暖簾の奥深さ

徳積堂のオープンに向けて着々と環境を仕上げています。昨日は、黒く染めた麻の暖簾を玄関先にかけました。むかしから「暖簾」は日本人には馴染みの深いものです。少し深めてみようと思います。

この「暖簾」は、日本独自で発展してきた文化の一つです。発祥が定かではないようですが平安時代の絵巻物にはすでに暖簾が出てきます。実際に「暖簾(のれん)」という言葉が使われるのは鎌倉時代末期だといいます。禅宗と共に中国からもたらされた禅林用語で、暖かい簾(すだれ)という意味だったそうです。具体的には、禅堂の入り口に夏場の暑い時にかける涼簾に対して、冬場の寒さを防ぐためのものが暖簾です。中国語では、ノンレンとも呼びますからそれが今の「のれん」になったのでしょう。

それが時代とともに親しまれるようになり、日本では中を割って人が通りやすいようにしたり、そこに絵や文字、文様や家紋などを入れてわかりやすいものにしたりと自分たちの文化に取り入れていきます。

ウィキペディアでさらにこの発祥の説を調べてみると

「日本の家屋では戸口にかけて日光や雨などを遮る障具の素材として最初は筵(むしろ)を用いていた。暖簾は古語で「たれむし」といい関連も指摘されている。暖簾が現存する資料に現れる最初のものは保延年間の『信貴山縁起絵巻』で現代の三垂れの半暖簾と同様のものが町屋の家に描かれている。保元年間の『年中行事絵巻』には大通りに面した長屋に三垂れの半暖簾・長暖簾がみられる。 また、治承年間の『粉河寺縁起絵』には民家の廊下口にかかる藍染の色布がみられる。」とあります。つまり最初は、筵(むしろ)だったという説もあります。暖簾の古語が「垂蒸(たれむし)」であり、「垂れ筵」であったともあります。

つまり最初は、玄関に光や風が入ってくるのを防いで寒暖を調整していた道具の一つとして発明されたものということかもしれません。ドアできっちりと開け閉めするものではなく、内外の境界を柔らかくしきったものとして重宝されたのかもしれません。

それが、次第に時代を重ねるうちに商店等の営業の目印とされるようになっていき、開店とともにこれを掲げ、閉店になると先ずは暖簾を仕舞うように使われました。これが転じて屋号のことを暖簾名や暖簾と呼ぶように変化してその商店の信用・格式をも表すようになったといいます。

よくむかしテレビや映画で、暖簾に傷をつけたとか、暖簾を台無しにしたとかのセリフがありましたがこれはそれまでの開け閉めして培ってきた信用や信頼を壊したときに使っていました。他にも暖簾分けといって、その信用や信頼を使わせてもらえることを暖簾で表現しました。暖簾は、単なる寒暖の道具を超えて生き方や生き様にまで昇華してきたということでしょう。

今では暖簾は、看板や宣伝、表札などのうにも用いられています。派手なものからシンプルなもの、カラフルなものもあります。こうやって時代を超えて親しまれ続けているものがあることが日本の伝統文化の醍醐味でもあります。

徳積堂では、黒色の麻の暖簾です。木綿などもありますが、麻はよく風を魅せてくれます。そしてよく暖簾の奥を覘かせてくれます。暖簾越しに観える美しい世界、その境界線の妙を感じてもらうための工夫もしています。

また風情があり、冬は冬の暖かさを演出し、夏場は夏の涼の演出もします。丈夫で長持ちもし、修繕もできます。風化して色が褪せていく様子もまた、独特なわびさびを表現してくれます。暖簾は便利な道具ではなく、まさに日本人の心の情景を豊かにあたたかくする存在なのです。

徳積堂の歴史を、暖簾とともに歩んでいきたいと思います。

藁ぶき古民家の土壁の解体と再生

昨日、藁ぶき古民家の甦生で土壁の解体をしましたが中から百数十年前の竹小舞が出てきました。この竹小舞とは、土壁の下地に使う細い竹のことをいいます。 土壁の下地のことを小舞といい、竹で格子状に編み込んで構成します。

