本物の経済人~世直しの仕組み~

二宮尊徳の弟子たちが残したものに二宮翁夜話があります。これは二宮尊徳の門弟、福住正兄が身辺で暮らした4年間に書きとめた《如是我聞録》を整理して尊徳の言行を記した書のことです。

この夜話には、二宮尊徳の思想や具体的な行動が記録されています。その夜話231条の記録の中に「神儒仏正味一粒丸」という言葉があります。

「神道は開国の道なり。儒教は治国の道なり。仏教は治心の道なり。ゆえに予は高尚を尊ばず卑近を厭わず、この三道の正味のみを取れり。正味とは人界に切用なるをいう。切用なるを取りて切用ならぬを捨てて、人界無上の教えを立つ、これを報徳教という。戯れに名付けて神儒仏正味一粒丸という。その効用の広大なることあえて数うべからず」

どのように世直しをしていくか、その善いところだけを合わせて団子のように丸めて薬にして人々に与えるという発想。この「正味」という字は、余分のものを取り除いた中身、本当の中身という意味です。二宮尊徳は、報徳という考え方はこの3つを合わせてできたということを暗に意味しています。

そしてこの報徳を実現することを報徳仕法を実践することとしました。

「農村の復興・改革という報徳仕法の実践面は、勤労、分度、積小為大、そして、推譲から成っていると考えられる。つまり、まず分度を立て、その分度を守りつつ勤勉に働く。最初は小さな成果しか得られないかもしれないが、それを継続し、積み重ねれば大きな成果が生まれる。成果が生まれたら、いたずらに浪費するのではなくそれを家族や子孫、他人や社会のために役立てる。一言に集約すると『勤倹譲』(勤労、倹約、推譲)と表現されることになり、これらが報徳仕法の実践である」

これは現在のソーシャルビジネスにも通じており、尊徳はもうずっと前に経済で生み出される人間の貧困の問題を解決するための方法を発見しそれを具体的に実現し成果を出していたのです。その後、明治維新により西洋化を急速に進める中で報徳仕法は失われましたが世界を救う世直しの仕組みとしてこれ以上のものは産み出されていないのです。

二宮尊徳がこの仕法に気づくキッカケになったのは、大飢饉と飢餓です。自身の人生の苦労から一生涯を懸けてこの問題の解決に取り組んだ方なのです。グラミン銀行のムハマド・ユヌス氏もグラミン銀行の創設の理由を同じようにこう語っています。

「グラミン銀行設立のきっかけは1974年の大飢饉でした。当時、私は米国の大学で博士号を取得して帰国したばかりで、大学で経済学を教えていました。若くして自信満々でしたが、いくら経済の知識を持っていても餓死していく人々を救えませんでした。」

人が貧困や飢餓で死んでいく現状を心底憂い、なぜこうなるのかと社会構造全体の変革について挑戦した人物たち。まさに経済の道の中で、世直しを実行しようとした本物の経済人たち。

このような人たちが、経済というものの本質を見極め、経済とは何のためにあるのかということをシンプルに語り掛けてきます。

「貧困は人災である。貧困のない世界を創る。貧しい人々は力さえ与えれば、チャンスさえ与えれば、才能さえ引き出せれば自立できる、そしてよりよい社会を創り上げることができる。すべての人に尊厳、自由、平和の保障された生活を」と。

今一度、私たちは深く考えなければなりません。

貧富の差の本質とは何か、格差社会の本質とは何か、同じ人間がなぜこのように差別されてしまうのか。それはすべて「心の問題である」と気づいた人たちが世の中を変えていくのです。どうせこの先、行き詰まる世の中で必ず人類の誰かがそれに気づき立ち上がりみんなを動かし世界は変わります。

その過渡期にある私たちは、その問題にみんなで勇気をもって向き合う必要が出てきます。人類の平和や仕合せとは何なのか、本当の暮らしは、本物の人生はどのようなものであるべきか。

道の途中ですから、今を真摯に学び直しながら人生の正味を練り上げていきたいと思います。

 

