知足着実

足るを知る心と、足らざるを知るという心がある。
ここにそのどちらにも共通するものが存在していることが分かります。

地に足を着いてとはよくいうもので、やはり心がけが地道でなければ不明を恥じるのです。

まず足るを知るには、今、どれだけ自分が恵まれているのか、どれだけ周囲の環境の恩恵を享受されているのか、どれだけ有難い存在に見守られているかと思えば次第に感謝の心が込み上がってきます。人は目先の自分の欲が果たせないことに執着し、感情が前後左右されとても苦しむものです。足るを知ると思えないのは、自分の思いに呑まれているからともいえると思いますがこれを打破するのはそれよりも包まれていることを感じることだと思います。

そして足らざるを知るというのは、今、自分自身の不肖をどれだけ恥じているか、どれだけ自己中心的かと気づいているか、どれだけ生き方が傲慢になっているか、自分自身の未熟さで他人様にどれだけ迷惑をおかけしているか、自分に矢印を向けて自己錬磨されていない自分を知るということです。こういう謙虚な気持ちになっていれば、次第に感謝の心が込み上がってきます。足らざるを知ることができないのは、どこかまだ誰かのせいや何かのせいにして言い訳をしている甘えた気持ちが残っているからです。これを打破するのは、すべての問題は自分にあるのだと気づこうとすることだと思います。

この足るを知るも足らざるを知るも、一本の共通の糸で紡がれています。

それが「感謝」であるのだと思います。
感謝の心で生きていくということは、その両方を生きていることになっているのです。

感謝の心でとは言葉では簡単に言えますが、実際は地に足を着けていないとそうならないのです。日々の生活や暮らし、営みの中で以上のような実践が持続し続け、頭で生きている自分の妄想から目覚めるかということなのだろうと思います。

忙しい時はなかなかできませんが、それでもそういう時こそ修行のチャンスでもあります。
知足着実にかんながらの道の歩みを真心と感謝とともに取り組んでいきます。

  1. コメント

    地に足がつくということは、思いばかりではなく形として行動に移すということを感じ、気が付いた分、気が付かせて頂いた分が今自分自身の学びの量だと感じています。日々気づかせて頂いていることを、実践に移す所からが学びであると捉え行動に変えていきたいと思います。

  2. コメント

    今できる事という事一つも、自分の身の回り、今ある状態をどのように受け止めているのかで、まったく答えが変わってくるのだと実感しています。忙しく心を無くせば、出来る事も本当にわずかですが、心にゆとりや感謝など、自分以外の物事に自分自身の心を開放していくように物事を見れば、沢山の出来ることが見えるのだと感じます。しかし、今日のブログで言われている、自分自身に対しては足らざるを知るという考え方があるのだという事は全く意識していませんでした。外には足るを知り、内(自分)には足らざるを知るという両輪が物事を正しく前に進めていくのだと学びました。実践に変えたいと思います。

  3. コメント

    自分がどれだけ周りに見守られて生きる事が出来ているのか、同時にその中で周りに迷惑をお掛けしながら生きているという事を感じる事の大事さを改めて感じます。どちらも冷静に自分を見つめ直さないと見えてこない部分ではないかと思います。しかもそれをしっかりと心で感じれるかが大事であり、その為にも地に足をつけ自身を見つめ直す事だと思います。今の自身の存在を考えた時に様々な事が頭をよぎります。しかし以前はそんな事はありませんでした。心に余裕が無かったと言えばそれで終わりかもしれませんが、それは周りの大切な人を粗末に扱っていたのと変わりがないという事も今は感じます。

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