歴史を学ぶこと

私たちは本である場所のその過去のことを知ることができますが、本当に過去を知るためには現地に赴き自分の足で確かめていかなければ本当のことはわからないものです。

王陽明に「知行合一」というものがあります。知識と行為は一体であるということ。本当の知は実践を伴わなければならないということ。つまり知識と行為はバラバラではなく本来は一体であるということ。知識と行動が一致することを実践といい、この実践することなしに本当に知るということはあり得ないということです。

歴史も同様に、過去の知識がいくら残っていたとしてもそれを自分が知ろうと行動していかなければ歴史も単なる知識として理解してしまい中身のない文字だけのものになってしまいます。

歴史を学ぶということは、職人が技術を学ぶことと同じように真摯に何度も実践し深め本質に近づいていくように骨身を削って達していくことに似ています。そしてそこで得た本物の知識のみ本当に役に立つものになるのです。

この「知る」ということは、骨身を削ったり辛苦を味わったりしなければ知ることはありませんから楽して便利に手に入るものは所詮、同様に便利に簡単に使えなくなっていきます。逆に大変でも苦労して手に入ったものは、いつまでも使い続けることができます。

いくら仮想で脳が現実を補ったとしても、心を籠めて身体を使っていなければその穴埋めは脳の知識だけではできません。人間は脳を使うとき、同時に真心や身体的努力を用いて現実というものを感受することで真実を得ることができるように思います。

だからこそ、まずは心と体、つまり行動を先にして脳はそのあと使っていくというような生き方をしていなければ知行合一することは難しいように思います。言い換えれば、今のような時代はまず行動をして知り、知ったことをまた行動で省みるというようにつねに生の人生を体験し続けて味わい続けるというような学問の姿勢が問われるように思います。

歴史も同様に、現地にまずは趣き自分の足でその土地や地理を確かめていく。その土地の文化や風土、人々に触れて話をよく聴いてそこに残存する空気や気配を感じ取る。そのうえで、歴史の記録を辿りながら記憶をつなぎ合わせて本当のことをつなぎ合わせていくということが歴史をものにしていくことではないかと思います。

歴史がものになればどうなるか、それは生き方がものになることであり人類のこれからを確かめるということになるのです。私が現地でつぶさに歴史を学ぶために足を運び何年も深め続けるのは、人間というものを深く知りたいからでもあります。

先人や先祖たちの生き方の中に、今を生きるヒントがありそして答えがあります。

子どもたちが安心して暮らしていける社會のために、知行合一に歴史を学び直していきたいと思います。

本物の経済人~世直しの仕組み~

二宮尊徳の弟子たちが残したものに二宮翁夜話があります。これは二宮尊徳の門弟、福住正兄が身辺で暮らした4年間に書きとめた《如是我聞録》を整理して尊徳の言行を記した書のことです。

この夜話には、二宮尊徳の思想や具体的な行動が記録されています。その夜話231条の記録の中に「神儒仏正味一粒丸」という言葉があります。

「神道は開国の道なり。儒教は治国の道なり。仏教は治心の道なり。ゆえに予は高尚を尊ばず卑近を厭わず、この三道の正味のみを取れり。正味とは人界に切用なるをいう。切用なるを取りて切用ならぬを捨てて、人界無上の教えを立つ、これを報徳教という。戯れに名付けて神儒仏正味一粒丸という。その効用の広大なることあえて数うべからず」

どのように世直しをしていくか、その善いところだけを合わせて団子のように丸めて薬にして人々に与えるという発想。この「正味」という字は、余分のものを取り除いた中身、本当の中身という意味です。二宮尊徳は、報徳という考え方はこの3つを合わせてできたということを暗に意味しています。

