家の歴史的価値

空き家問題で世界と比較すると、ドイツなどは空き家が1パーセント以下という状態を保っているのがわかります。もちろん中古住宅の流通が発展していることもありますが、その根底にあるドイツ人の価値観が影響しているように思います。

日本では、古いものは価値がなく、新しいものこそが価値であるという考え方があります。まだまだ使えるのに、新品に買い替えては新しい方が何でもいいと思い込みます。もちろん、新しいものは電化製品でも新しい機能や改善もされていますからそっちの方がいいというのはわかります。しかし物によっては、古くなる方が味が出るものがあったり、古いものこそが価値があるというものもあります。

しかし、現在の骨董品や古美術を含め日本ではあまりアンティークなどの品物は流通せず常に新しいものばかり、使い捨てのものばかりの流通が盛んです。身近なところに古い価値のあるものがなくなってきているから余計に古いものの価値を感じなくなっているのです。ドイツ人は物に備わっている経年変化や「歴史的価値」というものを大切にしているのでしょう。日本人はいつからそういうものがなくなったのかと不思議な思いがします。

日本では住宅の価値は22年も経てばほぼ9割は無価値であると評価されます。土地の価値だけになると、駅から近いか、近隣の環境が整っているか、利便性はなど、その土地があるところの価値だけの評価になります。実際には、家は古くなればなるほどに歴史的な価値も向上するはずですがその価値はまったく尊重されることはありません。

まだ住める家かどうかが重要ではなく、価値があるかどうかで家が売り買いされ、ほとんどが新築になっていきます。車社会になってからは、市街地の家を解体して建て直すのではなく少し離れたところの土地を整備しそこに戸建て住宅を販売しています。それがまた年数経ったら空き家になるのは、駅からも遠く利便性も悪く、土地の価値もなくなっていくから買い手がつかないのです。

人間はいい町に住みたいや環境の豊かなところに住みたいというまちづくりと関係する部分と、素敵な家に住みたいという部分があります。この豊かな町で素敵な家にというものは、その人物や民族の価値観がどうなっているかでその後の空き家につながっていくのでしょう。全体善を考えたり、伝統や伝承を考える少しの心の余裕が物の見方を変えていくのでしょう。

このままでは近い将来に世界一の空き家大国になってしまうことは統計からも証明されています。子孫のことを考えてみても、空き家ばかりが遺されたスポンジのような風景や、幽霊屋敷のように壊れて廃墟と化していく街並みなどは観たくはないはずです。

だからこそここで必要なのは、価値観の転換であり古いものの中に価値を見出すという事例が増えていくしかありません。本来、日本人の持っている精神でもあった「もったいない」というものは、目には観えないものへの思いやりや価値を大切にするという生き方のことです。

空き家が増えていくのをみると、「もったいない」と感じます。心の空き家や隙間ばかりが増えていかないように、日本古来からの家の歴史的価値を復古創新し今に伝承していきたいと思います。

信念を貫くということ

人間の一生は短いものです。その短い一生の中でできることとできないことがあるように思います。例えば、すぐにできることは自分一代で得られることばかりですがもしも何代か先の子孫のためにとなればできないことが増えていきます。

この時間軸というものは、その人がどれくらい長い目で物事を考えて行動するかにかかっています。一見、無駄なことをと思えるものでも信念で取り組む人や自分が決めたことをやり遂げる人には周りの評価は気にならないのかもしれません。

そういう人たちの功績というものは、その方の没後に燦然と輝いてくるものです。今でも私たちが身近に触れることができる伝統や文化を通して私たちはその価値を享受することができています。今、私たちが恩恵を受けることのほとんどは最初にそれをはじめた人がいたからです。そしてその人の人生では周囲に認められなくても、その人が信念で切り拓いた道の延長線上で私たちは仕合せや豊かさをいつまでもいただくことができるのです。

