「それぞれが生まれ持ったものを磨き合う社會にする」ということです。

私が見守ることに人生を懸けるのもその理由に尽きます。

人類の過渡期に、今こそ子どもたちの環境を見直す必要性を感じています。長い目で観て、一緒にこの使命を共にしてくれる仲間を求めています。それぞれが安心して心の中の平和を保てる時代になるように協力していきましょう。

自然の道~シンプルにする~

物事をシンプルにしていくことは、現代のような複雑な世の中ではとても重要なことのように思います。このシンプルさは、物事を本質的にするということでもありますがそれとは別に心や思想のシンプルさというものがあるように思います。物と心を一体化する中で如何にシンプルにしていくか、そこに物事を突き詰めていき自分を磨く面白さがあるように思うのです。

このシンプルさというものは、日本語では素直さと言ってもいいかもしれません。物事を素直に受け止める人はいつもシンプルで本質的です。時折、あるがままのことをありのままに観えている人に出会うと尊敬の念がこみあげてきます。

いくら本を読んで知識を蓄えても、どのような智慧に触れたとしても、子どものような純粋な心で透明な澄んだ目で世の中を見て心のままに話ができる人は美しい世の中の原型を持っています。こういう人を自然体の人というのでしょう。

自然体の人になるには、自分自身の心を整理する必要があります。そのためには、自分が何を感じたか、自分がなぜそれをやるのか、自分にとっての意味が何かと、直観を信頼して歩んでいく必要があります。つまり自分に素直になって行動していく必要があるということです。

そうすれば時折、障害や困難、不安や恐怖、他人からの誹謗中傷や非難などもあります。それで常識的に従っていけばまた複雑さは複雑さを呼び、何をしたいのか何をしているのかわからなくなっていくのです。

素直になるというのは、直観を信じるということです。そして直観が分かるのは素直だからです。この素直になるというのは、松下幸之助さんが一生涯かけて修行したとお聴きしたことがありますがまさにその境地になってこそ物事の真実に生きるという自然の道なのでしょう。

自然の道は果てしなく限りない、まさに永遠ですからこの今も素直であるかと自問自答、自反慎独をしながら坦々蕩々と日々を楽しみながら歩んでいくことが人としてこの世に生を受けた私たち人間の道です。

言うは易く実行は思いのほか難しいことですが、だからこそ挑み甲斐がある道で遣り甲斐がある歓びの一生です。日々に一期一会に自然の道を意識しながら、この今に自分を懸けていきたいと思います。

聴福庵

「炭鉱のカナリア」という慣用句があります。これは炭鉱においてときおり発生するメタンや一酸化炭素といった窒息ガスや毒ガス早期発見のための警報としてカナリアという鳥が活用されたことが由来です。鉱山以外でも、戦場や犯罪捜査の現場で用いられたりします。また金融の世界では、株価の急落や景気変調のリスクを示すシグナルの意味で使われたりもします。

このカナリアはつねにさえずっているので、異常発生に先駆けまずは鳴き声が止みます。そうやってカナリアが危険を察知して騒ぎ立てることで、人々のいのちを救ったのです。ここから身を捨てて多くの人々を救うという意味でも用いられました。

聴福庵は、筑豊炭鉱の中心地にありかつての炭鉱王伊藤伝右衛門邸の正面にあります。この炭鉱はかつては日本の産業革命の際の全エネルギーのほとんどをこの地の石炭で賄ったほどに貢献してきた土地です。つまりひとつ前の時代の変化の礎になってきた歴史を持っている場所に建っています。

世界の進む方向が大量生産大量消費のグローバリゼーションの席巻で自然を覆いつくすほどの市場を拡大していく中で、大勢の人々が自転車操業的に資本主義経済の激流に流されるまま流されているだけでこのままでは危ないと気づいていても進む方向を誰も変えることができなくなっています。歴史に学べばこのまま進めば人類はかつてないほどの危機に晒されることになります。この濁流に柵をかける人たちがどれくらいいるかわかりませんし、崩壊しないように楔を打つ人がいつでてくるのかもわかりません。

