生きのびる戦略2

森の中にはそれぞれの戦略で生きている生きものがたくさんいる。それぞれに自分の棲家を定め、そこでしたたかに戦略をもって生きています。

同じ場所を共有するのだから、如何にお互いが戦わないか、つまりは共生するかをよく観て自分を順応変化させてその場で末永く生きていくのです。

もともと西洋の狩猟民族のように、同じ食べ物をたくさん食べて場所を移動するという考え方は広い土地が必用でそこを求めて移動していくしかありません。一時的に大量の収穫があったとしても、来年またそれが保障されているとはいえず転々としながら食糧を求めて棲家を移動していたのです。

しかし農耕民族は、同じ場所でずっと生きていくために自分たちと共に共生する生き物が何かを選び、みんなが豊かになるように農耕をおこない何世代もそこに棲んだのです。

地球という土地は、広げていけばいくほどに収穫が一時的に増えたとしても必ず乱獲が発生し資源は枯渇していきます。人口のバランスなどを考えれば、今の狩猟的な発想ではそのうち行き着いてしまい食糧と棲家を求めて争うしかないものになるのです。

浅く広く早く何かを行おうとする狩猟民族は、もともと自然を征服することを基盤にします。
しかし深く狭くゆっくりと行う農耕民族は、もともと自然を活かそうとすることが基盤です。

自然をじっくりと眺めれば、自然は全てを活かそうとする発想を持っています。

これが戦略の中に生きている自然の叡智ではないかと私は思うのです。
どんなものも要らないものはない、そこには何か活かすためのものがある。

相手が悪いと思ったり、周りがよくないのだと決め込む前に、本当は相手も活かそう、周りを信じて自分を活かそうと思っているのが自然なことでそれが生き残りの戦略であったのです。

順応するのは、相手に合わせてするものではなく自分を活かそうとして行うものです。今の時代こそ、私たち人間も生き残るためにどのような戦略を持てばいいか、考え直す時機がきているように思います。