地域の宝

先日から地域の宝を守るためにどうすべきかというテーマをいただき深め続けています。ここでの地域とは何か、それは中央か地方かといった地域ではなく、故郷としての地域です。

そして故郷とは何か、それは心の原点のことです。心の原点を愛する人たちによって、故郷は生き続け、それが失われることによって故郷は消失します。

残念ながら画一的になってしまった現代社会の中で、本来多種多様であった故郷の形状は破壊され、ほとんどの地域から故郷が消失しているように思います。地域の宝を残したいという声も次第に失われ、経済効果や生産人口の増加ばかりに地域政策が奪われ本来の大切なことを忘れてしまっているようにも思います。

私たちとっては、子どもというのは社會の宝です。社會とは何か、それは人間が共存共栄していく自然の智慧のことです。その社會の宝とは何か、それは子どもであることはいちいち説明する必要はありません。

子どもが消失すれば社會もまた消失します。子どもたちが創りだす社會が、未来の社會であり、それを見守るのが本来の大人の役割です。そういった原点、つまり宝を受け継ぎ引き継ぎ、つなぎ守ることが未来へ地域や故郷を遺す唯一の方法だと私は思います。

地域の宝を守るというのは、故郷を愛する人たちを守るということです。そして故郷を愛する人たちを増やすことで故郷は甦生していきます。故郷を愛するというのは、故郷の歴史を守るということです。

その時代時代の人たちが愛してきた記憶、そして暮らしてきた営み、つまり歴史を遺していくということです。もし歴史がなくなればその地域の故郷もまた失われます。まったく歴史を無視して、新しいものに入れ替えたなら歴史がなくなり人も心も消えていきます。

そうやって国土や風土がまるで他国のように入れ替わっていくのはすべてこの歴史を奪い故郷を消失させていくから実現しているのです。故郷とは歴史のシンボルなのです。そのシンボルを守ることこそ、地域の宝を守ることなのでしょう。

日本もまた戦後の政策によって地域が次第に消失していきました。地域再生などに取り組む人たちは、何をもって地域再生というのかをもう一度、よくよく考えてみてほしいと願います。

子どもたちが安心して心の原点を持ち、世界で活躍していけるように地域の宝を守っていきたいと思います。

摩滅と甦生~一期一会~

この世にあるすべてのものは滅しないものはありません。いくら永遠のように感じているものでも必ず滅するときが来るのです。それはこの地球も、そして太陽もまたいつの日かは必ず滅します。

そしてこの滅するという法理は、この世のすべてのものに適応されていきます。

例えば、私たちはたくさんの道具を用います。その道具は、時代に合わせてこの世を生きていく道具として私たちは様々なものを創り出していきましたがそのどれもが使っているうちに摩耗し摩滅して最後は滅します。どれだけ長く持たせるか、どれだけ手入れをして摩耗を甦生させていくかという観点からもったいなくいのちを使い切っていこうという発想が生まれます。

これを寿命とも言いますが、有難くいただいたものを最期まで感謝のままに大切に使おうという発想もまたこの滅することから生まれたように思います。

その滅するものの道具の一つに、「言葉」というものがあります。

言葉もまた、私たちの道具の一つです。私たちはその言葉という道具を使い、様々な用途に活かしていきます。その時代に必要な言葉を当てはめ、その人の哲学や使い手の価値観の中で言葉を使い時代を創ります。

その言葉は、次第に磨かれて研ぎ澄まされていきますが最後は滅します。そうやって時代時代に使っていた言葉も、滅して失われたり、もしくは書き残されたものがありますが読めないもの、意味が不明なものが出てきます。その道具が役目を終えている証拠なのです。

その役目を、新たに甦生するのはその道具を別の使い道にして新たにする人の解釈の力だとも言えます。普遍的な道具であればあるほど、摩耗して磨かれても研ぎ澄まされたまましっかりと生き残っているものがいまだにたくさんあります。いざとなった時のためにと先人が摩滅する前に遺してくださっているものもこの世にはまだたくさんあります。それを初心というのです。

その初心の価値に気づいた人たちが、かつての道具を甦えさせ現代の人々の困難を救っています。言葉も同様に、今の時代にとって必要なものを解釈し直し、それを伝道し、現代の人々の心を救っています。まさにこれが私の言う初心伝承なのです。

磨くことと滅すること、この二つはいのちの有り様そのものを表現しています。子どもたちのためにも一期一会を磨き、一期一会に帰するまで日々の有難いご縁を楽しんでいきたいと思います。