 

安心して育つ環境

人間には表情というものがあります。これは、心の状態を顕しているものでその人の心が表に出てきている状態とも言えます。心が澱んでいれば表情も暗くなり、心が澄んでいれば表情もまた清らかです。心を頑なに隠していれば表情もまたそれ相応になり、心が楽しければ笑顔で明るい表情になります。

心がどのように働いているか、それを観察することがもっとも心の状態に気づく鍵でもあります。そして心は本来は、子ども心というように純粋無垢なままの状態で存在し続けます。しかしその心が日々の知識や刷り込みによって頭で考えることが増えていくことによって心の周りに垢のようなものがこびりついてきます。

その垢を洗い流していかないかぎり、心が表に出てくることがありません。大人になればなるほどにその垢がこびりついてきますからそれに気を付けて生きていくことが仕合せに近づくコツのように思います。

この垢はではどのようについてくるか、それは自分に嘘をつくことでこびりつきます。自分の本心を隠し、周囲にわからないようにするために嘘をつき誤魔化すこと、本当の自分の素をさらけ出さずに周囲に合わせて自分を偽り表現していく、そういうことを繰り返すことによって垢は出てきます。つまりは不自然な姿で居続けたことで、その不自然さが自然を覆い隠していくかのようにです。

そうならないようにしていくために、どのような環境を用意していけばいいか。みんなが無理をしないで安心して素のままでいられるためにはどうすればいいか。教育者はまずそこに目を向けて、安心して育つ環境を用意していく必要があると私は思うのです。

安心して育つ環境は自分自身にも言えることです。自分のままでいい、あるがままいいと自分が思っているかどうか。無理をして我慢をしていないか、周りの期待に応えるために本当の自分を隠していないか。自問自答する必要があります。

そして自分を肯定できているか、自分を好きでいるか、自分というものの存在を丸ごと認めているかといった揺るがない自信を持つ必要があります。

引き続き子どもたちが安心して成長していけ自分の持ち味を発揮していけ仕合せな人生が歩めるように安心して育つ環境を用意していきたいと思います。

かんながらの夢

先日、御縁あって東京の泉岳寺にお伺いすることがありました。忠臣蔵で有名な赤穂四十七義士の墓があるところでもあります。墓地では年齢が多様な日本人の参拝者が多くあり歴史の篩にかけられても未だに忘れられてはいません。

今の時代ではこの忠臣蔵の出来事の本質を深めようとするような学問も少なくなり、道徳が荒廃すればするほどにこの義士たちの理念が忘れ去られていくように思います。道徳の荒廃は大げさに聞こえるかもしれませんが私たち日本の民の原点から守り続けてきた生き方が失われていくことでもあります。

日本人が親祖より最も大切にしてきた生き方を守り続けるということは、言い換えれば子々孫々まで親祖の理念を維持していくということです。神社のお役目も本来はそうであったはずで天皇もまた祭祀によって理念を守り続けていらっしゃいます。そして世界のそれぞれの国には日本と同様にそれぞれのはじまりがあり、多様な国家や民族はそれぞれにその場所でその風土で誕生した道を歩み続けています。本来の道(聖道)から外れるとき、その聖道は途絶えます。途絶えさせないようにその時代時代の忠義の人物たちが理念を守り続けるから私たちは先祖の遺徳に感謝していくことができます。その遺徳を顕現させるものたちこそが義士なのです。

この義士は、先ほどの赤穂義士でも使われますがその定義は「人間としての正しい道を堅く守り行う男子。」ということです。この人間としての正しい道とは、道徳に則った人物ということになります。この道徳は、天地の至誠とも呼び、天地にあって常に中庸を貫き真心を盡すということのように思います。

赤穂義士たちの師は、山鹿素行です。山鹿素行と言えば、古学を究めた人物ですがこのアジアの原点や根本を突き詰めて達した人物です。私の定義する「かんながら」はこの山鹿素行と同じく自然です。山鹿素行はこのことを「天地」と定義します。

