変化を磨く

色々な体験というものは自分の価値観の世界を拡げてくれるものです。ここでの世界というのは言い換えれば自分が観ている世界ということです。

人は自分が観ている通りに世界のことを観ています。自分が観たいものだけを観て、自分が聴きたいことだけを聴くのです。

だからこそ、自分がどう観えているのか、どう聴こえているのかを客観的に観照し理解することで自分の今の世界観を知ることができてきます。その今の世界観は、同体験をした人達の感想や、一緒に何かを行う人たちの価値観を共有することでそれを感じることができるのです。

同体験を一緒にするというのは、共感する力が必要です。いくら同じ場に同じように過ごしても、共感して尊敬しあって学び合っていないのでは同体験を一緒に体験することにならないからです。

人は相手がどう思っているのだろうかと、自分以外の世界観を知ろうとするときはじめて自分の殻を破って飛び出していくものです。自分の殻を破るためには、知らないことを体験する勇気が必要です。そしてそこには、共にそれを一緒に味わってくれる仲間や友人、家族などの共感するパートナーがいるのです。

人は無意識に自分の思い込みで面白くないだろうとか、苦しいだろうとか、もしくは楽しいだろうとか嬉しいだろうとか独りよがりになっているものです。それを共にやろうや、一緒にやろうといった自他一体の境地になれば新しいことを常に学び続けることができるように思います。

世界観は、人との出会いと触れ合いによって変化していくものですから自分の世界だけで物事を観ずに、相手の立場で思いやり物事を観てみるとか、一緒にそれを学び合おうと尊敬と尊重で関わるときに自分の変化を実感するのです。

共感を磨くことは、自分の変化を磨いていくことです。

色々な人たちの体験を共にしつつ、同時に自分の変化を磨き続けていきたいと思います。

理念継承の価値

理念が受け継がれ、いまだに色褪せずに実践している場所にディズニーランドがあります。

沢山の本も出版され、その人気の秘密について紹介されていますが多くのファンが世界中から集まり、また日々新たなファンを創造しています。

遊園地という名で存在する施設は同じでも、その目的が異なればその理念や定義も内容もまったく異なるのです。

そもそもこのディズニーランドの発祥の由来にはこう書かれています。

「ウォルト・ディズニーは、よく幼い2人の娘を連れてカーニバルや動物園、遊園地に遊びに行っていました。ところがあるとき、娘たちは回転木馬に乗って楽しんでいるのに、自分はベンチに座ってポップコーンを食べるだけという状況に気づき、なぜ両親と子どもたちが一緒に楽しめる場所が存在しないのかと、それを造るべきではないかと考えたのです。それがディズニーランド計画の始まり。ウォルトは彼自身のポケットマネーでデザイナーを数名雇い、コンセプトを考え始めました。その開発には15年という長い年月がかかったといいます。そして、カリフォルニア州アナハイムに、1955年ディズニーランドを完成させたのです」

15年かけて、「一緒に」という考え方のもと、皆で一緒に楽しもうという思想を現場で活かして様々な環境を創りこんでいき今のカタチになっているともいえます。子どもだけが遊んでいるところではないのは一目瞭然です。

そこからこのような理念を明確に打ち出します。

「世代を超え、国境を超え、あらゆる人々が共通の体験を通してともに笑い、驚き、発見し、そして楽しむことのできる世界。「私はディズニーランドが、幸福を感じてもらえる場所、大人も子供も、ともに生命の驚異や冒険を体験し、楽しい思い出を作ってもらえるような場所であってほしいと願っています。」というウォルト・ディズニーの言葉があります。あらゆる世代の人々が一緒になって楽しむことができる“ファミリー・エンターテイメント”を実現したいというウォルト・ディズニーの思いがディズニーランドを生み出し、この考えがディズニーテーマパークの基本コンセプトとなっています。」(東京ディズニーランドHPより抜粋)

そしてそこから「ハピネス」、幸せという言葉を導きだしキャッチコピーになっています。その上で、具体的な行動指針も打ち出されそれが先輩たちの努力によって伝承継承されて今が在るのです。