徳の再構築~時代を創る~

人間はそれぞれの時代を生きてきました。その時代時代に時代の特徴というものがあり、それは歴史を学べばその時代の背景や様子を観察することができるように思います。

人間は社會を形成する生きものですからどのような社會を形成したかでその時代を洞察することができるように思うのです。そしてその時代背景の中でどのように生を全うした人がいたかを私たちは学び、時には感動し、時には絶望し、その人々に共感するのです。

生まれた時代、そして場所が異なるだけで人生は多種多様な生き方がありそれを体験することで私たちは生まれてきた意味を知ります。改めて社會を変えていく仕事というもの、そして世直し業というものの本質を感じるのです。

現代という今を生きる私たちはどのような時代を生きているのでしょうか。

急速なスピード社會、大量生産大量消費の中で暮らしは消失して忙しく日々に追われるように生きています。個々のつながりは次第に断絶され、バラバラになってきているとも言えます。確かに便利になってなんでも思い通りになることが増えてきましたが、その分、心の満足感や充足感は感じにくい環境になってきているように思います。

時代というものは、その時代を象徴するような出来事があります。それが例えば、戦争であったり、天変地異であったり、人災があったりと様々です。どのような政治を行ったか、そして民衆は何を大切に暮らしを維持したか。その時代の価値観ともいうものもその時代時代に醸成されました。

明治の時代の価値観は、今の私たちでは理解できないものがあったり、もしくは江戸時代、鎌倉時代、はたまた縄文時代の価値観は今の社會では受け入れられないものばかりかもしれません。

しかしその時代は、その価値観で生きた人たちによって社會を形成したのです。

私たちは時代に学ぶ必要を感じます。

その時代時代に体験したことで得た智慧を如何に子孫たちに伝承していくか、それは時代を生きた世代の大きな使命であろうと思います。このような時代があり、みんなはどう生きたかという歴史の伝承は、未来を生きる子どもたちへの生きる問になっていきます。

そして今を生きる世代は、どのような背中を見せていくか。どのような社會を創ろうとするか、その姿勢が問われるのです。令和に時代は入りましたが、令和元年に生まれた子どもたちは22世紀まで生きていきます。

私などはどう頑張っても2100年を越えて生きることは不可能です。今世紀中には必ずいなくなるのです。だからこそ自分たちが創りたかった本当の社會、自分たちが学び、こうあってほしいと祈り願った社會の実現に向けてできることをやり切りたいと思うのです。

それぞれの時代で醸成された時代は、個の徳と社會の徳は合致していました。もう一度、徳の再構築を行い、この時代の徳を磨いていきたいと思います。

原風景と風土の徳

昨日、千葉県神崎にあるむかしの田んぼで田植えをしてきました。みんなで協力し、田植えをしお昼には昨年の新米で手巻き寿司をつくりみんなで和気あいあいと語り合いました。天気もよく、食材も地元神崎の発酵したものばかりを食べ、この田んぼで作られた酒米や甘酒などを飲み心も体も仕合せな時間を過ごすことができました。

「和」とは何かということを頭で考えて勉強をする人もいますが、本来の和とは「和」という言葉が先に生まれたのではなく和があって言葉ができたのです。その和を体験するためには、むかしからの原風景の中で原体験を得るしかありません。今の人たちはすぐに頭で考えて先に答えを出して、その中で価値があるものやメリットがあるものだけを取捨選択しようとする傾向があります。

体験することの価値が失われていることが残念で、本来は体験の中でこそその意味や言葉の価値を知るのが真実です。映画館の中で外から眺める人生ではなく、中に入って一緒に味わっていく人生の価値というものは和の醍醐味の一つです。

話を戻しますが、世界人口の約半数の人たちが食べるお米は地球上ではとても重要な役割を果たしています。特にアジアは米食文化で、様々な伝統行事や神聖な祈りなどもお米を中心に行われます。元号が変わる今年は、新嘗祭といって今までの稲の種を次の代へと引き継がれる大切な行事が行われます。

それだけ私たちにとって稲作というものは、この日本の風土の原風景であり、先ほどの田植えは日本人の原体験であるのです。

この原風景とは何か、辞書には「人の心の奥にある原初(一番最初)の風景。原体験から生じるさまざまなイメージのうち、風景の形をとっているもの。今はなくなってしまった、子供の頃の記憶のような風景。様変わりした現実の風景に対して、本来そうであっただろう、懐かしさを覚える風景。」と書かれます。またほかの辞書には「原体験におけるイメージで風景のかたちをとっているもの。」と書かれます。