「天地の至誠、天地の天地たるゆゑにして、生々無息造物者の無尽蔵、悠久にして無彊の道也。聖人これに法りて天下万世の皇極を立て、人民をして是れによらしむるゆゑん也」

この世のすべての生成者は天地であり、永遠の道もまたここにある。聖人とは、この道を守り続ける人物であるといいます。何が人間の自然であるか、根本を説いています。故に「天地これ師なり、事物これ師なり」と言います。本物の師とは、天地のことである、その天地に生きる私たちの師は出会いであるとも。だからこそこう続きます。

「天地ほど正しく全き師あらんや。ただ天地を師とせよ。天地何を好み何をか嫌う。ただ万物を入れてよく万物になずまず、山川、江河、大地、何ものも形をあらわしてしかも載せずということなし」

この天地とは、自然の真心のことで風土の顕現した道理のことです。古来人はそれを神と呼びました。現代の神は、どこか人間の価値観で勝手に作りこまれたものを言いますが本来の神とはまさにこの風土のことを言うのです。天地のことを風土と呼び、その道を実践することを「かんながら」と私は呼ぶのです。

風土を改善するという私の夢は、言い換えるのなら風土に沿うということです。日本人であれば日本人の道徳を、日本の経営であれば日本らしい経営を、まさにその風土を師として風土を体現することが私のコンサルティングの中心なのです。

なぜならそれは親祖の祈りであり、孔子や聖人たちが願い続けた理想の道だからです。人類の平和はまさにその「風土を師と仰ぎ中庸を保つ」ということなのです。不思議にも今回のブログは私の遺言のようなものかもしれません。

義士たちがいつかここにたどり着くことがあるのなら、ぜひ一緒に問いかけてほしいと願います。「義」とは何かと、「志」とは何かと、そして「道」を想い直し「徳」を思い出してください。人類の成長を見守るのが保育であるのなら、私が子どものために何をしようとしていたのかを伝道してほしいのです。

最後に山鹿素行は学校を創りました、その学校はカタチは消えても心の中に存在し今でも子どもたちを見守り続けます。その学校は何か、こういいます。

「学問は天子より庶人に至るまで、一にこれ皆身を修むるをもって本となす。これを為すに学校が必要であり、学校と云うは民人に道徳を教えて、その風俗を正すの所を定むる事也。学も校もともにおしうるの字心にて、則ち学校の名也。学校のもうけは、上代の聖主もっぱら是れをもって天下の治道第一とする也。学校は、単に学問を教え、ものを読み習わせる所ではなく、道徳を教える所であり、つまり、人間を作るのが学校の目的である」

将来、私は学校を創りますが世の中の人が一般的に思っている学校とはあまりにも異なるかもしれません。しかしいつの日か、自然と調和し、人類がそれぞれに正しい道を歩んでいくことができるようにかんながらの夢を念じながら前進し続けていきたいと思います。

カグヤの挑戦

昨日は、聴福庵から群言堂の松場夫妻の講演に同行し国東半島まで一緒に同行する機会がありました。道中は楽しいばかりで、今までのことこれからのことなど希望に溢れたお話に元氣をたくさんいただきました。

改めてお話をお聴きすると敢えて誰もが手を出さないような巨大な難しい仕事に一匹狼のように挑んでいこうとする、まさに「逆行小船」のような純粋な生き方に感動しました。お二人の人生は周りから反対されることを敢えてやり続けてきた人生であったと講演ではお話がありましたが、常に自分たちの信念を貫く生き様であったように感じました。

時代の流れのなかで大量生産・大量消費、すべて同じ顔をした同じ物があふれていく世の中で、大量消費こそが価値のように消費しつくされていくなかで世の中の人たちが安易に捨てていくものに対して大きな疑問を持っていく。それは果たして捨てていいものかと。

