人類の真の役割

思い出のある家や土地を手放していくというのは複雑な感情がこみ上げてくるものです。私も長年住み慣れた東京の部屋や、17年近くの青春を共にした社屋が変わるとき、また先祖の土地をお譲りするときなどその寂しさや切なさなども体験してきました。

しかしそのままで空き家になったり、放棄地になってしまったら荒れ放題になり負担がかかっていきます。思い出が豊かで仕合せだったからこそ手放すときに寂しいのであり、できれば思い出とともにいつまでも手元に保管しておきたいと思うものです。

私は古民家甦生などを通して前の家主さんの残置物の片づけやお祓いなどを通して家を建てたときからこれまでの時の流れを供養して新しい思い出をつくるお手伝いをする機会がたくさんあります。この寂しさと新たな希望は、卒業の感情に似ています。

よく考えてみるとこれまでつないできたものを引き継いでいく存在に次を譲っていくということは、この世で新しい物語を紡ぎ続けていくことです。どんな結果になろうとしても、そこには確かな物語が生き続けていてそれが消えることはありません。よく考えてみると、人間ははじめは一人からはじまりそれが二人になりと増えていき、今の人口になります。また家も最初は一つからはじまり、今では多くの家々が存在します。これを思えば、今の私という存在までの中に生きている物語でありそれは自分自身の中に生き続けています。

諸行無常のこの世界で、変化しないものは一切存在しません。変化していくことを悲しむよりも、そこに生きたという証は記憶の中に存在しています。その記憶もまた新たにしていくことで、生き続けていくことができます。

畢竟、運命に逆らずに素直に受け容れ大きな存在に今を委ねて生きていくときその物語がつながっていくことを実感します。残すべきは記憶であり、歴史であり、決して物ではないということ。連綿とつながってきた物語が遺ることこそが、私たち人類の真の役割と幸福でもあるのでしょう。

前の人の思い出の上に、新しい人の思い出があります。前の人の幸福な場所が、また新しい人の幸福の場所になっていく。そうやって、思いをつないでいけばいつまでもその場所には歴史が遺ります。

諸行無常の中にある、諸行永遠の真理を重ねて今に集中して子どもたちに未来をつないでいきたいと思います。