世の中の道とはまるで逆走するかのように聴福庵はその反対の方へと孤軍奮闘しながら前進して小さな鳴き声で危機を発信していますがまるで「炭鉱のカナリア」そのもののようです。

人類が滅亡の危険になるとき、自然災害などの異常が発生する予兆、そして時代の変化の時に身を捨ててでも人々を守ろうとするカナリアです。これはまさか自画自賛をしたいのではありません、まさにもう心身もボロボロの満身創痍の状態で薄氷の上を戦々恐々として歩む心境ゆえにそう自称したのです。

こういう時、西条八十の童謡「かなりや」を心を頼りに歩んでいるのです。

「歌を忘れたカナリヤは後ろの山に棄てましょか

いえいえ それはなりませぬ

歌を忘れたカナリヤは背戸の小薮に埋めましょか

いえいえ それはなりませぬ

歌を忘れたカナリヤは柳の鞭でぶちましょか

いえいえ それはかわいそう

歌を忘れたカナリヤは象牙の舟に銀のかい

月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す」

これは西条八十が詩を捨てようかどうかと思い悩むときに作詞したものだといいます。居場所を見つけて美しい詩を奏でられるという希望を子どもたちに伝えようと謳ったものだと言います。人間の愛や美しさを信じるからこそ唄を忘れることはありません。

聴福庵の声を私がもしも世界へと届けるのなら、「炭鉱のカナリア」の遺志を伝えるのみです。いよいよ聴福庵は、始動を開始するうぶ声をあげはじめました。しっかりと見守り共に歩んでいきたいと思います。

 

 

 

いい循環

世の中には「いい会社」というものがあります。そのいい会社とは何か、それを話し合い定義しなければいい会社が何かはわからないものです。たとえば、成功している会社とか、成長する会社とか、給与や休みが多い会社とか、自由な会社とかいろいろとあるものです。

実際に人間にはそれぞれに価値観もあり、自分に都合のよいものをいいと言いますからいい会社も多種多様に存在するものです。実際にいい会社とは何か、それを定義するものがなければ人はいい会社のこともまたわかりません。

しかしいい会社と呼ばれる会社には、本来普遍的に流れている一つのものがあるように思います。それは「徳」というものです。これは会社に限らず、人も同様に「いい人」とは何かということの定義も同じです。

この「いい」とは「徳」のことを指すのです。

この徳のことは最近は誤解されていることが多いように思います。一つは、何かお得な人物や特別な能力がある人を徳があるといったり、もしくは聖人君子みたいない人物が徳のある人などと言われます。しかしそんな人は最初から徳があるわけではなく、生まれつきの個性だったりもします。

本来の徳は、後天的に精進して磨いていくものです。それは人間として大切な道徳心を磨くこと。たとえば、誠実であること、約束を守ること、生き方を貫くこと、真心を盡すことなどによって徳を積んでいくのです。

徳を積んでいけば、次第に「いい人」になっていきますし、徳を積む人たちが増えれば「いい会社「になる、そしていい会社が増えれば当然日本は「いい国」になり、徳が日本に増えれば「いい世界」になるのです。

徳を積む人たちの背中から私たちは徳の本体を学び、その徳を守り自分もまた徳を積んでいくことで「いい循環」はつながり永続的にその徳は天の蔵に貯金されて子孫たちの繁栄と発展に寄与していくのです。

「いい会社」になることがゴールではなく、徳を積んでいくことがゴールなのです。

いい会社かどうかを査定したり比較したりする前に、何のために「いいこと」をするのかを定義することが大切だと私は思います。

引き続き、私も子どもたちにとっていい人、いい会社になるためにも常識に囚われず至誠を貫いていきたいと思います。

 