今、名が遺る歴史の偉人たちはみなそうやって自分一代だけに囚われず本来の自己の使命を追求し、精進をして何よりも信念に生きた人だったように思います。

しかし実際には、人間は信念を維持することが難しいものです。自分一代の栄耀栄華に囚われ、他と比較して贅沢や裕福になりたいと願い、周りが持っているものはもってたい、周囲に評価されたい、安定して安心できる日々を手に入れたいと、様々な欲求を優先して信念が消失していきます。求める力もまた同時に減退してきて、生活に流されているうちにその生涯を終えることがほとんどのように思います。

そもそも物事の本質や天命や使命は変わることはなく不易です。しかし、時代の流れの中で恵まれた生活を送りたいと誰しもが思うものです。楽をしたい、安定したいと思うこともまた、人間の願望でそれ自体は自然なことです。大切なのは、どれくらい長い目で取り組んでいくことか、どれだけ真実に忠実に取り組むかということが、その物事の本当の価値を定めるように思います。

本流を貫き、本質を維持する、つまりは不易というものは自分の信念に従うことと深い関係があります。そして流行とは、時代の中で変化していく価値に対して本来の価値を守り続けるために自分の方が本質で居続けるための精進を続けていくことです。

温故知新は、新しい時代の流れの中にいて本来の初心を変えずに忘れずに取り組み続ける信念ののことです。変えないためには、変わり続ける必要がある。その日々に真実を求め続けて学び抜く本物の学力が求められます。

物事をそこまで本気で追求しようとする求める心は、自分の天命や使命に生きたいという信念と共に育ちます。信念に助けられ、没後でもいいと思えるような諦観を持ちたいものです。

引き続き、誰がどう言おうが他人からどのように評価されようが自分の中の信念とかんながらの道を達していけるように精進していきたいと思います。

人間を磨く

「磨く」という言葉があります。ではこの「磨く」とは具体的にどのようなものをいうのか、それは包丁などでいえば砥石で磨けば研ぎ澄まされてよく切れるようになります。これも磨いたということの一つです。他にも年代物の床や木を何度も拭いていけば、それも光沢が出てきて磨かれます。このように磨くというのは、繰り返し何度も何度もそのものの本質を引き出そうと取り組むことで磨かれていくのです。また「人間は磨けば光るダイヤモンドの原石」という言葉もあります。

ではその人間はどのように磨かれるのか。

それは人の話を素直に聴くということで磨かれます。なぜなら人は謙虚になることが引き出されることであり、謙虚になることでその人の本質が出てくるからです。そう考えると、まさにに人間関係こそが磨き合う本であり、人間は人間同士で関わり続けることで信頼関係を通して人格を磨き合いお互いを光らせているのです。

だからこそ自分自身にとっての「磨き」は、「信頼関係を築く」実践であり、そのために人の「諫言」や「忠告」、アドバイスを聴き入れることであることが分かります。自分に厳しいことを言ってくださる存在や、自分の過ちや視野の狭さを指摘してくださる存在、自分の間違いを正してくれる存在が磨いてくださる砥石なのです。

アドバイスを自ら聞かない状態とは、磨くことをやめているということになります。もっとも気を付けるべきは、プライドが邪魔して耳を傾けることをやめてしまい磨くよりも周囲の評価を気にしてコーティングしてしまうことです。コーティングが剥げないようにといつまでも人のアドバイスを避けていたら信頼関係が築けません。そうなるとその人の本質が磨けなくなりますから、さらにコーティングを上塗りし固めていくうちにそのものの本質や持ち味まで消失してしまうかもしれません。コーティングは簡単ですが、剥がすのは大変な作業です。

最初は自分が単なる石ころだったとしても、どんな石でも時間をかけて磨けば光ります。そして自分で自分は石ころだと思っていても、その石ころは悠久のいのちのリレーでバトンを受け継いだ親祖からの歴史がある石ころです。磨いて光らないはずはなく、単に自分で磨くのをやめているだけなのです。

自分で磨くためには、素直に周りの言うことに耳を澄ませて傾聴し、謙虚に自分で心を研いでいくのです。人は話を聞きたくないとすぐに独善的に自分が正しいと思い込んでしまいますがその時こそ、磨くことを忘れないで素直という素材を謙虚という砥石で磨こうと心を定めることかもしれません。