そしてこの報徳を実現することを報徳仕法を実践することとしました。

「農村の復興・改革という報徳仕法の実践面は、勤労、分度、積小為大、そして、推譲から成っていると考えられる。つまり、まず分度を立て、その分度を守りつつ勤勉に働く。最初は小さな成果しか得られないかもしれないが、それを継続し、積み重ねれば大きな成果が生まれる。成果が生まれたら、いたずらに浪費するのではなくそれを家族や子孫、他人や社会のために役立てる。一言に集約すると『勤倹譲』(勤労、倹約、推譲)と表現されることになり、これらが報徳仕法の実践である」

これは現在のソーシャルビジネスにも通じており、尊徳はもうずっと前に経済で生み出される人間の貧困の問題を解決するための方法を発見しそれを具体的に実現し成果を出していたのです。その後、明治維新により西洋化を急速に進める中で報徳仕法は失われましたが世界を救う世直しの仕組みとしてこれ以上のものは産み出されていないのです。

二宮尊徳がこの仕法に気づくキッカケになったのは、大飢饉と飢餓です。自身の人生の苦労から一生涯を懸けてこの問題の解決に取り組んだ方なのです。グラミン銀行のムハマド・ユヌス氏もグラミン銀行の創設の理由を同じようにこう語っています。

「グラミン銀行設立のきっかけは1974年の大飢饉でした。当時、私は米国の大学で博士号を取得して帰国したばかりで、大学で経済学を教えていました。若くして自信満々でしたが、いくら経済の知識を持っていても餓死していく人々を救えませんでした。」

人が貧困や飢餓で死んでいく現状を心底憂い、なぜこうなるのかと社会構造全体の変革について挑戦した人物たち。まさに経済の道の中で、世直しを実行しようとした本物の経済人たち。

このような人たちが、経済というものの本質を見極め、経済とは何のためにあるのかということをシンプルに語り掛けてきます。

「貧困は人災である。貧困のない世界を創る。貧しい人々は力さえ与えれば、チャンスさえ与えれば、才能さえ引き出せれば自立できる、そしてよりよい社会を創り上げることができる。すべての人に尊厳、自由、平和の保障された生活を」と。

今一度、私たちは深く考えなければなりません。

貧富の差の本質とは何か、格差社会の本質とは何か、同じ人間がなぜこのように差別されてしまうのか。それはすべて「心の問題である」と気づいた人たちが世の中を変えていくのです。どうせこの先、行き詰まる世の中で必ず人類の誰かがそれに気づき立ち上がりみんなを動かし世界は変わります。

その過渡期にある私たちは、その問題にみんなで勇気をもって向き合う必要が出てきます。人類の平和や仕合せとは何なのか、本当の暮らしは、本物の人生はどのようなものであるべきか。

道の途中ですから、今を真摯に学び直しながら人生の正味を練り上げていきたいと思います。

 

 

天の蔵~徳の貯金箱~

バングラディッシュにグラミン銀行というものがあります。これはチッタゴン大学教授であったムハマド・ユヌス氏が銀行サービスの提供を農村の貧困者に拡大し、融資システムを構築するための可能性について調査プロジェクトを立ち上げからはじまったものです。

この「グラミン」という言葉は「村(gram)」という単語に由来しておりマイクロクレジットと呼ばれる貧困層を対象にした比較的低金利の無担保融資を主に農村部を中心に行っています。今では銀行を主体として、インフラ・通信・エネルギーなど、多分野でグラミンファミリーと呼ばれ各地でソーシャルビジネスを展開しています。

ムハマド・ユヌス氏は、貧困層の問題はチャンスが与えられないことが本質だとしその機会を与えることが貧困問題を解決する鍵だとしました。一部の富裕層のために貧困層のチャンスを奪うことになっている資本主義経済の弱点を解決しようと挑戦しておられます。そのユヌス氏はこう言います。

「すべての人間には利己的な面と、無私で献身的な面がある。私たちは利己的な部分だけに基づいてビジネスの世界を作った。無私の部分も市場に持ち込めば、資本主義は完成する。」

人間の併せ持つ欲と徳、その欲のみで経済を動かし続けたことに問題がある。本来は道徳といったものも経済に適い一致するのなら本来の資本主義は完成するはずだと信じたのです。

