備忘録1

私が日ごろ思っていることをいくつか文章にしてみたものがあります。これは暮らしフルネス™を体験した時に、言葉にするときに使うものです。他にも膨大にありますが、シンプルにいえば「本当の暮らしは徳を積む中にある」というのが私が実践しているものです。

私のいるこの場を磨く、そしてこの場が世界になっていきます。子どもたちのためのもこの場から世の中がさらに平和に、仕合せになってほしいと祈ります。

「1000年後から今をみて、子どもに残したい未来をやるのが暮らしの本質」

「感謝の日々は、行事に出てる、暮らしの中に、手入れの中に。」

「古いものではなく、つないできたもの、いきているもの、本物。」

「自然から離れるのではなく、自然の一部として生きる、それが私たちの心と身体をととのえる。」

「火をみる、水をさわる、風を感じる、この感性が,幸せと豊かさをつくっている」

「すべてはご縁であつまってくる、シンクロニシティとセレンビテイ、人生も家も集大成である」

「甦生とは、いのちを壊さないこと。いつまでも寿命をのばしつづけること、いのちを最後までいかしつづけること」

「温故知新、新しいものと古いもの、そのバランスを保つことがハイブリッド。ほんとうの最先端である。」

「伝統とは、世代を超えてつないでいくもの。遺志とはつながれるほどに強くなり、そして輝くもの。連綿と伝承してこそ、知恵になる。」

「感謝で暮らすことが本物の信仰、これは宗教ではなく道である。暮らしそのものが信仰なのが日本人なのです。」

「畢竟、自分をととのえることが世界を平和にする。他人のせいではなく、自分が主人公として暮らしをととのえること。これはガンジーの非暴力や、マザーテレサの愛を与えると同じ。感謝でととのえることが平和をつくる。」

「時間をモノのように扱わず、いのちとして扱い大切にする。みんなのいのちが集まっている、ここに一期一会の場が誕生する。」

「懐かしい未来とは、普遍的な暮らしのこと。人類の真の幸福のこと。これは徳を積むことでしか得られない。」

色々と、これからも実践から誕生している語録を備忘録として綴っていきたいと思います。

終始のご縁

何がきっかけで物事がはじまったのかを振り返ってみると、そのはじまりのきっかけの中にそのご縁がどのようなご縁だったのかが観えてくるものです。今振り返ると不思議で、みんな誰もがはじめて出会ったときにはその後にどのようなことが発生するのかがわかりません。

わかるとしたら直観的に幸不幸の予感があるくらいですこのご縁には、ずっと一緒に長く旅を伴にする人もいればバトンを渡すときに一瞬だけのご縁の人。あとは、すれ違っていくようなご縁の人。人生を丸ごと変えてしまうようなご縁もあります。しかし、よくよく味わってみるとあの時のあの出会いとご縁は必然だったのだとも感じるのです。

それをどう大切にするかは、その人の感性に由ります。感性が優れている人は、ご縁の持つ偉大な存在に気づいています。一期一会に、ご縁を大切にしそこに宿しているメッセージを受け取りそのものとのご縁を集めていきます。

どのようにご縁を集めて一つの人生を完成させていくのか、それが人が生きていくことの証です。そう思うと今も私の人生はご縁を集めることだけです。

これまでもただ大切にずっと集めてきました、そしてこれからも遺りを集めていきます。よく集大成という言い方をしますが、人生はご縁が積み重なり結び合いできあがります。今、私たちの目の前にあるものすべて、それは石や木、そして生命体に至るまでそのすべては集大成の今のカタチなのです。

ご縁はまだまだ無限に続き、まだまだ集め続けます。しかし、人生は死を迎えるとそれが逆行していくように感じます。つまり集大成からまたはじまるのです。まるで終わりがはじまりのようにです。

はじまりのご縁を感じるときに何かが終わることを感じる。つまりはじまりと終わりのご縁は同時に行われているということです。その終始こそご縁の本体であり、終わるようではじまり、はじまってるようで終わっていく。まさにご縁というのは永遠の循環です。

だからこそ私たちはその一瞬のご縁を「大切にしたか」が問われるのです。

大切にするからこそご縁は活きるのであり、ご縁を活かす人は「大切にしていくことを忘れない」のです。時間は、その大切にする意味を思い出させるための産み出した人類の道具なのです。まだ言葉のない時代、何も知識がない時代に、私たち人類はそこに気づきこの世に時間を創造したのではないかと私は思います。