安心してそういう言葉が言ってもらえるように、信頼関係を研ぎ澄まし、常に自分が間違っていないか、何か見落としていることはないかと、環境に働きかけながら磨き方を日々に研鑽していきたいと思います。

 

 

むかしのいのち~もったいない~

昨日、聴福庵のおくどさんの間の天井煤竹の残りで装飾などを行いました。煤竹は、丈夫で傷まないのであらゆるところに活用することができます。飴色に美しくしなるこの竹は歴史を生き抜き燻されたいのちの凄みを感じます。

今の時代、何でもすぐに加工して大量生産をして本物に似たようなものを作ることができます。本物風の似て非なるものが、席巻しているこの時代では時代の篩にかけられて生き残ったものは古臭いものとして捨てられていることが多いように思います。

しかし少し考えてみればわかります。

この本物の煤竹を作ろうと思ったなら、100年から200年間、囲炉裏の上で日々に燻し続ける必要があります。そんな時間と手間暇をかけてつくろうとしたら、出来上がるのにこれから100年から200年待たなければなりません。ホームセンターなどで売ってある煤竹は、見た目は飴色風ですがこれは機械で一気に燻し加工することで本物風に似せているものです。

もしも先ほどの100年から200年の煤竹の大量注文をお店が頼まれたらすぐに「品物がない」と断るはずです。また「200年待ちでもいいですかと聞いて「はい」と答える消費者はいない」と答えるでしょう。

簡単に真似できるものと、真似できないものがこの世にはあります。いくら似せても、歴史や時間は似せられないのです。

私は伝統というものを考えるとき、かけてきた時間の長さを感じます。

人間は誰でも寿命を全うしたいとは願うものです。そのために、いのちを永く使い切ろうと大切に用いてきたのです。「もったいない」という言葉の本質や背景には、このいのちの大切さが籠められているのです。

そのいのちを加工して時間を懸けずに簡単に作りこまれて消費しては捨ててゴミにするという世の中では、いのちの価値もまた失われていくように思います。

すぐに加工して使える物を欲しがる風潮は、人間にまで影響を与えすぐに加工して使える人間を欲しがるようになります。

本来、時間をかけてそのもののいのちをじっくりと感謝して使おうという価値がもったいない心を育み、自然の智慧を活かす風土環境を醸成したように思います。

むかしのいのちの価値観が失われてきている現代において、子どもたちの感性にも影響を与えてきているように思います。伝統というものは、その歴史の時間を通して先人たちが守り継続してきた思いや願い、祈りがあります。

聴福庵の天井に配置した煤竹には、そういう祈りや願い、思いが入っています。引き続き、子どもに譲り遺していきたい生き方を伝承していきたいと思います。

空氣の本質~元氣な暮らし~

人間は空調に慣れてしまうと空気の流れや新鮮さなどを感じなくなりますが、むかしの古民家に住んでみると風が縦に流れているのを感じ澱みのない新鮮な空気の美味しさを味わえるものです。家の中では囲炉裏をはじめ、火鉢などを炭を熾してお茶を飲みますがその空気も床下から天井の屋根へと流れていく空気によって常に浄化されていきます。

以前、新潟のとある古民家宿泊施設に泊まったときそこは空調設備が整い現代のサッシの窓で厳重に閉め切られていたのですが、囲炉裏で火を熾したらすぐに一酸化炭素中毒の症状が出たことがありました。現代の住宅では危ないからと決して閉め切ることがないのですがつい古民家だから大丈夫だろうと安心していたのが原因でした。古い家でも、現代風になっているところは空気が循環していないのだなと改めてむかしの家の智慧を感じる善い体験になりました。

人間は空気を吸っていかなければ生きてはいけません。空気の中から水分を吸収したり、目には観えない様々ないのちのエネルギーを得ています。森林浴なども空気の中に入っている様々なものを吸収して心身ともに癒されていくのです。その空気が環境汚染によって汚れており、都市ではなお空気は汚れますから健康を害しているのは当然とも言えます。

