椽の下の舞~縁の下の力持ち~

諺に「縁の下の力持ち」というものがあります。これは語源の由来を調べると、聖徳太子が建立した大阪の四天王寺の経供養で披露された「椽(えん)の下の舞」だといいます。

この「椽(えん)の下の舞」は昭和40年代になるまでずっと非公開で行われてきた秘事です。観客が一切見ていないにも関わらず、舞い手は努力して舞の練習をし舞い続けたのです。ここから陰で努力することや苦労することを指す言葉になったといいます。 その後は、時代の流れで言葉の意味を分かりやすくするために、「椽の下」を同じ発音の「縁の下」となり「舞」は「力持ち」に変化したとあります。

この「椽の下」の「椽」とは何か、これは訓読みで「たるき」と読め、屋根板を支えて棟から軒に渡す部材「垂木」のことを指しています。この垂木は最近、聴福庵の「離れ」の瓦葺きのときに屋根瓦を支えるために大事な役目を果たしていた印象深かったものです。この椽の下は、単に庭先にある縁側の下を支える木ではなく屋根や重い瓦を支える重要な「垂木」なのです。「えん」という字を椽から縁にしたことで、庭先に出ている縁側のイメージがついてしまいますが本来は家の屋根を守る垂木だと思うとその意味が違って感じられます。また「舞」のことを力持ちとされていますが、本来の伝統的な舞は「祈りや供養」のことを指していました。

「椽の下の舞」は、つまりは「人々のために人知れず祈り見守り続けていた存在」を知ったということかもしれません。

私たちは自分を中心に物事を考えて、自分の都合で目に見えるものを中心に解釈していくものです。しかしその自分を支えてくださっている存在に目を向けてみると、本当に多くの偉大な御蔭様によって見守られていることに気づきます。

私たちが雨や風や天災、災害から守ってくれているのは屋根です。その屋根があるから安心して私たちはその中で暮らしを営んでいくことができます。屋根がある安心感、屋根のある暮らしは、その屋根を支えてくれる「椽(えん)のチカラ」の御蔭様なのです。

いつまでもその屋根が家の中の人たちを守り続けるようにと祈り、むかしの大工たちが屋根の上には神様がいるとして屋根神様や七福神や鍾馗様、鬼瓦などで様々ないのりを祀ってきました。

四天王寺は聖徳太子が建立していますが、聖徳太子は民間信仰では大工の祖とされます。国家という家を形成するうえで、何が最も大切なのかということを理念として永らく密かに「椽(えん)の下の舞」を執り行われてきたのです。聖徳太子の「屋根を支えよ、そして祈りつづけよ」という初心を忘れてはならないという伝承を感じます。

「縁の下の力持ち」は、現代ではいろいろな使い方をされますがその本質を忘れはならないように思います。屋根がない家は家ではなく、屋根の存在を忘れて人は安心することはないということです。家の中心に屋根があること、安心して民が暮らしていける存在になることを祈り続けたのかもしれません。心を大切に守り祈り続けてきた大和の先人たちの智慧や真心に感謝の気持ちがこみあげてきます。

私も初心を忘れず、「椽の下の舞」を実践していきたいと思います。

  1. コメント

    先日もある園様で社名の由来を聞かれ、作者不明の竹取物語が千年続いているように自分たちの働きが陰で支える園の下の力持ちであれるよう、、というお話をすると、素敵な社名ですねとお言葉をいただきました。自分たちの働きの一つひとつが園の先生方そして子どもたちへの祈りであること、そしてその存在があるからこそ自分たちは働かせていただいているのだということを忘れずにいたいと思います。

  2. コメント

    屋根を意識的に見るようになったのも瓦葺きのときからでしたが、「椽の下の舞」のことを知り、まさに徳ではないかと感じました。安心して暮らせることがどれだけ幸せのことか、そのことを改めて感じます。いつも屋根に、そして周りの方の支えで自分がいられていることを忘れず、人のお役に立てるような働きを目指していきたいと思います。

  3. コメント

    ただの裏方で役に立つという意味ではなく、誰も見ていない中でも努力と研鑽を惜しまぬ日頃の姿勢そのものを例えているのだと思うと、今までとはまったく異なる印象を持ちます。最後まで見えずとも好い。それでも自分は好きだから、大事だと思うから、やり続ける。その姿勢がどこかに自然とあらわれるのが陰徳なのかもしれません。

  4. コメント

    「祈る姿」は、どれも美しいものですが、それは「誰かに見せるもの」ではありません。「見られるかどうか」で力の入れ方が変わったりすることがありますが、その姿勢は本物とは言えないでしょう。基本的に神事は、人間が見ていなくても神さまが見ておられます。いや、神事に拘らず、すべてはお見通しなのでしょう。「人を相手にせず、天を相手にせよ」と西郷さんは仰いましたが、万事においてそういう姿勢がちゃんと通じるのではないでしょうか。

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