自分の選んだ道

人生は生き方で決まるものです。その人がどのような生き方をすると決めたか、それがまずすべてにおいて先でありその後に結果としてどのようなことを為したかが追いかけてくるものです。

結果を出したから生き方が決まったのではなく、生き方が決まっているから結果もまた出てくるということです。その結果とは何か、それは単なる世間的な成功などというものではありません。生き方が現れるというのは、その人が死んだときに生前の人柄や生き様の価値が人々の心を通して世の中に顕現してくるのです。

生き方は常に心の中にあるということでしょう。

しかしその生き方を選ぶには、日ごろから自分の中で定めた初心や覚悟を常に優先していこうとする心の作法が必要になります。

一般的には人間は職業上の立場や肩書、世間体などを気にして自分の行動を決めたりするものです。世の中の常識に従っていることで身の安全も保障されますし、周囲の偏見や差別に受けなくなります。しかし、それは生き方を選んだのではなく無難な方を選んだということです。

人生の挑戦とは何か、それは何も巨大な敵に挑むことでもなく、まったくやったことがないことに挑むことでもなく、未知なことに手を出すということでもありません。

人生の挑戦とは、生き方を貫くと決めることなのです。

生き方を貫くと決めた時から、後悔しない人生を歩むためにありとあらゆる日々の決断や決心を自分の心に問いかけて行動に移していく必要があります。それがたとえ世間から「狂っている」と言われようと、「馬鹿げている」と笑われようと、それは生き方だから自信をもって歩んでいくのです。

そうやって一人一人がその生き方の背中を子どもたちに見せていくのなら、いつかきっと世界はお互いを真に尊重できる平等で誰しもが納得できる平和な世の中になっていくでしょう。

日々は生き方の連続ですから、決して油断はできません。常に自分を磨き上げ、生き方を貫けるように自分の選んだ道に誇りを持ち続けたいと思います。

本物の経済人~世直しの仕組み~

二宮尊徳の弟子たちが残したものに二宮翁夜話があります。これは二宮尊徳の門弟、福住正兄が身辺で暮らした4年間に書きとめた《如是我聞録》を整理して尊徳の言行を記した書のことです。

この夜話には、二宮尊徳の思想や具体的な行動が記録されています。その夜話231条の記録の中に「神儒仏正味一粒丸」という言葉があります。

「神道は開国の道なり。儒教は治国の道なり。仏教は治心の道なり。ゆえに予は高尚を尊ばず卑近を厭わず、この三道の正味のみを取れり。正味とは人界に切用なるをいう。切用なるを取りて切用ならぬを捨てて、人界無上の教えを立つ、これを報徳教という。戯れに名付けて神儒仏正味一粒丸という。その効用の広大なることあえて数うべからず」

どのように世直しをしていくか、その善いところだけを合わせて団子のように丸めて薬にして人々に与えるという発想。この「正味」という字は、余分のものを取り除いた中身、本当の中身という意味です。二宮尊徳は、報徳という考え方はこの3つを合わせてできたということを暗に意味しています。

そしてこの報徳を実現することを報徳仕法を実践することとしました。

「農村の復興・改革という報徳仕法の実践面は、勤労、分度、積小為大、そして、推譲から成っていると考えられる。つまり、まず分度を立て、その分度を守りつつ勤勉に働く。最初は小さな成果しか得られないかもしれないが、それを継続し、積み重ねれば大きな成果が生まれる。成果が生まれたら、いたずらに浪費するのではなくそれを家族や子孫、他人や社会のために役立てる。一言に集約すると『勤倹譲』(勤労、倹約、推譲)と表現されることになり、これらが報徳仕法の実践である」

これは現在のソーシャルビジネスにも通じており、尊徳はもうずっと前に経済で生み出される人間の貧困の問題を解決するための方法を発見しそれを具体的に実現し成果を出していたのです。その後、明治維新により西洋化を急速に進める中で報徳仕法は失われましたが世界を救う世直しの仕組みとしてこれ以上のものは産み出されていないのです。