以前、「医師が薦める本物の健康住宅」という記事を読んだことがあります。そこに小児科医の真弓定男院長の記事に「食事と空気を昔に戻せば、子どもはみんな元気になる」というものが書かれていました。

「特に、みなさんが普段何気なく吸っている空気の問題は重要です。何より気をつけないといけないのは、冷暖房で温度調節された空気です。人間は25日間、何も食べなくても水さえあれば生きていけます。その水も5日間程度なら飲まなくても大丈夫。でも、5分間呼吸をしなければあっという間に死んでしまいます。それほど空気は大切なものです。ところが、この空気をおざなりにしている人が非常に多いのです。
町中の空気より、自然な空気のほうが体にいいことは誰でも知っていること。それなのに、冷暖房や加湿器を効かせた室内で、一年中同じ温度、湿度の中にいるのは、あまりにも不自然だとは思いませんか?体には、もともと温度調整機能が備わっています。気温が高ければ自動的に毛穴を開いて汗を出し、逆に気温が低ければ毛穴を閉じて体を震わせ、熱を生み出す。そうやって体温を一定に保っているにもかかわらず、機械によって体の状態を保とうとすれば、体本来の機能が失われていくのは当たり前です。」

現在、東京では総合空調のビルの中で一日を過ごすことがあります。田舎で自然農や古民家で暮らしているなかで都会の生活に戻るとあっという間に皮膚や疲れが溜まっていくのを感じます。もちろん、病院の入院のように病気の時は回復に役立つのですが健康な時にはかえって不健康になるという具合に体温調節の機能などが働かなくなるのを自分の体験からも感じます。

田舎での体の活き活きした強さは、自然の中で五感が働き躍動することで得られる元氣です。都会は体はあまり使わず、頭ばかりを使うので五感よりも脳さえ動けばいいのかもしれません。しかしその脳も、便利すぎる都会の生活の中で空気や電磁波、食事によって働きが減退しているのも感じます。

さらに真弓先生は、「本来、外気と室内の温度差は、5℃以上あってはいけません。できるだけ外と近い空気を吸う。冬でも薄着の習慣をつける。それが子どもの健康を守る大事な秘訣です。」といいます。

自分の体をあまり甘やかさずに、少し厳しくすることで本来備わっている力を発揮させるようにする。健康を守るというのは、今の時代では環境に甘えずに自律して自立する生活習慣を身に着けるということかもしれません。

最後に、「本物の家」についてこう語られています。

「通気性のいい家とは、家の中の風が縦に吹く家のこと。昔はどの家にも必ず縁の下がありましたが、床下の空気が畳を通して1階に上がり、格子状の天井を通して2階へ行き、その空気が瓦屋根を通って外へ行く。昔ながらの木造旅館などがそのいいお手本です。すぐに新しい家を建てることができないという方は、窓を開ける習慣をつけましょう。外の空気となじませるだけでも違います。建物の空気を大事にすれば、健康面だけでなく、心ものびのび育つはずですよ。」

むかしの家にすれば、本物の家になるという言葉はまさに本質だと思います。

先人たちは、この土地の風土の中で私たちよりもずっと長い間、暮らしを営んできました。その中で得た住宅や家の智慧は、私たちが健やかに安心して健康に生きていくために創意工夫された努力の結晶とも言えます。

それを外来の異なる風土から入ってきた建物や家に住み、その翳った分を加工して乗り越えるのもそろそろ限界に来ているように思います。環境汚染が進み、気候変動やあらゆる資源が激減する中で、そんな遠くない未来に私たちは便利さや快適さを見直してでも健康で長生きし、安らかに豊かに暮らす方を選択することになると思います。

その時のためにも、先人の智慧を伝承することは今の時代を生きる世代の大切な使命です。引き続き、子ども第一義を実践し「本物」を譲り遺すために自立と自律を実践して継続継承していきたいと思います。

 