この小舞の下地は法隆寺の建立の時代から存在し、竹が小舞として使われるのは鎌倉時代以降だといわれます。正確には、この壁の工法は「竹小舞下地壁」といいます。

この竹小舞に使う土を荒壁土といいます。これは良質の荒木田土に押し切りで切った藁を混ぜ練った物を寝かして発酵させたものを使います。ほとんどの藁は溶けていきますがこの発酵することによって強度も増えますし持ちもよくなります。そして出来上がった土にさらに藁を足して練り込んで塗り込んでいきます。

実はこの荒土壁は、何度も何度も再生することができます。例えば、500年の古民家であればいろいろな風雨によって傷んでもまた解体して混ぜて発酵させて塗り込めば元通りです。永遠に再生可能な材料によって家が保たれています。

またその土壁の中の竹だから腐らずに傷まずに朽ちずに使い続けることができます。先人の知恵は偉大で、現在では持続可能などと叫ばれていますがむかしはそもそも永遠であることが当たり前だったのです。

地球に住んでいるものたちは、常に循環するものを観続けてきました。ちゃんと廻ってくるものの邪魔をせずに自然の恩恵を享受されていました。現代は、消費文明ですから捨てるものばかりつくり、再生できないものばかりを流通させています。

本来のこの日本の土壁の再生から学ぶことが多いと私は思います。この土は、田んぼの土や河川などの粘土質で発酵するもの。藁も発酵を促していくものです。発酵する技術があることで、いつまでも腐敗やカビなどが発生せずに家が長持ちします。

漆喰もアルカリ性ですからカビが生えません。この辺も先人の知恵で、高温多湿の日本の風土では水が澱むことを厳禁にしていました。なので、風水を重んじ、古民家周辺の地域も風がよく通り、水がちゃんと流れるように設計して配置されていました。まさに澱まない仕組みと智慧で環境を構成していたのです。

今回、この荒壁の土をまた再生してひび割れや壊れた場所を補正していきます。そしてまたいつかこの古民家を再生するとき、子孫たちは私たちがどのように再生したのかを観て家が大事にされていることを知るように思います。

こうやって言葉だけではなく、先人の生き方で私たちは文化を伝承してきたように思います。子どもたちのためにも、今の自分たちが譲り遺していきたい未来を丁寧に紡いでいきたいと思います。

藁ぶき古民家の甦生~床下のイヤシロチ化~

今日は、結友の仲間たちと一緒に藁ぶき古民家の土壁を落とします。これはシロアリ被害が酷い二階の部分の重量を軽くして木の負担を減らすために行います。本来は、土壁の御蔭で家の補強も調湿効果もあるのですが仕方がありません。

それほどまでに今回の古民家はシロアリ被害が甚大で、少しの修復ではなくまさに大手術が必要な状態でもあるのです。江戸時代ころから存在し、むかしの百姓の素朴な藁ぶき屋根の古民家ですからもともと使っている材料がいいわけではありません。

そこに空き家になってから十数年の間、換気もされず庭木も伸び放題ではシロアリの巣になってしまうのは時間の問題でした。家も傾き、野生動物がたくさん棲んでいるくらいですからもうボロボロの満身創痍状態からの甦生です。

今回は、土壁を落とし、その土は発酵土と混ぜて床下に敷いていきます。この土を甦生させ、地面からの水分によって土壌を微生物によって豊かにし、その発酵する活動によって空気を清浄にします。土が清浄で豊かになれば、その「場」もまた整っていきます。

場が整うことで、その場所にいると居心地がよくなります。これは誰でも簡単にわかることですが、もしもゴミが散乱しているようなところで異臭が漂ったり、カビが発生したりシロアリがうごめいていたらみんな居心地が悪いという感覚になるものです。その逆に、よく掃除されて綺麗になって整っている場所や穏やかで美味しい空気が流れているところでは心地よいのです。

家の土台が浄化され、清浄であれば澱みが好きな虫たちもあまり寄り付きません。この澱みが好きな虫とは、例えばムカデやヤスデ、ナメクジなど。そしてゴミが好きなのがゴキブリやハエなどです。さらに動物でいえば、ネズミなどです。

床下というのは、人間の体でいえば腸内のようなものです。腸内細菌、つまり腸内フローラが善い状態だと肌も艶々しますし感染症や病気にかかりません。これは人間でいえば免疫が高い状態なのです。家も同様に、床下の状態が良いというのは家全体の免疫が高いということなのです。ここがカビていたり、湿気でひどい状態であればすぐにシロアリなどの害虫などの巣になります。

