時空

人との関係に距離が在る。

距離は、一般的に物理的なものとそうではない時空のものなどがある。

離れていても心が通じていて、いつも同じようにまるですぐ傍にでもいるかのように感じている同志同友がいる。もしくは、離れてしまうとすぐに思い出しもしない人達もいる。

例えば日々の古典の学びで出逢う論語などの言葉達。

深く読み合いそのものを丸ごと噛み締めればまるでそこに一緒に一堂に仲間たちが集まりその師弟と論じているような語り調で、生き活きし学び問うという掛け替えのない無二の人生の醍醐味を至上に味わい幸せを感じることができる。

またその中で、歴史に顕れた様々な至誠の偉人の足跡を追っていくとその時その場所でその偉人の心と通じ合うことができ、感動と感謝が込み上げ、真心で天と渾然一体になっていく無常の歓びを分かち合い、身奮いしなんとも言えない心が湧きたち宙へ舞い上がってしまいそうな至福の時を得る。

そういう距離には時空がある。

そういう時空を超えて巡り会う奇跡が人には在る。

面白いことをしたい、面白くいたい、面白く生きていくことは出逢うということその距離を超えたものとの邂逅と、一期一会の覚悟の人生が巡り廻りこの場に訪れてくる。

そんな時こそせっかく出会いそしてまた別れるのだから、何を最も大切にするのかは一目瞭然である。

人がその時代に生きて同じ目的で同じ結果に責任を持つことの素晴らしさ、協力することの真の意味、そして其処までのプロセスに、この人と人の距離がなくなっていくのを感じると人間の持つフラットで平な繋がりの無限の可能性を感じてしまいワクワクしてくる。

この距離は単なる縦だけではなく、横もある。

その縦横が無尽に絹が張り巡らし紡ぎ合わせた一反の偉大な創造的反物で何を世界へ表現するのかが面白くすることの意味でありそのもののあるがままに生きている人間の本来の価値であると私は感じる。

どのような結果が出ても、最期まで遣り抜く決意と覚悟こそが魂の力。

私が共感している高杉晋作にこういう辞世の句がある。

『おもしろきこともなき世をおもしろく すみなすものは心なりけり』

これは「おもしろいことがないこのつまらない世界をおもしろくするのだ、そのような生きかたが出来るかどうかは本人の心がけ次第なのだ」という意味になる。

小さく生きるな、大きく生きろ。

吉田松陰が遺した彼への伝言に、死ぬべき時に死になさいがある。
それを忠実に守りとおした人生、先生にそれを伝えたかったのだろう。

この原動力こそ、変化の根源「草奔崛起」の原点であると確信する。草奔崛起とは. 志のある者が立場をこえて同じ目的を持って、いっせいに立ち上がることであり、道心が廃れ無責任になった世の中に於いて真に為さねばならないことではないかと思う。

つまらない単なる結果に甘んじて、本来遣らないといけないことから逃げるための言い訳のために小さくなって生きるくらいならば、いっそのこと逃げるのをやめて、大きなことのために命がけで本来の本懐のために捧げていくことが一番大事なものを守る大義・大志の生き方になる。

そういう人と出会ったからこそ、最期までそういう生き方を演じて欲しい。

そういう人が大義に目覚め、生きていくような世の中こそ志を持つ価値が在り世の中を面白くする価値になる。

まだまだ遣りたいことも遣れることもたくさん残っていることに深く感謝し、そしてそれだけ自分が引き受ける機会に恵まれていることに天機を覚えます。

一期一会