夏のしつらえ~清々しい涼しさ~

昨日、聴福庵の建具を「簾戸」(すど)しつらえました。本来は6月初旬から秋にかけてですが、ちょうどいい建具が見つからなかったためここの時期になりました。入れ替えてみると、ようやく夏を迎える準備ができた感じになり清々しい気持ちになります。

むかしの日本の先人たちは、夏の厳しい蒸し暑さをしのぐために様々な工夫をしてきました。例えば、身近であれば北から南に風が抜ける通り庭に打ち水をして調整したり、風鈴で音を鳴らし風を感じたり、桶に水を入れてスイカを冷やしたり、金魚を観照したり、団扇も夏の浴衣の色や模様も、その「心持の方も工夫」して涼をとってきました。

今のようにエアコンや扇風機のなかった時代、家も衣服のように衣替えし、障子戸や襖を、風通しをよくした「簾戸」に置き換えて工夫してきました。この「簾戸」(すど)は呼び名が多く夏戸、夏障子、御簾戸、葦戸でもよく、すだれ(萩、葦、竹ひご)をはめ込んだ建具のことを言います。

通気性のなくなった家の中は、モワっとするような蒸し暑さが増していくものです。学校の体育館なども同様に空気がこもって蒸し暑さにうな垂れますがこれは空気が通っていないために起きています。

襖や障子は紙でできているため水分を吸収しやすく保湿してしまい同時に風も遮断してしまいます。もしも襖や障子で閉め切った部屋になれば、自ずから部屋の空気が動かなくなり障子が吸った水分が溜まり蒸し暑くなるのです。しかし間仕切りしなければかえって外の窓からの熱が廊下伝いに部屋にこもってしまいます。葦の隙間から漏れる木漏れ日のような日陰に部屋の中が柔らかくなり空間がうっとりしてそれだけで涼が流れます。

自然の方を無理やり変えるのではなく、自分の心の持ち方や観方の方を転じていく。先人たちは心の工夫をしながら自然と共生し、自然の善いところを見て自分に都合が悪いところは自然を変えるのではなく「自分を変えて」さまざまなことに知恵を働かせて暮らしてきたのがわかります。

自分の思い通りの生活をすればするほどに我は強くなっていきます。自分の思い通りにならないことばかりに思い煩い不平不満を言って周りを変えようと文句を言う前に、先人たちの工夫のように知恵を働かせてかえってその季節を楽しむような素直で融通無碍な発想や転じ方をしていきたいものです。

自然と共生し、豊かに生きるということはそれぞれの持ち味や特性を生かし、それを適材適所に配置してその魅力を引き出していくことです。

夏の楽しみが増え、夏の模様替えが心の中に風を通してくれます。今年から聴福庵で清々しい夏をしつらえと共に過ごして古くて新しい暮らしを復古起信していきたいとおもおもいます。

 

野性のチカラ

昨日、熊本で自然を愛する会と共にヒューマンネイチャースクールを主催する方とお会いするご縁がありました。会が立ち上がってから43年間、自然と共に育ち、自然と共に生きる、「共育」・「共生」を願いに、登山やキャンプといったアウトドアをベースに、会員相互の親睦や社会奉仕活動・国際交流事業をはじめ、様々な活動を行っておられました。

お話をお聴きしていると、私たちの観ている子ども観と同様で「子どもはできないのではなく、知らないだけだ」という言葉に改めて環境が変わって得たものと失ったものの存在を再確認することができました。

公式サイトには、「子どもたちの現状とこれから」というところでこう書かれています。

『「生きる力を育む」ということで、教育の現場では様々な取り組みが行なわれているようですが、昔の子どもと今の子どもは何処が違うのでしょうか?食生活が欧米化したことにより体型の変化はあるようですが、本質的な部分は少しも変わっていないように思います。大人が作り出した社会環境の影響をまともに受けているだけで、子ども達は今も昔も子どもらしい部分は何も変っていないように思います。確かに今の子は、昔の子に比べて我慢強くありません。辛抱出来ない子が多いと言われます。しかし、それは大人の都合ではないでしょうか。出来ないのではなく、したことがない、しなくていい、する必要がない、知らないという環境にいるからだと思います。昔の人が創意工夫してきた知恵を含め、私たちが子どもの頃に当たり前のようにやっていたような体験が不足しているだけのようです。体験させ伝えてあげることができれば大丈夫だと思います。』

