老舗をつくるとは何か

ブランドというものは、何かと考えてみるとそれは「信頼」であることがわかります。信頼は商売のすべての根源であり根本です。老舗と呼ばれるすべての会社が、長い期間を経て得ているもの、それが信頼であるのは間違いありません。

その信頼をブランドと私は定義しています。この信頼を育てるというのは、生き方を磨いて生き方を貫くということです。生き方を貫いているから、周囲はその人を信頼します。そしてその目指す目的を絞り、その絞った目的に向かって全社員で取り組んでいるからこそ会社もまた信頼されます。

つまりブランドというものは、長い期間をかけてお客様をはじめ社員、および周辺の人々と自分たちの取り組む生き方を通して感情的なつながりを築き形成されるものです。

そしてブランドが失墜する時というものは、その信頼が壊れる時です。どのような時に壊れるかといえば、一つは短期的なものばかりに囚われ長期的な目的を蔑ろにする時。または目先の利益ばかりを追いかけて、本来の目的を忘れる時です。老舗で信頼がある企業は、不易流行をよく判断し、何を変えていけなくて何を変えていいかがよくわかります。さらに言えば、不易というのは長期的な理念であり流行は世の中のニーズやシーズに合わせて自分たちの持ち味を活かし、全体が喜ぶような仕事にしていくということです。

私はよく法人を人格として観て、理念のある会社を一人の人間として捉えその会社が喜ぶかということを純粋に取り組みます。これは、理念が喜んでいるかともいえます。理念が喜ぶために何をすることが最も効果があるのか、そして長期的に観て何を取り組むことがその理念を最も喜ばせることができるのかを考えます。それに気づいた人たちやその仕事に携わる人たちが近い将来、必要とするであろう長期的で必要な目的に取り組むのです。

それを世の中ではブランディング戦略とも呼ばれたりします。つまりブランドは、目先の短期的なものに左右されず長期的な目的に従っている時にこそ醸成され周囲に認知されるということでしょう。

ブランドを持っているものと持っていないものの違い、信頼されるものと信頼されないものの違い、長く積み上げていくこと、積み重ねていくこと、研ぎ澄まされていくこと、盤石な基礎を固めていくこと、それがブランドを創るということでしょう。

一見、利益にもならない、儲からない、あるいは手間暇もかかり面倒で趣味や道楽だといわれるようなものでもよくよく洞察するとこれが長期的な信頼であると御旗を掲げて歩んでいることがわかります。

長いからこそ理解できず、純粋性で高い理想や理念に対して思いが透徹しているからこそ老舗としての初心が育ち、それが養分となり大樹になっていく土が醸成されるのでしょう。

ブランドは土づくりととても似ています。収穫を考えず、ただ只管に土をよくするためにいのちを懸ける。しかしその懸けた土があれば、その後にどのような作物の種を蒔こうとよく育ちます。それを私は「場」とも言います。場を育てるというのは、土をつくるということです。

農の本質は、国造りであり人づくり、そして未来のための土づくりです。

そろそろ集大成、遺言のようにこの文章を刻んでいきますが後を託す人たちのために自分にしかできないことを遣りきっていきたいと思います。

侍の精神

昨日は日本の「天下の三大揃え」の一つ、秋月の鎧揃えに法螺貝役としてお役目をいただき勤めてきました。秋月和紙の侍、井上さんとのご縁で参加してからはや五年目になります。

もともとこの鎧揃えは江戸時代の秋月藩における年中行事の一つであり、寛永14年(1637年)の島原の乱に際して初代藩主「黒田長興」(黒田長政の三男)が家中に命じて正月三日に鎧揃え(軍事演習)を行ったことが起源です。

その後は明治維新とその後の廃藩置県で秋月藩は消滅し、残された士族たちによって細々と続けられていた鎧揃えも昭和20年代には一度途絶えます。それから60年余りの時が流れ、平成21年(2009年)に地元有志により『秋月鎧揃え保存会』が結成され現代に鎧揃えを甦生しました。

