和の職場

仕事ができるということの定義に能力的にできる人と、周りが働きやすい環境を創造する人というものがあります。前者は個人技に優れている場合が多いので、一人で仕事をするときには評価されます。後者は、チームで働くときに優れており個人の能力の評価などは求めず、みんながいい仕事をするために仲の良い環境を生み出したり、いい雰囲気づくりに努めていきます。能力評価はあまりされることはありませんが周りからは必要な人として親しみ慕われ、協力し合う関係を築いています。

そもそも「仕事」というものは、目的に向かって目標があるように全体と部分というものがあります。歯車のように自分の部分だけやっていたら仕事が完結するのではなく、全体のことも同時に考えなければ本当の意味での仕事は進みません。「着眼大局、着手小局」ではないですが全体の目的を捉えながら常に目の前の小さな実践を積み重ねていくこともまた仕事の醍醐味です。そう考えると仕事とは個人技だけで完結はせず常に全体調和を意識して助け合って協力して進めてはじめて成るものなのがわかります。

そのうえで仕事が捗ることや、仕事に集中するためには共に働く仲間が「仲が良い」というのはもっとも大切な要素になります。協力しやすい風土や、協力を求めやすい雰囲気づくりは、何もしていなくてもできるものではありません。日ごろから前向きな相槌をしたり、明るく機嫌よくしたり、笑顔を絶やさず楽しく働いていたりといった雰囲気を醸成することで、協働できる環境を自分が生み出します。一人ひとりがそうやって自分の機嫌を意識し、努めて自分の機嫌を好くしていくことが仕事に集中していける環境を創造するのです。

例えば、自分が仕事に集中できないときは周りの機嫌が悪かったり自分の機嫌が悪い時がほとんどです。なぜ自分の機嫌が悪いのか、それは自分の価値観が常に優先になり、理念や全体のために協力や協働することで本来の大きな仕事が実現することを忘れてしまうからです。そうして仕事が進まないからとより機嫌を悪くし周囲に怖がらせたり怒ったり、無視したりしたらもっと仕事に集中できないギスギスした環境をつくり仕事ができなくなっていきます。

仕事に集中する環境を生み出そうと思うと、自分自身が楽観的であることや、自分自身が楽しんでいること、自分自身が前向きであることや、自分自身がワクワクすることで周囲がほのぼのと明るくなっていきます。そういう心の態度は、一人ひとりが自分自身さえ律していればそれだけで周囲を勇気づけたり励ましたりするだけではなくみんなが仕事に集中していくことを手伝うのです。そしてその恩恵として間接的に自分が仕事に専念することができるのです。

チームであることの面白さは、自分の機嫌一つを調整するだけで周囲の力を何倍にも促進し、大きな仕事が実現されていくということです。

一人では決してできないようなことを、周りの仲間たちと一緒に実現することは遣り甲斐があるだけではなく信頼関係を築き、自分を大きく成長させてくれます。自分一人の能力だけを高めようとする成長は、必ず限界が訪れます。なぜなら、それは自分のできる範囲を超えることがないからです。しかし周囲の仲間たちと一緒に目的を握り合い協働して実現できた仕事は自分のできる可能性を大きく伸ばして引き出してくれます。

大事なのは仕事に集中したければ、チームの雰囲気づくりを自分も担っている大切な一人であるということを自覚し、自分の機嫌や姿勢を省みて改善していくしかありません。あの人のせいでとか、上司が役立たずだとか、もしくは誰かのせいにして不平不満を述べていても何も変わることはありませんし、よりギスギスして仕事に集中できずに結果も無残なものになるだけで仕事も楽しくなくなってしまいます。

仕事に集中するためにも、一見無駄だと感じるような明るい場づくりや楽しい環境づくり、豊かな協働の空気を醸し出せるような生き方を実践してみることではないでしょうか。不思議ですが笑顔の溢れる和の職場には、常に質の高い豊かな成果が着いてきます。

引き続き、子どもたちが憧れるような働き方を増やしていきたいと思います。

  1. コメント

    一円対話をイメージすると、一円になるということはお互いの顔がよく観える状態になることであり、上も下もなくなるからこそ一人ひとりが等しくその場を作る担い手になることなのだと思います。一円でなければ誰かが欠けてもそれが見えなかったり、誰かが調整すればそれで済むのかもしれませんが、一円になって和を生み出そうとすればそれでは難しいことを感じます。自分がこの和(輪)の一部を担っているという自覚が試されるのが一円であり、その心地良さと難しさを同時に感じています。

  2. コメント

    「機嫌の悪い人」が一人いると、それだけで家庭や職場の空気は乱れます。一人毒を吐いている感じで、その波動が周りに影響しています。また、「機嫌の悪い人」に協力してもらっても、余計にエネルギーを取られるだけです。よく「人の機嫌をとる前に、自分の機嫌をとれ」と言われますが、機嫌を直せるのは自分だけです。乱れたら、少しでも早く機嫌を戻すこと、これは日々の修行の最重要課題と言えるでしょう。

  3. コメント

    子どもの頃、大人はみんな働いていて凄いと思っていました。その働く姿に憧れを持ち、早く大人になりたいとも思いました。子どもたちが憧れる働き方を思った時、それは仕事内容よりもやはり、働き方を見ているように思います。イキイキして楽しそう、笑顔が多いなど、業務内容は変えられなくても自分自身は変えられます。子どもたちが憧れる働き方をしているだろうかと、省みたいと思います。

  4. コメント

    今までは何か出来事があると、相手が悪いか自分が悪いかと矢印がどちらかに向くしかなく、自分に向けば自分の刷り込みを責めて、相手に向けば相手の刷り込みを責めてしまってばかりでした。最近は「やってあげる」から「仕組み」へと考え方がシフトする機会を貰えたお陰で、最初はどちらかへ向いてしまう矢印も、今は環境をどうしていくことで仕組みとなるかという風に少しいなすことをするようになりました。これがいいか悪いかは分かりませんが、視点を変えてみると刷り込みもその人の一部であり個性であるかもしれないと感じられたり、刷り込みを取ろうとするよりもそれが気にならなくなる環境設定や仕組みとは何だろうかと感じられるようになったり。答えが見えているわけでも、正しいと思っているわけでもありませんが、視点が増えると機嫌も少しは?いなしやすいように感じるようになりました。引き続き、分かった気にならずに取り組んでみたいと思います。

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