法螺貝祭り

昨日は、北九州市若松区乙丸の貴船神社の法螺貝祭りに参加してきました。この法螺貝祭りは日本では唯一無二に伝承される貴重なお祭りです。毎年、4月15日に開催され200年前からこの行事を続けているといいます。

現在ではわずか四十数軒ほどの小さな集落ですが、ご神体である寿命貝(法螺貝)を大切にお祀りして地域で伝統を守り続けています。

祭典では、神職がご祈祷をして祝詞を奏上します。その後は、寿命貝にお神酒を注ぎ参拝者たちに振舞われます。この法螺貝を通していただけるお神酒は薬となりその法螺貝に肖り長寿になるとも信じられてきました。また神饌の一部を直来で頂戴します。

法螺貝は年代物で、数百年経っている雰囲気をもっていました。直接、それを法具で吹くことはありませんが有志の龍螺師たちが法螺貝を立てます。私も法螺貝を奏上して、地域の法螺貝への報恩感謝をしました。

神主さまからは、本来、神事やお祭りが地域の最も大切な楽しみの一つでした。現代になって各地で娯楽イベントがありますがこの小さな集落でなぜこれだけ長くこの神事が続いているのか、そこに大切なヒントがあるというお話もありました。子どもたちもたくさん集まり、丁寧にお話をして伝承をなさっておられました。年配の方々もこの場所を大切にされているのが伝わってきました。

歴史というのは、人の繋がりです。

最初にこの場所の切っ掛けとなった不老長寿の法螺貝を食べた630歳の海女の女性。そこから人々が、その伝承を大切に守りつなげてきて今があります。

伝統や伝承は智慧と一体です。

竹取物語が今も受け継がれているように、その伝承にはいのちが宿っています。法螺貝の神秘性や不老長寿の話、不思議で奇跡のような物語は妄想ではなくそこに事実があったという真実。

改めて法螺貝の徳と可能性を感じる一日になりました。

法螺貝を伝承する一人として初心を忘れずに学び続けていきたいと思います。

お茶文化の甦生

英彦山の守静坊の敷地内には、お茶の古木がたくさんまだ残っています。冬の間は鹿にほとんど食べられますが春になるととても美しい新緑の茶葉が出てきます。もともと山伏たちにとってこのお茶は、暮らしを支える大切な存在でした。現代でも、お茶は私たちの暮らしを支えていますが少しお茶のことを深めてみようと思います。

北部九州にお茶が広がったのは栄西の影響が大きいといいます。この栄西は平安末期から鎌倉時代にかけて活躍した僧で、中国に渡って禅を学び、それを日本に伝えた人物です。

日本では禅だけでなく、茶を健康に役立つものとして紹介し『喫茶養生記』を著してその効能を説きました。仏教が日本で荒廃していたのをみて、本物の修行を甦生したいと心と体を整えるための実践的な手段と禅の修行を支える重要な道具でもあったこのお茶を通して心を調えることを弘めていきました。

喫茶養生記には「茶は養生の仙薬なり、延齢の妙術なり」と記されます。具体的には、

「凡そ人は心を本とす心弱ければ万病生ず」

といいます。これは心(心臓)が病気をつくる、心が強いと病を防ぎやすいと。しかしこうもいいます。

「世人多く苦味を嫌う然れども心は苦味を好む」。

世の中の人は甘いものなどは好きで苦いものは嫌う、しかし心は苦いものが効能がある。そしてこういいます。

「苦を以て心を養い、茶を以て身を調う」

お茶が心を養生し、そのことで心身が調うのであると。つまり人間の体は、心(しん)を中心であり、この心とは単なる精神ではなく、体の働きの中心でもあり、ここが乱れるとさまざまな病気が生じていく。お茶の苦味こそが心身の調和をする。そしてお茶葉他にも、眠気を防ぎ、意識をはっきりとさせ、疲れを取り除き、体内の滞りを流す働きもあり健康を保ち、寿命を延ばすための優れた方法であるとします。

日常的に暮らしにお茶を導入することで、心身の乱れを予防し大きな病気を防ぎ健康になる。自然に無理をせずに健康になることが日々の修行になるとします。

今でも古い寺院では、苦いお茶をいただくことがあります。静けさと苦味は、心を静かに調えます。

英彦山の標高の高い場所で、たくさんの水氣を浴びて穏やかに育つお茶の木を守り、新たなお茶文化の甦生に挑戦してみようと思います。

薬草と暮らし

韓国の薬草文化を深めていると色々と気になることがあります。例えば、韓国と言えば焼肉というようにあまり薬草のイメージがありません。改めて食文化がどのように発展してきたのかを調べていると面白いことが分かってきます。

