聴福庵離れ上棟式

いよいよ今日は聴福庵の離れの上棟式を迎えることができました。ここまで来るのに1年半以上、復古創新の実践の一つとしての風呂場にするために古来からの智慧を結集して建築します。

風呂桶は60年前の大きな奈良漬けの樽と明治頃の炭で沸かす桶風呂を甦生し、建具は時代物の格子戸をはじめ蔵戸や板戸と甦生し、屋根は古建築の智慧を甦生し、床下は菌を用いた発酵床に備長炭と水晶を設置し、玄関の踏み石は古代の六方石を甦生し、壁面の塗料は柿渋と渋墨を用い、ご鎮座する神様は禅宗の跋陀婆羅菩薩をお祀りし、古材の板と水場は古瓦によって装飾されます。その風呂やシャワーの水は仲間と一緒に手掘りした井戸水を用います。そして明後日には屋根に上り呼吸する伊賀の土を用いて伝統の瓦葺きを仲間と一緒に行う予定です。

文字を並べただけでも数多くのご縁の賜物でよくもここまで集まったものだと感謝が湧きあがってきます。一つ一つを深堀りしていきながら、どのようなものが未来の子どもに本当に譲っていきたいか、生き方と働き方の一致を通して学び直してきました。

古からの先人の智慧を学び、それを伝承していくことはまさに連綿と続いてきた日本民族の生き方の踏襲であり、同じ道の上を歩んできた過去と今がつながる瞬間でもあります。どんなに世界や時代が変わっても、その風土で生きてきた暮らしは変わらずに存在しているのです。日本に育った私たちは風土とは切り離すことはできず、私たちは自然の一部として存在しているのだからその暮らしを守り続けるために常に今を温故知新し自分自身を毀し続けて本質を磨き直していく必要があります。

このように感慨深いものがありますが、話を戻して上棟式のことを紹介すると家などの建物を建てる際に末永く持つ堅牢で安全な家が建つこと願いこれから住む家族の健康や幸福を祈ります。そこから式典を設け工事の安全と建物の末永い神の加護を祈る行事として行われてきました。

この上棟(むねあげ)とは木造建築で柱や梁などを組み立てて、屋根の一番上の部材である棟木を取り付けるときのことをいいます。

最近では神主さんを呼んでまで行わず略式で施主と大工棟梁で略式で行うところや、上棟式をしないところも増えてきているといいます。式典というよりも大工さんへの労いなどもあって直来といって食事会を開きお互いに関係を結んでいくということもあるそうです。

私の幼いころは、近所で上棟式があるとお餅まきを目当てに子どもたちと一緒に必ず訪問していました。50円玉を躍起になって拾っては、お餅がいくつで小銭がいくらとみんなで数え合ってそのまま駄菓子やさんに直行していました。

今ではそういう場面を見かけることも少なくなりましたが、懐かしい風習がなくなっていくのは寂しいものです。今日は大安吉日、とても目出度い日ですから自分たちになりに、懐かしい未来を体験して味わい深い祈りの一日を過ごしていきたいと思います。

 

  1. コメント

    これまで実家では住宅街に住みながら、上棟式は今回が初めての体験でした。家が建つところも、まじまじと見たのも今回が初めてで、大工さんの仕事ぶりにも感じるものがありました。そして、多くの方のお陰で今日という日を迎えられていると思うと、聴福庵にとって、大切な日になったことを感じます。上棟式を行うのも、ただ離れつくることが目的ではなく、ここにも子どもたちへ伝えていきたい、大切なものがあったことを思います。一つひとつのプロセスを大事に味わっていきたいと思います。

  2. コメント

    昔は、「今日はあそこの家の棟上げだ」とよく聞いた覚えがあり、家を建てるときの「メインイベント」だったように思います。本来は、工事の安全や家の繁栄、住人の幸福を願う儀式でしょうが、そういう「祈願」そのものが「信仰心」の現れです。それは、神仏の加護を願うと同時に、自分たちの生き方の誓いの場でもあったのでしょう。「家を大事にしてきた先人」の智慧を受け継ぎたいものです。

  3. コメント

    自分の土地だと思って住まうことと、地球からお借りしている、皆さんからお借りしていると思って住まうこととは全く心持が違ってくるように感じます。お金で買って自分のものにできると思い込むのではなく、そのお金ですら頂いているモノであることを忘れてはならないのだと感じました。見守られた経験があるから見守ることができるのと同じように、今という現在に感謝の心を忘れないことが大事なのだと感じます。不足を嘆かず、今に感謝。今日も一日、感謝の心を少しでも磨いていきたいと思います。

  4. コメント

    聴福庵の離れは勿論ですが、職人の方々からのお話しや実際にこれから取り組むことなどを考えると、家が一軒建つということの意味合いや思い入れ、心の入り具合が昔と今では全然違ったのではないかと感じます。聴福庵は既にあり受け継がれてきたものですが、この離れはここから始まるものとしてその特別な意味を味わっていきたいと思います。

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