この鎧揃えが生まれた背景を調べてみると江戸時代に入り最後の関ケ原の戦いが終わってから38年ほど経ち、武士たちも平和が続き平和ボケしていたといいます。実践経験のない武士たちはとても弱く、島原の乱に対応できず実践経験がある古参の武将たちがその時、とても重宝したといいます。平和ボケした武士は戦おうともせず、鎮圧もなかなかできず、一揆などがおき反乱する状況になるまで初期の対応もしなかった藩にも問題がありました。

つまり平和に油断していたことで被害が大きくなったのです。

この鎧揃えの年中行事の目的は、易経、孔子の『 安くして危うきを忘れず(安而不忘危) 存して亡ぶるを忘れず(存而不忘亡) 治まりて乱るるを忘れず(治而不忘乱)』の意味もあります。

これは安泰な時であっても危機を忘れず、存続している時も亡びる事を忘れず、治まっている時も乱れる事を忘れないこと。どのような時でも、油断してはならないという先人からの遺訓であり智慧の一つです。

そう考えて観ると、ただ伝統は繰り返し行っているわけではありません。この本質を守り続けようとする意志を伝承したものが行っている大切な実践であるのです。

現代ではどうでしょうか?

政治の無関心や先送り、そのうちなんとかなるだろうと何も主体的に動くことがなく、忙しさとお金儲けや目先のことで精いっぱい、誰かがやるだろうと他人任せにしては油断していないでしょうか。

今、もしも食糧危機が来たらどうするのか、もし近隣の戦争に巻き込まれたらどうするのか、もし大災害や金融危機が来たらどうするのか、ちゃんと対策はできているでしょうか。

私は暮らしフルネスの実践を通して、いつも危機に備えた暮らしをしています。自然と離れずに循環の中で食料や燃料やお水を確保し、徳を中心に据えた講のコミュニティをつくり、伝統の智慧を継承し、古民家を甦生しています。そして子どもたちの主体性を見守る環境をつくり広げ、最先端技術を温故知新しています。それでも油断してないかと色々と挑戦をしています。

武士道とは何か、商人道とは何か、日本人が大切にしてきた精神を守ることが治に居て乱を忘れずという実践ではないでしょうか。

引き続き、子孫のために志士たちの真心を紡ぎながら侍の精神を守り続けていきたいと思います。

いのち宣言

昨日は、大阪万博のいのちの宣言に参加してきました。今年の2月、いのち会議が飯塚の聴福庵とBAで開催されてからそのご縁でこの貴重な機会をいただきました。人のご縁によって導かれていくというもの、まさにこれも「いのち耀く」仕組みであると私は感じています。

そもそも日本人の暮らしの中の神様は「八百万の神々」といい、そして仏様は「山川草木悉皆成仏」といいました。つまり一神教ではなく、すべてには「いのち」が存在しているという「いのちのつながり」の中ですべてのご縁と物事を感受してきたということでしょう。

その証拠に大和言葉や日本の言霊は、自然の中で繋がりながら生きているからこそ産まれたものであり西洋のように自然と人を分けたり、神と人を分けている意識では誕生することもありません。雨にも色々な雨があり、黒にも色々な黒がある。日本人の使う美しい言葉はこのいのちの象徴です。

世界ではこの分けるという便利な思考方法によって様々なものを分類してきました。その結果、思い込みや刷り込まれたものをを真実のように勘違いをしては現実から目を逸らせてそれぞれが本質的ないのちを生きることを忘れて元氣がなくなってきました。ますます世界から元氣は失われているように思います。

この元氣というのは、自然あるがままのことです。そしてそれをかつての日本人は「かんながら」と呼びました。これはいのちの道ともいい、いのち耀く生き方を実践するという意味です。