私から見れば、9割がアルバイトでも理念が明確に浸透するのは目には見えない今までの先輩たちの理念の実践の継承が正しく行われているからであろうと思います。その中間の人達がどれだけの偉業を為したのかを考えると頭が下がります。

東京では30周年ということでイベントを多く行っていますが、1割の正社員が30年丁寧に後輩たちのお世話をし続けているとすればそれは1割という数字では表れてこない歴史があるのです。

ウォルト・ディズニーが目指した理念や信念が、語り継がれそれを正直に継承するものたちがいてはじめて今の本質や存在感を醸し出すのでしょう。理念に関わる仕事をするからこそ、自分のおこないが後人たちの未来になることを決して忘れてはいけないという気持ちになりました。

最後にウォルトディズニーがこういう言葉を遺しています。

「ディズニーランドは、決して永遠に完成することはありません。世界に想像力がある限り、永遠に成長し続けます。」

永遠の未完成が持つ好奇心、その時間の可能性を成長という言葉で表現しています。

学びは無限ですが、この意味からまた新たなインスピレーションをいただきました。子どもたちのためにも今後の発展に役立てていきたいと思います。

 

 

自分らしくは御蔭様

自分らしさというものを守るというのは信念が必用です。

人は自分らしさを優先するよりも、周りに迎合していく方が楽になっていくものです。それは周りと同じことをやっている方が安心するからです。自分が人と違うということを受け止めるということができなくなるのは幼い頃よりも周りと同じになることを求めるような社会や教育を施されてきたからとも言えます。

もしも幼い頃より、違って当たり前という社会に居れば違うということは自分らしさになるのだからそれを大事に自分で守っていくことができるからです。

多様性というものは、本来、そのものがそのままでいいということ、つまりはあるがままが自然であるということを認める生き方のことです。自分の中にある天から与えられた普遍的ないのちの形をそのままに生き切る時、人はこの世の中で使命を果たしたと実感できるものなのかもしれません。

産まれながらにして、何かその人は遣りたいことがあるということは自明の理です。それは子どもでもお年寄りでも、自分らしく生きている人はこの世に生がある限りその目的に邁進しています。

孔子も仏陀も聖徳太子も、何かを為したから偉業なのではなく自分らしく生きぬいたことが真の偉業なのかもしれません。

他人と異なる道を歩むと決めたら、その瞬間から様々な困難が降り注いできます。私も自分で決めた道を往こうとすれば、今までできていたことが途端にできなくなりました。それに周りも秩序を乱すような行いをすることに対して非常に冷淡な対応に変わってきました。

それでも動機が自分のためではなく、これをすることが世のため人のためという思いだけは誰よりも強く持ちましたから理解くださる方々の有難い真心と思いやりで少しずつ進むことができています。

そう考えると、自分の信念を鍛えてくださったり、助けてくださったりと、見守りの中で育ててくださった人たちの御蔭様で今があるのも明白です。御恩返しというものは、自分らしく活かすことでお世話になっている方々へ真心を盡していくことなのでしょう。

自分らしく生きることで出会いがより豊かになります。

個性を尊重して、他を尊敬して子ども達のためにも歩んでいきたいと思います。

素直の本質

人間は、世界を広くもできるし狭くもできるものです。

どれくらいの大きさ、どれくらいの視野であるかは、その人の考え方によっても変わってきます。それは単に、経験が豊富だから広く未経験だから狭いというわけではありませんし、知識が豊富だから広くないから狭いというわけではないように思います。

なぜなら、広さというものは単に広い狭いという意味ではなく「寛容」であるということだからです。

人はどのような時に寛容で、どのような時がそうでないかと考えてみればすぐに理解できます。例えば、自分善がりになっているときは他人の話を斜に構えて聞いていますから受け容れる気がありません。そうなると自然に狭い心になり、自分の殻に閉じこもってしまうものです。逆に、自分善がりではなく至善に止まるときは他人の話を受容していますから自然に寛い心になっているのです。

本来の心というものは、とても広大無辺であり宇宙万物の全てを寛容する存在です。

この世にあるものはすべて受け容れるのは、この世のすべてとつながっているからです。

つながっているというのは、自他一体、言い換えれば心一体に調和しているということです。全てのものが一つにまとまっているというのが自然であり、その自然のままの心と体があるがままになったことを素直や正直というのでしょう。

