暮らしの甦生

むかしの暮らしを甦生させていくなかで、上質なものはゆっくりとじっくりと醸成されていくのがわかります。現在では、スピード重視でなんでも早く簡単に便利になる方が価値があるように思われます。市場で販売されているものも、時間がかかるものは人気がなく三流品のように扱われます。

そんなに急いでいったいどうするのかといえば、その分、仕事を増やして労力を軽減するということなのでしょう。しかしそれは一時的に体が休まっても、心が休まるわけではありません。生き物やいのちには、必要な悠久の時間、自然の時間が必要だからです。

例えば、お水を鉄瓶にかけ炭をかけてじっくりと沸かす。その時間もまた贅沢ですし、そのお湯はまた格別な味わいがあります。お水だけでも、地下水や自然の水であれば時間をかけるほどにまろやかに美味しくなります。そのいっぱいのお水には、豊かさがあり安らぎという副産物もあります。

現代では、簡単湯沸かし器を使えばものの1分も経たないうちにお湯が沸きます。それをお湯のまま飲んでもちっとも美味しく感じません。待つ時間というのは心の余裕を作ります。そしてじっくりというのは自然の流れを待つ時間に自然になります。

何でも思い通りに頭で計算した通りであることは、決してそれは贅沢ではなく豊かさというわけではないのです。

人間はみんな自然の一部ですから、自然の流れ、時間の流れというものを他の生き物と同じく持っています。それは四季の流れの中にもあります。今の季節であれば、紅葉を楽しみ、夜は月を愛で味わう、そして季節の循環の中で旬のものをいただき感謝して来年のことに思いを馳せて祈る。こういうことで心身ともに自然に合調和していくのです。

自然から離れれば離れるほど人間はスピードを上げていきます。少しスピードを落として自然の流れを待つという心の平安を持つ必要を感じます。そのためには、今、b便利でスピードを上げる中で捨ててしまった自然に待つという暮らしを拾い直す必要があるように私は思います。

つまり、暮らしは日々の循環の時とともに生きていくこと。自然の流れに沿ってともに歩んでいくということの実践なのです。

暮らしを甦生しながら、子どもたちに譲りたい本当の豊かさや生き方を伝道し伝承していきたいと思います。

  1. コメント

    日本の暦はそもそも、積み重ねることと言われていましたが、ただ時間が過ぎていくのではなく、季節が巡り今に至るというように、便利で早いというのは大切なものを見逃してしまうのかもしれません。忙わしいと心がやはり落ち着きません。秋の夜長に読書を楽しむ、そんな心のゆとりも大事にしていきたいと思います。

  2. コメント

    「効率」を優先すると、どうしても「時間短縮」が必要になります。しかし、実際には「時間をかけないと得られないもの」があり、中には「じっくり」という時間でしか生み出せないものもあります。また、「待つ」ということは、消して時間の浪費ではありません。待つ間に味わえるもの、その時間に得られるものを大事にしたいものです。

  3. コメント

    むかし話などを思い出してみても、なにかゆったりとほのぼのとした雰囲気があり、話の中に暮らしがある感じが伝わってきます。数百年後に同じように今の時代をむかし話にしてもそのような雰囲気はなく、何か世話しないものになるのだろうと感じます。子どもの感性が好むような豊かさをベースにした暮らしといものを感じていきたいと思います。

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