例えば、手仕事の豊かさであったり、家族の愛おしい時間であったり、金銭を超えた信頼関係であったり、もしくは懐かしい思い出との慈しむつながりであったりと、色々と消費が加速するスピード社会の中で本当に大切なものを拾い続けていこうと覚悟されたこと。そして事業にされたこと、やっていることをお聴きすると私の会社以上に多岐に及び、伝統や地域だけではなく、教育やモノづくり、啓蒙活動に文化育成、書ききれないほどに様々なことに取り組んでおられました。

「時代と逆行していくかもしれないが、理念を守り1パーセントの壁を守り続ける」とその歩んできた人生に器の大きい美しい生き様を感じます。人間の器の大きさとは何か、これは矛盾を受け容れながらも信念を貫いていくその度量の品格を言うのではないかとも思います。

日々に暮らしの中で何百年前から今も残るむかしの道具たちと触れていたら、傷だらけになりながらもあちこちが修繕されながらも何百年何千年と子孫たちを見守り続けて生き続ける姿を観ます。まるで数千年の巨木、また数百年のお社のような存在の大きさです。信念は人を大きくし強くする、私もまたかくありたいと思いました。

最後に、講演の中で「本来の”消費”とは未来への”投票”であらねばならない」と仰いました。

「うちの会社は説明しても一体何の会社なのかと理解してもらえないし、なかなか分かってもらえない。それは「生き方」を販売しているからです。時代は必ずモノ売りからコト、そして必ずココロへと成長していく。だからこそ人々がこの会社の生き方を買おうとしてもらう、その投票してもらうことをやっている事業をしているのです。みなさんが選挙で応援し投票したのは、会社=生き方だからこそ、この会社から消費するとしていきたいのです。」

子どもたちが安心してこの先も暮らしを豊かに紡いでいけるようにするには、人類の意識を変化させていくしかありません。それは生き方を変えていくしかないということです。生き方を変える事業こそ、人生を懸けた私の、そしてカグヤの挑戦なのです。

過度な消費文明の中で消耗しきってただ滅亡を待つ日々を闇雲に過ごすのではなく、子どもたちのことを思えば思うほどに敢えて逆行してでもそれを解決しようと挑んでいくことに命を懸ける価値があるように思えます。短い小さな人生でそんなにできることはありませんから引き算しながら取捨選択するしかありません。

私も子ども第一義の理念に恥じないように、生き方=働き方を本気で遊んで極めていきたいと思います。

元気の源

昨日は自然農の畑で妙見高菜の種を蒔き直しました。昨年同様に、蒔き時を間違えたのかほとんどが虫に食べられ他の野草に負けてしまいました。殺虫剤などの農薬を使わない限り、ほとんど虫から新芽を守る手はありません。できる限りの手を尽くしても虫の圧倒的な量や威力にはなかなか手が届きません。

きっとむかしの人たちも同様に、何回も種を蒔き虫の威力が弱くなる時期を待ったかもしれません。もしくは、肥料等で土を活性化して新芽が負けないようにしたのかもしれません。自然農は無肥料無農薬なので、肥料は枯れた草くらいなので自然環境から学び直し、自分の生き方を見つめつつ自然の時期を掴みます。

この畑のある場所は、山の中で周りには畑もないことからイノシシやシカなどもよく出てきます。また雑草や野草の勢いは激しく、少しでも草刈りをしなければあっという間に様々な野草で埋め尽くされます。特に野草は、我先にと高いところを占有して種を遠くに飛ばそうとしますから自分の背丈よりも高い雑草たちが埋め尽くして草刈りが大変で骨が折れます。さらにはそこにツル系の雑草があちこちから畑に侵入してきて、周囲の防護柵などをなぎ倒していきます。一般的な平地の耕しやすい畑とは異なるので、野菜を育てるのにはちょっと不適切ではないかというところに畑があるのです。

しかし地力という意味で、転じて見方を変えてみるとそれだけ土は野草や雑草が瞬く間に広がるほどに肥えているとも言えます。表土を少し削るだけでもミミズや幼虫、様々な虫たちがどんどん出てきます。また多様な雑草の種類も多く、様々な野草が共生しながら楽園のように育ちあっています。その豊かな生態系が存在している場所で、野菜を育てるとイキイキとした野性的な野菜に育ち、その味は決してスーパーなどで買っているものとは大違いです。