人生は一度きり、そして永遠なのです。

日々の社会通念や常識に流されてしまいますが、いのちの持つ意味を忘れずに子どもたちに先人からのいのりを伝道し生きるチカラを伝承していきたいと思います。

暮らしフルネスの本懐

万物にはそのものの徳というものが備わっています。それを磨き明らかにしていくことを、明徳という言い方をします。この明徳は、大和心そのものでもあり日本人に連綿と続いてきた大切な生き方です。私は、この大和心の甦生のことを「暮らしフルネス」と定義しています。もっとシンプルにいえば、この徳を明らかにし、徳を循環し徳によって治める世の中になっていくことが暮らしを実践する理由ということです。

私が本業として取り組んできた見守るという保育も、またむかしの田んぼや伝統固定種の高菜、そして古民家での智慧の甦生やあらゆる現在の取り組みに至るまですべてはこの大和心がそうさせているともいえます。

和というのは、徳が引き出されることでわかります。和食であれば、素材のもっているそのものの味や魅力が引き出されたことをいいます。私は料理人ではありませんが、井戸水や炭火をつかい素材そのままで味わうものを好んでつくります。余計な味付けなどしなくても、そのままの味が出た方がその徳が明らかになるから好むのでしょう。

このみんなが使っている「和」や「暮らし」は、本当の意味になっているのでしょうか。なんとなくわかりやすく使われていますが、日本人の和や日本人の暮らしではないものがほとんどになっているようにも感じます。

そもそもこの和や暮らしは、長い歴史の中で用いられた言葉です。歴史を学ばずして、先人の智慧の伝承なくして使うようなものではありません。現在は、何か新しい知識やそれを上手に分かりやすく便利なした言葉がすぐに独り歩きしていきます。しかし、本来は長い年月を経て醸成された発酵したような言葉であることが本質です。

だからこそ、知識ではわからないものが「言葉(言霊)」の中に存在しているともいえます。同じ、「暮らし」という言葉を使ってみたとしてもです。その暮らしという言葉は、使う人の持つ歴史や伝統によってまったく意味が異なっているということです。

私はもともと「和風」という言葉が嫌いです。和風は和ではないから、言葉遊びのようになるのが苦手なので嫌いという具合です。本物の「和」は、和風のものとは一切異なります。ひょっとしたら、昔気質なのかもしれませんが日本人としての誇りがあるからどうしても和風が馴染まないのかもしれません。西洋の文化や他国の文化はいつも尊敬しています。だからこそ、この便利な和風はどこか失礼ではないかとも感じてしまうのでしょう。これは決して和風がわるいと言っているのではなく、少し苦手というニュアンスで書いています。

刷り込まれた知識や、社会通念があるということが前提ですが私たちは何が本来の和であるのか、何が本来の暮らしであるのかをみんなで実践を磨き合う中で学び直す必要性を感じています。

私がこの場の道場での取り組みは、それを子どもたちに伝承し未来を智慧で満たすためです。先人の深い愛や思いやり、そして暮らしを次の世代へ伝道していきたいと思います。

健康をととのえる

加齢とともに体の反応が鈍くなってくると思い込んでいましたが、色々と禊や精神を澄ませるような修行をしているとかえって体の反応が敏感になっていくのがわかります。

精神と体というのは一体であり、その両方がバランスよく整っていることで私たちは健康を維持することができます。昨年から、少しずつ漢方のことを学び始めていますが大変奥深く好奇心がわいていきます。自分の身体のことなので余計にその状態から学べるというのもまた、この漢方の面白さです。

最近、胃腸は食べ物から取り込んだものを「清」と「濁」に分ける役割があることを知りました。その「清」は、「気、血、水」となって生命活動のエネルギーとなります。そして「濁」は体に不要で排泄されます。これは静と動のように常に、バランスを保って状態を中庸にするという考え方と同じです。

そして漢方は、「清」は上半身へと昇りっていき、「濁」は下半身へと降りていくのといわれます。つまり、胃腸が悪い状態で清濁が出てくると血流がわるくなりますか上半身に症状が出てくるという具合です。

