正直の徳

「正直」という言葉があります。これは、「正しくて、うそや偽りのないこと。また、そのさま。」とあります。具体的には、事実に基づいて嘘偽りなくありのまま伝えることを言います。しかしこれは生き方であるのはすぐにわかります。

生き方が正直な人は、事実や本質を見極めていますからいつも相手は自分の心や天に対して恥ずかしくないかという道や徳を常に確認し内省しながら歩んでいきます。

正直という言葉で有名な諺に、「正直の頭に神宿る」があります。これは正直な人には必ず神のご加護がある」という意味です。他にも似た諺には、「正直は一生の宝」があります。これはその正直さが周囲の信用や信頼を得て幸福を運んでくるからです。まさにこの正直こそが、宝のような価値のあるものということです。「正直は最善の策」などは、嘘ばかりついては嘘で塗り固められた嘘八百ばかりなってしまいます。嘘をつかないことこそが真実や本質、道理から外れないということでしょう。

これは嘘偽りない誠実な姿になるというのは、自然界にあるいのちそのものの姿です。自然が正直ですから、正直に生きていれば必ず自然は味方になってくれます。しかし正直でなければ、自然と反しますから自然淘汰されていきます。

正直さというものはそれだけで神のごとくであるという意味は、自然と一体になっているいのち本来の生き方が生き方に出ているからきっと「神=自然」として畏敬が顕れ偉大な存在に感じるからでしょう。

人間は純粋無垢に魂を磨いていけばいくほどに、この正直の徳の偉大さを感じるものです。見た目が少し損をしているように見えたとしても、実際はその損は徳を積んだことであり自分自身を磨いたという精進になります。

生き方は長い年月で醸成されていきます。どのように生きていくか、どのように生きてきたかはその人の生き様が決めていきます。自分が大切にしたい生き方を守ることが正直であるということでしょう。

子どもたちが正直の徳が伝承できるように、私自身、自己と正対し自分の中の誠や真心を磨いていきたいと思います。

 

  1. コメント

    「嘘をつく」のは「保身」からでしょう。しかし、ちょっとでも「嘘をつく」と弱くなり、結局、自分のついた嘘で自分を苦しめることになります。対して、「正直は強い」ものです。それは、「相手に対して」ではありません。「自分に対して正直である」ことが「生き方」として強いのです。「正直者はバカを見る」とか「正直者は損をする」などと言いますが、その種の損は、人生で見ると決して損にはならないでしょう。瞬時の保身に走らないように、日頃から鍛えておかねばなりません。

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