いのち宣言ではそれぞれの発表するいのちの話をたくさん拝聴してきました。ちょうど、その前日、私は「いのち輝く」を理念にしている鞍馬寺にて2日間過ごし、本堂にてご祈祷と法螺貝奉納をしてきました。鞍馬山はお山の場にいるだけで元氣が湧いてくる。まさに鞍馬山は太古のむかしから今も「場」によっていのちを顕現している信仰の実践道場です。

そして私は現在、九州の霊峰、英彦山の宿坊を中心に法螺貝をつくりその法螺貝を吹き、一人でも多く覚醒していく人を増やすいのちの甦生活動をしています。この10年で500人と定め、場を調えて暮らしを実践しています。

人類は、思い込みや刷り込みからどのように目覚めていくか。謙虚というものは、実践のただ現実の真っただ中にこそ存在します。かつて古代中国の殷の湯王が「苟日新、日日新、又日新」と洗面器に刻み毎日、顔を洗って実践をしていたことが礼記に書かれていました。徳を磨き続ける覚悟があってこそ、いのちは輝き続けるのかもしれません。

私にとって徳を積むというのは、いのち耀くということと同義です。

引き続き、神仏といのちのご縁とお導きに感謝しながら謙虚と素直の両輪でかんながらの道を歩んでいきたいと思います。

ありがとうございました。

 

慚愧懺悔六根清浄

英彦山の遊行を毎月行っていますが、その際にお山を歩きながら「慚愧懺悔六根清浄」(さんぎさんげろっこんしょうじょう)と唱えながら仲間とお山を歩きます。

この懺(さん)は、心の咎を天に恥じること、そして愧(ぎ)とは自分の犯した罪を地に恥じることをいいます。

涅槃経に「慚はみづから罪を作らず、愧は他を教へてなさしめず。慚は内にみづから羞恥す、愧は発露して人に向かふ。慚は人に羞づ、愧は天に羞づ。これを慚愧と名づく。無慚愧は名づけて人とせず、名づけて畜生とす。」とあります。

つまりこの慚愧懺悔とは、深く内省をして天地の間で自分をよくよく見つめ反省していきますという意味です。内省しながらお山に入り、反省をすればそのあとに六根が清浄になるという意味です。その六根清浄の「六根」とは私欲や煩悩、迷いを引き起こす目・耳・鼻・舌・身・意の六つの器官のことをいいます。そして「清浄」とはその煩悩や私欲から遠ざかり、清らかで穢れのない境地に入ったことをいいます。

シンプルに言えば、「お山の清浄な場を歩かせていただきながら、日頃の自己をよくよく振り返り素直に反省して心を澄ましていこう」という掛け声です。

これをみんなで唱えながら遊行します。

私たちは生きていれば、氣が付かないうちに環境の影響を受けては喧騒と煩雑な日々を過ごしていきます。いくら氣をつけて注意していても、知らず知らずに心が穢れます。穢れは、氣枯れともいいますが元氣が消耗していくのです。

毎日、私たちの細胞が生まれ代わるように日々もまた生まれ変わります。その中で、穢れが増えていくと甦生が澱んでいくものです。水が下流に流れていくときに次第に混濁していくようにいろいろなものが混ざってきます。本来の透明な魂や玉のような状態が隠れていくのです。

その隠れたものを綺麗に洗い流し、注ぎ、浄化して元の状態に帰っていく。それがこのお山で歩く理由であり、古い信仰の原型ともいえるものです。

古い信仰はすべてこの「穢れを祓う」ことからはじまります。いつも澄ませていこうとする生き方の中に、人間性を常に保とうとする自然と一体になった神人合一の精神があります。

時代が変わっても、人間の本質は変わりません。世界は自然破壊を続けて目先の経済を膨張させることに人々は躍起になっています。ありあまる富は一部の人たちの権力を守るために集中し、奴隷のように洗脳される教育や環境によって目覚めることもありません。