私は胃腸がよくないので、食べ物の浄化が正常に行われないとそれが頭痛になったり吐き気になったりしてきます。特に、雨の日や雪の日の寒い時はさらにそれが悪化します。これは雨や雪で気圧がさがり、水が溜まりやすくなりより排出が滞っていくからです。

血のめぐりが悪い時に、暴飲暴食するともうそれはひどいものです。そうなると身体の声をきいて、速やかに下痢がでて排出していきます。辛い時はその排出もうまくいきませんから、大根おろしや山芋、他にもこの時期の旬のもの、今では白菜やしょうがなど食べて体の排出を助けて浄化する料理をつくりそれを時間をかけてゆっくりと食べるようにしています。

もともと西洋医療は、症状が激しく出てからの診療で薬を投与します。しかし、東洋医療は、症状が少しでもでそうならそこから推察し予防するための生薬などを調合します。本来、医食同源といって食べ物は単に栄養をとり空腹を満たすものではなく食そのものが健康を保つための薬という考え方もあります。

現代は頭でっかちになりすぐに知識で健康を保とうとしてサプリなどをよく摂取したりしますが。本当は体の声を聴くことが健康になるということです。体がどうしてほしいといっているか、早めに素直に謙虚に聞いて改善していくことで健康は長く保たれ寿命ものびます。

借り物の身体をその日が来るまで大切に使えるように、健康をととのえていきたいと思います。

湯たんぽとぬくもり

最近は、毎晩、寝床に湯たんぽ(行火)をいれて就寝しています。色々と使ってみたのですが、今は銅製の孟宗竹を縦に割ったような形のものを使っています。この上に足を置いているとすぐに眠くなり、朝方は足元が暖かくて心地よく心身が癒されます。

私は寒いのはあまり得意ではないのですが、冬は私の大好きな炭が使えるのと温熱をつかったおもてなしができるので仕合せです。仕事が忙しくなると、すぐに空調に頼りますが本当は冬の楽しみはこの自然の熱源を楽しむことだと私は感じています。

そもそも行火というのは、日本を代表する歴史の暖房器具の一つです。はじまりは、古代の焚火からです。以前、むかしのアイヌの暮らしを再現している施設にいったら家の中心には必ず焚火をする場所がありました。それが縄文時代からの囲炉裏になり、奈良時代に入ると火鉢というものが登場します。そして行火が平安時代に入り出てきて、室町時代には炬燵が登場してきます。行火というのは、火を運ぶという字から出てきます。つまり、本来は中心に置いていたものを色々な場所に移動して使うということで行火になったということです。

これはなんとなくの想像ですが、火を囲んだ暮らしの中でみんなが集まりその火を分け合います。また残ったぬくもりに布をかぶせてその中でみんなで温まろうとします。それで今の行火や炬燵が登場したということです。

ちなみに行火(湯たんぽ)の名前の由来ですが、「湯婆」の唐音読みといわれます。中国から渡来してきたものが「湯婆子(tangpozi)」「湯婆(tangpo)」という名前だからです。

この婆は「妻」や「母親」の意味で、妻や母親の温かい体温を感じることからその字をあてられたといいます。お湯を入れた容器を抱いているということからもこの字になりました。日本では、何の「たんぽ」なのかということで、お湯を温めるたんぽということで「湯」が付け加えられ「湯湯婆(湯たんぽ)」になっています。

湯たんぽには、お湯を入れるものと豆炭という石炭などを団子状にしたものを使うものがありますが私には豆炭は暖かすぎてお湯の方が相性がいいです。

私たちが感じているぬくもりは、決してただの物質的な熱ではなくそこには心があります。人のぬくもりややさしさ、そして自然の恵みなど、そこに慈愛のようなものを実感して安らかになるのでしょう。

身体が冷えても心までは冷えないように、思いやりとやさしさ、豊かな真心で大切な時間を過ごしていきたいと思います。

原点回帰と甦生

この十数年で地球の気温は急激に上昇しています。同時に、地球内部の変化も著しく地震や火山の噴火も増えています。私たちの身近では、四季のめぐりが少しずつ変化しているのを感じます。それは和の暮らしを通して実感するものです。