私は、古民家甦生をするときに必ず取り組むのが床下のイヤシロチ化なのです。そして同時に床下の水分がちゃんと天井に抜けるかどうかを確認します。屋根は天であり、床下は地です。この天地が和合しているかどうかが、家が長持ちし、その中で人が健康に長生きできるための要諦だからです。

健康住宅というものは、この呼吸する仕組み、そして腸内フローラのようにいい床下環境、そして空気と水の循環が滞ることがないようにすることが肝要なのです。血液と同じく、常に澱まずに循環し続けていれば私たちは健康を維持できますがこれが住宅にも通じているのです。

人間と共生しあう微生物によって、私たちは健康を守られています。味噌などの麹菌、そして漬物などの乳酸菌、野菜などに付着している土壌菌類、空気中から木や土壁などから古民家に長く一緒に暮らしてきた微生物を取り込んでいます。そうやって免疫を高めながら、人間に有害なウイルスなどを忌避してくれます。

家は人間を守る仕組みの智慧そのものです。

今日の古民家甦生からも、改めて里山循環の仕組みや人間と自然との共生を学び直していきたいと思います。

ブロックチェーンと徳

現在、ブロックチェーンをつかって新しい取り組みをはじめています。世の中ではビットコインなどの暗号化技術に使われていることで有名ですがシンプルにいえば改ざんできない台帳というイメージが近いように思います。

用意に改ざんできませんから、それだけ信用や信頼を提供するものということです。これからこの技術を用いて何が生まれるかは、社会の変化に合わせてアイデアをそれぞれが出していきますから確かにこれからの未来に大きな影響を与える技術であることは間違いありません。

特に新しい経済の在り方においては、でこの技術が使われる可能性を秘めています。現在は成熟期に入っていますから、この辺でまた原点回帰していく必要があります。歴史は何度も原点回帰をしながららせん状に発達していきますから経済も社会もこれからまた原点回帰がはじまるのです。

例えば、通貨の原点回帰とは何か。もともと通貨が必要になったのは物々交換の中でその時に交換できるものがない場合に、のちの信用の証として貝を交換したことが通貨のはじまりともいわれます。そこから貝貨という貝殻を用いた貨幣が誕生しました。 特にタカラガイは豊産、繁栄、再生、富などを象徴し、キイロダカラとハナビラダカラなどが使われました。

お祈りで私たちが手を合わせるのも、貝を合わせるところから来ているともいいます。日本でもハマグリなどが縁起物として使われますが、これも必ずぴったりと合いますから間違いない証として用いられました。

実は改ざんできないという意味は、このぴったりと合致するというところから嘘偽りのなく信用・信頼できますという証明の仕組みを顕しているのです。そこから、私たちは貝が紙幣に変わり今では通貨を用いて経済も社会も発展させていったのです。

しかし現代はどうなっているのか。

地球何個分が買えるほどの紙幣を発行し、今の世界は通貨であふれかえっています。これでもかと通貨を発行しては、嘘偽りの状態で事実と異なる状態で混乱を極めています。物々交換でいえば、交換できる資源がもうなくなっているのに貝殻だけはたくさん渡していつか交換すると先送りしているような状況なのです。

その貝殻がもしも証明できる価値がなくなってしまえば、物々交換はできませんからそこですべてゴミのように溢れかえります。現在の環境問題と同様に先送りして延命治療をするだけをしていてもいつかは必ず終焉を迎えます。そうならないように、私たちは原点回帰してもう一度、原初の初心に立ち返る必要があるのです。

私はそれをブロックチェーン技術を用い実現しようとしています。

具体的には、むかしの人たちの智慧の一つである「天の蔵に徳を積む」という考え方を用いるのです。これは私たちは等価交換という評価によって今の社会を動かしていますが、実際にこの世の中には等価交換できないものも同時に発生しています。

それが「陰徳」というものです。この陰徳は、私たちはお祈りをするのと同じで直接的には見返りがありません。しかし間接的に、また全体的にその祈りは別のかたちになって縁起を結んでいきます。つまり、そこで使われている対価は別の大きな場所へと転換されて移動していくのです。

むかしは蔵といえば、今でいう銀行です。銀行にはお金しかいきませんが、本来は天の銀行のようなものがありそこにお金では換算できないものが貯められているということを信じていました。

