夢と目標=利他と御蔭様

昨日、今年度初のGTセミナーが開催されました。

子どもの主体性や自発性を見守ろうと志した方々が全国から一同に集まります。いつもは、個々の園で関わることが多いのですが全国にこれだけ真剣に保育を考えて考動している人がいるということは本当に励まされ元気を頂けます。

よく考えてみると、人は夢とか目標とか自分のことばかりを考えるものです。自分が自分がと自分の我を通そうとすればするほどに、余計に本質から遠ざかるもののように思います。

しかし誰かのためにや、本気で自分を活かしてくださった人たちへの感謝を思い、その恩義に報いるために今与えていただける機会を一つでも多く自分を出し切って誰かのために尽くしていこう、貢献していこうとした先に本来の夢や目標というものに出会うのではないかと私は思うのです。

最初から夢も大きかったわけではなく、目標も高かったわけではありません。未知なものに思いを馳せることも自分のやる気の持続やモチベーションの高揚にはいいのですが、実際は人は心の奥底から込み上げてくる勇気の源泉は今、御役に立てると自分自身で感謝を実感するときにこそ出てくるように思います。

自分の存在が誰かのためになるのなら、役に立ちたいと願うのは大義です。どうやったらその人が今、もっとも誰かの御役に立つようにできるかに導くのがリーダーの使命のように思います。

つい、傲慢になり感謝を忘れてしまうと自分のことばかりを優先したり、自分が考えていることばかりに囚われてしまいます。しかし、これもすべて御蔭様だと実感すれば謙虚に物事を正しくしていくことができるのです。

つい自分がここまでやっているのだからとか、なぜ自分が理解してもらえないのだろうとか、自分のことばかりを考えれば自分が自分我とまた自我に囚われます。それはエナルギーが自分に向けられることで苦しく不毛な日々に変わります。しかしそんな自分のことなど忘れて、大切な目の前の人の理想や夢を叶えようと自分を無くして自分を尽くすほどに真心を籠めて行動したときはじめてその自我が消え穏やかな本当の自分に出会うようにも思います。自分の夢ではなく誰かの夢に協力し貢献するときこそ本来の自分が発揮できるという人間の真実があるのです。

実際は、夢や目標とは自分が先ではなく誰かの御役に立とうとすることで出逢うものなのだからかもしれません。自分の10年をふり返ってみても、今回、会場に来たような先生方、園の方々、またそれを実現したいと願う役員の方々、またリーダーが願う夢を私も叶えたいと真摯に取り組んできただけのように思えるのです。

自分の夢や目標は後回しにしてでも、不本意なままに矛盾を抱えては歩んできたこともありましたが、結果を観れば本当の自分が心に描いているような善い人生を歩ませてもらっていると心から感謝できるのです。自分のことよりも目の前のお客様のためにと尽くしてきたから今の自分があるのかもしれません。

何か自分の人生に不満や文句があるときこそ、人は夢や目標を追いかけてしまうのかもしれません。人生が満足しているのなら、妄想は要らず夢や目標は常に今への感謝からいくらでも実感できるからです。

子どものためといいながら、子どもの御蔭で自分があるということの事実。誰かのためといいながら、実はその誰かの御蔭で自分があるという現実。そう思えば御蔭様、御蔭様と生きていく人こそ、真に夢と目標を語れる感謝の人だと私は確信しています。

人間は生涯において利他に生きる人が夢を持ち、そして御蔭様でと感じる人が目標を得るのだと思います。生きている時間をどう使うのかは自由です、己の野望と他人様への思いやりのバランスは今の選択の集積が決めるように思います。

会場の先生方は、みんな夢や目標に向かう希望と笑顔に溢れていました。自分のやりたいことよりも自分を遣る事の方を構わず実践するというその勇気。

人のために働ける今に感謝できるということは、何よりも素晴らしい実践だと思います。何事も、来たものを素直な心で受け止めて学び直していきたいと思います。