人間は如何に受け止めるか、受け容れるかで自分の器を寛げていくことができるのです。だからこそ素直になる必要があり、正直になる価値があるのです。

自分の器は、一緒に実践してくださる人や、自分のことを真底心配し思いやり導いてくれる伴たちによって開かれていくのかもしれません。そう思えば出会いこそが、その人を真に成長させてくれるのかもしれません。

頑なに自分を守り、無理をして我慢をするよりも、現実を受けとめてそれをどのようにチャンスにして転換していくのかが人生の醍醐味なのでしょう。

広さということの本質を学べば、人間が発達するという意味が理解できます。心を常に寛く広げ、心を常に明るく元気に日々を精進していきたいと思います。

見守り待つ~痛み分け~

人は心に傷を負うと、その傷がいつまでも疼くものです。

それは過去の逃げ場のなかった時の苦しみを思い出すからです。人間は一人で辛く苦しいときは、誰にも相談できないものです。なぜ自分ばかりや、どうして自分だけというように一人の狭い世界に閉じこもってしまうからです。

それを周囲は見ては被害妄想だとか、自意識過剰だとか言いますが本当はそうではなくその人は傷ついているから防御したいのです。これ以上、傷つきたくないから助けを求めるサインであるのです。人間が何かをするのは、きっとそれ相応の理由があるのです。そっちを観てあげることが人間としての優しさであり強さであろうと私は思います。

相手が深く傷ついていると気づいてあげれば、その傷を分かってあげて待ってあげることができます。しかし傷は身体ではなく感情ではなく、心にあるのだからその傷が一般的には目には見えないのです。心の眼で観るときに、はじめて観えますがそのためにはその人が深く傷ついたことを傾聴し共感し受容できなければなりません。

人は心で相手を観ないでその人の表面上の行動や言動ばかりを感情というフィルターで見ると画一的な刷り込みも入り眼が曇りますから単なる被害妄想や自意識過剰、自己中心的で身勝手な人物かのように錯覚して誤認してしまいます。

しかし本来は、そういう人は何かそれ以上踏み込まれたくない傷がある、過去に何かきっと大きなトラウマを持っていると思いやり信じてあげることでその人の痛みを緩和してあげることができるのです。

逃げ場がない時に向き合えといっても、追い込まれて乗り切ってもそれは力でねじ伏せただけになることもあります。本当は、逃げ場があるときに向き合ってそれを自らで乗り越えて誰かと一緒にそれを称えあい認め合うときにだけ人は傷を癒せるように思います。

心が折れたことを思い出すと、もう二度と傷つきたくないと自分から先に相手に求めては諦めてしまいます。しかし、本来はそれでも自分が先に諦めない、相手に求める前に自分に求めようと勇気を出して世界を信じることで様々なことを自然に受け容れる日が訪れるものです。

そしてその過去の傷の痛みは、これから同じような体験をした人たちとの痛みの分かち合いで共に痛みを乗り越えていくことで人は出会いの感動に世界を癒せるのです。

準備ができるまでじっくりと待てばいい、その日が来るのを楽しみに待てばいい、共に傷つき辛かったからこその痛み分けをすることができればそこに同志や仲間、親友たちがいるということですから。

傷は待つことで癒えるのだから、じっくりと見守り待つことを自ら実践していこうと思います。

心の本体~優しさ~

人は生きていれば心が深く傷つくことがあります。

自分の存在を認めてくれる社會の中では、一人ではないと思えますが自分の存在を認めない社會の中では一人ぼっちになったと実感するものです。

自然界では、一人ぼっちになることはありません。自然は、光、水、空気、様々な植物動物昆虫たち微生物といった生きものが循環し有機的につながっています。そういうご縁の中に御互いが活かし合って存在しています。

しかし人間界では、意図的に仲間にしたり排除したりと狭い世界の中でいつまでも争いは絶えません。人間が社會を創る動物だからこそ、その社會をどのようにするのかは人間の思想、生き方によるのです。