私の育てている伝統の妙見高菜はそういう場所でこだわり育てています。だからこそ味にそれぞれの個性が出て、イキイキとした艶と食べ応えがある美味しいものになるのです。

そう考えてみると、この野生の中で育つということはいかに肝心なことかということです。人間もまた自然の中で育てば元気になります。この元気の源とは何かということなのです。

私たちは自分たちの都合で育ちやすいそうに育てやすいようにと、環境ばかりを整えます。自然のままにすることは、大変だからと加工した環境の中で肥料や農薬を与えて膨らませていきます。しかしその本質はどうなっているかということです。見た目を膨らませたとしてもその質はどうなっているのかということです。

自然のままに育つというのは、生きる力、元気の源を成長させていくことです。それは決して環境としては楽なものではなく、どちらかというと厳しく苦労ばかりがある場所ですがそこは生態系が豊かであり、生きる力を発揮している生き物たちで充ちており、野の中で自分のいのちを磨き上げていきます。

その場には確かに人間にとっての快適さはありませんが、人間にとっての心の平安があります。私が取り組んでいる自然農をはじめ、古民家甦生も、会社経営もまた古くて新しい教育を提案するものです。

引き続き、試練を楽しみ、試練から学び、子どもたちに生きる力の本質を伝承していきたいと思います。

歩み方=生き方の改善

人は小さな習慣の積み重ねで経験を積んでいくものです。継続は力なりともいいますが、小さな日々のことをコツコツとやるかで未来の出来事を手繰り寄せていくものです。しかし、このコツコツと行のを面倒だと嫌がり目に見えてすぐに結果が分かった方がいいと焦るのは心に不安があるからとも言えます。

心が安定している人は、コツコツと地道に一歩ずつ取り組んでいくことができます。これはコツコツと地道に一歩ずつ取り組むから地に足が着いているため心が安定しているとも言えます。頭と異なり心は常にちょっとずつ活動しているからです。

心をなおざりにしてやったりやらなかったりしその分、一気に結果だけの帳尻を頭で合わせようとすればそれだけ心が不安定になります。そして不安定になるからまたマイナス思考になり焦り結果ばかりを追いかけてまた地から足が離れて空回りするのです。

心というものは、目には観えませんが自分の体と一緒に歩んでいるものです。体の足が一歩前に出れば、一緒に心もまた一歩前に出る。これを同時にしていくことで、現実や真実が変化していくのです。

自分がいつまでも変化しないのは、自分が一歩足を前に出してもいないのに心だけは10歩や100歩など先に先にと進めようとしている時です。これは体と心が和合していませんから、ずっこけてしまいます。心と体はまるで二人三脚のように、息を合わせて一緒に歩んでいくことではじめて前進していくのです。

日々に心の一歩と、体の一歩は、具体的に言えば、思いを醸成する一歩と、具体的に実践する一歩を同時に行うことをいいます。例えば、何かを決断し行動すると決心したのなら、何かを已めて何かを始めるという具合に心と体を一致させていく必要があります。

そのために人間は、自分の一日を反省し、「自分の一歩はどのような一歩だったか」と振り返り次の一歩に向けて改善していくことで、歩き方を変えていくのです。

人生も同様に、歩き方を変えていくというのは生き方を変えていくということです。自分の歩き方は、一歩一歩、自分で意識しながら変えていくしかありません。

人間は怪我をしたり病気をして立ち止まり、上手く歩けなくなる時こそ、自分を変えるチャンスであり、もう一度、一歩一歩歩き直す中で自分の歩き方を見直していきます。そうやって歩いていけば、生き方も同時に変わり、人生も変わり、未来も今も変わっていくように思います。

一歩一歩と地に足が着いている人は、不平不満を言う暇がありません。一つずつ、丁寧に取り組んでいこうと改善することに着手し日々の一歩を豊かに楽しんでいくように思います。その歩み方は軽やかで楽しく、安心して歩み続けてきます。