私にとっての原風景の定義とは、「本来の風土の景色」ということです。もともとはじまりがどうであったか、この風土にしてこの景色ありということです。それは東南アジアの風土であればこの風景、北欧のこの風土であればこの風景、アフリカの風土であればこの風景というように、その土地が自然そのままあるがままの風景になったものということです。

現在は、風土に合わない様々な異文化が価値観のコントロールによってそれぞれの場所で展開されています。すると、原風景から遠く離れた光景が現れます。例えば、アフリカの真ん中に巨大なピラミッドがあったり、北欧にバンブーハウスがあったり、日本でアフリカの服装をしていたらすぐに原風景ではないことは気づくはずです。

つまり風土の中に人間も一体になり調和するとき、私たちはそれを懐かしいと感じ、原初の魂に触れているのです。こうやって風土に学び風土となることは、私たちの人生に大きな影響を与えていきます。

それを「懐かしい」という感覚で表現しますが、これは心に原風景を持ったということです。それを別の言い方では故郷を持つとも言います。風土が故郷になり、私たちはそこから出て故郷の価値を再認識し、どのように故郷と調和を続けるかを自覚します。そうやって自分の体や心を創ってきたもの、自分というものを育てて形成したものへの感謝や尊敬が自分の自信や幸福感を満たしていくのです。

当たり前すぎて語られることも少なくなりましたが、この風土という絶対的な価値に気づいている人は少ないように思います。

子どもたちもまた風土の化身であり、風土の景色です。

その風土の恩恵や徳を譲り遺していくためにも、私は子どもたちのために人生を使っていきたいと思います。

 

 

洗練された伝統の美意識

以前、埼玉県にある小江戸川越を散策したことがあります。この小江戸とは「江戸との関わりの深い町」「江戸の風情を残す古い町並みを残している町」、「江戸のように栄えている」という意味で使われています。

特に印象的だったのは、鏡のように磨かれた黒漆喰が塗られた土蔵造りの古民家の街並みのかっこよい姿です。この小江戸川越で黒漆喰で塗られている壁を「江戸黒」と呼びます。

そもそもなぜ土蔵造りにしたのかというと、それだけ江戸では火事が多かったということです。これは江戸に限らず火事のあった街道筋では土蔵造りの古民家を多く見かけます。私の古民家甦生で手掛けている福岡の長崎街道の飯塚宿幸袋や日田街道の比良松も明治頃の火事によってほとんどが焼失し土蔵造りが多くあります。これもまた火事対策のためです。むかしは放水などがなく、木造住宅が火事になった場合は周りに燃え広がらないように風向きをみて周辺の家を壊すしかなく対策がありませんでした。土蔵にすれば、その家には燃え移ることもないので土蔵造りが増えたのです。蔵の原理と同じで、土は燃えないという理からです。

そしてこの小江戸川越もまた、明治36年の大火でほとんど焼失し今の土蔵のほとんどが明治36年以降に作られたといいます。通常なら白い漆喰で塗られるのですが、なぜ黒漆喰なのか、それは「渋さ」を愛した江戸っ子ならではの粋であったからだとも言います。

しかしこの黒漆喰は、通常の漆喰よりも高価で手間暇が非常にかかるため現代で黒漆喰で壁をやるというのは費用も含めほとんど不可能に近くなっています。この黒漆喰は菜種油を燃やして取った油煙を漆喰に混ぜて漉した「黒ノロ」と呼ばれる塗料をまずつくります。そして表面に塗り込んで仕上げていきます。そしてその漆喰を塗り終えた壁に薄く塗り表面が固まってきたら布で磨くという作業を行います。さらに岩石を粉状にした砥之粉(とのこ)を打ち素手で鏡のようなつやが出るまで徹底して磨くという非常に手間がかかる作業でつくるのです。

今でも輝き続ける江戸黒の美しさは熟練の伝統左官職人の技と時間が惜しみなく注ぎ込まれたものなのです。

この「粋」という言葉は、江戸時代に生じた言葉で江戸の美意識や心意気を指すものです。そこから身なりや振る舞いが洗練されていることを言いました。つまりシンプルに言えば、「洗練されたもの」ということでしょう。そしてそれを「渋い」と尊称したのです。