実は本来の信用・信頼の社会というものは、人徳というものが重要でした。信頼でき信用できる人だからこそ、その人に託したりその人の願いを適える絆を持ったのです。人は信用・信頼しあうことでここまで発展をしてきた民族です。その民族が、急速に欲望に負けてその徳を荒廃させていったのはこの通貨という道具を単なるモノとして扱っていったからです。もしくは使えなくなったものをゴミとして捨てるところが影響なのです。

私はブロックチェーンによって、徳循環の世の中を甦生させていこうと思い「BA」(ブロックチェーンアウェイクニング)を設立しました。先人の智慧と現代の最先端を用い、温故知新した原点貝貨としての役割を持つものをこれから発明していきます。

子どもたちの未来に、延命治療ではなく根源治癒が働くようにこの「場」から挑戦をしていきたいと思います。興味があり賛同する仲間をこの「BA」に集めていきたいと思います。

健康第一義

人は健康でなければ、何をやっても楽しくはありません。健康とは、身体だけに限らず、心や精神の健康もあります。つまり健康とは全体調和してバランスが取れている状態であり、すべてがととのい落ち着いて和合している状態のことです。

まるで穏やかな日和で心地よさを感じて仕合せを味わうように、すべてが調和して平和を感じて味わうとき私たちは健康のありがたさを感じます。調和が健康というのは、人間であれば必ず体験したことがあると思います。

常に今の状態をよく観察して変化に合わせて自分を調和しととのえていくこと。これは暮らしをととのえていく中で磨かれていくものです。もちろんサウナなどでととのうこともありますが、それは現代社会の過酷なスピード社会の中での一時的なととのいであり、本来は恒久的に暮らしを楽しみ、味わい、すべてが調和し続けるようであることが本当の意味でととのうことになるのでしょう。

そのためにはまずは、私たちは生老病死といった逃れなれないものと常に調和していく必要がありますから常に気を付ける必要があります。私も最近は、老いを実感することが多くなり、老いのことについて向き合うことも増えています。

江戸時代の俳人、国学者でもあり武士でもあった「横井也有(よこいやゆう)」という人物がいます。この人が記した、健康十訓はずっと健康で長生きするときの参考になったといいます。少し紹介すると、

『健康十訓』
一.少肉多菜(肉を控えて野菜を多く摂りましょう。)
二.少塩多酢(塩分を控えて酢を多く摂りましょう。)
三.少糖多果(砂糖を控えて果物を多く摂りましょう。)
四.少食多噛(満腹になるまで食べずよく噛んで食べましょう。)
五.少衣多浴(厚着を控えて日光浴し風呂に入りましょう。)
六.少車多走(車ばかり乗らず自分の脚で歩きましょう。)
七.少憂多眠(くよくよせずたくさん眠りましょう。)
八.少憤多笑(いらいら怒らず朗らかに笑いましょう。)
九.少言多行(文句ばかり言わずにまずは実行しましょう。)
十.少欲多施(自身の欲望を控え周りの人々に尽くしましょう。)

とあります。まさに、日々の暮らしをととのえるために何を気を付けて生きていけばいいのかを記しています。今でも、この真理は変わっていません。私たちの心と体と精神の健康は、常にこの日々の手入れにこそあります。お借りして滞在しているこの自分をどう丁寧に手入れしながら活用していくか、これはすべての人類の課題ですから学ぶことばかりです。きっと江戸時代の人も、わかってはいるけれどつい欲に任せて生活することで病気になり不健康になったのでしょう。

人間はつい調子にのってしまいますから、若い時はできても歳をとるとそうはいかなくなるものです。老いと向き合うことが増えると、当たり前ではなかった健康と向き合い感謝することが増えますから歳をとることもまた素晴らしいことだと感じます。

最後に、この横井也有のこの言葉で締めくくります。

「老は忘るべし。又老は忘るべからず。」

歳をとって老いていくことは気にせずに情熱と気力を充実させていく暮らしをしながらも、老いていくことは忘れずに丁寧な暮らしを通してととのえていくのですよと。

300年前の人の格言ですが、心に沁みます。子どもたちのためにも、暮らしの実践を伝承していきたいと思います。

心の原風景と枯山水

現在、徳積堂カフェの庭園の枯山水に取り掛かっていますがここは甦生中の藁ぶき古民家で使わなくなった石を運んで配置し造園しています。この枯山水とは、日本庭園や日本画の様式のことをいいます。