人は傷つくのは、優しい心を持っているからです。優しさというのは、共感のことで他人を自分のように思える心があるということです。もし自分がこの人だったらと考える力があるから、他人に優しくできるのです。

論語に「己の欲せざるところは、人に施すことなかれ」とあります。

これも「仁=思いやり」を基本にした考え方であり、人間は常に自分がしてほしくないことは他人にはしてはいけない。言い換えれば、自分がしてほしいことを他人に施してあげるといいということです。

そしてそのためには、自分の心を受けとめて、それを深く感じとり、同じような立場の人達や同じように苦しむ人たちの力になってあげたいと転換することが共感の価値であろうとも思うのです。

無償の愛というものも、親が子に換わってあげたいと願うように共感や受容というものは自分の心に深く相手と共通するものを持つということでしょう。言い換えれば相手が自分だと思える一体感のことです。

今の時代は、この心の共感力が低下してきているようにも思います。表面上ばかりを合わせ、無理に縦の関わりを強要される社會の中で心を閉ざして生きている人が増えているように思います。心を閉ざせば閉ざすほどに、耳は塞がり、心も通じず、受け止めることもできなくなります。

引き籠りというのは、本来、そういう状態を言うのであり、心を閉ざしている人は実際はいじめられる方ではなくいじめている方なのです。心を開いているからいじめを実感するのであって、心を閉じているからいじめるのです。

豊かさや貧しさというものがあるとき、心の豊かさというものは所有物という考え方のところにはありません。自分という物として考えるのではなく、自分という存在を尊重するときにだけ真の豊かさは得られるからです。貧しさの本質は、自分の存在を受け容れようとしない、自分らしさや個性を大切に尊敬しようとしないということでしょう。

優しい心というものは、人間が生きていく上で何よりも大切にしてきた生き残る智慧であろうと思います。思いやりや真心の基本も、この優しい心を如何に守り育てるかにかかっている気がしています。

子どもたちは優しい心を持っています。それを大人都合で大人にさせていく過程で、失わせていくというような環境は誰が造りだしているのでしょうか?身近な大人たちの生き方が、子どもたちに希望を失わせてはならないと感じます。

優しさとは、心の本体です。

自然が私達の存在を認めてくださるように、人間が存在を認めれば生命は輝きはじめます。
子ども達の魂を守るのは、先人を生きる私たちの使命と責任です。

真摯に社業に邁進していきたいと思います。

安心村社會

ムラ社会という言葉があります。

これを辞書で調べると「1 有力者を中心に、上下関係の厳しい秩序を保ち、しきたりを守りながら、よそ者を受け入れようとしない排他的な村落。村の決まりに背くと「村八分」などの制裁がある。」「2 同類が集まり、ピラミッド型の序列の中で、頂点に立つ者の指示や判断に従って行動したり、利益の分配を図ったりするような閉鎖的な組織・社会を1にたとえた語。談合組織・学界・政界・企業などに用いる」(goo辞書)とあります。

強烈なピラミッド型組織で、一方的に秩序を維持する集団ということでしょう。
絶対的秩序を守るのがムラの存在であり、秩序そのものの人がムラ人という定義です。

しかしこの村という考え方が悪いというわけではなく、この村社会が悪い方へと使われるのは思いやりで見守るのではなく、保身や利権を守るために強制的に管理するときにまるで「いじめ」のようなものが発生してくるから問題なのです。その人らしさを蔑にする組織では希望を持てません。

本来の村というのは、相互扶助で成り立ちます。お互いに力を合わせて生きていくために、御互いに譲り合い見守りあいながら生活をする共同体です。その中で個が引きたっても、それを寛容し村が活かしていけばいいのです。

しかし軍隊のように徹底して組織を管理すれば、それは義務や権利ばかりをそれぞれが主張しあう秩序だった共同体となります。その中での自分らしさを出すのは、組織の危険因子ですから村全体でそれを排除しようとするのです。