私もこの日本の黒が持つ、深い渋みや洗練された色合いが大好きで身の回りのほとんどに黒を用います。私が黒を愛する理由は、炭にはじまりましたが夜の闇に火を灯した漆黒の美しさやぬくもりに感動してからです。

今度は、そんなに古くない古民家を手掛けますが温故知新された伝統和モダンの民家を私なりに深めてみようと思います。

 

 

後悔のない働き方

現在、働き方改革などといわれて時間を短縮したり業務をIT化したりと具体的なところばかりがフォーカスされますがそもそも働くとは何かということを議論されていることが少ないように思います。

世界には色々な働き方があり、それと同様に多様な生き方があります。生き方の方を尊重されている社會であれば、自ずから働き方も尊重されるはずですが残念ながら日本ではあまりそれがないように思います。

幼少期から画一的に規格内の平均値を設けられ優劣を相対評価によって集団に埋没するように教育を施されてきていますからなかなか個人でもそれを超えて新しい生き方を優先することはできません。周囲も応援してくれているというよりは、全体的な諦め感というかどうせ無理という声の方が多いように思います。

または自分とは分けて、有名人だからとかお金持ちだからとできない理由を恵まれた環境のせいにしていたり、自分の不憫な環境のためにという言い方もします。

果たして本当にそうでしょうか。

私はよく周りから新しいことに挑戦して日々に濃い人生を送っているといわれることがあります。現に一緒にいる人は、密度が高いから大変といって嫌煙されることもあります。しかし同時に楽しかったや充実しましたと喜ばれることの方が多いように思います。

その理由は、後悔のない人生を送りたいと思っているからです。よく後悔しない生き方をしたいという人がいます。この後悔しないことがつまり生き方であり、日々に後悔しないような仕事の仕方が働き方になるのです。

そもそも何のために働くのか、それは何のために生きるのかです。

だからこそ働き方改革とは、後悔のない働き方を選択していけば自ずから改革は進んでいくのです。残念ながら後悔する働き方をしているのが日本の大多数の現状なのかもしれません。では何が後悔するのか、一度、それを検証してみる必要を感じます。

目的がはっきりすればするほどに、人生は濃く充実していくものです。

働き方を子どもたちに伝承していけるように後悔のない仕事を楽しんでいきたいと思います。

 

本質を愛する人間~何のために生きるのか~

私は、こだわりが強いと色々な方に言われることがあります。この「こだわる」という語は、もともとは「ものごとがどとこおる」「つっかえる」など執着を表す言葉でした。国語辞典の大言海では、少しという意の「こ」に差し支える、支障があるという意味の「さわる(障る)」が転じた「たわる」という言葉だともいわれています。

つまり「こだわりが強い」とは、執着が強いと訳されるのです。しかし、よく料理人のこだわりや、職人のこだわりなど、妥協も一切なく本質を徹底するために削れるものはすべて削り落とすほどの熱意や情熱を傾けたものもまたこだわりが強いといわれます。

そのほかにも、オタク気質や誰にも評価されなくても自分の道を貫き通す人にもこだわりが強いといわれます。

このこだわりという言葉は、決してマイナスなイメージだけではなくプラスのイメージもまたあるのです。特に私は、本気の仕事に携わるとき本気の人と一緒に働くことに喜びと幸せを感じます。それはこだわりがある人たちだからであり、本質を愛する人たちだからです。

だからこそ私にとっての「こだわり」とは何かと定義すると、「本質かどうか」にこだわっている人ということです。つまりこだわりが強いという言葉の同定義は「本質的である」ということです。

限りなく本質に近い人、本質そのものが観えて本質のままに仕事を遂行する人はみんなこだわりが強くなっていきます。何にこだわっているのか、それは本質にこだわっているのです。

例えば、何かの物事があったときそもそもの目的から必ず考えます。その上で、何がもっとも目的に適ったものか、そしてどのようにその目的とプロセスを合致させていくかと目的から離れることはありません。

一般的には、すぐに他人の評価や、世間の物差し、業界の常識や過去の経験則、もしくは保身や楽を選ぶことから本質から離れていきこだわりも薄くなっていくものです。しかしそんなことをしていたら目的を見失い、結局は無難なものを選ぶことがもっとも最良という判断を持ってしまうものです。

それでは何のためにやるのかというこだわりを捨てなくてはなりません。私は何のためにやるのかさえ失わなければ、特にこだわっているものはありません。周りがこだわりが強いという反面、私自身はこれだけはというものや優先順位の高いものだけは決して妥協しませんが、それ以外は特にこだわっていることはほとんどありません。