現在は、都市化した自然から離れた生活環境で仕事をしていく中でかつての日本人の先祖たちのような自然と調和した暮らしが失われてきました。気候変動のことも、今では衛星や世界各地の観測などをインターネットやテレビですぐに確認できますがむかしはそんなものはありませんから身近な微細な変化で地球全体の様子を直感したのでしょう。

空の様子、海の様子、そして風、月、山、さらには虫たちや植物たちの変化から地球の反対側で起きたこともある程度は把握することができたのかもしれません。

実際には、この世の中は因果の法則という真理もあります。どんなに私たちが小さな行為をしたにせよ、それが関係性によって繋がっていますから巡り廻って地球全体に偉大な影響を与えてしまうのです。

小さな石ころを転がしたということや、火をつけて燃やしたということでされ、一見そんなものが何かを起こすとはだれもが考えませんが実際にはそれが因果のはじまりになりますから何かしらの影響を大きくして周囲に展開されていくのです。

宇宙のはじまりなどを解明していけば、無から有が産まれるときなどその原理が働いていることはそのうち量子力学などで明確になっていくと思います。しかし人間jは、教育によって自他を分け、他人事という便利な仕組みを覚えてからそんなものは誰かがなんとかしてくれて自分の問題ではないと分別するようになりました。

気候変動や環境問題などその最たるものです。

この世界は、丸く、地球も円環ですからやったことが巡り廻る仕組みです。だからこそバランスが重要になります。このバランスは、ゼロイチのようにすべてをプラスマイナスでゼロにととのえ続けなければ維持できません。使ったエネルギーは休ませて貯める、昼と夜のように必ず静と動を保つ必要があります。

人類は極端になるのは、この分別したことからです。分別されしなければ、極点にはならないのです。バランスを崩したのはこの分別智であるのは明らかです。だからこそ、この分別しない智慧が必要になります。それを日本の先祖たちは「和」といい、日ごろからバランスを保つような暮らしを創造したのです。

私の暮らしフルネスの本懐はここにこそあります。

時代の変化の中で、常に自分を調和させていくことは責任を自分に保つということです。その自分を保つためにも、この和の暮らしは必要であり、そして同時にテクノジーや智慧を使うのです。

子どもたちの未来のためにも、この時代に人類全体が目覚め地球と一体になる生き方に原点回帰できるように様々な原点回帰を甦生させていきたいと思います。

経営の道

経営という言葉があります。この語源を調べてみると、はじめて使われたのは紀元前八世紀、周の国だといわれます、そこには「祖先文王が霊台という祭壇を築いて、建国のシンボルとしたことを追想して霊台を経始し、”これを経しこれを営す。”庶民これをおさめ、日ならずして成る」という言葉からです。

この経営の「経」の字は、織物の経糸(縦糸)を表していてそれが変じて南北の方向(経度)、仏教や儒教における不変の教示を説いた書(経書、経典など)をになったそうです。そして経営の「営」は区画を調整する意味があり、周囲を守るための「陣屋」や「兵営」「営舎」などでも使われています。

つまり、筋道を立てて枠組みを定めるという意味でしょう。ここから経営戦略というものが出てきます。どのような目的、目標を定めて、それをどのような筋道で行い枠組みでやるのかという発想になっていきます。

私はよく周囲から経営者っぽくないといわれたり、経営者向きではないなとどいわれたことが多くあります。若い頃から、あまりジャンルや分類に囚われず、またマネージャーとかプレーヤーなどという言葉にも興味がなく、自分のスタイルでやってきたからかもしれません。

そう思うと、周囲の言う経営者とは何だろうと思うことが多くあったのです。経営がうまいというのは、稼ぐのがうまく会社を大きくする人のように言われます。経営者向きだという言葉も、数字の計算が早くて合理的、会社の運営が上手で人がよくまとまっていることのようにいわれます。名経営者といわれる人は、その分野で大成功を収めた人のこといいます。失敗して、倒産した人のことを名経営者とは言いません。

しかしここに何か、私は違和感を感じるのです。

私が思う名経営者は、松下幸之助さんです。運を大切に生き、PHPを設立し子孫たちのために尽力されました。この経営者は、若い人は知らない人も増えてきたかもしれませんが松下電器、今はパナソニックの創業者です。

