太陽の徳

先日、盆栽の手入れのことで盆栽師と話をしていたら夕陽は強いので日陰の方がいいという話が出ました。この夕陽の強さとは、朝陽に比べて夕陽の方が日焼けするという意味です。よく考えてみると、外での作業も夕陽の方が肌の日焼けもきつく、体力の消耗もありますが朝陽の方はあまりそうは感じません。

調べてみると太陽の光自体は同じでも地球の大気は朝より夕方の方が気温が高く、水蒸気量や浮遊物質も多い。だから、朝日は眩しく、夕日は赤みが強くて輝きが弱いことが多いという説が一般的だそうです。

よく西日がきついという言い方もしますが、実際は西日はそんなに強いわけではありません。しかし太陽熱の集積により、夕陽の時間帯が特に熱を特に感じてしまうということです。

熱は私たちは単に熱い冷たいという比較の熱のことを指しますが、本来は熱には「蓄熱」といった熱量があると私は思います。熱が集積し蓄熱して熱が溜まっていくのです。植物をはじめ、人間もこの蓄熱によっていのちを活性化させていきます。体温もそうですが、生きていくためには温度は欠かせません。その温度が一日の中で溜まると、その蓄熱量で体に影響が出てきます。熱が足りないと熱を上げ、熱が高すぎると下げようとします。一定の熱量を維持するのは、バランスを整えるためでしょう。

実際には西日は紫外線の量が少なく、夕日の赤い光を浴びると肌の代謝が高まり、真皮のコラーゲン合成が促進される効果があるそうです。西日で緩やかな光を浴びて賛散歩などをすると心身の癒しになるそうです。朝陽も爽やかな光を浴びれば脳にセロトニンが分泌され心身が癒されます。このように朝陽も夕陽も、太陽の光は心身を癒し生きていくために欠かせないものです。

太陽といっても、光もあれば熱もあり、また目には見えない波動があったりといのちを活かすための存在です。その太陽の徳とともに私たちはいのちを維持していますから心身の調和も健康にも大きな影響を持つのです。

日々に心身に太陽を持ち、太陽への感謝を忘れないで生きていきたいと思います。

 

 

  1. コメント

    私が生まれるはるか昔から、ずっと変わらず照らしていたと思うと遠大なことです。秋のこの季節、陽が暮れるのがだんだんと早くなってきていますが、日中晴れていると空が高く過ごしやすさを感じます。全ての生き物が恩恵を受けていると思うと、手を合わせ感謝の気持ちが湧いてきます。当たり前に思わず、感謝の日々を大事にしていきたいと思います。

  2. コメント

    「太陽」の基本的な役割は熱と光でしょう。しかし、その働きは、万物の育成ではないでしょうか。さらには、その奥に、愛があり見守りがあるように感じます。昔は、「お天道様が見ている」と言われました。それは、「独りを慎め」といことでもありますが、同時に、条件にかかわりなく「等しく愛されている」ということの認識でもあったのでしょう。「太陽信仰」というものもありますが、「本質」としてとらえておきたいものです。

  3. コメント

    「お日さま」は命の源であり、その分け隔てない御恵に対して「おかげさま」と感謝と祈りを捧げてきたのが日本人だと言われます。かつてラフカディオ・ハーンも、川掘りで顔を洗っていた村の人々が山から太陽が昇るのを見てパチパチ手を打ってお祈りをしていた光景を目にして「世界にこんな素晴らしい国民はいない」と感動し、日本に帰化することを決意したそうです。自分たちを育んできた民族の精神を忘れないようにしたいと思います。

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