例えば、韓国は1900年くらいまではほとんど肉食をしていません。戦後にタンパク不足や栄養が必要ということで、高度経済成長の発展と共に肉を食べるようになってきます。焼肉は、日本と韓国で融合した食文化で日本ではタレで食べ、韓国では保存用のタレに漬けた肉を食べます。これが今では融合してどちらも食べられます。

本来、日本も明治以前までは牛肉などは食べていません。ほとんどが菜食の暮らしです。私たちが今当たり前に食べている食文化は、ほとんどが70年くらいしか経っていない新しい文化ということにんります。

最近では、肉を食べていない日がないのではないかというほどにどの食事にも肉が入ってきます。先日、オランダからビーガンの方が来て旬の焼き野菜やきのこなどでおもてなししましたが日本に来てからあまり外食で食べるものがなくて困っているという話もありました。

そもそも薬草は昔は特別なものではなく、当たり前の暮らしの中に存在していたものです。それが経済成長というお金中心の世の名になってきたことで、人気がなくなり、都市化して周囲に薬草を採集する場所がなくなり今に至ります。スーパーなどでも薬草が売られていることはほとんどありません。一部の道の駅や田舎でたまに見かけるほどです。医療が西洋化し、自己免疫や自然治癒ではなく薬や外科手術等により治療することが当たり前になってから余計に薬草は消えていきました。

かつてはそんな医療もありませんでしたから、日頃から免疫を下げないよう、また自然治癒力が高まるように医食同源として食文化に心身が調うものを取り入れてきました。

たとえば、食べることで体を温めるもの、冷ますもの、気を巡らせるもの、血を補うもの、消化を助けるもの、毒を抜くものというふうに食材を見ては組み合わせて調理するのです。

ただ美味しいだけではなく、どのように心身に影響を与えるかを検証するのです。むかしの味覚は、薬を判別する大切な感覚だったのでしょう。

苦いものは解毒・調整、香りが強いものは巡らせる、粘りは潤し、辛いものは 発散させる、根菜は補う、支える力があるとされました。そしてその自然の素材を最大限活かし、毒を調和し薬にするために、茹でる蒸す干す発酵させる煎じる漬ける砕く和えるという仕組みで調理しました。その調理方法一つで、毒が薬になったのです。

日頃から、気候の変化、心身の調子をよくよく観察しながら病気にならないような暮らしをしていく。まさに食文化とは先人が生き残るために工夫してきた智慧の結晶でもあります。

食べたいものを食べる時代、薬草は調理も面倒だし美味しくないもののように扱われます。しかしそうやって疎遠にしておいて病気になって、大金を支払って身体をめちゃくちゃにしていくのでは本末転倒です。

先人の知恵を子孫へと繋ぎ、バトンを渡すためには私たちが食文化として暮らしの中で日頃から薬草に親しむことが大切です。

薬草の持つ徳を味わいながら、子どもたちに伝承していきたいと思います。

薬草文化と智異山

韓国にはナムルというものがあります。日本でいえばおひたしのような調理ででてくる野菜です。よくモヤシやホウレンソウ、人参などがごま油で和えてあるようなものが多く食べたことがある人が多いと思います。

ちょうど英彦山で野草文化を深めていますが、韓国には高麗人参をはじめ数多くの薬用のある食文化があり参考になることが多くあります。

ご縁があって来週から英彦山に酷似している霊峰智異山にいきますがその前に薬草について少し整理していきたいと思います。

そもそも英彦山もですが智異山もお水が滾々と湧き出す薬草の宝庫の山です。むかしの人は、薬の聖地のような霊山を探してはそこで薬草を採取して日々の未病や病気の治癒に役立ててきました。今のようにドラッグストアや病院がなかった時代、それぞれで人々は病気に向き合い民間で協力しながら治療をしていました。

現在は春ですがこの時季は春の野草たちがたくさん食生活に入ってきます。冬の間に溜め込んだ毒を解毒するために、苦みのある野草を食べることで身体を調えます。昨日は、イタドリを天ぷらにして食べ、お昼はこれから蓬餅を食べます。特段、薬を飲むというような行為をするわけではなく日常に野草を取り入れるのがむかしの暮らしの知恵だったのでしょう。

