新しい扉の鍵

今回の人災のことは、商売をするものとして戒めなければならないということに満ちた出来事であったと私は思う。東京電力の創業者は、九州長崎出身の松永安左エ門という人で私は以前、長崎県壱岐に行ったときにその資料館などでその人のことを少し学んだことがあった。

この方は、福沢諭吉の学問のススメに発奮し事業をはじめ取り組み、ある時を境に自ら理念を「今後の自分の行動は、国家社会にできるだけ奉公することが必要だ」と決心したそうだ。その後の行動を見ても、それを基盤に決断した経緯が読み取れる。そして亡くなる時には、「人間の値打ちを人間が決めるとは何ごとか」と怒り叙勲も自らの遺志で辞退したとのこと。官僚のことを特に嫌い、現場視察などでは官僚たちのように高級宿には泊まらず現場で働く人と同じところに泊まるなど徹底した現場主義を貫く人だったそうだ。(ウィキペディアより)

この創業者は、行く末である今の会社の現状を見て一体どういう心境であろうか。

孟子に有名な言葉がある。

「義を後にして 利を先にすることをなさば、奪わずんば饜かず」

これは私の意訳だけれど、「世のため人のためということを後にして、自分の利益ばかりを優先しようとする人は、すべてを奪っても満足することは決してないだろう」という意味である。

もしも商売を志す者や企業が、自らの利益だけを追求してその志すところを失い理念なき経営を行うならばもはや世の中の益にはならず有害であるのだということを意味している。孔子にも同じく、「利をみては義を思う」という風に本当に自分の利益が世のため人のために使われているかという自分の誠意とまごころをいつも省みる事を説いている。

いつの時代も、どんな企業も、人の道としての大義を見失えば末路はこのように醜態をさらすものだ。そうならないように、如何に理念をしっかりと持つ必要があるのかがよく理解できる。

先人が、回訓を持って私たちに商売を志で貫く企業人としての心構え、その理念と経営についてこう遺してくださっている。

 「人間の本質なり自然の摂理に照らして、経営理念に立脚し何が正しいかということが考えられなければならない。」
 (松下幸之助)

 「理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である」
 (本田宗一郎)

これは企業の大小に関わらず、もっとも優先すべき大切なことでありたとえ倒産しようが維持されようがこれがなければ何もはじまらないのである。物事の本質は、人としてどうあるべきかという心感に根ざしたものでなければならない。

常に何かの判断や行動をする際には、まずその経営理念を確かめそれによって自らの決断を正直に行うことが大切なことであると私は思う。

どんなに時間がかかろうとも、利を先にするというのは、儲けばかりを考えてしまいその経営理念の醸成に力を注がなければ結局は末路は悲惨悲哀なことに繋がっているのだ。

「その本、乱れて末治まるものあらず。」

すでに理念なく、利を追及する企業の先に決して治まる未来はない。問題の根幹は如何に同じような過ちを繰り返さないかということが、倫理道徳に根ざした今、行うべきリーダーたちの経営判断であるはずである。

こういうことが二度と起きないためにも、自らの襟を正し粛々と企業文化を継承していく必要がある。眼には見えない哲学や哲理、その人間観から人生観などその人物が放つ生き方や在り方が形になったものが会社であり組織である。

だからこそ、一人一人が自らの生き方に問いを持ち、根本的な理念から経営を行うことがより未来の平和な社会を創造し共生し貢献していく鍵である。そして自然に応じて生きていくことこそが、この世に存在さしめてくださっている意義の本質、「自然の摂理」なのである。

天災人災を通して、私たちは一体何を学ぶべきなのか。

その鍵により新しい時代の扉を開くためにも、こういうことが恥ずかしいことだと肝に命じ自らの実践を決めていきたいと思う。子どもたちの行く末に負の遺産を残さなくてよいような文化を保育を通じて創出していきたい。

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