こだわりが強いのは本質や目的だけで、あとはこだわりは薄いのです。

今更ながら、このブログを書きながらも私は目的にしか興味がないことに気づいていますからやっぱりこだわりが強い=本質を愛する人間なのかもしれません。

引き続き子どもたちのために、この日々のブログも精進していきたいと思います。

自由自立

人間に限らずすべての生き物たちには感情があります。さらに突き詰めれば、自然物は感情を持っているとも言えます。それは例えば、無機質といわれる生物ではないと一般的に言われるものであったとしても感情を持つのです。

こんなことを言うと頭がおかしいと思われるかもしれませんが、一つ一つの道具でも磨いてあげて綺麗にしてあげると輝き始めます。特に自然物に近いもの、木や布などは天気の状況や置かれた環境で影響をすぐに受けてしまいます。たとえそれが限りなく自然物でない人工的なものであったとしても粗末にすれば機嫌を悪くしますし壊れます。身近であればパソコン一つ、扱い方が悪ければ壊れますし携帯一つでも雑にすればすぐにダメになります。

この感情というものは、動物であれば天気のよい清々しい朝は鳥の鳴き声や虫たちが活き活きと活動しています。もしも天気が荒れている暴風雪や暴風雨などの日は、みんなおとなしくじっとしています。天気のように感情や機嫌も波状のように起伏しますからそれが感情がある証とも言えます。

この感情というものは、私たちが地球の一部である証でもあります。天気気候が万物普遍的に変化するのに対し、私たちの感情もまた同時に普遍的に変化します。それがある意味では生きている証であり、私たちのいのちが何を感受して感得して生きている実感を感じているかを味わう一つの感覚になっているのです。

この感情というものを向き合うことは、いのちと向き合うことに似ています。逆に感情を押し殺して無感情になろうとするといのちを避けていることになっていきます。

大切なのはいのちを丸ごと味わうことであり、感情を受け容れることで自然一体になっていくことがこの世で生きる仕合せにつながっているように思います。

色々ないのちと一緒に生きていく中に自分のいのちがある安心感はかけがえのないもので、どんなに感情を避けても自分の中のいのちや魂のようなものはどんな今も味わおうと積極的に生きています。それは身体が自分を生かそうとするように、自律神経が目覚めて活動しようとするように自然に湧き上がってくるものです。

自分に正直に生きていくということは、自分の感情を素直に味わい受け止めるということでもあります。自分のままでいい、素のままの自分が許されていることに気づくことが感情を愛することになるかもしれません。

一歩一歩大人になっていく中で、自分との出会いや付き合いは次第に深まっていくものです。自分というものを知り、自分というものを許し、自分というものを尊重し、自分のままであることに誇りを持つようになること。

自立とは、いのちの歓びでありこの人生への感謝です。

歴史に学び、先人たちの真の教えに触れ、一度きりの人生を生き子どもたちにその自由な背中を譲り遺していきたいと思います。

家の寿命

先日から木造中古住宅の甦生をはじめていますが、すでに間取りの問題などが出てきています。もともと建てる時に考えた住宅設計と現代に活用しようとするときの住宅状況では間取りが異なります。むかしの日本家屋のように、襖や障子で間仕切りされているのであればまだしもその後のリフォームなどで個々の部屋に分かれドアがつけられてしまうと使い道が急激に狭まってしまうものです。その場しのぎの住宅のツケがそのまま子孫に渡されていくのは家もまた同じです。

家を直すとき私がまず間取りの解体から入るのは、そもそもの家の暮らしから設計されておらず不便さの中にある「家の寿命」のこともよくよく考えてあげる必要があるからです。つまり家に住む人間だけではなく、家にもいのちがある存在として認め、家が長生きできるようにしてあげることが自分たちがそこに住む期間を安心して永くできるコツであると私は考えています。

平成19年の国土交通省白書で家のじみょうのい平均築後年数の国際比較が調査されています。そこには日本では30年、アメリカは55年、イギリス77年と書かれています。残念ながら日本の家の寿命の短さは先進国の中でもトップです。

ヨーロッパでは、むかしから昔ながらの家のままに親から子へ、そして孫へと受け継がれていくようになっています。パリの街はナポレオン三世が150年前に作った街並みと住宅がそのまま現在に至る基盤となり、そのままの形で残存しています。パリの家の平均築年数は150年です。日本でも、長崎街道をはじめ街道筋にある木造の古民家は築150年以上のものがたくさん建っています。しかし現在、お年寄りも施設に入りあまり住んでいるところがなく空き家になって廃墟と化しているところが増えています。本来の棟梁の魂の籠った立派な木造建築が、手入れされずにそのまま廃墟になっていくのは見ていて深い悲しみを覚えます。