法螺貝を吹いて、錫杖をつき、お山を歩けば道に覚醒するものです。英彦山の守静坊の場から目覚めた法螺吹きを甦生させ真に心を澄ます道を照らしていきたいと思います。

法螺貝の甦生

現在、英彦山で法螺貝を甦生していますがせっかくなので甦生の特徴というものを整理してみたいと思います。

まずはじめに、法螺貝を持つためには法螺貝とのご縁が必要です。基本的には、法螺貝の甦生はすでに法螺貝をお持ちのご紹介者を通してか直接、英彦山に来てお話をさせていただく方しか受け付けていません。その理由も、顔や波動を観てご縁を確認してから理想の法螺貝を探していくからです。またすでに何らかの理由で法螺貝とのご縁がありお持ち込みの方も受け付けています。ただし、他の方が手掛けたものは甦生できないものもありお断りすることもあります。

流れは下記のようになります。

① 霊峰英彦山の守静坊にて吉日を選び法螺貝を安置し地下から湧くお水で清め光を当てて龍音によりご祈祷をする。

② 丁寧に洗い法螺貝の先端を切断し削りその貝の個性を見定めて螺旋の息が通るように調整する。

③ 手作りの唄口を天然の地下水と麻炭を使い石膏でつくりこむ。

④ 唄口を法螺貝に取り付け調律をし、その法螺貝の唯一無二の音を確認したらそれを立てて天地に調和する。

⑤ 完成のご祈祷をし、木の中に安置する。サイズや重さ、証明書と手引書を用意する。

⑥ 英彦山の守静坊にて法螺貝を磨きお手入れをし息を吹き入れ音と和す儀式をする。

⑦ 希望者には法螺貝の網袋の講習を実施し、英彦山遊行や法螺貝講習、仙螺講への登録をご案内する。

⑧ 定期的にメンテナンスをして、法螺貝の成熟を見守る。

ここまでで法螺貝を甦生したことになります。

この法螺貝の甦生とは単に音がなる楽器をつくったのではなく法螺貝が新たないのちを得て独立自尊し、一期一会の主人と調和し結ばれ、日々の暮らしを通して寿命をのばし幸運をもたらす存在になることを言います。ただのモノではなく、新たないのちの法具として人の一生を円満に見守る存在になります。

また時には修繕や供養も行います。修繕は、お手入れをして法螺貝の成熟に合わせて調えていくこと。供養は長く大切にしてきた存在の魂を慰め労い癒すこと。法螺貝の甦生とは別に、手掛けた法螺貝のお手入れや追善をします。

講習会では、お手入れの仕方をはじめ法螺貝の吹き方、法螺道の実践事例などもご案内します。時にはお山に一緒に入り、三省をし六根清浄をしながら法螺貝を立てます。また時には、法螺貝の網袋づくりを通して瞑想や見守り、寄り添いなどの心の在り方を学び合います。宇佐の大仙龍(大先達)の立螺師にも定期的に来ていただき、法螺貝の具体的な指導や講習会もあります。

お支払いは、法螺貝の仕入れ原価、唄口と石膏、加工の原価をいただきます。それ以外は、徳積循環のご喜捨とお布施を「徳積帳」というブロックチェーンを使って開発したシステムにて奉納いただきます。

納期は約1か月ほどいただいていますが、吉日次第では納期がかなり延びる可能性もあります。大量生産はできませんので、丁寧に一つひとつ甦生していきます。

現在も、制作中ですが一生の御守りや魔除けになり音がその人の波動を磨き、唯一無二の光の存在になっていくように手掛けていきます。

最後に最も大きな特徴は「調和」を何よりも優先して法螺貝を甦生しているということです。私が手掛けるものは調和の法螺貝です。それをご理解いただく方のみ、ご連絡をいただきたいと思います。

法螺の道

昨日は、英彦山守静坊にて法螺道仙人の仙人苦楽部を開催しました。30名以上の法螺貝仲間が参加して、みんなで法螺道を学び合いました。法螺の道の面白さや楽しさは言葉では説明できず、生き方や実践から氣づくものです。私もまだまだその入り口のほんの少し先にいるくらいですが、法螺貝のお導きや奥深さに感動と感謝、そして感銘を受けることばかりの発見の日々です。

