本物の和

日本は明治維新後の高度経済成長の中で、古いものを捨てて新しいものばかりを追い求めてきました。外国から入ってくる新しい価値観や、文化を取り入れては古いものはダメだとさえ言い聞かされみんな新しいものに飛びついていきました。

それまで大切にしていた先祖代々の風習や地域のつながりなども捨てて若い人たちを中心に都会に出ては、過去の日本で行われていた地域地域の風土に合った生活習慣や文化なども否定していきました。今では後継者も育たず、立ち消えたところ、または風前の灯のところも増えています。

子孫や子どもたちのためを思えば、ひとつでも多く遺したいと思うのですが古いものはダメという価値観があるからかなかなか関心を持つ人が増えていかないように思います。

私は現在、古民家甦生や伝統文化の伝承など子どものために尽力していますが古くからある智慧や叡智を垣間見るとどれにも感動します。それは単に古いから感動するのではなく「本物」であるから感動するのです。

私は別に古いか新しいかという二元的な見方で物事を判断するのではなく、それが本物かどうか、そして本質かどうかを考えます。すると別に古くても新しくても本物でないものには感動しないだけで、本物はいつの時代もどんなに古くても新しいままの普遍の価値を持っているのです。

最近では、「和風」というように家も和風にします。実際に置いてある道具や家具、そして建材などを確認すると畳はイ草でもなく、障子も紙でもなく、土壁も土ではなく、柱も木ではないなどといったものが「和」に「風」がついて和風といわれ横行しています。しかもその和風に何の違和感もなく、これが日本の文化だと語られていたりします。本物と偽物の違いが分からなくなってきているから、新しいか古いかの価値観に人は縛られているのかもしれません。

古いか新しいかではなく、本物であるかという物差しを持てば、日本古来から様々な伝統文化や暮らしで用いられた智慧の凄さを再実感できるように私は思います。

子どもたちは自分たちの文化を知るのに、和風ではわかるはずないのです。

本物の和を遺し譲っていくことなしに、日本文化の甦生もあるはずはありません。引き続き子どもたちの仕事をするからこそ、偽物か本物かを見極める心と目を持ち、何百年先にも普遍的なものを遺し譲れるように妥協せずに社業を挑戦していきたいと思います。