自然回帰

あまりテレビを見ない私が大好きな番組に、NHKの「ダーウィンが来た」というものがある。

動物の進化や特性について、密着した取材をしわかりやすくその生態について考察するというものになっている。私は生き物が好きで、動物でも植物でもその生態を観察する番組は何時間でも楽しく見ていることができる。

もともと生き物は、それぞれの環境の中でそれぞれに独自の進化を遂げている。

例えば、道具を使うようになる生き物はより過酷な環境の中で道具を使うことを覚えて同じ種類の生き物であってもまったく異なる性質を持つようになるものもある。またある生き物は、食べるものが豊富にある熱帯で生まれれば時間を持て余し様々な遊びを考えて生体に取り入れているというものもあった。

人間も同じく、元は同じであったとしてもその進化の中で環境を通してどのように自分をデザインしてきたかというのはそれぞれの環境の中で独自に生み出されたものがある。

世界では、そうやって自分たちが自分たちなりに環境においてデザインしたものがあるけれど何か根源的なものや原点回帰をするとき、必ずそこに共通する何かというものを観ていく必要がある。

その共通するものを観て、今の環境にさらに適応していくことが自然回帰でもあると私は思う。

環境の違いや、性質の違い、何かの僅差をいちいち大袈裟に語り合ったり、何か研究者がそれぞれに議論をしてさもそれが大事なことのように世論を操作しているけれど実際は、現場にあるその自然とも言える姿をよく観察していれば根本的なものを見出すことができるのではないか。

それは子どもでもそうであり、私の師が子どものことを語る時、特別なことを言うのではなく子どもはこうであるのが自然であるとその自然の姿を子どもを観て学び子どもから答えを導き出している。

これは私がよく原点に帰る時に、自然界にある、様々な姿からその自然の本来の姿を学ぶときのあり方と同じようになっている。

現場で自然の何かを観察し得たものはどんな作り話よりも価値がある。

世の中は変な教育法やメソッドばかりを語るけれど、もっとその前に身近な子どもの姿を観察し学ぶことであると思う。そして特殊で偏った知識ばかりで議論するよりも、もっと自然とは何かを覚えることであると思う。

まだまだこの国での環境の特異性が活かせず、真価が問われるのはこの少し先の時代になる。今から自分の現場で練磨し、これからの仕事の準備をしていきたい。