枯山水は水のない庭のことで池や遣水などの水を用いずに石や砂などにより山水の風景を表現する庭園様式となっています。具体的には白砂や小石を敷いて水面に見立ててます。橋が架かっていればその下は水が流れているという具合です。石の表面の模様で水の流れを表現しています。

聴福庵の庭にも、枯山水を参考に白川砂利をいれて落ち着いた川の流れを表現しています。これは心の世界をととのえて静寂を楽しむための工夫にもなっています。

この枯山水のはじまりは日本に中国から禅宗が伝えられ、鎌倉時代に本格的に広まり、日本に最初の本格的枯山水が京都の禅寺・西芳寺に禅僧・夢窓疎石(むそう・そせき)によってつくられたことで有名です。

様式には、平庭式といって平らな庭に造られた枯山水。準平庭式といって平庭式に小高い山を加えた枯山水。また築山式といって斜面を生かして作られた枯山水。枯池式といった石を組んで池を表現した枯山水。枯流れ式といった小石や砂で水の流れを表現した枯山水。他にも特殊な枯山水があります。

今回、私が手掛ける分は築山式と彼流れ式、準平庭式などを組み合わせた特殊な枯山水になります。

そもそも枯山水は、ある心の情景を石で表現します。石は変化の中で形が変わっていかないところから古代の人たちは普遍的なものや永遠・永久の存在だとして崇めてきました。

その石が創り出し、織りなす姿は心の原風景をこの世に顕現させるものです。

苔との相性がいいのもまた、悠久の時を共にある存在だからかもしれません。私は徳積堂は、徳を実践する場として建立しましたがこの庭にはその徳を実感できるものにしようと思っています。

時代が変化しても、変わらないものがある。

その変わらないものの悠久の歴史や偉大な存在に徳のもつ畏敬を感じます。子どもたちにその意味を伝承していけるように丹精を込めて取り掛かっていきたいと思います。

 

神さびた道の甦生

昨日、写真家のエバレットブラウンさんと一緒に英彦山の玉屋神社に参拝するご縁がありました。水害もあって参道はだいぶ傷んでいましたがかつての修験道の山伏たちが歩いた道ですから終始神さびた感じの神秘的な時間を過ごすことができました。

苔むしている巨石群、そして美しく清らかな水の流れとせせらぎ、神域を感じながらあるいているとそこにかんながらの道が続いていることを実感します。

法螺貝を立てては歩き、ただ自然の中に心を研ぎ澄ませていると悠久の時間の流れを感じるものです。そういえば、子どものころにこのような神秘的な場所で別の何か偉大な空間が今居る場所に存在していることを何度も実感したことがありました。

目に見える景色とは別の何か、心でしか観えない景色が同じ場所に広がっている感覚のことです。

例えば、私たちは人間中心の世の中に生きていて物事のとらえ方一つ人間の物差しだけで見えています。動物側からこの世をみたら人間はどう見えるのか、他にも虫たちや植物たちからみたらどう見えるのか。さらに古代からの時の流や先人たちから見たら今がどう見えるのか。自分からしかない主観の世界の逆は客観的な世界だけではありません。そこには絶対的な世界というものがあるように思います。

この絶対的な世界というものは、宇宙のようなものです。

私たちは宇宙の中に存在して宇宙の一部として暮らしています。その宇宙には私たちとは別の時空や次元をもっていて常に宇宙から見た世界が広がっています。その宇宙から見た世界から今ここを眺めてみると先ほどのような神秘的な神さびた世界が広がっているのです。

私たちは本来、その宇宙と交信をし宇宙からの智慧を授かってこの世に存在しています。そういうものを感受していたのがかつての山伏たちでもあり、修験の奥深さではないかと私は思います。

一つの体験をどの次元で味わうのか、そしてそれをどう感受し暮らしに活かすのか。

この道を学び知るのは、その絶対的な世界に触れるとこからはじまるように思います。現代人たちが目先の世界に囚われて忘れがちな本来の神さびた道を甦生させていきたいと思います。

元氣の源

現在、徳積堂の前の桜が満開でひらひらと花びらが天空を舞っています。幻想的な風景にうっとりしながら季節の移り変わりの美しさに心が感応していきます。

心の感応は心の穢れを祓います。

つまりいのちそのものの変化、そのいのちの元氣に触れることでいのちはお互いにその元氣を分かち合うことができるのです。これが自然一体になり共生するということなのかもしれません。