人生は自然と同様に周りは日々に変化を已みませんが、その中でもどのように歩んだかは自分の歩き方で決めていくことができます。どんな状況でも歩くというのは、どんな状況でもこのブログに取り組む私の姿勢も歩み方を磨く大切な砥石です。

子どもたちのためにも道が続いていくことを祈り、日々に歩むことの大切さを伝承していきたいと思います。

橋を架ける

現在、復古起新をしつつ暮らしを甦生させ子どもたちの未来に大切な日本人の心をつなごうと試行錯誤を繰り返しています。歴史を学び、先人たちの真心を読み、空間の中に佇んでいる言霊など、目には観えないものを手繰り寄せながら一つ一つを科学的にまた理論的に言葉にして整理することを続けています。

ユダヤの格言に、「自分の言葉を自分が渡る橋だと思いなさい。 しっかりした橋でないとあなたは渡らないでしょうから。」というものがあります。この言葉や文字もまた橋であり、その橋をしっかりと架けなければ人々はその橋を安心して渡ることができません。

よほどの勇気のある人でなければ濁流の滝つぼの上にある曖昧で不確か、そして今にも崩れそうで危うい橋を渡る人はいません。人々が渡る橋は、あちらとこちらが完全に繋がっていて安心して歩んでいける橋でしょう。その橋をつくるには、まず最初に自分が向こう側に渡る必要があります。そして渡ったら次にそこに橋を架ける必要があります。その橋が架かったのなら、最初は背中を押して一緒に渡っていける人を増やしそのうえで渡れた皆に協力してもらい向こう側とこちら側が安心して交流し行き来できるような立派な橋にしなければなりません。その後はその橋がまた崩れることがないように手入れを怠らずさらにその橋を見守り続ける環境を育てていく必要があります。

この橋を架ける仕事というものは、「つなぐ」ことです。何と何をつなぐかといえば、私でいえば歴史と今をつなぎ、子どもと大人をつなぎ、経済と道徳をつなぎ、自然と人間をつなぎ、人の心と心をつなぎ、世界と自分をつなぎ、文化と文明をつなぎ、目には観えないものと目に見えるものをつなぎます。

そしてこの「つなぐ」というのは、橋を架けるということです。

橋を架けるために、私はこのブログをはじめ、橋を架けるために自分に与えられたすべてを使って自分にできることを遣り切っています。その橋掛けは果たして何年、何十年、況や何百年、何千年かかるものなのか・・・考えると遠大で目が眩みます。

しかしその過程もまた橋になる途上ですから、その橋を架けることを豊かに歓びに換え渡る人たちのことを考えて丹誠を籠めて取り組みたいと思うのです。

日本人の仕事が世界で評価されるのは、後世の人に恥じないような仕事をすることです。私も目先の流行や、様々な我欲や、人間関係に惑わないように空を高く眺め、天の星の見守りを背中に感じながら橋を架けていきたいと思います。

この先も子どもたちが通る未来を楽しみに、橋を架ける人としての人生を歩んでいこうと思います。

夏季実践休暇~盂蘭盆会~

今年の夏季実践休暇の一環として、聴福庵で天神様の盂蘭盆会の供養を行いました。菅原道真は私の遠い先祖であることもわかり、日ごろ見守ってくださっている地域の天満宮の清掃と共にむかしの形式を学び直しつつお花や供物をお供えしました。

そもそも盂蘭盆会というものは、仏教からはじまったものです。お釈迦様の弟子のひとり、目連尊者(もくれんそんじゃ)が自分の亡くなった母が地獄に落ち逆さ吊りにされて死後もなお苦しんでいることが神通力を通してわかり、どうしたらその母親を救えるでしょうかとお釈迦様に尋ねたのがキッカケです。それに対しお釈迦様は、「夏の修行が終わった7月15日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことができるであろう」とし目連尊者と僧侶たちがその教えに従うとその功徳によって母親は極楽往生が無事に遂げられたといいます。