この経済と道徳の一致を最初に説いたのは、私が何よりも尊敬し判断の基にしている「二宮尊徳」です。二宮尊徳は「道徳なき経済は、犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。」と言いました。つまり、欲だけで走る経済はまるで犯罪そのものではないか、そして本来の経世済民という意味での道徳が失われているのならそれは単なる絵空事あって復興の足しにもなりはしないということでしょう。

二宮尊徳も「村(gram)」を中心に、貧困の解決に取り組み復興を実現していきました。二宮尊徳は、相互扶助金融制度としての『五常講』という仕組みをつくり信頼を基盤に経済と道徳の一致を行いました。具体的には人倫五常の道によって積立・貸借をしていきました。そして「五常講真木手段金帳」という帳簿をつくりそれぞれに薪の節約、鍋炭払い、夜遊びの中止など、工夫をこらし、連帯して生活を向上するように指導したのです。

この五常は「仁」「義」「礼」「智」「信」の5つの徳目のことです。これを説明すると、まず仁は「金に余裕のある人がこの「講」に貸し出し基金を寄せる。」そして義は「この講から借りる人は約束を守って確実に返済する。」礼では「借りた人は貸してくれた人、支援者に感謝する。」そして智は「借りた人は確実かつ1日でも早く返済できるように努力工夫する。」最後に信は「金の貸し借りには相互の信頼関係を築いていく」この5つの徳目を守ることを条件に「五常講貸金」という相互扶助の金融制度を発明したのです。

先ほどのグラミン銀行のようなものをすでに日本では二宮尊徳が実践し、600以上の村々を復興していたのです。二宮尊徳が目指していた社會は、平和で人々が思いやり優しく手をつなぎあって暮らしていこうとしたことがこの発明からも観えてきます。孔子が目指した理想を二宮尊徳は具体的な方法によって導こうとしたのでしょう。高弟だった富田高慶報徳記にはこう書かれています。

「天地万物にはそれぞれ固有の徳が備わっていることを認識していた尊徳は、人間社会は天地万物の徳が相和することによって成り立ち、自己が生存できるのもそのおかげであると考えた。そのことに感謝の念を持ち、自己の徳を発揮するとともに、他者の徳も見出し、それを引き出すように努め、万人の幸福と社会・国家の繁栄に貢献すること、これが尊徳の考える『報徳の道』である」

天地万物の徳を引き出すことに経済の仕組みを用いる。まさに我が意を得たりの境地です。私が目指している理想もまた、この一点にこそあります。保育に懸けるのもまた天与の人間の徳を見守るためなのです。

まさに一円観、一円融合はこの一致する一和にあります。子どもたちに譲る貯金が底をつかないように天の蔵に積み足していく徳のお金を譲り遺していけるように残りの人生を懸けていきたいと思います。

 

 

 

草莽崛起

歴史を学ぶ中で志が受け継がれていることを感じるものです。現代の様々なものは、かつて志を立てた人がいて、それを後世の人たちが引き継ぐことでカタチになっているとも言えます。それにこれからもまた、その志を受け継ぎ偉大なことが実現するときまで誰かが顕れ継承されていくのです。

わかりやすいものは、明治維新のころの松下村塾です。吉田松陰もまた、先人たちの遺志を継いで志を立てましたがその志は塾生たちによって実現していきました。また塾生たちが出会った人物たちもその志に触れ志を立てて参画し継承していきました。

たとえば、松下村塾の塾生に久坂玄瑞という人物がいます。この人物は禁門の変によって若くして亡くなりましたが坂本龍馬、西郷隆盛、高杉晋作など多くの志士たちに多大な影響を与えました。彼の死によって、志士たちはその遺志を分け合い後を引き継ぎ事を為す原動力にしていきました。

このように志は、志士によって醸成され、それは継承されることでさらに発達発展を遂げていくのです。代を積み重ねるたびに力が増していくのです。自分の代だけで簡単に終わってしまうものは志ではなく、死してなおそれが受け継がれていくようなものを持つことが志ともいえるのです。