二宮尊徳がこの仕法に気づくキッカケになったのは、大飢饉と飢餓です。自身の人生の苦労から一生涯を懸けてこの問題の解決に取り組んだ方なのです。グラミン銀行のムハマド・ユヌス氏もグラミン銀行の創設の理由を同じようにこう語っています。

「グラミン銀行設立のきっかけは1974年の大飢饉でした。当時、私は米国の大学で博士号を取得して帰国したばかりで、大学で経済学を教えていました。若くして自信満々でしたが、いくら経済の知識を持っていても餓死していく人々を救えませんでした。」

人が貧困や飢餓で死んでいく現状を心底憂い、なぜこうなるのかと社会構造全体の変革について挑戦した人物たち。まさに経済の道の中で、世直しを実行しようとした本物の経済人たち。

このような人たちが、経済というものの本質を見極め、経済とは何のためにあるのかということをシンプルに語り掛けてきます。

「貧困は人災である。貧困のない世界を創る。貧しい人々は力さえ与えれば、チャンスさえ与えれば、才能さえ引き出せれば自立できる、そしてよりよい社会を創り上げることができる。すべての人に尊厳、自由、平和の保障された生活を」と。

今一度、私たちは深く考えなければなりません。

貧富の差の本質とは何か、格差社会の本質とは何か、同じ人間がなぜこのように差別されてしまうのか。それはすべて「心の問題である」と気づいた人たちが世の中を変えていくのです。どうせこの先、行き詰まる世の中で必ず人類の誰かがそれに気づき立ち上がりみんなを動かし世界は変わります。

その過渡期にある私たちは、その問題にみんなで勇気をもって向き合う必要が出てきます。人類の平和や仕合せとは何なのか、本当の暮らしは、本物の人生はどのようなものであるべきか。

道の途中ですから、今を真摯に学び直しながら人生の正味を練り上げていきたいと思います。

 

 

門松と信仰

昨日は、聴福庵に門松を飾り正月の準備を行いました。最近では、あまり家々の門に門松飾りを見かけなくなりましたがこれも古来から続いている日本の伝統の一つです。

そもそも門松の意味は簡単に言えば、正月に遠来から歳神様が家に来てくださるようにその目印としてお祀りするものです。より詳しくは、折口信夫氏の「門松のはなし」が最も的を得ているように思います。

「日本には、古く、年の暮になると、山から降りて来る、神と人との間のものがあると信じた時代がありました。これが後には、鬼・天狗と考へられる様になつたのですが、正月に迎へる歳神様(歳徳神)も、それから変つてゐるので、更に古くは、祖先神が来ると信じたのです。歳神様は、三日の晩に尉と姥の姿で、お帰りになると言ふ信仰には、此考妣二位の神来訪の印象が伝承されてゐる様です」

色々な説が時代と共に変化していますが、一般的には山から降臨する田の神様が歳神様だとも言われます。五穀豊穣を約束する神様が、家に来て福を授けてくださいます。床の間におもてなしする鏡餅は、正月の間、滞在してくださる神様の依り代です。稲作を中心に私たちは暮らしと信仰を一致させ永続する家としての智慧を結集したものの一つがこの正月であったのです。

門松の松は、常緑樹は榊と同様にいのちが宿る木とされ古来より神様の依り代になりました。また松を「待つ」と言霊の響きを同じくし、神様を待つとしています。松飾がある期間を「松の内」とし、その間は神様が家にいるかのように生活を慎みました。そして山にお帰りになるころにちょうど節分があり五穀豊穣を祈願するために五穀を蒔き歳神様をお見送りするとも言われます。