暮らしフルネスの食を私は実践し、提供しますがそのどれもが旬のもの、発酵、あるいは地産地消、在来種、山野草やスパイスなども自然由来の共生関係や循環を活かした内容で行います。

これも先人たちの知恵であり、暮らしを真に豊かにするための仕組みの一つです。

話をナムルに戻せば、本来、韓国ではナムルは今のように野菜を中心にではなく野草が中心であったといいます。都会で生活をして野草が手に入りにくくなったりしたことや、野草は採集してすぐに調理なので鮮度が保ちにくいこと、保存食にする工夫はしていますがなるべく日々に摂取できるように現代のような状態になっています。

韓国の食文化は、キムチにあるようににんにくや生姜などもたくさん摂取します。またサムゲタンやビビンバなども高麗ニンジンや野草、ニンニク、ゴマの葉など苦みがあるもので彩られます。

医食同源といいますが、食文化そのものが野草と繋がっているという意味では多くのことを学び直すことができます。

信仰とも深くつながる智異山の食文化を学び直してきたいと思います。

信頼関係と人徳

人間関係の信頼関係は目的に対して磨かれていくものです。何のためにそれをやるのかということがしっかりと基本になっている人は、お互いに信頼関係を築きやすくなります。もしも何のためにがなければ、単に自分のためにや目先の損得のためにとなると不信や疑心暗鬼の材料になるものです。

また遠い将来や、子孫や世の中全体のためになどと大きなビジョンを持っていると行動は判断基準はそれに相応しいものになります。傍目にみて一見、変なことをしているように見えても、損をしているようにみえてもそれは理念や目的に対して正直に取り組んでいることがあったりもします。

私は老舗の研究や、あるいは色々な会社や歴史を學ぶときまず最初に確認するのはこの目的や理念です。それを初心ともいいます。

初心をお互いに忘れていない人は、信頼関係が築けます。自分は何のためにこれをやるのか、そして自分は何を信じて取り組み、何をしないのかを確認します。

そうやってお互いが自分の初心に素直に正直に誠実に取り組んでいることが砥石となり、信頼関係を磨いていくことができるのです。

そして信頼とはどのように積み重ねていくか、それは徳を積むことと似ています。自分の初心に忠実に覚悟を持って日々に生きる実践を貫徹していくこと。それを続けていることで周囲はその徳を信頼するようになります。それをむかしは「人徳」とも呼びました。人望を高めるには、自分の初心を生きる努力と覚悟があってこそなのでしょう。

現在はあまり人徳などといわれることはありませんが、本来は信頼関係を磨いていく人たちが人徳が高いということなのでしょう。

仕事であっても、そうではなくても、徳を積み初心を澄ませご縁を磨いていきたいと思います。

世界の法螺貝

法螺貝というものは、とても不思議な存在です。法螺道を深めていると、新たな発見ばかりで興味が全く尽きません。私は炭も深めていて今でもその奥深さに感動することばかりですが法螺貝も同様に感動ばかりです。

そもそも法螺貝というものは、不思議な法具です。海の姿が貝になり、螺旋で宇宙の真理を顕し、空洞空間に息を吹き込めばその音が場を調え響きは風になります。人間が言葉を発する前に、この法具に息を吹き込めばそれが自然の声として世界全体に共鳴し波動を放ちます。

法螺貝の世界各地の伝説を色々と調べてみるとわかってくるものがあります。インドでは宇宙秩序と戦の号令、仏教では法の響き、ハワイでは首長や儀礼の到来、中南米では風と創造、ギリシャでは海の制御なども法螺貝が行います。

各地の神話に登場し、昨年訪問したスリランカではアーユルヴェーダの祖であるダナワンタリも法螺貝を手に持ち、不老不死の妙薬をつくりました。まさにいのちの根源に法螺貝を用います。

インドや日本では軍貝として戦に使われてきました。これは単なる号令や合図だけではないことがわかります。法螺貝で心を調えていのちのやり取りをするという神聖な音でもあったはずです。かつて戦国武将たちが八幡大菩薩や毘沙門天などを旗や鎧に掲げて戦をするように正義や真理と向き合うのに法螺貝が使われたのです。そして戦が終われた鎮魂の法螺を吹き、神霊を供養しました。

