日本的精神と真心の実践

日本的精神を引き続き深めていますが、それは日本人の歩んできた古代からの記憶であり今も続いている道です。その道はどこから探り出していくのか。古の日本を研究する学問が、霊元上皇や国学、水戸学などの流れをつくり尊王攘夷を経て今に至ります。

今ではあまり日本の道は何かなど考える学問がありません。私はそれを「かんながらの道」と名付け二十年前から毎日欠かさずブログを綴り続けています。

そしてその日本の道、かんながらの道は、暮らしの中にこそあるとし『暮らしフルネス』というものを発案し実践して今に至ります。

もともと古代の記憶はどこに伝承されているのか、また先人が何を畏れ、何に感謝し、何を次の世代へ伝えようとしたのかは場や暮らしに継承されています。それを甦生し、その心をもう一度受け取り、今の時代にふさわしい営みにすることで道を甦生しながら共に歩み連綿と続く未来の子どもたちや子孫へこの日本人の生き方を譲り渡していこうとする文明実験の一つです。

日本的精神は特別な何かの抽象的な思想を掲げることではなく、日々の暮らしを通していのちのつながりを日々の所作や実践によって内省し改善を続けるものです。あらゆる自然と混然一体になり、祖先が共に自分の心身と共生していることを自覚し、悠久の循環の中に自分と関係するすべてを丸ごと結び、呼吸するように暮らしを投じていくこと。それを徳循環と呼んでいます。

一人一人が、暮らしを調えて徳を磨いていけば自ずから道は現れます。すべてのものや人との関係性を大切にしていくことで日本的精神は研ぎ澄まされていくからです。

かつて古事記や万葉集から本居宣長は、日本人の精神をつかみ取ろうと人生を懸けて洞察しました。そこで「もののあはれ」と「真心」であると発見します。「もののあはれ」とは、物事に触れたとき、その姿や出来事の奥にあるいのちや意味を感じ取り、自然に心が動くことをいいます。あらゆる縁起の中で心が動いたままにいる。私の言葉では、常に直感が働いている状態のことをいいます。

そしてこの感受性の根源の存在を「真心」としました。作為や作り物ではなく、完全に宇宙のまま、あるがままありのままの心の動きです。これは先ほどのもののあはれと一体のものです。

心があらゆる事象に対して微細に動く、あらゆる八百万の神々たちとの関係性の中で変化して無常である。まさにその自然や宇宙の繋がりの中で感受する渾然一体の存在です。それを私は螺旋や法螺貝を通して実践しています。

心のままであることは、日々の暮らしを大切にすることで守っていくことができます。

なぜ私がここまで暮らしにこだわるのかは、それは生き方や在り方、日本人の心を生きるためです。霊峰英彦山から日本人の暮らしを甦生できるよう、お山と一体になった真心の実践を伝承していきたいと思います。

流れと螺旋

中国最古の医書『黄帝内経』には「正氣内に存すれば、邪干すべからず」(体の正しい働きが保たれていれば、病邪は容易に侵入できない)」という言葉があります。そして現代では有名な「未病」(みびょう)という言葉もまたこの『黄帝内経』で初めて使用された言葉です。

そこには「聖人は既病を治すのではなく、未病を治す」とあります。これに対して既病とは、既に症状が出ている状態のことをいいます。未病とはまだ病気が表面に現れていない状態のことをいいます。

現代では、病気は病院が治すもののようになり病気になってからはじめて人は病気を認識します。そして病院もまた病気になってから診療を受ける場所になっています。

本来は病気というものは、生命を支えている循環の何らかの流れが滞り、流れなくなって循環しなくなったことをいいます。

自然治癒を洞察するとそれはすぐに察知できるものです。自然界も同様に、循環や流れが滞ると問題が発生してきます。スムーズに静かに流れていれば、自然も穏やかです。しかしそこに何らかの澱みや流れの滞りが起こればそれが災害となっていきます。