行事はそのもの単体で見ては意味がわからないものも、つなげてみるとその行事の意味や信仰していた日本人の心やカタチが観えてくるのです。

聴福庵では、古式の門松を飾ります。これは平安時代の「小松引き」が由来です。そのため玄関には「根」がついたままの松を飾ります。これは歳神様が訪れて幸せが根付くようにという縁起によるものです。そして裏玄関には根が切られた松を飾っています。これは厄を断ち切り根付かせないという縁起によるものです。

日本人は、むかしから物事の解釈を常に福になるように転じ続けてきました。根があってもいい、根がなくてもいい、それをどのように捉えるか、そのすべてを感謝に換えて言葉や文化、伝統を創り上げてきました。

信仰というものの本質は、どんなことがあっても丸ごと信じるという生きる姿勢の実践のことです。自然災害が世界で最も多い国だからこそ、自然災害から自然崇拝が誕生してくるのは自明の理です。宗教ではなく、「信仰」というものがあるのは私たちがそれだけこの自然風土の変化に晒されて逞しく変化に順応しながら生きてきたからです。

暮らしや行事は、私たちが自然の中で仕合せに生きぬいていくための先人の智慧と親祖の真心を感じます。時代が変わることは仕方がないことですが、変えていいものと変えてはならないものを確かに見つめ子どもたちのために先人の恩を繋いで結んでいきたいと思います。

 

かんながらの夢

先日、御縁あって東京の泉岳寺にお伺いすることがありました。忠臣蔵で有名な赤穂四十七義士の墓があるところでもあります。墓地では年齢が多様な日本人の参拝者が多くあり歴史の篩にかけられても未だに忘れられてはいません。

今の時代ではこの忠臣蔵の出来事の本質を深めようとするような学問も少なくなり、道徳が荒廃すればするほどにこの義士たちの理念が忘れ去られていくように思います。道徳の荒廃は大げさに聞こえるかもしれませんが私たち日本の民の原点から守り続けてきた生き方が失われていくことでもあります。

日本人が親祖より最も大切にしてきた生き方を守り続けるということは、言い換えれば子々孫々まで親祖の理念を維持していくということです。神社のお役目も本来はそうであったはずで天皇もまた祭祀によって理念を守り続けていらっしゃいます。そして世界のそれぞれの国には日本と同様にそれぞれのはじまりがあり、多様な国家や民族はそれぞれにその場所でその風土で誕生した道を歩み続けています。本来の道(聖道)から外れるとき、その聖道は途絶えます。途絶えさせないようにその時代時代の忠義の人物たちが理念を守り続けるから私たちは先祖の遺徳に感謝していくことができます。その遺徳を顕現させるものたちこそが義士なのです。

この義士は、先ほどの赤穂義士でも使われますがその定義は「人間としての正しい道を堅く守り行う男子。」ということです。この人間としての正しい道とは、道徳に則った人物ということになります。この道徳は、天地の至誠とも呼び、天地にあって常に中庸を貫き真心を盡すということのように思います。

赤穂義士たちの師は、山鹿素行です。山鹿素行と言えば、古学を究めた人物ですがこのアジアの原点や根本を突き詰めて達した人物です。私の定義する「かんながら」はこの山鹿素行と同じく自然です。山鹿素行はこのことを「天地」と定義します。

「天地の至誠、天地の天地たるゆゑにして、生々無息造物者の無尽蔵、悠久にして無彊の道也。聖人これに法りて天下万世の皇極を立て、人民をして是れによらしむるゆゑん也」

この世のすべての生成者は天地であり、永遠の道もまたここにある。聖人とは、この道を守り続ける人物であるといいます。何が人間の自然であるか、根本を説いています。故に「天地これ師なり、事物これ師なり」と言います。本物の師とは、天地のことである、その天地に生きる私たちの師は出会いであるとも。だからこそこう続きます。

「天地ほど正しく全き師あらんや。ただ天地を師とせよ。天地何を好み何をか嫌う。ただ万物を入れてよく万物になずまず、山川、江河、大地、何ものも形をあらわしてしかも載せずということなし」