また仏教では真理に氣づかせる法音、驚覚の法具とし無明の眠りから衆生を目覚めさせるものとして法螺貝が用いられます。つまり覚醒の象徴とされたのです。宇宙の実体を正しく回転する宇宙秩序として法螺貝がその顕現した存在となったのでしょう。

他にはハワイ・ポリネシアの法螺貝は「海と王権」の象徴となっていました。海から到来し、貝の音としてその振動や波動、共鳴に畏敬の念を持つ。法螺貝がなれば、海の王の到来として神話の時代を懐かしみ静かに受け容れるのです。

そして中南米やギリシャでは、法螺貝は「風・創造・地下世界」の象徴ともなります。アステカの風神エエカトルやトリトンが法螺貝を持ちます。これは風の神が顕現したものが法螺貝であるということです。ひとたび、空洞の殻に息を通すと風になる地下世界・風・創世神話ときれいに結びつくというものです。

法螺貝は、太古の人類にとってはまさに自然の神秘そのものを扱える至高の道具であり神具でした。だからこそ、悠久の歳月にこの智慧は今の人々の間に遺って伝承されてきたのです。

日本の山伏が法螺貝を立て、お山で吹くのはその名残なのです。

英彦山で法螺貝を創り、仙螺講を実践していますがこれらのご縁を持つ子孫たちが結集してくるのを感じます。ご縁は不思議で、法螺貝が導くように法音も広がっていきます。

子どもたちや子孫たちが先祖の智慧がいつまでも使い続けることができるように自分の使命も役割も全うしていきます。

徳治の世

むかしの五穀田の実践を通して、安藤昌益先生を深めていますが同時に石田梅岩先生のことも学んでいます。どちらも江戸時代の人物ですが、それぞれに一理ある考え方があり両方から間を学んでいます。

そもそもこの世の中は変化しますし、状況やバランスもその時々で変化しますから変化しないものは存在していません。これといって固定した思想を持てば、そこで変化の摂理からは離れてしまいます。それは不自然なことです。

自然というものは、その時々で変化することが自然ですからその時々で出てくる真理もまた一つの真理ということです。それを私は「一理ががある」と認識するようにしています。

つまり、どの話を聴いても、どの本を聴いても、どれも一理あるとし學ぶのです。

例えば、安藤昌益先生の直耕というのは人類全員がみんな自分の食べるものは自分で耕すことこそ自然であるといいました。石田梅岩は人類がそれぞれに与えられている役割を果たしていくことが道徳倫理に適い自然であるともいいました。これらは、それぞれに一理あります。しかし、全部がその真理だけでは現実や事実とは乖離していきます。

例えば、現実や事実の世の中では人類は全員が農家ができるわけではありません。土地もなければ水もないところに住む人もいます。山を守るために働く人もいれば、小さな島に住む人もいます。それぞれの環境が異なりますから全員が同じようにはできません。しかし思想で観れば、自然の循環に入っていくということを前提にするということを言いたいのかもしれません。私も今度の田んぼでは、場をつくります。これはいつもの徳の場です。すべてのいのちが活き活きと互生で助け合えるような場です。これは自然の循環の力をいただくための一つにしたのではないかと私は思います。

また石田梅岩は人間社會そのものを自然にできないかと考えました。これは自然の中で自律して共生できるように、それぞれが道徳倫理や規範をもつべきだと。商人であれば、武士道のように商人も道を実践すること。正直に素直に、自己を律して自然界の生き物たちのように取りすぎず貪らず生き方そのものを心学といいそれを実践していくことで自然循環そのものと社会を和合していこうとしていたように私は思います。

大切なことは、それぞれの矛盾をよく観察しながらそれぞれの一理を素直に学び、その中の智慧を洞察していくことではないかと思います。

人間は、それぞれのいのちがあり役目もあり個性も徳も異なります。それを組み合わせて一つの偉大な社會を創造します。だからこそ、それぞれから学び、そのどれもを「聴ける」人を育てることが持続可能な世の中にしていくことではないかと私は思います。

私が「聴福人」という実践を広げているのもその理由です。

引き続き、それぞれの徳を活かして徳治の世に近づけていきたいと思います。

法螺の法音

今週の土曜日には、日子山仙螺講の法螺貝講習会が場の道場で行われます。御蔭様で英彦山にて法螺貝を持つ羅漢もすでに六十五羅漢ほどになり、ますます法螺による氣づきや目覚めの法音は波動を通して多くの人々や場に共鳴をはじめています。