今の時代は、物に溢れ、環境に恵まれ、自ら何もない中で強烈に「求める」ということも少なくなってきています。現状に満足してこのまま特に大きな辛抱や苦労をしなくても生きていくことができる時代でもあります。そんな状況の中で、最初からやる前にできないと思い込んでいたり、どうせ自分にはできないと決めつけたりして諦めている人も多いように思います。

本当はそれは単に「知らない」だけで、何でもやってみようとすれば人間はなんでもできます。私も幼少期から何もない中で、様々に創意工夫してやってきました。それは今も会社経営をはじめ、現在挑戦しようとしていることも前例に囚われず諦めず「辛抱」して忍耐しながらも子どもたちの未来のためにと日々に新たな挑戦を求め続けています。

最初からできないと思い込んだり、大変なことを避けて苦労を嫌がるのは今の恵まれすぎた環境に対して本来備わっている生きる力が減退しているからかもしれません。農業一つでも、農薬がないとできないとか肥料がないから育たないとか、自然に育つ環境という観点ではなく材料や道具がないからできないと思い込んで最初から諦めていたら共に育つものも育ちません。

人間というものは、なんでも環境を整えて安心安全になってしまうと生きる力がなくなってくる生き物なのです。だからこそ、過保護過干渉にせず信じて見守りその人が育つために敢えて自分から主体的に活動できるような「自然野性環境」が必要になるのです。

この自然野性環境とは、五感を総動員し、ないものねだりはせずにどんなものでもすべて活かそうとする野性のチカラの発揮できる環境のことです。そうすれば元来備わっていた持ち味や活力が引き出されその人にしかできないチカラや魅力が顕現してきます。言い換えるのなら汗と苦労のチカラです。

あまりにも恵まれすぎる環境を与えれば与えるほど、汗も苦労もせず人間はもともと備わっている野性のチカラを消失していきます。そしてそのうち環境がないからできないと何かのせいにしているうちに自分自身も消失していくのかもしれません。

子どもの頃の野性のチカラを発揮する体験は、大人になってもその人の人生に自信を与えるように思います。自然の中で、創意工夫して生きた力はそのままに自分自身の可能性を拡げていくからです。

私も自然や伝統文化を愛するのは、そこにむかしからの先人の智慧を身近に感じるからです。先人の智慧は今のように何でも環境が整っている中では一つとして生まれてはいません。その智慧はすべていのちを使い切るような自然の叡智の中で創意工夫して実現してきたものです。

子孫たちに、その智慧が伝承していくことが生きる力を伸ばしていくいのちのリレーでありかけがえのないバトンになります。

子どもたちが置かれている現代の風土や環境をもう一度、研究し直し何を得て何を失っているのかを真摯に学び直していきたいと思います。

 

伝統の価値観

人は体験することではじめて全体で何が起きているのかを理解することができます。いくら頭で知識だけで分かった気になったとしても、それは妄想であり現実の実感は持てないものです。実体験の苦労があってはじめてそのものを直視することができ、そこから直観することができるのです。

例えば、幼い子どもたちにいくら知識でいろいろなことを教えても体験の価値には敵いません。先日の農作業やお米作りでも、自分で田んぼでお米を育ててみてはじめて日ごろから食卓にあがるお米の尊さを自覚するのです。体験には苦労はつきものですが、この若い時の苦労が自分が成長していく過程で先祖から連綿をつながっている伝統の価値観を学ぶことになります。

むかしから自らの実体験によって暮らしを実践し、その暮らしの中から私たちは伝統の智慧を継承してきました。この伝統の智慧は、伝統の価値観を持つことではじめて活かすことができます。伝統の智慧はそのままでは意味がなく、活かすことではじめて意味が出てきますが、その智慧を活かせるようになるには大前提として日本人としての価値観を伝承している必要があるのです。