この天地とは、自然の真心のことで風土の顕現した道理のことです。古来人はそれを神と呼びました。現代の神は、どこか人間の価値観で勝手に作りこまれたものを言いますが本来の神とはまさにこの風土のことを言うのです。天地のことを風土と呼び、その道を実践することを「かんながら」と私は呼ぶのです。

風土を改善するという私の夢は、言い換えるのなら風土に沿うということです。日本人であれば日本人の道徳を、日本の経営であれば日本らしい経営を、まさにその風土を師として風土を体現することが私のコンサルティングの中心なのです。

なぜならそれは親祖の祈りであり、孔子や聖人たちが願い続けた理想の道だからです。人類の平和はまさにその「風土を師と仰ぎ中庸を保つ」ということなのです。不思議にも今回のブログは私の遺言のようなものかもしれません。

義士たちがいつかここにたどり着くことがあるのなら、ぜひ一緒に問いかけてほしいと願います。「義」とは何かと、「志」とは何かと、そして「道」を想い直し「徳」を思い出してください。人類の成長を見守るのが保育であるのなら、私が子どものために何をしようとしていたのかを伝道してほしいのです。

最後に山鹿素行は学校を創りました、その学校はカタチは消えても心の中に存在し今でも子どもたちを見守り続けます。その学校は何か、こういいます。

「学問は天子より庶人に至るまで、一にこれ皆身を修むるをもって本となす。これを為すに学校が必要であり、学校と云うは民人に道徳を教えて、その風俗を正すの所を定むる事也。学も校もともにおしうるの字心にて、則ち学校の名也。学校のもうけは、上代の聖主もっぱら是れをもって天下の治道第一とする也。学校は、単に学問を教え、ものを読み習わせる所ではなく、道徳を教える所であり、つまり、人間を作るのが学校の目的である」

将来、私は学校を創りますが世の中の人が一般的に思っている学校とはあまりにも異なるかもしれません。しかしいつの日か、自然と調和し、人類がそれぞれに正しい道を歩んでいくことができるようにかんながらの夢を念じながら前進し続けていきたいと思います。

カグヤの挑戦

昨日は、聴福庵から群言堂の松場夫妻の講演に同行し国東半島まで一緒に同行する機会がありました。道中は楽しいばかりで、今までのことこれからのことなど希望に溢れたお話に元氣をたくさんいただきました。

改めてお話をお聴きすると敢えて誰もが手を出さないような巨大な難しい仕事に一匹狼のように挑んでいこうとする、まさに「逆行小船」のような純粋な生き方に感動しました。お二人の人生は周りから反対されることを敢えてやり続けてきた人生であったと講演ではお話がありましたが、常に自分たちの信念を貫く生き様であったように感じました。

時代の流れのなかで大量生産・大量消費、すべて同じ顔をした同じ物があふれていく世の中で、大量消費こそが価値のように消費しつくされていくなかで世の中の人たちが安易に捨てていくものに対して大きな疑問を持っていく。それは果たして捨てていいものかと。

例えば、手仕事の豊かさであったり、家族の愛おしい時間であったり、金銭を超えた信頼関係であったり、もしくは懐かしい思い出との慈しむつながりであったりと、色々と消費が加速するスピード社会の中で本当に大切なものを拾い続けていこうと覚悟されたこと。そして事業にされたこと、やっていることをお聴きすると私の会社以上に多岐に及び、伝統や地域だけではなく、教育やモノづくり、啓蒙活動に文化育成、書ききれないほどに様々なことに取り組んでおられました。

「時代と逆行していくかもしれないが、理念を守り1パーセントの壁を守り続ける」とその歩んできた人生に器の大きい美しい生き様を感じます。人間の器の大きさとは何か、これは矛盾を受け容れながらも信念を貫いていくその度量の品格を言うのではないかとも思います。