つまり自然は常に「調和」するために流れや循環を已まないようにしているのです。

そして人間の身体もこれを同じです。

人間の身体では、血液やリンパ、呼吸や腸内や神経などあらゆるものが流れています。それが疲れや感情や自立神経の乱れ、食べ物の片寄りや睡眠や運動不足などで流れが滞ってくると病気が表層に出てきます。

誰しもが調和している状態を健康であると知っているのは、この「流れ」というものを自明しているからともいえます。

流れが澱み、滞れば不調和が産まれ調和に戻そうと自己免疫力が働きます。それが自然治癒です。つまり自然治癒というのは、流れを取り戻そうとする根源力のことです。

これは人体だけでなく宇宙も同様の真理で働いています。

場の道場では、薬草をはじめ太陽や月のリズム、そして呼吸法、滝行や坐禅、自然農や発酵などあらゆることを体験を通して場づくりを学びます。これは未病を実践するためです。

つまり未病の場というものは、流れが澱まない場であるということ。言い換えれば、循環しようとするのを邪魔せず、自然の流れになるように調えるということです。

これを私は場づくりの中心に据えています。

そしてその養生法が暮らしフルネスということになります。

氣は風、いのちは水、この風水によって流れ(螺旋)は常に循環するのです。

自然治癒の学びを深めつつ、螺旋の真理を甦生していきたいと思います。

 

大地と徳治

昨日、熊本で大きな地震があり私のいる場所も大きく長く揺れました。東日本大震災の時の揺れを思い出し、あの時、受け取った自然からのメッセージを振り返りました。暮らしフルネスに取り組む今があるのは、あの地震からの声をいただき、初心を忘れないようにしてきたからです。

中国の思想に「天人合一」(天人相関)という思想があります。これは紀元前二世紀、中国・前漢の時代に生きた儒学者の董仲舒(とうちゅうじょ)という人物が人類に投げかけた問いの思想です。

当時の中国では、法律によって国を治める法家、自然に任せる道家など、さまざまな思想が競い合っていました。その中で董仲舒は、「国は力ではなく徳によって治まる」と説きました。その理由は、人間は自然の外側に立つ存在ではなく、天地とともに生きる一つの生命であるとしすべては相関関係と因果によって為ると直観しました。つまり空を流れる雲も、山を吹き抜ける風も、川の流れも、月や太陽の光も、大地の震えも、人間とは無関係に存在するものではなく、同じ宇宙の理によって結ばれていると見立てたのです。

つまり天と人も自然の一部であり分かれているものではない。だからこそ人間社会が私欲によって乱れれば、その歪みは自然との調和を失い、やがて社会全体の苦しみとなって現れると説きました。

そして為政者こそ、自然のメッセージを真摯に受けとり自らを省みる鏡にせよといいました。そしてその政治の実践のことを「徳治」と定義し、まず国を導く者自身が徳を積み、人を敬い、自然を敬い、その姿によって人々を導くことが政治の根本であるとしたのです。それを当時の漢の武帝によって国家の理念として採用され、その思想がのちに日本にも渡来し、聖徳太子の「和をもって貴しとなす」、熊沢蕃山の治山治水、二宮尊徳の「天道に従う」、西郷隆盛の「敬天愛人」など、日本の思想の根底にも、天地を敬い、人を敬い、自らを正すという和の系譜が脈々と受け継がれたといいます。

どんなにお金があっても、便利な文明を築いても、科学技術が発展しても、驕れるもの必ず滅びるものです。平安末期の鴨長明の時代も大地震がありました。そして彼が遺した書物『方丈記』にあるように、大地が震えればこの世に絶対に安全などというものは存在しない、万物は変化して已まないし無常。人間の傲慢さはいつかは必ず天人合一に現れると氣づくのです。

今の世界に響き渡る大地の声は私たちへの偉大な問いかけではないかと感じます。そして為政者こそ災害の時に自らを省み、改心して徳を積み人々の心を治めよと聴こえてきます。