法螺貝の魅力は、とても語りつくすことができません。そして法螺貝を通して出てくる音の世界、そして波動の場は神秘な領域です。いのちが調うだけでなく、場が調い、宇宙を感じます。

目に見える世界と目に観えない世界、耳に聞こえる世界と耳に聴こえない世界があり、その境界をも取り払うことできるのが法螺貝の道の一つです。別の言い方では常識を超越するのです。

私が尊敬している大仙龍(大先達)と一緒に法螺の道を語っている最中も法螺貝の楽しさと喜びと豊かさで早く法螺貝を吹きたくてうずうずしワクワクします。人生の中で自分の唯一無二の音や一期一会の法螺貝に出会えた奇蹟を仲間たちと一緒に味わいたい、その純粋な思いや、平和への願いが法螺道を弘めていく理由です。

法螺貝と関係が深い仏教では聖者のことをかつて羅漢と呼びました。聖者とは高い精神性を持ち、実践を通して人々を導いていく存在です。日本でも五百羅漢というものが有名ですが、これは仏陀に最初に付き従った五百人の聖者のことです。今年の初めに、スリランカで最初の仏典結集の場所を見てきましたが、その場所こそ五百羅漢がはじめて集まった場所でした。

時代が変わっても、高い精神性を持ち実践をし、宇宙の真理に覚醒して本来の人間性とは何かということに目覚め伝道する人たちは常に出てくるものです。それが調和の本質であり自然なことです。

英彦山から法螺道を歩む羅漢たちが五百人集まれば、九州から日本、そして世界を変えていけるようにも感じます。私も法螺貝の鳴動が、真の人間性を回復させあらゆるものと調和する存在になっていけるように引き続きお山で徳を磨き精進していきます。

私たちが目指す温故知新する新たに甦生する講の姿は、徳積循環です。それぞれがあるがままの自分らしい唯一無二の音で透明な波動を輝かせます。自らの喜びがみんなの喜びになる徳積がめぐる世界。

これから徳を積む法螺吹き羅漢が五百人、真心を解き放ち愉快痛快に新たな夢に向かって挑戦していきたいと思います。

成長の歴史、食べてきた歴史

お盆の期間は、ゆったりとご先祖様を感じながら過ごしています。法螺貝も20貝ほど完成し、陰干しをしたりお祀りをしたりと調えています。貝の模様を観ていると、それぞれの育ちや成長の意味を感じます。

私たちすべての生き物は、産まれてから様々なものを食べ吸収して成長していきます。貝もまた同様に、卵で生まれたものがたくさんのものを食べて貝を形成して成長して大きくなります。貝の大きさは、その貝が食べてきた質量ともいえます。また模様も同様に、食べてきたもので模様ができます。

私たちは何を食べるかで、すべてのかたちを形成しているということです。貝を観ると、貝の食べてきた歴史を感じます。同様に今の私たちも何を食べてきたかで成長してきたともいえます。この食べた歴史は、今まで何を食べてきたかということです。今の自分の身体や健康にも大きな影響を与えています。それにこれからの未来に何を食べるかということもあります。

結局、自分の食べてきたものの影響というのは生前も死後にも大きな影響を与えているのです。

以前、野菜で肥料や農薬をかけているものが腐敗していくものと、自然栽培で肥料も農薬もかけていないものが枯れていくものを観ました。腐敗するのは、腐敗するだけのものを食べたからです。また枯れるのは、枯れる理由もあります。腐敗するというのは、それだけ腐敗するものを食べてきたということです。枯れるのは、腐敗するものを食べてこなかったというだけでしょう。生きているものは枯れていき、死んでいるものは腐敗します。いのちの本質は結局、食べてきた歴史で考察することができるということかもしれません。