音というものは、一般的に言う楽器の音というものだけではありません。法音といって、真理の声ともいうものの一つでもあります。仏教などでも説法の声、読経の声、さらには浄土で風・鳥・樹林の音までもが法を説くものとして受け取られています。

例えば、自然に入り静かなお山のせせらぎや鳥のさえずる声で突然ハッと氣づかさられることがあります。あるいは、夕陽の沈むときの波の音、あるいは星空と大宇宙を見上げるときの風のゆらぎなど、音はあらゆる中に溢れていますがその中には真理そのものの法音が溢れています。

その中に、法螺貝の音というものがあります。

法螺貝は楽器ではなく、法具といわれます。なぜ法具といわれるかは、それは法音を放つ存在だからです。そして法螺貝は、その法音を宿す人の音が法螺貝によって和合し唯一無二の真理に辿り着きます。すると、先ほどのように自然の音で人々を目覚めさせるような存在になるのです。

それを「三昧法螺声」といいます。この三昧とは法螺と一体になっている境地で出す法音ということです。

私たちは日々に音によって目覚め、音によって今を知ります。そして音によって自己を学び、音によって静寂の本質を悟ります。この音というものは、波動ともいい、あるいは周波数ともいい、またあるいは心や魂とも呼びます。そもそも原初からある根源的なものの一つです。

音は宇宙のように私たちがまだわかってないことの方が遥かに多く存在します。しかし法螺貝に触れ、法螺貝を先生として音を学べば、その深く広大な智慧の一角に触れることができます。

法螺貝を學ぶのは、法螺道を歩むことです。

定期的に場に私が集め、集まるのは、その場を感じることが何よりも法音を学び直すことになるからです。

道は無窮、そして実践は永遠。

霊峰日子山のご加護を受けつつ、法螺の法音を響かせていきたいと思います。

命根と世根

福岡県飯塚市赤松にある「むかしの五穀田」の田んぼの準備をはじめました。霊山、関の山の吹きおろしの爽やかな風を浴びながらの農作業は格別です。田んぼと共にある古民家和楽の御蔭で、農作業の休憩がとても癒され仲間たちとの時間もさらに豊かになりそうな予感です。ご縁というのは有難くいつも絶妙なタイミングに包まれます。

思い返せば子どもたちのためにと千葉県神崎で自然酒の寺田本家の酒米を一緒につくる農家と冬季湛水の無農薬無肥料で一緒にお米づくりをするご縁から今では故郷で同じ道を続けています。

昨日は、美しい関の山からのお水をこれからどのように管理していくかを調えました。澄み切ったお水があってはじめて美味しいお米になることを再実感しました。

昨年参加してくださった多くの徳積仲間たちが安心してお米づくりができるように色々とこれから場を磨いていきます。

「自然真営道」という著書を遺した江戸時代の人物に安藤昌益さんという方がいます。この方は、自然や人とは何かということを突き詰めた人物です。私は同じ時代の三浦梅園先生を尊敬していますが、この安藤昌益さんのことも尊敬しています。

あまりにも普遍なこと言い、時代的にも進み過ぎている思想を持つ人たちはその時代には認められ受け容れられるものではありません。しかし300年経った今になると、その思想や実践が如何に今の時代に必要なことかがよく分かります。時が真実を証明するのです。

三浦梅園先生の300周年では国東半島にある生家でシンポジウムをして学び直しましたが、むかしの五穀田では安藤昌益先生を改めて仲間たちと学び直してみようと思っています。

まず自然真営道とは何か、これは読んで字のごとくで「自然とは、真実の営みという道である」ということ。では営道とは何か、それは「互生」であるといいます。例えば、天と地、男と女、雄と雌など二つが一つであるということ。つまりお互いがお互いを活かし合って存在になっていることといいました。

原文はこうあります。

めうハ互性ナリ、だうは互性ノかんナリ。是レガ土活眞ノ自行ニシテ、不教ふけう不習ふしふ不増ふぞう不減ふげんひとルナリ。故ニ是レヲ「自然」トフ。

私も同感で、水は二つの性質が一つで水となります。絶対零度で固まるものと固まらない水があるといいます。火も燃えている眼に見えるものと、遠赤外線のような見えないものがあります。二つが調和しあって一つになるところに互生の真理があるのです。

