実践の語り合い

昨日、長年お取引をしていただいている保育園の先生がお二人ほど会社見学に来ていただきました。とても熱心な先生で私たちの社内の環境を観てあらゆるところを写真を撮り、持ち帰って実践できるところなどを書き留めていらっしゃいました。帰り際にはとても感動され、充実した一日だったと喜んでお帰りになりました。

実践をしている先生がさらに新たな実践を求めてやってくる、そして実践を高めている先生がお互いの実践を聞いてさらにそれを発展させていく。ここに私は道の尊さを感じます。

伊藤仁斎という江戸時代の儒学者・思想家にこういう言葉が遺っています。

「一人之を知りて十人之を知る能はざる者は道に非ず。一人之を行ひて十人之を行ふ能はざる者は道に非ず。」

現代の言葉に意訳すると「自分がいくら分かっているつもりでも周囲の誰も分からないようなものはそれは道ではない。自分だけが実践できても他の者が実践できないようなものは道ではない。」という意味です。

つまりは実践とは、皆と一緒に実践できてこそはじめて道につながっているということです。この一緒に実践していくということは、共に道を歩んでいる仲間の存在があるということです。実践が弘がっていくという尊さは、同志たちによって伝道されていくということになります。

そのように自分たちの生き方、働き方が道になっていけばその道を求めて人が集まってきます。そして同じように道を歩もうとする同志たちがそれぞれ一緒に道を歩むことで磨き合い高め合い道は踏み固められていきます。

常に実践は自分だけでわかればいいのではなく、自分だけが実践できればいいのではない。何のために実践しているのかを顧みれば、実践する目的や理由に辿り着くと思います。同じ思いや同じ祈り、同じ願いを持つ人たちは「実践によって語り合います」。

実践によって語り合うからこそ、道の先覚者であることを知り、その思想が単なる幻想ではなく現実に即したものであることに気づけます。現場実践を行うということは、それぞれの場所で同じ理念を実現しようとする生き方の合わせ鏡です。人の道を高め合う中には深い愛があります。この愛を循環させていくことが実践を語り合うということになるのです。

最後にまた伊藤仁斎の言葉です。

「蓋し道は窮り無し。
故に学も亦た窮り無し。」

道には終わりというものがない、故に学ぶことも終わることがないのであると。

分かった気になっている暇もなく、刷り込みに流される暇もなく、道は無窮、万物流転を已まないのだから、常に学ぶ仲間たちと切磋琢磨しつつ道を楽しみながら感謝の一歩をまた日々に新たに歩んでいきたいと思います。その道が子どもたちに続いていくことを信じて実践で語り合っていきたいと思います。