松下幸之助さんは大成功したからか名経営者なのか、私はそうは思っていません。どのような人生を歩んでこられて、その中でどのように商売の道を究められたのかという意味で先達であり一つの模範であるのは明らかです。経営者というよりも、生き方のモデルということです。

人は一人ひとりは、本当は経営者ではないかと思うのです。自分の人生をどう生きるか、そこに成功も失敗もあるでしょう。しかし生き方を通して何をその人は学び魂を磨いていったかは、その人の経営によると思うのです。自分という一生をどう生きるか、そして自分に与えられた尊い道をどう歩むのかは自分で決めて実践するしかありません。これを実現するには自主経営をするしかありません。

本来、経営者というのは会社だけのこというのではなく人生を歩んでいく者という意味が近いと思います。今思い返すと経営者向きではないということの意味も、使う人によって異なりますから私にとっての経営とは何か、経営者とは何かをまず確認することが大切だったのかもしれません。

自分の人生をどう生きるか、その人生の生き方はそれぞれに千差万別ですから尊重していく必要があります。そのうえで、理念を持ち、志を高め、自分を磨き、周囲を愛し、真心と感謝で生きる人は立派な一流の経営者だと私は思います。それは起業していようが、会社をもってなかろうが、その生き方が立派な経営者だと思うのです。

ご縁から色々な人にお会いしますが、私の尊敬している経営者はみんな自分というものを見事に経営されている方で答えを生きている方ばかりです。子どもたちに、生き方のお手本になるように真摯に学び、私なりの経営の道を切り拓いていきたいと思います。

世界変革への門出

昨日は、聴福庵にてブロックチェーンエンジニアたちと一緒に鏡開きを行いました。お昼にはその鏡開きの御餅を使い、七つの穀物と七つの若草を使いお雑煮にしたり、かき餅にしてみんなで食べました。

鏡開きでは、まずみんなで鏡餅に感謝をして参拝して、その後は「おめでとうございます」と声掛けをしながら御餅を木槌で開いていきました。清々しい門出と福がみなさんにつながるようにと祈り行いました。

寒い日でしたが、炭をたくさん使った古民家はとてもぬくもり、またコロナでテレワークからなかなか会えない仲間たちと一緒に雑談をしたり学び合い、教え合う時間は、何よりも有意義でした。

畳になれていない人も多く、少し腰が痛いこともありましたが懐かしい未来の時間をみんなで過ごす豊かな時間です。

一昔前まで、日本人はどのような環境で仕事をしていたのでしょうか。そういうことを知っている人ももういませんし、たいした文献も残っていません。

しかしむかしから続いている場所で、むかしの真心をもって文化を継承している人がいるとそこには懐かしい未来の場が甦生するのです。私がそうであるように、私の暮らしフルネスの実践の中に人が入ればそこに何かを直感してくれます。

それは私が先人の智慧を尊び、日本人であることの素晴らしさ、文化の偉大さを実感しているからにほかなりません。現在は、都市化され国家を優先して生活というものを激変させましたからむかしからある本来の豊かな暮らしを失っていきました。

生きているということは、決して生活のためだけではなく暮らしのためにあります。この暮らしは、現代の暮らしではなく、懐かしい暮らしのことを言うのです。暮らしの定義を換えない限り、本来の私たちの豊かさは原点回帰しないのではないかとも感じます。

コロナで私たちは大切な何かを思い出し、そしてコロナ後に世界は人類のしあわせとは何かということを考えようと話していました。しかし、現在の社会情勢をみていたら原点回帰は元の経済優先の仕事中心に戻ることのように報道されます。

残念なことです。

人は一人ひとりの中での意識の変革によってしか世界は変わっていきません。まずは自分自身が変わることで、つまり暮らしを換えることで世界は真に変革していくと私は思っているのです。

子どもたちの未来、子孫たちの平和のために、世界の変革をこの場所、私のいる足元から変えるために実践を積んでいきたいと思います。

自然とIT

最近、ある人からデジタルネイチャーという話をお聞きしました。これは、IT用語辞典によればこうあります。

『デジタルネイチャーとは、「コンピュータと非コンピュータリソースが親和することで再構築される新たな自然環境」として捉えられる世界像である。メディアアーティスト・落合陽一が提唱する概念である。落合は、デジタルネイチャーを「人・モノ・自然・計算機・データが接続され脱構築された新しい自然」であると述べている。成熟したコンピュータ技術により、あらゆるものがソースコードとして記述され、人や自然などの「物質」と仮想的に再現された「実質」(virtual)が不断の連続的な関係に置かれる、それによって、旧来の工業化社会とは違った世界の在り方、価値観、環境が実現するという』

