いのちの糧~生態系の循環~

昨日、千葉にある藤崎農場さんを訪ね不耕起栽培の実践を拝見し学ぶご縁を頂くことができました。

25年もの間、一度も耕したことのない田の土は触るととてもトロトロでその中ではまだたくさんの生きものたちが活動を続けていました。この時期は冬期潅水をして水をはっているのですが藻類、浮草、貝類、イトミミズなどが活動して代謝したものが沈殿し独特な土の甘い匂いを醸していたのが印象的でした。

生態系の話では、人間が全部を取り過ぎないということで生きものたち全体が食べられるようにと配慮してお米の育成をその中心に据えている謙虚な姿勢にとても感動しました。今は、一部の生きものは人間都合で要らないとして農薬をつかったり肥料を増やしたりと都合都合でやろうとする農業が当たり前ですが、それでは長期的に継続することはできません。そのことから、あらゆる地球上の種が絶滅の危機に瀕しているのです。

本来は自分だけで搾取するのではなくみんなのことも思いやりながら同時に取り組むということが自然の共生です。かつての私たちは自然に棲み決してそれを独占し全部を取ることはしませんでした。それでいてお互いに恩恵を享受し合い、助け合い、響き合い、見守り合い、今までいのちを共にしてきたのです。

今回の出逢いを通して本来のもっと目には見えない小さな存在や、弱いと思われるような微かな存在を大切にすることが生態系そのものをもう一度正しい循環に導くのだと確信したのです。

生態系は決してピラミッドでできているわけではなく、私は〇でできていると思うのです。つまりは球体であるというのはそれがどれだけ長いスパンで観るのかで決まるからです。長い目で遠い心でみれば全部はつながっていて必ず此処に戻って来るということです。

出したものが帰って来るという真理も、因果応報もそれはすべて長いスパンで語られる言葉です。自然は偉大で悠久、つまりおおきくゆっくりだからこそ、その一番の元になっている小さなもの微かなものを大切にしていくことが大切なのです。

天の道理にしたがって謙虚でいる藤崎先生の姿は人柄からも感じられこれは以前お会いした自然農の川口先生も同じような姿をみせていただきました。天の道理にいる人たちのあの穏やかな様子に自分の憧れもありかんながらの道の先覚者であることを知り本当に嬉しくなりました。

それと同時に、日々に自分の道を楽しみまで昇華させ往く年に向けて創意工夫と学びの姿にも経営者として多くを反省する機会になりました。今の道を楽しむというのは、着実に少しずつ実績をつくりながら広げていくのだというお言葉には勇気をいただきました。

人の道理にしたがって創意工夫をして已まずに精進し続ける姿に、道を楽しみつつしっかりと利益と収量を保持していくという経営の豊かさも感じてまた嬉しくなりました。

人は謙虚と素直があれば、天道地理の自然の道理に沿っていくことに実感を深めます。

今回の体験を通して、私たちのいのちを通して生み出させていく代謝物を次のいのちの糧になるよう、今回教えていただいたことを、実践に換えて子ども達へと継承していこうと思います。

貴重なお時間とご縁を有難うございました。