日本の家の寿命が短い理由は、一つは戦後大量に建てられた大量生産大量消費の住宅の質がよくなかったことと、国の法定耐用年数が決められており、木造住宅なら20~22年で資産価値がなくなると判断されるため古くなると壊してまた新しく建てようと考える傾向があったこと。他にも、個人主義の歪んだ価値観が入ってきて、日本の家で暮らす価値観が変化してきたこと。便利で快適な生活を求めて都会に出てマンションやアパート暮らしをはじめて元に戻れなくなったもの。

もっとも大きな理由は、使い捨ての文化が当たり前になり欧米のように「家を長持ちさせよう」という意識が失われたことかもしれません。

しかし結論から言えば、日本の住宅の寿命は欧米に比べ短くなっており住居費の負担が増えるばかりです。そうなれば、子どもたちに譲り渡していく家がなくなればそれだけ住居費はかさみ、若いころの生活が厳しくなります。子どもができ育てていけば自ずから学費や生活費などの出費もかさみますから家は寿命が長い方が本来は価値が向上していくのです。

家の価値を高めるためには、暮らしの充実と家の修繕を続けていく必要があります。いつも綺麗に保つ工夫や、物が増えすぎない工夫、そのどれもむかしの人たちが実践てきた和の家の文化に残っています。

和の家を甦生させることが、現代でもむかしの家を復古起新し対応していくための方法です。引き続き、家を学び直しながら子どもたちに譲り遺していきたいものを甦生させ続けていきたいと思います。

 

 

家の寿命

現代建築の家の寿命は平均約30年くらいだといわれています。この理由は、耐久性を重視せずに建てられているからともいえます。また家主がその家を手入れしてまで直して使おうとしていないからだとも言います。実際に修理したりリフォームをしたりすることはしようとはせずに、すぐに解体して建て直すという常識もあります。

実際に、先日ある家を改築することになり色々と間取りを確認していたら生活スタイルや家族構成の変化に合わせて部屋を増やしたり減らしたりと改造されていました。途中からその時々に改造し、家を出ていきますから内部はだいぶ傷んでいますし使いにくくなっているものです。

それを次の活用に合わせてどうリデザインしてリメイクするかは、その家に住む人の判断次第です。ただしかつて100年も200年も長生きしている古民家を改修するのと現代住宅を改修するのとは異なり、メンテナンスの回数や時期も変わってきます。

例えば、土壁の漆喰や古民家のむかしの畳は床下から天井までの風通しがいいため長年傷むこともありません。しかし密封建築で風通しが悪いと、自然物を使ったものが呼吸ができずにカビが生えたりひび割れたりと痛みが早くなります。だから耐久性の低い人工物、例えばプラスチックの畳風のものを入れたり科学的に塗装した土壁風のものを入れることになります。

もともとそれらの人工物は寿命が短いことと、自然物ではないため人体にもあまりいい影響がありませんから劣化が早くメンテナンスの回数も増えていくのです。しかしそれらは流行ものですから、その時はあっても人気がなくなればすぐに廃版になったりしますから交換することも難しくなります。

こうやって痛む家というのは、全体的に見た目も悪くなるため解体して建て直した方が安くていいという話になるのです。また30年で建て替えることで、新しい仕事も発生しますし、家族構成が変わり流行もありますから建て直そうという家主のニーズとも合致するのです。

古民家であっても、何度か時代に合わせてリフォームして内部がぐちゃぐちゃになっているものもたくさん見かけました。そうなると子どもや孫の寒いし使いにくいし汚いし要らないという声にがっかりしている家主さんも嘆き節もありました。

しかしそもそもその直し方や手入れの仕方が、問題だったのであり家が問題だったわけではありません。そこに気づかないから、手が付けられないほどのコストがかさみ、本来の家の価値が失われていくのです。

家そのものの直し方を知るということが、家を本当の意味で長持ちし長生きさせていくということになるのです。空き家問題も抱え、建築バブルも崩壊し、新しい建物を建てにくくなってくる近未来において直し方の学習や研修などの必要性を感じます。

引き続き、子どもたちが安心して喜んで活用できるような長く愛される家を残していきたいと思います。