貝であれば、海中のカルシウムと有機物がそのまま形になって遺ったということです。今回、手掛けた貝でも肉付きがとてもよいものもあれば、かなり薄いものもあります。また貝に色々なものが固着しているものもあります。半分化石化しているものもあれば、新鮮で今にも動き出しそうなものもあります。

ここに成長の歴史があるということです。

どのような成長の歴史を辿るのか、これからも楽しみです。

手の扱い方

国家を観察するとき、その国家が人の扱い方がどうなっているのかというのを客観視するとき国家の方針を確認できるものです。例えば、大量生産し大量消費するモノのように人が扱われているのならその状況はモノを観察すればよくわかります。

利用価値があるものは大量に生産され、価値がなくなれば廃棄します。ゴミをよく観察すると、どのようにゴミが増えていくか、そして捨てられるのか、そのプロセスに扱い方というものが現れているからです。

この扱い方というのは、モノへの接し方です。

人は少ないと、希少だとして大切に扱いますが大量になると扱い方が雑になります。少ししかないと貴重だとして少しも捨てませんが多すぎると捨てるのです。

世の中にお金がありあまるほどあれば、同じように扱い方が雑になります。その逆に少ないと扱い方が丁寧です。

私はよく古民家甦生で「お手入れ」の話をします。これはどのように丁寧に接し手を入れ甦生させ続けるかというお話です。同時に、この「扱」の漢字の語源は、五本指と手でどのように引き込むかという意味です。

自分の手がどのようにモノやコトなどすべてを扱っているか、もっと言えば、自分の手でどのように今に接するかでその人の人生の方針がわかるのです。便利な道具としてか、それとも信仰の対象としてか、あるいはいのちを感じるためかはその人の手の扱い方に出てきます。

手は、何でも産み出します。私たちの心は手に顕れます。手は幸福を世界に産み出すこともあれば、残虐な不幸を産み出すこともあります。ある手は、人を救い、ある手は戦争によって人を殺します。この手は、心そのものでその手の扱い方をどうするかで生き方までも変わっていくのです。

取り扱うことが難しい案件というものはこの世にはたくさんあります。核や遺伝子組み換え、人工知能などもまさに手におえない難しいものです。これは頭でなんとかなる問題ではなくまさに日頃の手の扱い方、手の使い方にこそ気を付けなければなりません。

毎日、手を使って私たちは色々なことを創造します。

この手をまず善くすることから人は生き方を磨いていくことです。日々の手の扱い方、そこに自分の意識が投入されます。手を大切にしていくことから、人は心を大切にしていくことができます。

手の中にある意識をさらに高めて、世の中の平和を創造していきたいと思います。

ゴミ問題

ゴミ問題というものがあります。人が一人でも生活すれば大量のごみが出ます。遺品整理の片付けなどをすると、その人がその時点まで生きて蓄えたものが出てきます。主には、寝具関係、食品関係、家具類、家電製品、洋服、仕事関係や趣味のものや思い出の品々などがあります。その量はいくら整理しても一人の人間が生活する中で必要なものは最低限のものでも相当な量です。

これをゴミにして廃棄しますが、これを全人口で考えてみたら想像を絶する量のゴミを日々に焼却していることがわかります。焼却できないものは、土の中に埋めています。少なくても明治頃から石油製品を使うようになり、ゴミの量は凄まじい勢いだったと思います。

いくらゴミを分別しても、生産している量があまりにも多いととてもバランスが保てません。環境問題というのは、人間の問題ともいいますが実際にはこの社会システムをはじめ今の文明の仕組みそのものを見直すところから考えないといけません。

本来、テクノロジーは自然物を使いゴミを出さないように生産することはできるはずでした。それがいいものをつくる事よりも、お金を使うことに集中するために「いいもの」が消費するためのものになっていきました。消費する生活は、それまでの生産する暮らしを破壊していきました。この時の生産とは、消費のための生産ではなく消費することの生産のことです。