私たちはいのちを観るとき、そのいのちと一つになります。つまり関係性というものは、お互いに一つであり夫婦和合のようなものです。この世は、分かれているものではなく関係性を結びながら一つになっているものです。それは、天地一体であり、あらゆる性質のものが統合しあって存在しています。

小さな変化に気づき、そのわずかな変化を味わえる人はいのちの豊かさの中に佇むことができます。この味わい深いいのちに触れるというのは、私たちはそのいのちの源泉に触れたということでもあります。

もともと元氣がなくなることを穢れ(気枯れ)と先人たちは表現しました。穢れないようにあらゆる工夫をして年中行事やハレとケというように仕組みにして文化を醸成させていきました。

つまり私たちが元氣をなくし気枯れるのは変化に気づけなくなること、味わうことをやめてしまうこと、マンネリ化することに原因があるのです。そうならないように私たちは四季折々の変化を味わい、移り変わりの妙味に触れていきました。

私はこれまで一期一会の生き方をしてきましたから味わい深い人生を求めて生きてきたのかもしれません。しかし、この関係性による夫婦和合の自然はつねに結ばれ縁起によってこの世を変化させていきます。

美しい生き方をして美しい風景を産み出せば世界もまた同時に美しい風景に変化していきます。万物が変化するのは、その時代に生きる人たちの生き方が風景に投影されているのです。決して自然と人間は分かれているものではなく、まさにその自然を換えるものは人間の生き方や観念でもあるのです。

自然環境と人間環境を分けることは意味がありません。

人間が善くなることが自然を善くすることであり、自然を善く観ることが人間をよく観ることになり、それが心の風景を変えることになるのです。心の風景が変われば、私たちの世界がガラリと変わります。

子どもたちにも自然の妙味を感じて元氣いっぱいに発達していけるよう、生き方を通して見守っていきたいと思います。

無の境地

人間は生まれてきて何らかの答えを見出そうとする生き物です。言い換えれば、目的を知ろうとする生き物かもしれません。しかし目的を知ろうとすればするほどに、その目的が何かがわからなくなります。つまり目的というものを観ようとすればするほどに目的が観えなくなっていくのです。

最近は、分子レベルの研究が進み関係性によって万物が変化していることが科学でわかってきました。つまり自分がそのものにかかわることで、分子レベルで物事が変化を已まずに成長していくということです。関係性により発達していくということでしょう。

この「万物は関係性により発達する」というのが、この世のすべての生き物に共通しているある種の目的でもあるように私は思います。つまり何をしようがしまうが、いのちは常に発達しようとするからです。いのちは発達したいからといって無理に発達させようとすることをやめ、自然に発達することを味わうことで発達そのものの正体に気づける存在のかもしれません。

この発達するというのは、私は長く保育というもの深く関わってきましたからこの世に生まれてきた瞬間からその主体的ないのちを観てこれは真実だということを気づきました。そして周囲の大人もまた、その主体的ないのちで発達する子どもの姿に自然に笑顔が出るのです。

この笑顔が出るというのもまた、一つの真理であり生きている実感を味わってでる表情の一つかもしれません。

私は以前、自然農の先達の方とのご縁の中で「答えを生きる」ということを学んだことがあります。その時の私は答えを探すのではなく、答えそのものを生きるということを実践しているといわれたのです。

人生は本来、無目的です。禅においてもこの無を重んじ、主体性を発揮させるアプローチの修行がたくさんあります。瞑想をはじめ、あらゆる修業は無そのものを思い出すためにあるような感じでもあります。

もっと言えば、思わない、考えない、あるがままの姿に回帰するという言い方になるかもしれません。人間は知識を得て、言葉を持ち、文字を持ち、いろいろなことがわからなくなっていきました。わかろうとすればするほどわからず、答えを出そうとすればするほど答えがない。そのうち、生きる気力が失われて気枯れていきました。元気がなくなっていくのです。

この気力を恢復させていくのは何か、それは私は伝統的な「暮らし」の中にあると信じています。この世は、お互いを尊重しあい共生することでみんな気を分け合って元気を得ています。不思議と、暮らしがととのっていくほどに人は元気を取り戻していきます。