ご先祖様への供養となるのは、仏教が中国に伝来してそれまでの儒教などと融合して発展したといいます。時期は南朝梁の武帝(在位502~549)の時代に同泰寺で盂蘭盆斎が設けられ以後、中国の年中行事の一つとなって大いに流行したといいます。日本では推古天皇14年(606年)の記録が古くのち先祖供養や祖霊来訪の民俗信仰と習合して正月と並ぶ重要な年中行事となっています。

この盂蘭盆会の実施の時期は、歴の関係で新盆とか旧盆とか月遅れとか呼ばれますが明治時代の暦の改変で変更されてからこうなっています。西洋のグレゴリオ暦にする前は、暦は年々変化しますからむかしはその暦の変化に合わせて御盆も実施されていました。お釈迦様のときは夏の修行後とあったので、私たちとは生まれた場所も異なりますから本来の日時も季節も同じではおかしいかもしれません。

しかし本質として、亡き人を偲び自らの心に供養をすることは亡き人の苦しみや悲しみを和らげることができまた同時に自他も仕合せになるという真理があるように思います。それを子孫たちが行うことには大切な意味があります。

実際に盂蘭盆会の準備でご先祖様が家に帰って来るという意識で供物やお花を用意していると、今の自分がなぜここに居るのか、そして多くの見守りに活かされているのかを実感し、有難い気持ちになります。

先祖や亡くなった方々があって今の自分があるという意識は、自分だけがよければいい、自分の世代だけ乗り切ればいいなどという自我欲が恥ずかしくなるものです。自分のことだではなく全体のため、子孫のため、地球全体のためにと生きてこそ、私のその先祖の一員になれるという気がしてきます。

また先祖の霊は山からくると信じられていますから、山の花々、山から下りてきた花々を一緒にお祀りすればまるで身近にご先祖様の霊が訪れ華やかに喜んでくださっている気がしてきます。

日本の行事の中には、先人からの大切な教えや回訓があります。学校の知識も大切ですが、本来実践して学ぶという行事からの学びは智慧の伝承として決して失ってはならないものです。

子どもたちに自分たちの代で途絶えることがないように、丁寧に温故知新し甦生していきたいと思います。

誓願

御縁あって、郷里のお地蔵様のお世話を御手伝いすることになりました。ここは私が生まれて間もなくから今まで、ずっと人生の大切な節目に見守ってくださっていたお地蔵様です。

明治12年頃に、信仰深い村の人たちが協力して村内の各地にお地蔵様を建立しようと発願したことがはじまりのようです。この明治12年というのは西暦では1879年、エジソンが白熱電球を発明した年です。この2年前には西南戦争が起き西郷隆盛が亡くなり、大久保利通が暗殺されたりと世の中が大きく動いていた時代です。

お地蔵様の実践する功徳で最も私が感動するのは、「代受苦」(大非代受苦)というものです。

「この世にあるすべてのいのちの悲しみ、苦しみをその人に代わって身替わりとなって受け取り除き守護する」

これは相手に起きる出来事をすべて自分のこととして受け止め、自分が身代わりになってその苦を受け取るということです。人生はそれぞれに運命もあり、時として自然災害や不慮の事故などで理不尽な死を遂げる人たちがいます。どうにもならない業をもって苦しみますが、せめてその苦しみだけでも自分が引き受けたいという真心の功徳です。

私は幼い頃から、知ってか知らずかお地蔵様に寄り添って見守ってもらうことでこの功徳のことを学びました。これは「自他一体」といって、自分がもしも相手だったらと相手に置き換えたり、もしも目の前の人たちが自分の運命を引き受けてくださっていたらと思うととても他人事には思えません。

それに自分に相談していただいたことや自分にご縁があったことで同じ苦しみをもってきた人のことも他人事とは思えず、その人たちのために自分が同じように苦を引き受けてその人の苦しみを何とかしてあげたいと一緒に祈り願うようにしています。