つまりは村がどうかではなく、個が尊重される集団か、それとも集団を優先し個は抹殺する集団かではその個の扱われ方も異なっていくのです。

ありのままの個を認めないという社会がムラ社会です。村の掟や制約に従うことは大前提で例外は認めないということでしょう。学校も病気や法事以外は休めないという強迫観念、逃げ場のない無言の圧力に個性を埋没させて集団の一員になるしかないと諦めてしまうのです。もしもそうではなく、「なぜ?どうして?本当は何?」などと考えてしまうとそのことに気づきますからいよいよ逃げ場がなくなっていくのです。表面上の逃げ場にあわせることは、ムラのルールに従うことです。本来の逃げ場の定義は、安心基地、つまりは自分らしくいてもいい、あるがままの方がいいと理解してくれる場所のことです。

有無を言わさず理由も伝えず、一方的にただ“これをやりなさい”と一斉画一に一律に全員でそれを実行する義務を押し付けられる。

こんなことを秩序といっているのは、まったくの人権無視であろうと思います。管理者というものは、自分が正しいと思い込めば従うのは当然だという発想を持つのかもしれません。この国は立場や肩書が優先され、物事の本質を考えないでいた方が楽だというような風潮をつくりだしています。

大人にとって都合がいい子になってもらって安心というのは、大人が不安だから管理したいだけでしょう。子どものとってどうかということから社會を観直す必要を感じます。

そうしてみると、あるがままでもありのままでも受け容れてくれる場所があるということが人が安心して働くことができる故郷でありそれが村であり、国であり、そして「家」であるはずです。かつて聖徳太子が実現したような大和の国家の理念が我が国にはまだ存在しています。

本来の安心村社會を創造するためにも、そのままでいい、あるがままでいい働き方と生き方の実践を創意工夫と勇気をもって今後も続けていきたいと思います。

子ども達の安心できる一家になれるよう、その人らしさを認め大切にする実践を積み上げていきたいと思います。

 

子どもの権利~社會とのつながり~

人は社會の一員として認められることで人権を獲得していくものです。

人権というものは社會の中に存在するものであり、無人島で一人で生きるなら別に人権などというものは必要ありません。

この人権が守られないとはどういうことかと言えば、社會から無視され否認されるということです。これら人権無視がなぜ起きるかといえば、一方的な価値観を押し付けてそれを守らせようとするときに個人の尊重を蔑にするということで発生するのです。

それが発展して、自分のことを自分で決めることを与えない、つまりは自己決定権すらない子どもたちが世界にはたくさん存在してしまっているのです。これは子どもだけではなく大人でもそうですが、自分で自分の人生を生きる権利をはく奪され誰かの言うことを強制的に従うようにと利権を優先されているのです。

学校などでも、無視が流行るのは本来はその人の個性や存在が尊重されるはずのものが認められず、何かその人が人権を発揮しようとするとき抑え込む作用が働くことでいじめの構造ができあがるのでしょう。

一つの価値観で無理やりに教育することは、子どもの権利条約に違反しているのです。

子どもは自らで生きる権利があるというのは、子どもは自らの生き方を尊重された存在だと認める事が大前提でしょう。その大前提を無視し、大人の都合で子どもを無理やり変えさせようとするのは何か強い圧力を感じます。

そしてそれは大人たち自らを苦しめている原因であることにも気づきます。
学校とは、そこで働く人たちそのものがもっともその苦しみを受けるはずです。

社會から隔離するのをよしとせず、社會とつながることが学校を改革する根源かもしれません。大人になって学校から実社會に出て観たら、あらゆるものが違っていました。それに海外に留学し海外で働けば、なおさら学校でのことはまったく役に立ちませんでした。

そう思う時、大人側の無理解こそが子どもの無理解であったことに気づきます。如何に子どもを理解するのかというのは、如何に自らを理解するかということなのです。世界に目を向けるということは、学校以外の世界が社會には広がっているという現実を受け止めるということでしょう。

このままでは社會というものを誤解した子どもたちがそのままおかしな社会を無理に創りあげてしまうかもしれません。教育に関わる者は、常に社會というものを直視し、その社會を担うものであることを決して忘れてはいけないと心から戒めました。

