経験の質量~見守る実践~

人生というのは経験することですが、その経験には無駄なものが一切ありません。

例えば、人間はかつて経験したことが必ず次に役に立つという仕組みになっています。ある病気の体験が誰かの役に立ったり、自分の失敗成功体験がそのまままた誰かの役に立ったり、自分が味わって共感して学んだことはすべて何かの時に役に立つ日が必ずくるのです。それは思い返してもなかったといっても、スパンが短いだけで長いスパン、子々孫々時代を跨いで観れば必ずどこかで役に立っているのです。

自分の体験を大事にするというのは、自分の体験することは必ず役に立つと信じることなのです。その体験を味わい経験を積んでいく中で、誰かがそれを必要としてくれるようになります。これは自他は繋がっているという意味ですが、自然は全体と渾然一体になって循環しているものです。だからこそ、自分の行動や体験は誰かに必ず影響を与えていますし、同時に誰かの影響を受けて自分も影響を受けているのです。

だからこそ、自分の体験という役割がある、自分の経験という使命があると考えるのです。

人生は道場だと定義しさえすれば、日々どんな場面も人生練習であり、如何に自分の今の体験を味わい尽くして質の高い経験をするかというのが自分の人生の御役目を果たすことになるのであろうと思います。

ふり返れば、真心を籠めて誠実に誰かを思いやり取り組んだ実践が何よりも将来、大切な人たちや支えて下さる人たち、仲間や見守り合う関係において一番御役に立てている気がします。

御恩返しとは自分の人生を真摯に生き切ることではじめてできるものなのかもしれないと私は感じます。自分を中心に良し悪しや正否を判断するのではなく、そのものの体験はあるがままの経験として尊ぶことが何よりも大切なのかもしれません。

自他の経験を尊重していくことで見守る実践の質量を高めていきたいと思います。

  1. コメント

    自分の経験が誰かの役に立つということは、自分の人生の価値とその豊かさを無限に広げてくれます。しかし、同時に、わがまま勝手は許されず、与える影響とその責任というものも要求するものです。できるだけいい影響としてお役に立てるよう、すべての経験を大事に味わい、自分の役割を全うしたいものです。決して、真心に欠け、誠実さに欠け、思いやりに欠けるといった手抜きの人生にならないように、一日一日を生き切らないといけません。

  2. コメント

    出来るようになったと思っても、出来るようになった分まだどこが出来ていないのか気付くことでもあると感じています。今この時期に機会を何度も頂いていること、これがいつか誰かの役に立つと思うと、目の前のこと以上に責任ある仕事をさせて頂いていることを感じます。いつも支えて頂いていることに感謝し新しい1年を実践していきたいと思います。【〇】

  3. コメント

    過去の経験のひとつひとつが、不思議なくらい今に活きてきていることを実感しています。そう思えるからこそ今歩んでいるこの道に迷いはなく、安心して突き進んでいくことが出来ます。今日のこの一歩もまたこれからの自分を支え、関わる全ての方々のお役にも立つものだと思えば、遣ることばかりで忙しい一日も有難いものとして質高く味わっていきたいと思います。

  4. コメント

    経験したけれど、経験したことを振り返らなかったり、経験中に味わう事を忘れては、経験は形だけのものになってしまうと感じます。味わっても味わい尽くせないからこそ、惜しみながら、大切に、一緒に精一杯取り組む姿勢を大切にしていきたいと感じます。今日の味噌づくりも同じく振り返りたいと思います。

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