そして安藤昌益先生は、ここから人の互生の道として「直耕」の実践を説きます。

是レ活眞、無始・無終ノ直耕ちよくかうナリ。故ニ轉定くわいじつせいげつ八轉八方横逆ニ運囘うんくわいスル轉定ハ、土活眞ノ全體ぜんたいナリ。

故ニ活眞、自行シテ轉定ヲツクリ、轉定ヲ以テ四體したい四肢しし府藏ふざう神靈しんれい情行じやうかうト爲シ、つね通囘轉つうくわいてん・横囘・逆囘央土ト一極いつきよくシテ、逆發穀ぎやくはつこく、通開男女ヒト、横囘四類、逆立草木ト、生生直耕シテやむコト無シ。

故ニじんぶつ各各かくかくことごとク活眞ノ分體ぶんたいナリ。是レヲ「營道えいだう」ト謂フ。故ニ、八氣互性ハ自然、活眞ハ無二活むにくわつ不住一ふぢゆういつノ自行、じんぶつ、生生ハ營道ナリ

安藤昌益先生は「人はまず自分の食べるものを自分で耕し生産する農を営むことがあってこそはじめて自然となる」としました。その中に人類の真の平等は存在すると言い切りました。自分で耕さなくなると不耕貪食になっていくと。そして直耕し農を実践することで互生を通してお互いに活かしあい真の営道になると説きます。それを「活真人」となるともいいました。

活真人の互生によってのみ自然の世を実現するとしそれが永続してこの地球で仕合せに生きる智慧であるとしたのです。しかしこれをそのまま説くことは、あまりにも本質的過ぎてその時代も、いや今の時代も危険思想や狂人と呼ばれるものかもしれません。

例えば、今でも呼吸さえ調和していればすべての生物の病気は治癒するなどといえば奇人や詐欺だと言われたりするのと同じです。真実というものは、真実であればあるほどに都合が悪いものを浮き出させるものです。

「むかしの五穀田」に話を戻せば、田んぼでは稲を育てます。稲のことを安藤昌益先生は命根(いのちのね)といいます。これを略して命根(いね)です。人は稲の精から生まれ、稲を食して命を養うから、稲は命根(いのちのね)となるとし、またお米のことを世根(よのね)と書いて米(よね)呼びます。人は耕して米をつくり、これを食して人の世をつくることから、米は世根(よのね)となる。

自然真営道を學ぶことは、この命根と世根を創造し共生する社會を甦生することでもあります。私はこの自然真営道をかんながらの道で綴ります。

ということで、これからまた徳積仲間を集めて場をつくります。4月15日には最初の耕耘をはじめ苗床づくりをします。田植えは6月下旬の予定です。今年は、自然農法のお米と自然農のお米、古代米、地域のお米の5種類を育てる予定です。

共に学びたい、また子どもたちのため徳を譲りたいと思うご縁のある方々はそれぞれに準備をお願いします。

自然の順応

世界では気候変動がますます著しくなってきています。環境研究者たちが予測するよりもはるかに速い変化が起き、地球環境は変化しています。もともと変化というのは緩やかにはじまり、次第に早くなっていきます。その理由は、雪崩のように小さな変化も時間が経つと大きな変化になっていくように自然は微細からはじまり偉大になります。

動植物たちは、微細な変化をよく観察して変化していきます。本能的に自然に合わせて自分の方を変化していき共生していくからです。

日頃見ているような畑や田んぼも気候変動に合わせて変化を已みません。土中の微生物をはじめ、草草、昆虫の配置や分布図まで地球全体の変化に合わせて変化をしています。

人間には何も変わっていないように見えていても、毎日、一瞬一瞬で変化をしています。

日本の伝統的な家屋、つまり江戸時代くらいまでの古民家に住んで暮らしていると外との境界線が緩やかで自然を常に取り入れていますから変化を感じやすくなっているものです。

昨夜の春の嵐でも風の動きや雨の強さ、明らかにここ数年とは異なる変化に気づきます。

環境の変化にあわせて、何を準備して調えていけばいいか。自然をよく観察して自分の心身をまず調えていく必要があります。日々の暮らしを丁寧に紡いでいくのは、自然と共に自己をお手入れしていくことに似ています。

自然の自浄作用は偉大ですから、任せながらどこまで順応していくか。試練は続きますが、常に今から学んでいきたいと思います。