最後に子どもの権利条約の素になったヤヌシュコルチャックの言葉を紹介します。

「子どもを理解することは、大人自身が自分をいかに理解するかである。子どもを愛するとは、自分自身をいかに愛せるかということ。人は誰しも大きな子どもなのだから。」

今こそ、大人たちからまず自らに気づくモデルを示すときです。

機会を活かして学びを深めていきたいと思います。

仲間探しの旅

自分が人と違う道を行くとき、それを信じてくれる存在は心の安息になります。

集団の中で育つことで、集団に合わせる勉強をずっとしてきました。
みんなと同じになりなさい、それが幸せということを教わりました。

一斉画一化された枠組みのレールの上から如何に外れないかということを優先され、外れれば修正されるという繰り返しの中で自動的に思考もできあがってきました。若い時はそれが嫌で嫌で仕方がなく、アウトローな方向へと進み、逆らったようなことばかりをしていました。

それが社会人になり、より鮮明に社會に迷惑をかけないという名のもとに常識的な仕事をするように教えられましたがやはりそれもできず、自分の思い通りにやろうと苦労しては、何度も涙を流してきました。

そのうち、孤独になり、何度もやめようかともうここで諦めようかと思うたびに、信じさせてくれる存在に出会ってきました。その人たちの生き方やその人たちの言葉一つ一つに心から励まされているから今も此処に自分はいます。

きっとそれは自分の道を歩むから運が善いのだと思います。この時の運の善いの意味は、自分の人生を活きた素晴らしいご縁と出会いそのものにあるがままの感謝をしているのです。

自分を信じてくれる人がいること、自分と同じように信じている人がいること、そして身近で自分のことをどんなことがあっても信じてくれる人がいるから心が安心して信が強く育つのです。

今では仲間が増えました。最初は、ほとんど信じてくれなかった人たちで常識や世間の都合を優先し自分の言うことなどは夢物語や理想、もしくは外道だと相手にもしてくれませんでした。しかしそれでも少しずつ根気強く仲間探しをしていたら今では掛け替えのない仲間たちに囲まれて歩むことができているのです。

有難さというのは、この道すがらに出会う親友たち、同胞たち、仲間たちの存在そのものです。人生は、畢竟、自分の生き方に同調する人たちとのめぐり逢いで彩られるものです。

今いなければ探せばいい、信じていれば仲間は必ずいつかは見つかる。

信じて諦めず、自分の脚で一歩一歩すすめばいい、それが私からのエールです。
有難いご縁が人生道には沢山あるのだから、一緒に焦らずゆっくりと歩んでいこう。

真心

人が本心本音を聴けるというのは、御互いに本心本音が話せる状態でなければ聴けません。

聴くというのは、自分がまずその状態であるかというのを省みていなければ分からないように思います。自分が聴くということは、先入観や自分の思い込みで相手のことを思わないことからはじまります。

先に相手のことをきっとこうだろうと思ってしまうことで聴くことができなくなるのです。

本来は、きっと何かあるのだろうと相手を尊重して自分を入れずに傾聴するとき相手の本心や本音を察知できるものです。しかし実際は自分の中の考えを正当化し、自分が何かをしようとすることを優先するから相手のことを理解するよりも先に相手に自分がどうかしようとすることばかりに思いが執着してしまうのです。

聴くというのは、まず聴くことに徹するということで聴く前に自分がこうしてほしいとかああしてほしいとかの要求を持たないということなのです。

自分の要求を持つと、聴く耳が澄まされていきません。相手に要求し相手を動かそうとするばかりに自分の思い通りになってもらおうとするきき方になってしまいます。耳が澄まされていないということは、見ているものも澄まされていないということなのでしょう。

相手のことを受け止めるというのは、丸ごと受け止めるということです。

それはどんな事情があったにせよ、どんな複雑な事実が存在したにせよ、きっと何かがある方を信じるということなのです。自分の思い込みや刷り込みで一方的に遮断しないということなのです。

見守るということは、安心基地になることだと師は教えてくださいましたがその実践は本当に難しいものです。自信が本心のままでいるというのは、正直さ素直さというままでいるための根底に勇気の土台、その覚悟がずっしりと安着する必要があるように思います。

最も身近な存在への真心の実践、かんながらの道を肝に銘じて和していきたいと思います。