本来、日本語も同じく伝統の体験を磨いて日本人の価値観を持った人がその言葉を用いればそこに智慧が働きます。自分の価値観は環境や生育によって育まれるものですが、その価値観に先祖から伝来している智慧を習得できるかどうかは世界の中で自分たちのアイデンティティを確立するためにもとても大切なことなのです。

苦労を避けて、楽に便利に汗をかくことをやめた日本人は日本人の価値観を忘れていきます。特に伝統や暮らしが失われ、実践する機会もなければほとんど日本人ではなくなっていくのです。

伝統の価値観は、私たちの「根」であり、根を学ぶことは先祖からの智慧を学び、生き方を伝承し、子孫へと精神を継承していくことです。これは先祖伝来のチカラであり、私たちの先祖が子孫のためにと見守ってきた愛の伝道でもあります。

今の私が此処にあるのは先祖がいのちのリレーをしてくださったからであり、そのバトンを受け継いで走っているのを忘れるのは本末転倒です。

引き続き、子どもたちのために何が遺し譲れるか、本質を見極めながら脚下の実践を積んでいきたいと思います。

本物の暮らし

昨日は、千葉県神崎にある藤崎農場のむかしの田んぼで草取りや伝統衣装の体験をしてきました。日本の民族衣装というものを改めて観てみると、田んぼの景観と相極まってとても色が鮮やかに感じます。今は、洋服で海外からのものばかりを着ていますがそれはその土地のものではありません。

やはり砂漠には砂漠で生まれた民族衣装、北極では北極で生まれた民族衣装、それぞれの地域や文化、生き方や智慧を纏っている衣装を観ると、学ばずして学び、心はその智慧をそのままのカタチで伝承できるようにできているのを知りました。

午後のふり返りの中では、むかしと現代の農業の違いなどについて語り合うことができました。むかしは、農家は生産物として大切に生き物たちの生態系を極力尊重しながら稲を育てていた方が安心し稲の暮らしを守れると信じていました。現代は、農家は工業品として稲を改良し、稲を加工することだけに集中していきます。

日本はむかしからの生産物としては稲だけではなくイ草、葦、萱なども、大切に暮らしの中に取り入れていました。里山に見られるように、すべての自然と一緒になりながら自分たちの分を分けてもらいながら謙虚に「生産」をしてきました。その「生産」をするなかで、活動することで私たちは生産活動としての生活を営みました。今の生活はむしろ加工するのみのものに変化していますからむかしと現代の違いは「暮らし」があるかどうかということになります。ここでの「暮らし」とは何かということです。

例えば、稲を種から育てて収穫しその八十八のプロセスをしっかり体験してみるとそこにはお米ができるまでの背景を知ることができます。今では簡単にコンビニでお金を出してレンジでチンしたり炊飯ジャーに入れれば勝手にできてしまいます。しかしそれで「いただきます」といっても、なにをいただくのかは分からないはずです。

実際に、農家になってお米を生産しているとその苦労や大変さが身に沁みます。そしてそのお米作りの大変さを知れば知るほどに、やってみればみるほどに自ずから「いただきます」の姿勢や心になっていきます。つまりはこのお米を食べるために、どれだけの方々が働いてくださっているのか、それがどれだけ自然の恩恵を受けたのか、そしてなぜ美味しいのかということを感覚で感じるのです。そんなものを教科書で教えたからわかるはずはなく、自分で汗をかいて苦労するからこそそのいただきますの言葉が本物になっていくのです。

私も自然農をはじめてから、自然が育てるものの凄さ、何もしなくてもびっしりと詰まった味や栄養をもっている自然からいただくものの偉大さを身近に感じるようになりました。

無理に肥料や農薬を与えなくても、野菜そのものの持っている力を引き出してあげれば本当に美味しいものができあがっていくことも知りました。愛情深く、見守り、そのものの育つ力に少しだけ手を貸してあげれば育つように育ちます。しかしそれには、熟すための時間と、熟すために必要な熱量や愛情が必要になります。