例えば、自然界は生産はして已みませんが消費はしていません。それぞれが循環のなかで生産をしては他の生産を助けています。自然農などはまさにその循環の仕組みの中に人間が入ったものです。

しかし現代は、生産よりも消費することに力を注ぎ循環を途絶えさせていくことでお金を産み出しそのためにお金を使います。お金というのは、それだけ消費のために必要不可欠な存在になり消費するための最大の道具として活用されます。

みんながお金を消費するのは何のためか誰のためか、それはゴミをよく見つめていると思うことがあります。ゴミにはその時代の人間の扱われ方、扱い方が洞察できます。今の時代の人間は社会でどのような扱いになっているか。そもそもゴミを消費する側ばかりに目を向けますが、ゴミを生産する方のことも考えなければなりません。ゴミ箱に蓋をしてあとは埋めてはみなかったことにするという考えではこの先の子孫の世の中はゴミだらけになってしまいます。

結局、ゴミを見つめるとそこに生き方が存在していることに気づきます。

ゴミを出さないというのは、ゴミを産み出さない、ゴミをつくらないという生き方を実践するということです。先祖代々のものをなるべく末永くまで大切に活かすようなものを伝承したり、日本人の精神性としてもったいないやよみがえりなどを日々の暮らしの中で取り入れていくことなど、色々とできることはあるものです。

そういう自分も毎日、何かを買えばそこにゴミが出てきます。お金を使うところにゴミがあるのです。ゴミが発生しないお金を使うこと、それもまた私の徳積の使命の一つです。

丁寧な暮らしの中で、色々とあり方、生き方を磨いていきたいと思います。

講という信仰

この二日間、大阪で歴史のある修験道の講のお手伝いをする機会がありました。英彦山を先導して歩き、私が感じる信仰の場所をご案内し共に修行し、共に笑い、共に食べ、共に歩き、共によき時間を過ごしました。

私は講というものは、三浦梅園先生の慈悲無尽講から学んでいましたが実際に歴史のある講の方々をご接待することで講の本質を垣間見ることができました。

そもそも修験道とは何かということにおいては、験を修める道とありますから読んで字の通りでしょう。では講とは何かということです。私は、この講とは別に「結」というものを宿坊の茅葺の葺き替えで学びました。宿坊は、機械や重機など何も入れないような場所にあるので200人の人の手でみんなでバケツリレーのようにして2000本ほど萱を運びました。みんなが力を合わせて助け合い生きていく仕組み、まさにそこに結の智慧を感じました。

この結に近いものがあるのが講ですが、講の方がもっと強い信仰を持っているように感じます。現代では、推し活動(おし活)というものがあります。先日も、ある若いピアニストをみんなで推して支えようと活動をしている人とお会いしました。その方々はそのピアニストのために全力で推して経済的にも精神的にも全身全霊で応援して支えておられました。各地のコンサートには駆けつけ、練習風景はSNSで発信し、まるで家族の一員のように見守っていました。

信仰というものは、人間が生きる支えになるものです。信仰があるから人は元氣になり、若々しくも瑞々しくもなり青春をし続けていきます。まさに信仰とは、好きであることです。

好きなことがあることは、人生を真に豊かにします。それは好きな人いることでも同じですし、好きなことをしている人も同様です。好きなことが同じ人が集まると、そこには自由闊達な集団が誕生します。

本来、無理をして組織などつくらなくても人は好きなことで集団をつくるものです。私の周りには、左官集団などの伝統職人集団や、音楽関係集団、波動を学ぶ集団、またあらゆる分野のオタク集団があります。どの集団も、自然発生的に集まっていてとても自由です。そして同じ目的で集まった人たちは、共感しあい助け合う場ができます。

時代が変わっても、人の本質は変わりません。

暮らしの中で信仰があること好きなことがあることはとても仕合せなことです。私もあまり現代の組織論や集団、外部から評価される信仰や宗教などに惑わされず、好きに遊行を生きていきたいと思います。

ありがとうございます。