「今自分の胸にあるのは、病人を治す処方ではない。天下を治療する処方である」

これは久坂玄瑞が松下村塾で立てた志です。もちろんこれは吉田松陰に出会うことで、志に出会ったのです。そしてその志は次第に草莽崛起という言葉に発展していきます。

「大名や公家はあてにならない。本当に力を発揮するのは草莽の志士の連中だけだ」

そして久坂玄瑞が亡くなったのち、高杉晋作や坂本龍馬、西郷隆盛をはじめ多くの志士たちが同時に立ち上がり草莽崛起を実現していくのです。

この草莽崛起という言葉は、まさに志士たちのためにある言葉です。久坂も「私の志は、夜明けに輝く月のほかに知る人はいない」ということを詠んでいます。見た目は他と変わらぬ普通の人であったとしてもその志は見た目にはわからず理解もされません。しかし自分自身は何よりもその志を知っています。明け方に月を眺め、意志を強く持って行動を続けた純粋な姿が観えてきます。

「私は、意志が弱い人間です。将来、私は、成功出来る人間ではない。しかし、もし私自身が駄目だと思い、行動しなければ出来ることも出来なくなる」とも詠んでいます。いのちを懸けるというものは、いのちを懸けようと行動した人たちが語れる言葉なのです。

それらの志をそれぞれの志士たちが自分の道で実現していくこと、道はたくさんあるのだからその道で志に向かいいのちを懸けることこそが草莽崛起であるのです。

時代がいくら変化しても、草莽の志は絶えることはなく私たちの心魂の中で生き続けて成長を続けていきます。まさに代を重ねていくいのちそのものとなってです。

私も草莽の志士としてなすべき今に集中していきたいと思います。

 

生き方と働き方の一致

だいぶ前に「180°south 」というライフドキュメンタリー映画を見たことがあります。これはアウトドアの世界的有名ブランドのpatagonia創業者イヴォン・シュイナードとTHE NORTH FACE創業者ダグ・トンプキンスの二人の運命を180°変えた一つの旅を振り返り、ひとりの青年がその軌跡を追体験するように制作されたものです。

その中でイヴォン・シュイナードの人柄や美学にはとても共感するものがありました。自分の生き方を仕事にしていて、仕事が生き方の一つの表現になっている。生き方と働き方を分けない姿が、このブランドの価値を創造したように思います。

このパタゴニアは、マーケティングにおいても10パーセントの同じ価値観や生き方をする人たちだけでいいと最初から決めてすべての生産や販売を管理しています。また社員たちも同じ生き方をしようとする人たちを集めるために、採用においても工夫をしています。

現在では、老舗企業の風格で創業メンバーの子どもたちが志を受け継いで展開しているようですが今でも多くの人たちの心をつかんでいるように思います。

そのイヴォン・シュイナードの言葉にこういうものがあります。

「シンプルで居る事は難しい、何でも複雑にして行く事は簡単なんだ」

これは本質であり続けることの難しさ、「何のために」ということを突き詰めて生活を削ぎ落していくことの難しさを語っているように思います。日々の喧騒ですぐに忘れてしまう目的や初心が、より自分の人生の道を曇らせていくように思います。その中でも本質を保つということはよほど覚悟を決めた旅を歩んでいく必要があります。

またこうもいいます。

「「時間がなくて」あるいは「忙しくて」。これらは嘘の言い訳だ。これらの言葉の裏に隠れた真実は「優先度合が低いからまだやっていない」のであり、もっと言うなら、やりたくないというのが本心である。」

自分の人生の優先順位を間違えてしまえば、本当にやろうとしたことよりも日々の雑念や我欲に負けてもっともらしい理由をつけてはやろうとはしなくなります。これはやりたくないということを隠しているだけであり、本来の覚悟が揺らいでいるのです。自分で決めた生き方があるのなら、どんな理由があったにせよ途中であきらめるわけでにいきません。しかし、ちょっとした困難やトラブルがあったくらいで人は早々に諦めてしまうことが多いようにも思います。だからこそこうもいいます。