生きることの根を育てていくというのは、日々の暮らしを大切に生きていくということです。ここでの暮らしは、単に日常的な生活全般のことを言っているのではなく、自分が活かされていることに感謝しながら生きていく暮らしのことです。

自分中心に自分勝手に、自分がやりたいように人間の思い通りになっていく世の中。まるで偉大な人間様になったかようにふるまい、自然を我がもの顔でやりたい放題していますがここに本来の暮らしは一切存在しません。

子どもたちのためにも生き方を見つめ直して本物の暮らしを今一度、後世のためにも考え直す必要があるように思います。本物の生きる歓び、本当の楽しいや人生の仕合せは、むかしからずっと今まで自然や暮らしの中にあったものです。現代につくられた人間中心の妄想の価値観の延長線上の未来は今の都会そのものように仮想空虚の現実しかありません。

引き続き、子どもに遺していき譲っていきたいものを一つ一つ甦生させながら本志本業に専念していきたいと思います。

椽の下の舞~縁の下の力持ち~

諺に「縁の下の力持ち」というものがあります。これは語源の由来を調べると、聖徳太子が建立した大阪の四天王寺の経供養で披露された「椽(えん)の下の舞」だといいます。

この「椽(えん)の下の舞」は昭和40年代になるまでずっと非公開で行われてきた秘事です。観客が一切見ていないにも関わらず、舞い手は努力して舞の練習をし舞い続けたのです。ここから陰で努力することや苦労することを指す言葉になったといいます。 その後は、時代の流れで言葉の意味を分かりやすくするために、「椽の下」を同じ発音の「縁の下」となり「舞」は「力持ち」に変化したとあります。

この「椽の下」の「椽」とは何か、これは訓読みで「たるき」と読め、屋根板を支えて棟から軒に渡す部材「垂木」のことを指しています。この垂木は最近、聴福庵の「離れ」の瓦葺きのときに屋根瓦を支えるために大事な役目を果たしていた印象深かったものです。この椽の下は、単に庭先にある縁側の下を支える木ではなく屋根や重い瓦を支える重要な「垂木」なのです。「えん」という字を椽から縁にしたことで、庭先に出ている縁側のイメージがついてしまいますが本来は家の屋根を守る垂木だと思うとその意味が違って感じられます。また「舞」のことを力持ちとされていますが、本来の伝統的な舞は「祈りや供養」のことを指していました。

「椽の下の舞」は、つまりは「人々のために人知れず祈り見守り続けていた存在」を知ったということかもしれません。

私たちは自分を中心に物事を考えて、自分の都合で目に見えるものを中心に解釈していくものです。しかしその自分を支えてくださっている存在に目を向けてみると、本当に多くの偉大な御蔭様によって見守られていることに気づきます。

私たちが雨や風や天災、災害から守ってくれているのは屋根です。その屋根があるから安心して私たちはその中で暮らしを営んでいくことができます。屋根がある安心感、屋根のある暮らしは、その屋根を支えてくれる「椽(えん)のチカラ」の御蔭様なのです。

いつまでもその屋根が家の中の人たちを守り続けるようにと祈り、むかしの大工たちが屋根の上には神様がいるとして屋根神様や七福神や鍾馗様、鬼瓦などで様々ないのりを祀ってきました。

四天王寺は聖徳太子が建立していますが、聖徳太子は民間信仰では大工の祖とされます。国家という家を形成するうえで、何が最も大切なのかということを理念として永らく密かに「椽(えん)の下の舞」を執り行われてきたのです。聖徳太子の「屋根を支えよ、そして祈りつづけよ」という初心を忘れてはならないという伝承を感じます。

「縁の下の力持ち」は、現代ではいろいろな使い方をされますがその本質を忘れはならないように思います。屋根がない家は家ではなく、屋根の存在を忘れて人は安心することはないということです。家の中心に屋根があること、安心して民が暮らしていける存在になることを祈り続けたのかもしれません。心を大切に守り祈り続けてきた大和の先人たちの智慧や真心に感謝の気持ちがこみあげてきます。

私も初心を忘れず、「椽の下の舞」を実践していきたいと思います。