ものづくりの心~古代と隕鐵~

世界最古の鉄器を調べていると、隕鉄が多いことが分かっています。例えば、トルコで発掘された世界最古の剣も隕鉄でできており、他にも古代エジプトや中国の遺跡からは、隕鉄を鍛造した鉄片がいくつも出土しています。

これが隕鉄であることがわかるのは、ウィッドマン・ステッテン組織と呼ばれる特有の鉄・ニッケル合金の金属組織が入っているからです。 このウィッドマン・ステッテン組織ができるには、最低700℃以上からゆっくり冷やす必要があります。宇宙の中で温度が約1℃下がるには約100万年を要するため、計算すると最低でも7億年という冷却過程を必要とするので人工的にはつくることができません。

隕鉄は、少なくても数億年から数十億年の歳月をかけて宇宙が鍛造した物質なのです。その鐵は、地球上の鉄とは全く異なる組織構造を持つため調べればそれが隕鉄かどうかが分かるのです。

昔の人たちは、その宇宙から降ってきた隕鉄を特別ものだとみなしました。数億年から数十億年かけてできたその鐵は、いのちがあるものとしそれが天から偶然地上に降ってくるのだからそのものは全て霊力を持っていると信じたのです。

かつての古代人はそれを剣にしたり、御守にしたり、御神体にしたり、様々なものに仕立てましたが古代人は私たちの想像を超える技術力があったことになります。

かつてツタンカーメンの王墓からも隕鉄剣が出土しているし、マレーシア辺りにはクリスという儀礼用の隕鉄剣が存在していますが日本では、隕鉄を星鉄、隕星、天降鉄などと呼び鉄が魔除けの力を秘めるという言い伝えも残っています。

今でも神社に日本刀を奉納するのも、破邪顕正の御力に由るものです。草薙の剣で有名な天叢雲も隕鉄で鍛えられているのではないかという説もありますし、出雲大社の御神体も隕石隕鉄ではないかという説もあるそうです。実際にかつて富山県に落下した隕鉄から農商務大臣の榎本武揚が刀工の岡吉国宗に依頼し、出雲の玉鋼と隕鉄を合わせて長刀2振、短刀3振、合計5振の刀を製作し、長刀1振を大正天皇に献上したたとあります。

この流星刀は、通常の日本刀の作り方でやればボロボロになってしまうといいます。日本では刀匠法華三郎が流星刀に挑戦しています。その時、鍛錬の温度は、思い切って融解直前まで上げる必要があったといい最適温度と不適温度の間には、わずか30~50℃程度の差しかなくその違いで、鍛着したり、しなかったり、溶け落ちそうになったりしたとあります。刀匠は炎の色を見て適温を感じ取り、成功させたというまさに熟練の技で鍛造されました。隕鉄を鍛えた刀はニッケルと鉄が層を作り屋久杉の年輪のような、派手な模様を形成し日本刀にない独特の板目肌と杢目肌が浮いて刃縁は柾目肌に出たそうです。私が御縁をいただいた、平安城源信重刀匠の流星刀も同じように独特な柾目肌が出ています。

実際に宇宙のものを地球の技術で新しいものに産み出すということは、今の科学では対応できないものばかりです。古代の人たちが持っていた技術は、そのものの持つ本質やいのちを見抜く力が備わっていたのかもしれません。

流星刀の魅力は、その「鐵のいのち」と対話して新たないのちを吹き込む魅力です。かつての人々が天から降ってきた鐵に新たないのちを吹き込み道具とした様子に天への畏敬を感じます。今の時代も、色々なものづくりがありますが古代の人たちの心を忘れずにものづくりの心を伝承していきたいと感じます。

隕鉄からできた日本刀のものづくりの心に思いを馳せつつ、未来の子ども達に何を譲っていけばいいか観直してみたいと思います。