「旅で、想定外のことが起こったら、そこからが冒険だ」と。

冒険する人生を旅するというのは、決してアウトドアの世界の話だけではなく生き方の話です。冒険が楽しいからこそ、仕事も楽しいと言えることがシンプルにするということでしょう。

パタゴニアの社訓は「遊ばざるもの、働くべからず」とあります。これは遊ぶように働き、働くように遊ぶという意味でしょう。まさに本質でありシンプルであり、生き方と働き方の一致を言います。

カグヤも生き方と働き方の一致を目指していますから、冒険こそが人生の醍醐味になるような生き方を優先していきたいものです。

最後に、この映画で共感したこの言葉で締めくくります。

「人は魂の救済のために行動しないと。それぞれの方法で。」

世界には同志がいて、それぞれの方法で同じ頂きを目指しています。私もその一人として、自分のやるべきことに専念し最期の一人になっても登頂にアタックする覚悟で一期一会の挑戦を楽しみたいと思います。

 

 

 

 

自分に正直に生きる

昨日、海外に住む親戚の長男が聴福庵でオリジナルのダンスを披露してくれました。様々なダンスの大会に出たり、学校に通ったりと自分なりに好きなことを楽しんでいました。

若さの花もありますが、好きなことを本気で打ち込んでいる姿には引き込まれるものがありました。自分に正直に生きていくということは、誰かが教えてくれるわけではありません。自分自身が何よりも悔いのない生き方をしているかは、自分自身が一番よくわかっているからです。

人間は誰しも小さな自分への嘘が積もりに積もっていくうちに自分への不信を募らせていくものです。そのうちに仕上がってしまえば、本心を打ち明けることもなく本心のままでいることもできなくなります。

自分に嘘をつかないというのは、自分に正直になることですがこの正直になるということが頭ではわからないものです。他人に聴かれても正直になるとはどういうことか、それは自分勝手になることか、自分中心になることかと考えてしまいかえって周囲の反感を買う人も多いように思います。

そうではなく、人生は二度となく自分も二人といないのだから「悔いがないか」と自分に問うということが正直であるということなのです。

悔いのない生き方をする人たちは優先順位をもって生きています。自分が何を大切にしているかということ、そして何のためにこのいのちを使うか、そして志を立てるために何を諦め何に集中するかということが腹に落ちています。

だからこそ今に真剣に打ち込むことができるのであり、何よりも自分というものと正対して自分にしかない天命を生きていこうとするのです。天命を生きる人は仕合せな人であり、悔いのない人生を生きる人は幸福を味わいながら歩んでいくものです。

本来の自分が何を優先して生きようとしたか、それを忙しさの中で忘れないように理念や初心はあるのです。自分自身が自問自答することなしに仕合せを掴むこともできず、自分に正直に生きることなしに真の幸福もありません。

一期一会の人生が座右ですが、まだまだ反省することばかりです。

引き続き、自分に正直に生きることで子どもたちに希望の光を与えていきたいと思います。

あなたの志は何ですか?

今年も無事に萩にある松陰神社に参拝することができました。幼い頃から志を学ぶ師と仰ぎ学び続けてきましたが苦しかった年、辛かった年の後ほど此処に来ると志風によって偉大に応援されている気持ちになります。

自分の頭で考えたことがどれだけあった一年であったか、どれだけ他人との答え合わせに生きるのではなく自分の答えを生きたか。ここに来ると毎回不思議ですが自分自身の人生の主人公として魂を磨ききったかと師に問われている気持ちになります。

きっと吉田松陰にとっては日々歳月の艱難辛苦こそが学問を通して自己を磨き自己を確立する善い機会だと歓喜し道の探求と実践を積み重ねた日々を送っていたように思います。それが生前に遺している言葉の数々からも省みることができます。

