生き方と働き方の一致

生き方と働き方というのは本来は分かれていないものです。しかし人生で仕事のために時間を使い、プライベートで時間を使っていたらその時間は24時間を二つに分けなければなりません。本来は同じ人生なのだから、公私の違いはなくすべては人生の目的のために使われるものです。

昨日お会いした方も生き方と働き方を分けていない方で、大変お忙しい人ですが人生がとても充実しているのを感じます。その方は、一石二鳥では間に合わないから一石五鳥くらいを狙っていくと仰っていましたが、いかに生き方と働き方を一致させていくかというのは時間を大切に人生を生ききるにおいて大切なことだと私も思います。

周囲からすればなんであんな大変なことをするのだろうと思われても、人生の時間は刻一刻と過ぎ去っていきます。大志があるのなら、時間がないと時間のせいにせず、お金がないとお金のせいにもせず、人がいないからと人のせいにもせず、ただ坦蕩蕩と目的に向かって自分で捻出していくしかありません。

よく世間では、ないからできないといいますがないからできないのではなくやろうとしないからできないという考え方もあります。やると決めるから時間ができ、やると決めるから人が集まり、やると決めるからお金ができる。すべてはやると決める覚悟にこそあります。

その覚悟が決まれば、自ずから生き方が決まり、そして働き方が決まります。つまり自分というものの使い方が定まってくるように思います。先ほどの公私を分けないでいえば、自ずから公私の公になります。つまりは本物の公になる、自分が自分のために使っている時間がすべて人々のためになっていくという境地です。

公私混同とかいいますが、それは私を混同しただけで公ではありません。いかに来たものを選ばずに天命に従い自分の使命を全うするかは生き方と働き方の一致で見極めていくことができるように思います。

「何のためにやるのか」と本質を突き詰めれば突き詰めるほどに世の中で分かれているものは融合していきます。世間の物差しではなく、自分自身の物差しができれば日常の時間の使い方、つまり生き方の方も変化していくものです。

大志を抱き使命に生きる人は、人生が目的に一致していきます。それが生き方と働き方の一致ということです。

引き続き、さらに本質を追求し日常を好奇心で楽しみ、子どもたちのために学問を深め道を究めていきたいと思います。

  1. コメント

    「人生観」によって「生き方」が決まると、働き方も学び方も、あるいは食べ方などすべてが決まってしまいます。しかし、実際には、「働き方」の変化に翻弄されて、「自分の生き方」を見失ってしまっている人が多いようです。「時間」とは「自分の使える時間」すなわち「寿命」です。この自分の命の使い方こそ「使命」であり、それが「生き方」です。「どんな人生観を持つか?!」まずは、そこが勝負ではないでしょうか。

  2. コメント

    身近なところにもそういった方がおられ、聴福庵を通して職人さんとお会いする機会も増え、生き方と働き方という言葉以上に感じるものがあります。本気で生きる大人は見ているだけでも刺激をもらいますが、刺激し合える存在となれるよう実践を積んでいきたいと思います。

  3. コメント

    常に一つの態度で人生に臨んでいる、それは何かを特別としているうちは難しいことなのかもしれません。意識して行うのではなく、その意識の中にいつもいるような状態、その為には理念からの振り返りを怠らず全てを紐づけていくことような習慣が守ってくれるようにも思います。日々の実践で生き方を高めていきたいと思います。

  4. コメント

    園の親子遠足が延期となり、翌日は出張に出る日となったとき、出張の準備もあるので遠足は無理かなと思いました。しかし、いったい何のために自分は生きていて、何のために働いているのかと考えたとき、条件を理由に大切なものを大切なままにしない生き方は最もまずいと感じました。何であろうとやりきると考えたとき、道は拓けると同時に、他力をいただけるのだと今日も実感しました。見守りに感謝を忘れず、初心を貫いていきたいと思います。

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