心の音

ドイツでの研修を無事に終え今は機内でブログを書いています。

人が人と協力をし何かを一緒に創り上げるということは人間の持っている本来の特性を引き出すようにも思います。共に何かを行う中で、人はそれぞれの学びを得て共振化していくのだとも思います。

音楽が空間の中で様々なものに触れ合い鳴り響くように、周囲に共鳴共感しながら全体にシンフォニーを奏でてくれるのだと思います。

生きものはそれぞれに自分の鳴らしたい生命の音を奏でているのだと思います。
耳を澄ませば、生きているものたちのたくさんの音が耳に入ってきます。

どの命もとても心地好い音を奏でています。

あるがままの自分の音がどんな音でも自然であるといった安心できる環境の中でこそ、本音が引きだされるのだとも思います。その安心とは、自分の音を出してもいいと信じることができているということをいいます。

そしてその空間の指揮者がその音楽を自由にするようにその真心や人格が周囲との共鳴を味わいのある豊かなものへと変換していくのだと思います。

この音楽という字も、「音」と「楽」という字の組み合わせできています。

渾然一体となっている一人一人の自由な音が自然のように鳴り出せば絶対的な心の楽しみが訪れるからです。

自然のつながりの中で自分から謳歌する命の今に、人々は心から安心する幸せな社会のビジョンを持っているのです。そしてそれは、自分が自然の一部であったことを知っているからともいえます。

人間はどんなに努力をしても自然から離れることは絶対にできません。

音楽をその人の旅路だとしたらその奏でられている心音は、関わる者たちの縁と指揮者の生きざまによって喚起され空間に鳴り響き続けるのだとも思います。そして今を生きる私たちに残っている余韻がその音楽をまた聴きたいと思える命の原動力になっていくのです。

だからこそどんな音であっても振動を繰り返していく中でそれぞれに必要な役割を持ち、それを自ら活かそうとする心が全体との調和を創造するのだとも思います。音は消えますが奏でた音楽は偉大な意義があるのです。

そこには時空を超えた宇宙があるようにも感じます。

人が自分らしく生きるとは素直な気持ちや本心を語り合うことでできるようになるのです。その飾らない本音が社会に鳴り響くことではじめて、人は安心する世界を創造していくのだと思います。

命は決して表面上をあわせていくことでシンフォニーを奏でることはできません、それぞれの音を自然に鳴り響かせながら楽しんでいく日々にこそ調和し鳴り響くのです。

これからも自分の心音を風に乗せて楽しんでいきたいと思います。

今回の素晴らしい研修も有難うございました。