手入れの生き方

全ての道具には「手入れ」という方法があります。その道具に合わせて、様々な手入れ方法がありその通りに手入れをしなければかえって傷んでしまうことがあります。しかし現代は、大量生産大量消費の時代の流れの中ですぐに新しいものが出ては古いものは捨てますから手入れすることがなくなってきました。

そのうち手入れする手間をかけるよりも新しく買った方が早いし安いという風潮が広がり、今ではほとんど手入れ道具も手入れ方法も知らない人たちばかりになってきました。

どんな道具も、物も手入れしなければ長持ちすることはありません。それは道具は使えば使うほどにすり減っていき、摩耗摩滅していくからです。末永く大切に使うものは、摩滅する瞬間までそのいのちを使い切ります。

以前、民藝品を見学したことがありましたがその民藝の道具たちはみんな手入れによって美しく輝ていました。私が今、古民家で活用している和包丁も明治のものや江戸のものがあります。

今でも研いで手入れすれば、大変な切れ味で料理をおいしくしてくれます。他にも、革製品、紙製品、木製品、土製品、すべての自然物を加工したものは手入れさえしてあげていればいつまでも美しく輝き続けるのです。

この道具や物たちの摩滅するまでの期間に私たちが取り組むべき実践は「磨く」ということです。磨くからこそ摩滅しますが、磨くからこそ美しく光ります。この光らせていくという実践は、それぞれが丁寧に心を籠めて努力していくことです。

これは自分自身にしてもそう、所属する会社や仕事でもそう、そしてまちづくりや国造り、地球への貢献や自然との共生においてもそうです。

どれだけ真摯に自ら磨こうとしたか、その努力を惜しまなかったかが全体を調和させ、平和を永続させていくのです。そしてこれは「生き方」であるとも言えます。

現代の問題は、この手入れする生き方が失われてきたことです。

もう一度、子どもたちに大切な生き方が伝承されすべてのいのちが大切に扱われそれが未来の平和を持続させていけるように手入れの生き方を伝承していく必要があると私は思います。

引き続き、実践を楽しんで続けていきたいと思います。

  1. コメント

    日本人は昔から「後始末」というものを大事にしてきました。その過程のひとつに「手入れ」もあります。今日の働きに感謝しながら、今日の扱い方を反省しながら、いつでも最高の力が発揮できるように調整しながら「手入れ」をする。その意識が使わないときの「手入れ」にも働いているのでしょう。イチロー選手の「グラブの手入れ」がよく知られていますが、それは、「振り返り」をしながらの「感謝と反省」の儀式だったのかもしれません。最近は、この「後半の手抜き」が目立ちます。根本的な認識が間違っているのかもしれません。

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