計愈々(いよいよ)違(たが)ひて志愈々堅し。天の我れを試むる、我れ亦(また)何をか憂へん。

仮令(たとい)獄中にありとも敵愾(てきがい)の心一日として忘るべからず。苟(いやしく)も敵愾の心忘れざれば、一日も学問の切磋(せっさ)怠るべきに非(あら)ず。

志荘(こころざし そう)ならば安(いず)くんぞ往(ゆ)くとして学を成すべからざらんや。

夫れ重きを以て任と為す者、才を以て恃みと為すに足らず。知を以て恃みと為すに足らず。必ずや志を以て気を率ゐ、黽勉に従ひて而る後可なり。

を立ててもって万事の源となす 。

この「志を持つことをすべての原点」とした吉田松陰の教えは、松下村塾の塾生たちの生き方に多大な影響を与えました。そしてそれは死後もまた、純粋な日本人の魂に語り掛け続けています。

気が充実するというのは、機が充実するということです。これはその機会が満ちるのを待つという状況であり、それまでは気を蓄え機(タイミング)まで力を磨き続けるということです。この「気」こそまさに志から発するものであり、気力の充実は志力の充実でもあります。志が結実するとき、まさにそれが時機でありその時期に応じている結晶が結果として顕現します。

すべての機会を自分を磨くためにあるとする生き方は、今のような人生とはあまり関係のない歪んだ学問がひろまっている時代にはとても大切な指針になるように思えます。学問は他人のためではなく、自分のためであるといったのは孔子の時代からあったことですから今さらどうこう言っても仕方がなく、指針として生き方を学び直すしかありません。

志とは、刀と砥石の関係であり魂は志があってはじめて磨かれるのです。

最後に今年のテーマに近い言葉に出会いました。どの時代においても変化に適応していくことは学問の要です。

「天下に機あり、務(む)あり。機を知らざれば務を知ること能(あた)わず。時務(時務)を知らざるは俊傑(しゅんけつ)に非(あら)ず。」

意訳ですがこの世には必ず機があり、それを待つ実践というものがある。いくら能力が高く優れていたとしてもその幾に当たらなければ決して何もできはしない。その場その場に集中し、今を適切に応じて実践していくことなしには天与の才徳を持っているとは言えないのである。と。
つまりは本来の天才は、日々の実践を知るものこそが機を活かすことができるということです。目標が達しないからと腐るのではなく、まだまだ志が低く徳が薄いのだと精進するものこそが天与の才徳を活かすのでしょう。
過去や未来を思い憂い、今から離れようとする時こそ「あなたの志は何ですか?」という言葉を三省して自己を磨き続けていきたいと思います。子どもたちに譲り遺していきたい生き方を自らの道を歩むことを以て伝承していきたいと思います。

しっくり

和室を整えていると、心も同時に整ってきます。和とはそもそも整い調和することで、すべての関係性があるべきところに配置され理想的な空間を産出すことを言うと私は思います。

たとえば、自然であれば美しい山に入るとそこには様々な自然が配置されています。木々はもちろんのこと、川のせせらぎや大きな岩、そして谷に空に獣道まで見事に調和して山の風景を彩ります。美しい山には、不自然な物はなくそこには自然に造形したものが見事に配置されているのです。この配置は一つではならず、あるべき場所にあるべきものがしっくりくる時に感得するものです。

このしっくりとは何か。これは私の感覚では根づくということです。たとえば、畑で苗を植えていきますがその場所に相応しいところに配置しなければ他の野菜たちとぶつかり安心して育つことができません。その苗が生きていくために必要な空間、またはその畑全体の配置を考えて植えていかなければそれぞれが結実していくことがありません。

同様に和室の空間の道具たちもまた、全体の空間にしっくりと来るように根付く場所を与えてあげなければそのものが宙ぶらりになってしまいます。そういう時は、片付けをして仕舞いまたその場所が空くのを待ってもらうか、もしくは別のところを探して配置していくしかありません。

