善行の循環

世の中には「こんなことをして何の得があるの」ということを人知れず丹誠を籠めて生きている人たちがいます。陰ながら誰にも見られないようにまごころを盡していくのですが、こういう人は陰徳を積んでいます。

この陰徳というものは、徳は陰で積まれているということもあると思いますがこれは陰こそ徳で徳こそ陰であるということです。例えば、月が太陽の光によって照らされ夜の闇を照らします。しかし月が隠れているときでも月は常に地球に寄り添い見守ります。

私が陰徳を思う時、月の徳を思い出します。

私が会社のロゴマークを月にしたのもまた、その願いや祈りがあったからです。カグヤという名前もまた、竹取物語のかぐや姫からいただいたものですがあの物語の本質は子どもたちや私たちにとても大切な人生の意味を示唆してくれているからです。

陰徳という言葉は、中国の淮南子という書に「陰徳あれば必ず陽報あり」があります。人知れず善行を積んでいるところには必ずよい知らせがあるという意味です。これは似た諺に「情けは人の為ならず」がありますが、積んだ善行は必ず巡り巡って自分に還ってくる、そして同様に相手にかけた情けもまた巡り巡って自分に帰るということでしょう。

そもそも徳とは陰であるということですか、では陰陽の陽があるかといえば私は陽徳などはないと思っています。もしも陽徳を説明するとするならば、私たちが生きていること活かされていることがすべて陽であり、今のいのちのすべては陰徳によって支えられていると実感することをいうのかもしれません。

人知れず善行を積むのは、自分の本心に従い天の心と一体になってあるがままに生きるということです。これはすべての自然界の生き物たちが自分の生命をあるがままに全うするように私たちもまた全体快適のために生きていくのです。

今の時代、損をすることを避けようとすぐに得をすることや儲かることばかりに知性を働かせていますがもっと本来の知性、智慧を働かせるほうを増やし少し損をしてでも徳を積んでいこうとすることで善行の循環を子どもたちに伝承していくことが新しく懐かしい未来の時代を創造する礎になるように思います。

引き続き、磨く仕合せと積む喜びを味わいながら子どもたちに大切な願いと祈りを社業を通して実践していきたいと思います。

  1. コメント

    よく「そんなことしている暇があったら」とか、「それにどんな意味があるのか」などと言って、「効率よく結果が得られるものかどうか」を判断されます。しかし、「意味」というのは、「結果を見越して生じるもの」というよりは、「やることのなかに主体的に見つけ出すもの」でしょう。しいて言うなら、「その見つけ方に意味が生じる」のではないでしょうか。

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