ITと自然の融合という感じて使われている言葉なのでしょうか。

この100年で急速にIT技術によって人類の生活スタイルは変化してきました。そのことで、便利になった反面、非常に問題も多くつくりだし、それを解決するよりも前にさらに技術によって乗り越えようとしています。

時間軸として、自然はとても雄大で悠久、ゆったりとずっしりと動いていきます。それに対して、人間はとても短絡的で短期的、視野もせまく短期決戦です。そのバランスを保つのを人間側に自然を合わせるのか。それとも自然に人間を合わせるのかといった、思想そのものがきちんと語れていないように私は思うのです。

私は郷里に、このデジタルネイチャーのやろうとしていることを暮らしフルネスという実践を用い現場で実践しています。ここはブロックチェーンを活用した最先端技術を扱うエンジニアたちが、先人たちの智慧をすべて甦生させた場所で働き、その思想や技術を習得しながらどうあることが人類や子孫が生き残ることができるかという智慧を習得するのです。

今の知識がいくら進んでいると思い込んでみても、これまで数万年、数千年を生き伸びた智慧には足元にも及びません。たとえ、地球が滅んで宇宙人のようなテクノロジーを得て生き延びたとしても果たしてそれで仕合せなのかということはきちんと向き合う必要があります。

人類は今の豊かさの定義を見直すことが先で、本当の豊かさとはどういうものかということを気づきなおすことが大切だと私は感じます。新しい時代といいながらも人間は人間の内面の価値観を自分たちで毀すことができなければ時代は本当の意味でアップデートすることはできません。

つまり一人ひとりの中にある暮らしの変化しかこの世界を変える方法はないと感じています。その暮らしの変化がいかに他の一人ひとりの意識を換えていくか。これからの時代、まさにこの生き方と暮らし方を示した人が時代を導いていくと私は直観しています。

むかしから日本には伝統的で立派な職人たちが時代を見つめて守ってきました。この時代もまた、新たな職人や技術者たちと共に人類のあるべき姿のカタチを創造していきたいと思います。

鏡開きと感謝

昨年末に杵と臼でついた御餅を鏡餅にしてお祀りしていましたが、本日は鏡開きをします。この鏡開きは、室町時代ころからあるといわれている武家の風習だといわれます。

現在、日本では年中行事の一つになっていますが正月に神(年神)や仏に供えた鏡餅を下げ直会をし食べる。一年の神仏に感謝の気持ちを示し、無病息災などを祈ることです。一般的には汁粉・雑煮、かき餅(あられ)などにして食べるようにしています。

私も本格的に毎年、この鏡開きの年中行事を甦生して5年目になりますが最初は失敗の連続でした。あっという間にカビが生えてしまい、鏡開きまで持たないのです。他にも、固すぎて割れないとか、食べるまでもたないとか、いろいろとありました。

現在は、工夫をして焼酎で洗ったり、ワサビをおいたり、玄米で隙間を上手につくったり、温度管理がしやすい乾燥した部屋の状態を維持するようにしたり、時には人が集まるときだけ移動したりと鏡餅の方に寄り添ってずっとこの鏡開きの日までお守りしています。

気が付くと、単なる食べ物ではなくまるで生き物のように接して食べるのがもったいないと感じるほどです。みんなでついた御餅を、みんなで食べて無病息災を祈ることはとても豊かなことです。感謝の気持ちで取り組んだ行事だからこそ、感謝の気持ちで大切な節目を迎えることができます。来年は、江戸時代までは黒米を使っていた黒鏡餅だったというのを新たに知り、黒い鏡餅に挑戦してみようと楽しみにしています。

こうやって毎年続けていくたびに、その行事の本質を気づきなおし、また自分の暮らしの一部として文化を伝承していくことができます。子どもたちにもただの体験ではなく、伝承としての日本文化を伝道していきたいと思います。