もともとお地蔵様は、本来はこの世の業を十分尽くして天国で平和で約束された未来を捨ててこの世に石になってでも留まり続け、生きている人たちの苦しみに永遠に寄り添って見守りたいという願いがカタチになったものという言い伝えもあります。

また地の蔵と書くように、地球そのものが顕れてすべての生き物たちのいのちを見守り苦しみを引き受けて祈り続けている慈愛と慈悲の母なる地球の姿を示しているとも言われます。

自分の代わりに知らず知らずのうちに苦を受けてくださっている誰かを他人と思うのか、それとも自分そのものだと思うのか。人の運命は何かしらの因縁因果によって定まっていたとしても、その苦しみだけは誰かが寄り添ってくれることによって心は安らぎ楽になることができる。

決して運命は変わらなく、業は消えなくても苦しみだけは分かち合うことで取り払うことができる。その苦しみを真正面から一緒に引き受けてくれる有難い存在に私たちは心を救われていくのではないかと思うのです。

傾聴、共感、受容、感謝といった私が実践する一円対話の基本も、そのモデルはお地蔵様の功徳の体験から会得し学んだことです。その人生そのものの先生であるお地蔵様のお世話をこの年齢からさせていただけるご縁をいただき、私の本業が何か、そしてなぜ子どもたちを見守る仕事をするのかの本当の意味を改めて直観した気がしました。

地球はいつも地球で暮らす子どもたちのことを愛し見守ってくれています。すべてのいのちがイキイキと仕合せに生きていけるようにと、時に厳しく時に優しく思いやりをもって見守ってくれています。

「親心を守ることは、子ども心を守ること。」

生涯をかけて、子ども第一義、見守ることを貫徹していきたいと改めて誓願しました。

感謝満拝

 

道理

世の中には道理に精通している人という人物がいます。その道に通じている人は、道理に長けている人です。道理に長けている人にアドバイスをいただきながら歩むのは、一つの道しるべをいただくことでありその導きによって安心して道理を辿っていくことができます。

この道理というものは、物事の筋道のことでその筋道が違っていたら将来にその影響が大きく出てきます。そもそも道は続いており、自分の日々の小さな判断の連続が未来を創造しているとも言えます。

その日々の道筋を筋道に沿って歩んでいく人は、正道を歩んでいき自然の理に適った素直で正直な人生が拓けていきます。その逆に、道理を学ぼうとしなければいつも道理に反したことをして道に躓いてしまいます。

この道理は、誰しもが同じ道を通るのにその人がそれをどのように抜けてきたか、その人がどのように向き合ってきたかという姿勢を語ります。その姿勢を学ぶことこそが道理を知ることであり、自分の取り組む姿勢や歩む姿勢が歪んでないか、道理に反していないかを常に謙虚に反省しながら歩んでいくことで道を正しく歩んでいきます。

成功するか失敗するかという物差しではなく、自分は本当に道理に適って正しく歩んでいるか、自分の歩き方は周りを思いやりながら人類の仕合せになっているかと、自他一体に自他を仕合せにする自分であるかを確かめていくのです。

その生き方の道理に精通している人が、佛陀であり孔子であり老子でありとその道理を後に歩くものたちへと指針を与えてくださっているのです。

道理を歪めるものは一体何か、それは道理を知ろうとしないことです。

相手のアドバイスを聞くときに、自分の都合のよいところだけを聞いて自分勝手にやろうとするか。それともよくよく道理を学び直して、自分の何が歪んでいるか姿勢を正し、すぐに自分から歩き方を改善するか。

その日々の一歩一歩が10年たち、30年経ち、60年経ち、未来の自分を創り上げていきます。将来どのような自分でありたいか、未来にどのような自分を育てていくか、それは今の自分の道理を見つめてみるといいかもしれません。

そういう意味で、道理を見せてくださる恩師やメンター、そして先達者や歴史上の先祖は、偉大な先生です。そういう先生の声に耳を傾ける謙虚で素直な人は、道理に反することはありません。

私もいただいた道理をもっと多くの方々に譲り渡していけるように感謝のままで自分を使っていきたいと思います。