人類全体が謙虚にならなければ、すべてのいのちの幸福はない。

今こそ、徳治覚醒の刻です。

今日は、これから英彦山の宿坊で大地座禅と初心を深め禊をしてご祈祷して過ごします。

今夜の満月の心が、どうか穏やかに人々の内省を調えていただけますように。

お山の再生

英彦山に現存する最古の宿坊、守静坊を甦生してから4年目に入ります。歴史のバトンを受け継ぎ、かつての修験道や山伏たちの暮らしを甦生してきましたがそこには常にお山のお手入れや活用を直観するものばかりでした。

宿坊周辺の倒木の片付け、落ち葉や枯れ木の剪定、側溝の掃除や壊れてくる石積みの修理、また谷の水路の補修や土づくりなど作業は膨大です。特にここ数年、短期間で大量の雨が降るため水の流れが変わり林道なども崩れてきています。人口が多い時は、まだ地域で協力していましたが高齢化と過疎でほとんど山中に人もおらず手入れが進みません。

コツコツと作務をしたり、遊行というお山を歩いて修行する機会や年中行事の集まりで仲間たちや法螺貝の講のみなさんにお手伝いいただき少しずつお山のお手入れをはじめだいぶ調ってきました。現在では、不老園という英彦山に伝承する有名な不老長寿の薬を満月の時に土鍋で煎じてお茶としてお渡ししたり、薬草園の畑でナルコユリなどの仙人の薬を育てたり、柚子の古木と鷹伝説に因んだ鷹の爪なども育て柚子胡椒をつくったりと場も調いはじめています。

そんな中、親しい仲間のご紹介で「大地の再生」の提唱者の矢野智徳さんとお会いするご縁をいただきました。聴福庵にご来庵いただき、特に螺旋や循環、お水や風の原理や思想に意気投合して具体的に再生のご指導いただくことになりました。

矢野智徳さんは、50年前、日光東照宮を観て世界にこのような素晴らしい場所はないと感動し、そこから「生命は流れによって育まれる」という考えのもと、水や空気、土中環境の流れを読み解き、自然本来の循環と回復力を引き出す「大地の再生」を提唱・実践する環境再生士になりました。

人が自然を支配したり作り変えたりするのではなく、自然が本来持つ力が十分に発揮される環境を整えることを大切にし、森や田畑、河川、庭、集落など全国各地で数多くの再生に取り組まれてきました。一般的な重機や大量の資材に頼るのではなく、人力でお手入れし、土地の声に耳を傾け、水脈や風の通り道を回復させることで、自然が自ら甦る環境を育む独自の場づくりで結果を出しておられます。現代ではその活動が映画化され、多くの農家や林業家、造園家、建築関係者、環境再生の実践者に大きな影響を与え続けておられる方です。

私自身も、徳が循環する場づくりに取り組んでいますから改めて「甦生」をお山から学び直せる機会になり大変心強く、また理論も後押しいただくことで仲間たちとも安心して継続実践を楽しんでいくことができるように思います。

今回は、英彦山でまず大地の再生の根源の思想に触れ、現地を調査しながら実地実践を共有するなどを仙人苦楽部として企画します。

日時は2026年8月11日、山の日です。

「甦生」や「再生」、「場づくり」や「循環」、生き方や智慧の伝承に興味のある仲間たちで集中して取り組んでみたいと思います。

よろしくお願いします。

元氣の甦生

元氣というものがあります。これは「氣の元」とも言えます。私たちは空氣を吸っては吐き、息をしていのちを保ちます。呼吸していなければ生きていくことはできません。食べ物がなくなってもしばらく生きられますが、呼吸できなくなれば生きることはできません。

この呼吸は、氣の交換でもあります。私たちのいのちは、いつも交換しながら循環し流れては調和しています。別のいのちと交換しながら全体のいのちを育みます。私たちは全体調和のなかでいのちを生きる、まさに全体と一体になって存在している部分の一つです。

その中心的なものがこの「氣」というものです。この世のすべては空氣で結ばれています。この世のすべてのものは氣を通して呼吸しています。これは無機質のものに至るまで、呼吸しないものはありません。だからこそ、氣がどうなっているのかをよく観察し洞察すれば病気の根源も認知できるものです。