一つの生きる意味や価値として、元気になるということは無の境地の体得の第一歩になるかもしれません。暮らしフルネスの体験を通して、子どもたちに生きる仕合せやご縁でつながる喜びを伝承していきたいと思います。

平和の甦生

昨日、藁ぶき古民家の甦生で傾いていた家を直すために伝統的な道具をつかって直していきました。シロアリ被害が深刻で床下の土台の木もほとんど機能せず、ジャッキアップをしようとしても木を貫通するばかりで少しも傾きを直すことができませんでした。中心の柱も全体的に約5センチほど、前のめりに傾いていて床板も張れず、このままでは時間をかけて傾きが大きくなり家自体の寿命も短くなるし、家主や家族を守り続けることができません。

もう百何十年も前から建っていますが、地盤沈下もふくめどうしても家は傾いていきます。土台がしっかりしていればいいのですが、この藁ぶきの古民家はむかしのあまり裕福ではない百姓の家ですからつくりもそんなにしっかりしてなく、また昭和の素人大工の工事であちこち突貫工事をされていてその傷みも激しく、床をめくると大量の釘や無理に直した形跡が残っていました。また天井の藁も台風で飛んでしまってからトタンにしたようですが、その藁もほとんど失われていましたから家自体がこの数十年の間はあまり大事に扱われていなかったことがわかります。さらに十数年前から空き家になって鬱蒼として手入れをされなかった庭によって風通しも悪くなり高湿度にさらされ家の内部はさらに傷みが酷くなっていました。

見方を換えればこんな状態でよくぞここまで持ちこたえたというところでしょうか。それを伝統的な大工棟梁と大工さんたちで傾きを直して家を恢復していきますが、これは人間であれば大手術するようなものです。大手術に家が耐えられるかどうかもありますが、この藁ぶきの古民家であれば土台はほとんど腐り、梁もほとんどシロアリに食べられ、土壁で持っているようなものでもうボロボロの満身創痍の状態です。

この大手術をしてまず傾きを直し、そのあとに補強や補修、修繕をしてもう一度甦ってもらうように直します。こうやって愛情をかけて一緒に暮らしをしていくなかで、家も甦りますが同時に家主や家族も甦ります。

私たちは修繕や手入れをすることでお互いに愛着を持ちます。それは愛の循環であり、愛はこうやっていつまでもその「場」に「想い」をとして残りその後のご縁のある方々を仕合せにしていきます。私が取り組み古民家再生は、実はあまり古民家かどうかが重要ではありません。大事なのは、人の想いが遺っているものを大切にすること、この世は愛でお互いを満たしあうとき愛し合う平和が訪れること、またお互いが一緒に末永く喜び合える関係が徳を積むことになり最幸の人生が送れることを実現するために取り組んでいるのです。なので私は再生ではなく「甦生」という言葉を使います。つまり単なる再生ではなく、甦生こそが生まれ変わらせ続けて永遠や永久という日本人の持つ「常若」という生き方を伝承していくのです。

本当は、子どもたちをはじめ現代の人にこの家があることが当たり前ではないこと、先人たちの想いや智慧を大切にしようと真摯に取り組む人たちの想いや願い、そして家主をはじめ家族をいつまでも見守りたいという人たちの祈り。そういうものを、この家を大手術するときに見に来てほしいのです。なぜなら、家が必死にまた恢復して家主や家族を守りたいと生き返ろうとしながら軋み響く音を聴くと涙が出てきます。それにそれを祈りみんなで立て直してねと祈る姿に心が打たれます。そうして甦っていく過程のなかで、家が甦り、里が甦り、国が甦りそして人々が甦っていきます。

徳を積むというのは、まず恩徳に報いるという心があってはじまります。つまり、今までいただいている御恩にどう報いるか、そしてお借りしているこの肉体をはじめあらゆる恵みに対してどう感謝を実践していくか、この生き方があってはじめて人は人の仕合せを得ることができるからです。

今回、大工さんらの真摯な手当てと、関係者のご協力と皆様のいのりによって無事に5センチの傾きはほぼ立て直すことができました。ここにまた新しい物語や伝説が生まれ、この地域をはじめ日本、世界を甦生させていくことになるでしょう。

家はモノではない、いのちのある大切なものです。

子どもたちにこのように先人や地域、その恩恵や恩徳を大切にする後ろ姿を見せていくことでいつまでも見守られているということを後世に伝承していきたいと思います。

ありがとうございました。