この根づく感覚がしっくりであり、それは具体的にその場所でそのものを置いてみなければわかりません。しかしこのしっくりと来る感覚が分かれば、次第に心が落ち着くということもわかってきます。

お互いの関係性が結びつきやすいものか、その場所が居心地の善い場所か、それは物を置いてみればわかりますし、一緒に並べてみればわかります。私は古民家で、炭と水晶を一緒に活用することもありますが火と水というものも調和するととてもしっくりと来るものです。火鉢の鉄瓶から湯気が立っているのを観る感覚に癒される人が多いことと同じです。

それくらい万物が一体に調和すると、心もまた落ち着いてくるのです。この心の落ち着きこそがしっくりであり、しっくりくるときその場はとても清浄な場所になっていることが証明されます。

場づくりというものは、目には観えませんがマネージメントの本質であり人間の智慧の結集されたものです。私はこれを風土と定義しており、私の持つ風土感はこの一点に凝縮されているのです。

心が落ち着けば自ずから穢れは払われ、その場は清浄になりすべては調和します。調和を乱さないように常に配置には気を付け、常に配置に配慮することが思いやりや真心になっていくのです。

なかなかこれを誰でも伝わるように仕組み化するのは骨が折れる作業ですが、諦めずに子どもたちのためにカタチにしていきたいと思います。

2019のテーマ

昨年は、思い返せば艱難辛苦を耐え忍ぶことが多い一年でした。身体の不調、心の不調、様々な失敗と謙虚さを試されることが多く、ゆっくりと大人しくしているつもりでしたが挑戦ばかりを繰り返した一年だったように思います。

昨年恩師にいただいたテーマは、「時季時機にやることを大事にし、積み重ねてこそ晩成する」ということでしたが実際にはやりたいことに執着をし種を蒔いても蒔いても時機ではないと思わされることばかりでした。

自然に則って自然に沿っていくというのは、傲慢さやエゴが出てくると中庸であることができません。流れに逆らわず流されても流れないような今の過ごし方が大器晩成の要諦であるとわかっていてもどうしても無理を重ねてしまいます。

特にこれは傲慢でもエゴでもないはずだと思えるほどの奉仕だったとしても、それを想っている時点でそうはならない。謙虚で虚心坦懐で居続けることの難しさを痛感した一年でした。善いか悪いか、禍か福かなどとも思わない、そのままの澄んだ真心の優しい自分に近づいていくために今年も挑戦を続けて学び直していきたいと思います。

今年のテーマは、「自分を過信せず、与えられた環境と変化を受け容れること」となりました。これは子どもたちの未来のことを鑑みると自分本位、自己中心的なあるがままなどをやっていけば次第に変化の適応に弱くなってしまいます。だからこそ変化には変化に対する精神力が必要になり、変化に対応する力なしに将来の仕合せや平和も訪れません。変化というものは自分にとっては受け入れ難いものが多く、自分にとっていい環境ばかりにいれば適応できなくなり変化が遠ざかります。適応とは、変化することが自然にできている状態をいいます。

ですから恩師は、子どもたちにはストレスをかけさせないのではなく、どうストレスを乗り越えさせるか、それが大事になるといいます。それが今のような激動の時代、自らが変化に対応する力になるのです。しかし実際は子どもたちの方が変化に富んでいてとても柔軟ですが大人たちの方が膠着して変化から避けようとしてしまうものです。変化しないための言い訳ばかり並べても自分が変わることも未来が変わることもありません。

そのためにも過信せず、与えられた環境を有難いと感謝して変化を受け容れることは、謙虚で素直でなければ得られない境地です。どんな境遇にも今の自分に相応しいと感謝して受け容れていくことは、過去の自分に縛られず常に今を生き切る生き方です。過信は驕りを発生させ、不平不満は自ら変化する機会を逃しあるがままの発達を阻害していきます。あの子どもたちのように丸ごと受け容れて素直に発達する姿から見習っていきたいことばかりです。今年は変化に適応する力を伸ばす一年にしたいと思います。