「養生訓」を記した貝原益軒が巻第一「総論上」の中でこう記しています。

「素問に、怒れば気上(のぼ)る。喜べば気緩(ゆる)まる。悲めば気消ゆ。恐るれば気めぐらず。寒ければ気とづ。暑ければ気泄(も)る。驚けば気乱る。労すれば気へる。思へば気結(むすぼ)るといへり。百病は皆気より生ず。病とは気やむ也。故に養生の道は気を調(ととの)るにあり。調るは気を和らぎ、平(たいらか)にする也。凡そ気を養ふ道は、気をへらさざると、ふさがざるにあり。気を和らげ、平らかにすれば、此二つのうれひなし。」

意訳すれば、「中国最古の医学書『黄帝内経・素問』には怒ると、気は上へとのぼる。喜びすぎると、気はゆるみ、締まりを失う。悲しみすぎると、気は消耗する。恐れると、気の巡りが悪くなる。寒さにあたると、気は閉じこもる。暑さにあたると、気は外へ漏れ出る。驚くと、気は乱れる。働きすぎると、気は減ってしまう。あれこれと思い悩みすぎると、気は滞ってしまう。このように、あらゆる病は気の乱れから生じるのである。「病」とは、まさに気が病んだ状態をいう。だから、養生の根本は、氣を調えることにある。「氣を調えるとは、氣を穏やかにし、偏りのない平静な状態に保つことである。」そもそも氣を養う方法は、二つしかない。一つは、氣をむやみに減らさないこと。もう一つは、氣を滞らせないこと。氣が穏やかで、偏りなく、よく巡る状態を保っていれば、この二つの心配はなくなり、病になる原因も少なくなるのである。」と。

ここでの要諦は、病気は氣から起こる。氣を調えていれば病気の心配はない。氣の養生は、二つしかない。氣を滞らせずに循環すること、氣をむやみに減らさない、平氣でいることであると。

氣の持ちようは、健康を司る大きな鍵です。元氣は、いつも元氣であるように暮らしを調えることからはじまります。では元氣な暮らしとは何か、それは孟子の浩然の氣にこそヒントがあるのではないかと私は思います。

『孟子』公孫丑上の中で孟子は弟子との対話でこう言います。

「我善く吾が浩然の氣を養う。」

弟子が「浩然の氣とは何ですか。」と尋ねると、孟子は答えます。

「至大至剛にして、直きをもって養いて害することなければ、天地の間に塞がる。」

これは弟子との問答の中で、浩然の氣は、義を積み重ね、道にかなった生き方を続けることで育つということを諭します。浩然とは、広大で、のびのびと満ちあふれた状態のことをいいます。これは私は「元氣」のことだと定義しています。

つまり元氣でいるというのは、浩然の氣を養うこと。養生とは、この浩然の氣のことです。そして浩然の氣は、直き心、素直さ、義の心、そして徳を積むことで養われるというのです。

暮らしフルネスの実践は、この「元氣の甦生」にこそあります。

畢竟、短い人生の中で何が遺せるか。それは生き方や生きざま、そして実践です。実践を遺せば、後に続くものたちの道になる。徳と氣は表裏一体なのです。

道は元氣の甦生からというのが、私が場道家として場づくりをする理由です。

子どもたちに初心伝承できるように、精進していきたいと思います。

徳の循環

式年遷宮というものがあります。これは20年ごとに社殿を建て替える伝承の取り組みです。今は63回目、次回は2033年に64回目になります。見事に甦生され、いつ拝見しても新しく若々しく瑞々しさが保たれています。まさに永遠の象徴です。

この式年遷宮は、人は変わっても同じ精神・技術・形を何度も新しく活かすという仕組みです。この20年というのが絶妙な期間で、これが100年になれば職人たちも不在になり失われてしまいます。20年に一度というのは、職人の人生であれば3回は立ち会えます。最初の1回目の若い頃は年配のベテランの技術者や宮司はじめ神社関係者に指導されます。2回目、3回目は今度はそれを指導する側として同じことを取り組みます。

