先住民族の智慧

昨日からカナダのバンクーバーに来ています。私はまずはじめて入る国には必ず歴史がどうなっているのかを調べる傾向があります。これは成り立ちを知り、原点を理解し、今を観察するのが好きだからかもしれません。

歴史を学ぶということは、その国の生い立ちを学ぶということです。これは人間も同じく、生きていて今何かをするのは必ず意味がありますからその意味を紡いでいくためにも私は歴史を学ぶことではじめて観光の意義があるように信じています。

このカナダという国は、もともとファーストネーションズと呼ばれるネイティブインディアンたちが何万年も前から住んでいた場所でした。またインディアンという名前は、1492年にアメリカ大陸にやってきたクリストファー・コロンブスがそこをインドと思い違いし住民を”インディアン”と呼んだのが名前の由来だといわれます。

またカナダという国名の由来は、1535年ふたりのインディアンの若者がフランスの探検家ジャック・カルチエに「カナタ」への道を教えたことが由来だといいます。「カナタ」は、ヒューロン・イロクォイ族のことばでは、単に「村」や「村落」のことをさすものでした。しかし、別の言い方がなかったために、カルチエはスタダコナ(現在のケベック・シテイにあたる地域)の呼び名としてだけではなく、種族の酋長ドンナコナの土地全体を「カナダ」ということばで呼ぶことになったといいます。そののち1547年の地図では、セントローレンス川の北側全体が「カナダ」と示されそれから全域がカナダとなりました。

こちらでは、先住民のことをネイティブカナディアンともいうそうですがこれも後から来た人たちがつけた名前です。本来は、その土地に住んでいた人たちの場所を奪い国家を樹立するという話はここの国だけのことではありません。日本でもアイヌの人たちのように歴史をも改ざんされた民族もあります。変な話ですが、国を占領した後は先住民を同化政策と称して自分たちの国民になるように教育します。

カナダの「先住民の同化政策」は19世紀にカナダの先住民の子ども達約15万人が教会の運営する「寄宿学校(residential school)」に強制的に入学させられています。そして当時、カナダ政府は先住民を教育するのは自分たちの役目だとし、先住民の子ども達に独自の言語などを禁止させ、英語を話し、キリスト教を信仰するように強要したといいます。1990年代には、多くの教会が先住民に公式に謝罪をして2008年には、当時の首相スティーヴン・ハーパー氏が正式に謝罪をしています。

今更ですが、その国の文化や言語を奪うことを同化政策といって迫害をしているのはすべて後からやってきた人たちです。自然の征服と同様に人類は、動植物や森だけではなく同族の人間であってもすべて占領し征服し洗脳して管理しようとするのは歴史が証明しています。

結局は、イギリスとフランスとの争いからアメリカも入り、今でもその時の問題が政治問題としていくつも課題が残っています。第一次世界大戦、第二次世界大戦によって国家というものができた例はこのカナダだけではありません。

国家というものができる背景には、必ず侵略や征服、戦争が関わっています。先住民族たちは、国家というものがなくても文化を進展させ文明とも上手に付き合い、それぞれの居場所で持続可能な暮らしを維持してきた人々です。

今それをやれとは言いませんが、そこから私たちは大切な考え方や生き方を見習う必要があると思います。なぜなら、長い時間、その場所を大切に守りながら破壊せず、自らの暮らしを守ってきた先達たちだからです。

今回、機会があれば先住民たちの暮らしや文化を学んでみたいと思います。そこから子どもたちに譲り遺したい智慧を伝承してみたいと思います。

  1. コメント

    「言葉」が変わると「文化」も変わってしまいます。特に「日本語」はきめ細やかな表現が多く、翻訳すると「本来の意味」が通じないということがよくあります。日本にも「国語を英語に変えよう」とする動きもあったようですが、「母国語を変えて発展した国はない」ということからその案は消えたと聞きます。いかなる時も「日本語」を守り続けてくれた先人に感謝するとともに、もう少し日本語を大事にするというか、きちんと使う必要があるでしょう。

藤堂 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です