改めて昨年を振り返れば、多くの方々や存在に見守られた一年でした。

今年も子どもたちに先人たちや見守りの徳が譲り渡されていくように、今を生きる人間としての生き方を伝承し子どもたちの仕合せのために自分を使い切っていきたいと思います。今年もよろしくお願いします。

大晦日~日本の心~

いよいよ本日は大晦日になりました。年々、暮らしが遠ざかり年末年始の正月の雰囲気が薄れてきているように思います。思い返せば幼いころは、年末年始のご挨拶まわりやお歳暮やお年玉、正月の準備の熱気をあちこちで感じたものです。最近では、コンビニをはじめずっと営業している店舗ばかりで休みというものがなくなり、より暮らしを楽しむ時間が失われてきたのかもしれません。行事の意味も変わってしまい、言葉は知っていてもその意味を知らない人が増えてきたこととマンネリ化して深く考えずにただ過ごしているうちに本質とはかけ離れたことをしていて周りもそれを信じて伝承していることもあります。

文化やアイデンティティを持つというのは、何が本物で何が本当か、そして本質は何かということを正しく理解することが大切です。見た目だけを誤魔化しそれが本物にとって代わってしまわないように、プロセスを偽り結果だけで物事を判断しないでいいように真実は語り続けられなければならないのです。歴史の重要さは、自分自身が本物の人生を歩んでいくために必要不可欠なのものです。

この「大晦日」というものも、言葉は知っていてもその意味は最近では語られません。これは旧暦の太陰暦の月の満ち欠けを「晦」といい、月が隠れてしまうことを月隠れ(つごもり)が転じた言葉だと言われます。

新月が1日、月が隠れるのがだいたい30日頃だったためその日を晦日というようになりました。毎月末を晦日といい、一年を締めくくる最後を大晦日といったのです。

この日は、家をずっと守ってくださっている歳神様、歳徳様といった五穀の神様をはじめ祖霊やご先祖様が遠来される日とされ準備をして待つ祭祀の日でした。今では旅館やホテルに泊まったり、カウントダウンなどのイベント会場や有名な神社などで初詣をしている人が増えています。

本来の伝統では歳神様が訪れるのを家人たちと共に一晩中起きて「家に居て待つ」ものだったのですが、明治20年代に官公庁から始まった元旦に御真影を拝む「新年拝賀式」と、1891年(明治24年)の「小学校祝日大祭日儀式規定」により元旦に小学校へ登校する「元旦節」などが実施されるようになり、さらに関西の鉄道会社が正月三が日に(恵方とは無関係な方角の)神社へ初詣を行うというレジャー的な要素を含んだ行事を沿線住民に宣伝しこれが全国にまで広まったことで家で歳神様を待つ「年籠り」という習慣は次第に失われたと言われています。

正月の準備をする中で、歳神様の存在を意識しながら行えば自ずから大晦日は家で待つようになるはずです。しかしなんとなく周りがやっているように意味も分からずに右へ倣へをしてしまうと家で待つという概念は失われていきます。

一年が豊かで充実したのは、日ごろから暮らしを見守ってくださっている御蔭様の存在を意識すること。それは月のように、太陽の陰で常にいのちを見守り育んでくれている存在に気づくということ。夜に月を眺めては、満月の時、御隠れの時と、月の存在が暮らしを支えてくれたことをむかしの人たちは自覚されていたのです。そして感謝の心で、また新年も歳月の福が再び訪れるようにと祈りました。

日本人は常に頂いている方を観て、ないものねだりをせずにある方をもったいなく使わせてもらう慎まやかな暮らしを積み重ねてきました。年中行事には、そういった日本の心が生きています。

御蔭様で暮らしの甦生は古民家甦生と共に着実に一歩一歩積み重ねられています。これもまた歳月を司る歳神様の恩恵なのかもしれません。丁寧にひとつひとつ、心を籠めて子どもたちに伝承していきたいと思います。