いくら同じ精神、技術、形があっても材料も人の環境も気候も価値観もすべて異なります。

それでも永続して初心を守ろうと取り組むところに、甦生の本質があります。

此の世の真理として死なないものは一つもありません。誰もが産まれては老い、死にます。死なない存在はありません。それがこの世の摂理です。だからこそ、人は死なないことを永遠とするのではなく「循環」することを永遠と定義したのでしょう。

循環し続けても、本質は守り続けるという実践。

日本にある老舗はみんなそれを守っています。式年遷宮と同じことをずっと繰り返しているのです。私の友人の会社や寺院も何世代も続いているところがあります。今でも何百年前のままに老舗を経営しています。

時代は廻ります。

たとえば、戦争の時もあれば平和な時もある、あらゆる天災人災に遭います。しかしそうであってもその時々の人が初心を守り本質を維持していたから今でも元氣に若々しく経営を続けています。それはそれぞれの老舗が「循環」を守ってきたからです。そしてこの循環には思いやりが必要で、次世代のためにと生きた先人たちの存在が不可欠です。

それを私は「徳」と呼びます。

徳が循環するというのは、永遠に甦生するという知恵の伝承なのです。

引き続き、人類、および子どもたちが安心して暮らしていける世の中になるように残りの人生も真摯に働いていきたいと思います。

お彼岸への伝承

日本の伝統的な行事に「お彼岸」というものがあります。これはインドや中国にはない日本で発展した仏教行事です。盂蘭盆会はインドからのものです。春分と秋分の間にあるのが彼岸で、夏にあるのが盂蘭盆会です。

そもそもお彼岸とは何でしょうか?

お彼岸の「彼岸(ひがん)」は仏教の言葉で「向こう側の世界」といいます。「あの世」ということですね。それに対して私たちのこの世界は「此岸(しがん)」といい「この世」のことです。

春分には太陽がほぼ真東から昇り、ほぼ真西に沈みます。そしてこれは秋分も同様です。この春分・秋分が日没の方向が一年の中でもっとも明快に「西」を意識することができます。

阿弥陀仏の説く極楽浄土は西の方角にあるといい、「阿弥陀の浄土は西方、十万億の仏土を過ぎたところにある」とされてきました。だからこそ西を向くこと自体が、極楽浄土へ心を向ける行為になっていたのです。

春分と秋分の時期は、太陽が真東から昇り真西に沈みます。その瞬間にあの世とこの世が結ばれると先人たちは実体験で味わったのかもしれません。中庸、バランス、調和、あちらとこちらも渾然一体になった時、そこに天地和合心、極楽浄土が観えたのでしょう。

英彦山の守静坊は、祭壇から玄関に向けて西を向いて建っています。私はいつも宿坊に来ると、夕方はいつも夕陽を眺めてはずっと祈ります。西から差し込んでくる澄み切った金色色の柔らかな太陽の光が「真摯に一日、そして一生を終えるいのちのご供養をしている」ように実感するからです。

輪廻転生、何度も循環し巡りくるいのちの調和は誰が何のために行っているのか。私たちはいのちがある御蔭さまでさまざまな体験ができています。それもまたご先祖様が結んで繋いでくださった一期一会のいのちです。

「在る」ものに眼差しを丁寧に向けてみると、感謝の世界が顕現してきます。

極楽浄土は何処にあるのか、それは感謝の中にこそということかもしれません。

人は朝に太陽を拝み、夕陽に太陽に祈ることで感謝の世界を味わえます。世界のいのち、そして人類が平和でありますようにと感謝でお気楽極楽に真心の暮らしを楽しむ。平和とはいつもかくありたいものです。

今日も、英彦山の守静坊ではご縁のある方々と一緒に先人や先祖を偲び、歴史を学び直してみんなで読経してお香を焚いて、しだれ桜のご神木にしめ縄をはります。

お彼岸の有難さに感謝しながら過ごす一日にしていきたいと思います。

場と道

「場が育つ」という言葉があります。植物や動物をはじめすべてのいのちが育つように、場も育ちます。この「育つ」という言葉の語源は、赤ちゃんが産まれることの会意文字でもあり、日本の古語の「生ひ立つ(おひたつ)」が由来だともいいます。つまり「時間をかけて成熟していく」ということです。