日々に暮らしの中で何百年前から今も残るむかしの道具たちと触れていたら、傷だらけになりながらもあちこちが修繕されながらも何百年何千年と子孫たちを見守り続けて生き続ける姿を観ます。まるで数千年の巨木、また数百年のお社のような存在の大きさです。信念は人を大きくし強くする、私もまたかくありたいと思いました。

最後に、講演の中で「本来の”消費”とは未来への”投票”であらねばならない」と仰いました。

「うちの会社は説明しても一体何の会社なのかと理解してもらえないし、なかなか分かってもらえない。それは「生き方」を販売しているからです。時代は必ずモノ売りからコト、そして必ずココロへと成長していく。だからこそ人々がこの会社の生き方を買おうとしてもらう、その投票してもらうことをやっている事業をしているのです。みなさんが選挙で応援し投票したのは、会社=生き方だからこそ、この会社から消費するとしていきたいのです。」

子どもたちが安心してこの先も暮らしを豊かに紡いでいけるようにするには、人類の意識を変化させていくしかありません。それは生き方を変えていくしかないということです。生き方を変える事業こそ、人生を懸けた私の、そしてカグヤの挑戦なのです。

過度な消費文明の中で消耗しきってただ滅亡を待つ日々を闇雲に過ごすのではなく、子どもたちのことを思えば思うほどに敢えて逆行してでもそれを解決しようと挑んでいくことに命を懸ける価値があるように思えます。短い小さな人生でそんなにできることはありませんから引き算しながら取捨選択するしかありません。

私も子ども第一義の理念に恥じないように、生き方=働き方を本気で遊んで極めていきたいと思います。

富苦労の恩返し

昨日、私の人生の価値観に大きな影響を与えてくださった大恩人の夫婦に聴福庵に来ていただくことができました。約2年半前にご縁をいただいてからここまでこの方々の言葉を信じて、そして生き方を尊敬し自分も学び直そうとここまで取り組んでくることができました。

人は、できるかできないか、成功するか失敗するか、いろいろな選択肢があるなかで「信じるか信じないか」という物差しがあります。私はこの「信じる」ということだけを大切にここまで生きてきました。

思い返せば、今、人生でご一緒している大恩人や道の達人たち同志仲間を信じたから夢を体験することができています。もしも疑ったり信じなかったりしたらどうなったでしょうか。当然、今の自分はありませんし周りもご縁もありません。御縁を活かすというのは、「信じる」ことです。そしてそれは信仰心にも似た純粋なものであり、真心の生き方のことでもあります。

出会いが素晴らしいのは、信じあう世界を築いていくことができるからです。一期一会に出会ったご縁によって、その人を信じることによって新たな世界が拓けていく。その人生のご縁を大切にする人はみんな信じ切ってきた人たちかもしれません。

その信じる気持ちが疑いになったとき、信じることができなくなったとき、そこで諦めてしまえば真実は隠れてしまいます。真実に生きるというのは、「信じるに生きる」ということなのでしょう。

その当時はまったく何もわからなくても、振り返ればその「信」の御蔭様で私の周囲の人たちも心豊かに暮らしを学びはじめ、そして子どもたちにも伝承できる永遠の智慧をたくさんいただいています。

信じるというのは、自分を信じるということです。それは言い換えるのなら、その人の信じるものを自分も信じる、そして信じる自分を丸ごと信じたということです。自分を信じ切るということこそが信念の本質なのでしょう。

直観や信念は、常に出会いを大切にする中にこそあります。

大恩人たちへの信じた証をお伝えできる今があるのは、苦しいときにも諦めずに自分が信じてこれたことの富苦労の恩返しです。一緒に道を拓いてきた恩師の古希祝いも明々後日にあり、信じてきた自分を心から誇らしく思います。

人生の出会いとその感謝を片時も忘れずに、一期一会のご縁を結ぶ仕合せに生きていこうと思います。