植物であれば、最初に土を定めそこに種を蒔きます。すると新芽が出て花が咲き実をつけては種になります。この自然の循環そのものが時間の成熟です。そしてそのいのちのめぐりそのものの働きを場とも呼びます。

場が育つというのは、自然全体で行われている循環が場に凝縮され顕現するのを実感するということです。

そしてその場の中には、人だけでなく風土や暮らし、そして歴史や文化、伝統や伝承などあらゆるものが有機的に結ばれて離れているものがない状態が繋がっています。その分けられていない、一物全体のような境地を「場」と私は呼んでいます。場は言葉で語れるものではなく、場で感じるものです。

場には道があります。

この道とは、歩んできた道のこと、つまりは時間をかけて成熟してきた道のりのことでもあります。人間は、視野を広げ、意識を高め、宇宙をはじめ全体と結ばれ、心を磨いて徳を調えると「道」の存在に氣づくものです。

道を感じるための入り口には、必ず「場」があります。

そして場を感じるのには兆しがあります。この兆しは、木々が清々しい花として変化したり、風や空気感が変化したり、水が綺麗に澄み渡ったり、光が揺らいだりといった自然現象の変化として顕れます。

人間は理想を抱き、謙虚に先人たちの遺徳を継承し、丁寧に誠実に実践を積み重ねるときに場の種は次世代へと蒔かれていくものです。

子どもたちのためにも、脚下の場を調えるような実践を積みかさねていきたいと思います。

ということで、来週は徳積堂(飯塚市有安)のある鳥羽池(八龍権現池)の桜から場を学び、再来週は守静坊(添田町英彦山)の230年の枝垂れ桜から道を辿ります。

この場と道に、ご縁のある方々のご参加を心から楽しみにしています。

むかしの五穀田

先日、故郷でついに農業委員会の許可を経て正式に農業を営む人になりました。そして2026年3月5日、無事に新しくご縁をいただいた田んぼで初心と覚悟を魂串に載せて綱分八幡宮の宮司様と一緒に「地まつり」を行いました。美しい棚田と霊山関の山を仰ぎ、澄み切った風がお山から吹き下ろされ一期一会の清らかで純粋なお時間を過ごすことができました。

このような素晴らしい風景がある場所の田んぼとご縁をいただけたこと、心から地縁神恩に深く感謝しています。

ちょうどこの場所は今から5年前に江戸時代の古民家を甦生した「和楽」(わら)があります。懐かしい未来の和の暮らしを実践する暮らしフルネス道場の一つです。この歴史を生きる古民家和楽とその庭先にある田んぼがきっと子どもたちの未来に確かな徳を智慧を伝承してくれることと信じみんなで予祝をしました。

5月の田植えころには、徳が循環する結づくりのコミュニティの仲間や縁者の皆様といにしえから続く音や楽、そして食や幸福を感じる神事を実施する予定にしています。

思い返せば、私が無肥料無農薬のお米づくりをはじめたのは2011年の東日本大震災の時です。もうすぐ3月11日、いつまでも大切なことを決して忘れない日と決めているこの日が近づいてきました。あの震災を私は東京で被災し、多くの犠牲者がでて天災と人災の違い、悲しみから犠牲者の追悼をしました。今でもあの体験を、あのメッセージを受け取った一人として忘れないぞという覚悟で田んぼに向き合ってきました。

そこから千葉県神崎にある神崎神社の麓にある田んぼをお借りして14年間無肥料無農薬でお米づくりを自然酒の寺田本家の酒米をつくっていた見事な農家さんと共に歩んできました。そして昨年、福岡県朝倉にある大己貴神社の麓にある田んぼをお借りしそこで仲間たちにお声がけして一緒に無肥料無農薬で手植え手刈り稲架かけでお米をつくりました。そしていよいよ本年から福岡県飯塚市(旧庄内町)にて田んぼを取得しこれまでの集大成としてこの場を天命と定めました。

田んぼの命名は「むかしの五穀田」としました。

これはこの地域の氏神様が五穀神社であることからです。

この五穀は古来、日本の食文化の根幹をなし、米を中心に麦・粟・豆・黍(稗)などが挙げられました。日本人の精神の真髄その根源には常に『五穀豊穣を祈る』文化があります。

むかしとは、懐かしい心の風景のことをいいます。

古代より今まで私たちは生きるために食べてきました。食べるというのは、ただ食事をすることをいいません。共に仕合せに生きるために、共につくり、共に生き、共に助け合い、共に笑い合い、共に暮らす、共生と幸福の原点をいいます。

むかしから変わらないもの、変えてはならないもの、それを守ることが、子孫やこの地球の人々の過去と未来と今を見守ることにもなります。

世界が渾沌として戦争前夜のような重苦しい空気の中であっても、どう生きるか、どういう生きざまをするかは自分で決めることができます。

日本には「和合」という言葉があり、「和楽」という生き方もあります。

和をもって尊しとなすといった、聖徳太子、そして和の系譜を生きた尊敬する先人たちの先達者たち。その方々に恥じない生き方ができるようにこれから私も人事を盡して天命を喜ばせていきたいと思います。

これから「むかしの五穀田」を甦生して日子山を中心とする大和のクニから続く願いと祈りをしめ縄のように結っていきます。

皆様のご参加、賛同を心から楽しみにお待ちしています。

 

お水への感謝

浮羽の老舗兵四郎のお披露目会で古民家甦生の報告をすることができました。思えば、2年半の間、お水に見守られた有難いご縁になりました。浮羽は、大雪で吹雪いており時時に美しい太陽の清々しい光が舞い降り場を照らしてくれました。

今回の甦生で一番思い出に残っているシーンは、井戸掘りだったのは間違いありません。1年半もかけて、ずっとお水が甦生するように祈り、何度も井戸に入り、井戸に祈り、井戸を掘る職人と一緒に誠実に盡しました。最初は、井戸のあった場所が見つからず、周辺を何度も数メートルほどみんなで掘りましたが出てこず、諦めた頃にむかしの井戸であっただろう掘り穴が出てきました。またその井戸が空気抜きがされていないこともわかり、苦しかったであろうことも感じご供養祈祷をしました。

そこから砂や土を取り出し18メートルほど掘っているとお水が湧きました。そのお水が透明で美しく、顔を洗い口に入れるとその清らかさに感動して泣いていました。これだけ長い時間をかけて井戸を掘った理由は、井戸職人さんの体調をはじめ、道具を集めたり、無理せずに日を選んだり、定期的にご祈祷をして穏やかに取り組むようにしたこともあります。

井戸を掘っている間は、常にお酒やお塩、法螺貝を吹いては事故や怪我がないように祈り続けました。不思議なことに、一番奥ふかい場所から一つの勾玉のような石が出てきて台座もありました。誰かが井戸を埋める前に、安置したのではないかとし今でもその石と台座を大切にお祀りしています。

また井戸検査も見事な結果で、もちろん飲用もでき水質は近隣の名選百水の清水湧水に勝るとも劣らないほどです。

お水は調理や生活するには十分なほどの水量もあり、これから老舗兵四郎の店舗で用いられます。お水がまた流れはじめ、暮らしの中で循環すると思うと感無量で言葉にできません。

私たちはお水があってこそ生きていくことができます。

あまりにも身近にありすぎて、感謝をする機会も減っているように思います。しかし私は有難いことに井戸を掘る機会に恵まれたことでお水が湧きでることの本当の有難さを學ぶご縁をいただいてきました。

此の世のどのようなものよりもお水が尊い存在であることも井戸が教えてくれました。

昨日は、井戸の蓋を開けありがとうございますと話しかけました。清らかにあがってくる空気を感じながら、お酒を法螺貝に汲んで井戸と酌み交わしました。波動や鳴動で振動を揺らすと、余韻が場の全体に響き渡ります。

甦生したお水と古民家が、子どもたちの未来に向けて徳を発揮し、豊かさや喜びが場に満ちることを信じて蓋を閉じました。

一期一会の井戸とのご縁に深く深く感謝しています。

ありがとうございました。