天神様の生き方~和魂円満~

来月の天神祭にあわせて準備を進めていますが、改めて菅原道真公の遺徳を感じることばかりです。もう1100年以上前の人物が、今も大切に祀られ子孫である私たちを見守ってくださっているだけですごいことですが、至誠の神だけでなく、雪冤の神、正直の神、文學の神、書道の神、相撲の神としてあらゆる分野で先祖たちは畏敬の念をもって接してきました。

また「和魂漢才」といって、日本固有の精神をもって外国から伝来した学問を活用する模範となった方でもあります。

人生としてはたったの57年ほどのもので、その最後は冤罪によって大宰府に送られましたが真心が天に通じてその後に人々に至誠を盡すことが大切であることを生き方で伝道された方でもあります。

その切り拓かれた道を、後世の人たちがその時代時代に続いてきたからこそ今もその恩徳や霊験が大切に信仰として遺っているように思います。

江戸時代の復古神道の大成者の平田篤胤が記した「天満宮御伝記」というものがあります。道徳の規範として、菅原道真公の生き様、またどのような恩恵があるかについて記されます。

「仰天満宮世に在ませるときは、第一に神を尊び御二親に御孝行にましまし、君にはよく忠義を盡し給い、もの読み手跡を好み給ひ、御心正しく直に坐ませる故に、神となりても世人の忠孝の道を守らず正直ならざる者は悪み給ひ、読み書きをきらふ物をば恵み給はねば、能能親の示し、師匠の教えを忘れず守り、主に事へては大切に勤め心を正直に持ちて偽はる事なく、読書手習ひに精出して、天満宮の御心に叶ふやうに心を持つべし、もし此事を守らざれば、天満宮の御罰蒙りて遂には禍を受べし」

とあります。

何を大切にすることを天満宮が示したか、どのような生き方をすることが学問の意味であるか、千年を超える信仰の中に私たちはこの教えにより繁栄を続けてきたことを実感します。

小さな島国において、和魂を盡しつつその才を活かし伸ばすということが風土が顕現した学問の原点です。

私は「和魂円満」という言葉を用いますが、この円満は天満と同じ意味になります。八百万のものを受け容れながらそのものを丸ごと活かす境地こそ、学問がある高みに達してその学問を大成した証になるように私は思います。

天神様の教えが、如何に幸福な生き方を私たちに伝承されてきたか。日本人が今の日本人になるために偉大な師匠であったことを改めて実感します。生き方や生き様な燦然と輝く天満宮を、古民家甦生信仰の柱にしたいと思います。

風土の民

私たちは少し前の常識を歴史として認識するものです。少し前の時代に、新しい基準を設けそれを3代ほど繰り返せばそれが新しい常識になります。歴史や伝統もまた、新しい基準に合わせて変わればそれが繰り返されるうちに当たり前になるのです。たとえそれが二千年続いたものであっても、ものの数十年で違うものに変えてしまうことができます。それが歴史の姿です。

有名なものに暦の改暦というものがあります。日本も約140年前にそれまで800年以上続いていた旧暦をあっという間にグレゴリオ暦に変えてしまいました。現代ではほとんど新暦が当たり前になり、旧暦の存在すらも忘れ去られています。

季節の移り変わりや、潮の満ち引き、そういうものを一切無視してはそれまでの自然や伝統、暮らしに合わせて先祖が築き上げたものはなかったことにして世界の基準に無理やり合わせようとする。欧米から入ってきたカレンダーをみては季節感もなく、農や暮らしとも関わりがなく、ただそのスケジュール通りに生きていくのが生きることになればそれまで続いてきた自然と共生する智慧の暮らしが失われるのは自明の理です。

本来は変えてみてよくないと気づいたならすぐに原点回帰するというのが歴史の学問ですが、なし崩し的に伝統が消えてなくなってしまったらどこが原点かもわからなくなってしまいます。

グローバル化の中で、本来の変えてはならないものと変えていくものの違いがその時々の責任ある伝承者たちによって正しく継承されなければ文化はその時から次第に失われていくのではないかとも私は思います。

風土というものは、私たちにとっては切っても切り離せないものです。

地球のどの位置にいるか、その場によって気候も環境もそして暮らしも全く異なるからです。先祖たちは何千年もかけてその風土を学び、その風土に適応し、その風土と一体になって暮らしを創造してきました。

その暮らしの伝承があってこそ、私たちはその風土の民となります。

風土の民は、それぞれに独自の文化や信仰を発展させその風土の持つ魅力や価値、その風土から学んだ智慧を人類の未来に託してきました。その智慧は何のためにあるのかといえば、人類を存続するために必要だったのです。

それが急速に失われていくということは、人類が生き残る可能性も急速に失われていくということを意味します。

何千年もかけてきたことが、ものの数十年で消えてしまうという真実を私たちは本気で畏れなければなりません。もう一度、やり直せといわれても遺っていなければ最初からやり直しでまた数千年の歳月を実験していかなければならないのです。

なぜ生き残るためにこれを選んだかは、それが先祖たちが唯一学んだ人類存続の方法であったからです。

知識や情報は増えましたが、それはどれもあくまで短期的な利益をみれば効果はあります。しかし永続的なものや長期的なものを考えたときの利益はほとんど効果がないものです。

だからこそ風土の民として責任を果たすためにも、先祖を学び、先祖が暮らしてきたものを子孫へ伝承する使命とが今を生きる私たちにはあると思います。

引き続き子ども第一義を貫き、分度を守り、風土を推譲していきたいと思います。

 

風土

私たちはそれぞれに住んでいる国の風土があります。その多様な風土の中でそれぞれの文化が発生し、その文化によってその国の人々の暮らしの個性が出てきます。

世界には風土の数と同等数の多様な民族や暮らしがあり、それを継続して発展させて文化にまで昇華したものが伝統というカタチになって遺っているのです。

現在は、世界の国々でもともとあった風土とは異なる文化をそのまま移設しようと試みられていますがそのことによりその風土にあった「場」が失われてきています。同時に、場が失われれば文化もまた減退していきますから民族の個性や暮らしも失われていきます。伝統が消えていくというのは、その国の風土や文化が消失していくということに他なりません。

伝統文化において大切なのは、場と間です。

どのような風土の中で、どのような経過を辿ってきたか、それが混然一体となって和が産まれます。

日本には産霊や結びといった、あらゆるものが混ざり合い産まれる和という信仰があります。これは風土が他を排斥せず否定せず、お互いを尊重し合って一つのものになるということです。

これは日本の風土が、小さな島国の中であらゆる多様な気候の変化を受け容れることにもよります。こんなに小さな場所でも、この日本は非常に複雑で新鮮な風土環境を持っています。それは台風や地震、火山やあらゆる自然の猛威を潜り抜けている場所ともいえることでもわかります。

私たちはこの場に住んでいますが、今こそこの場を改めて見つめ直して学び直し、価値を再構築し再発見をする必要があるように思っています。

なぜなら世界は今、大きな岐路に立たされておりこの先の未来のためにも自分たちがどのように伝統を守りそれぞれの個性を互いに尊重して一和していくかが問われているからです。

風土を無視して同じ色に塗り替えるということが世界が一つになることではありません。多様な風土があるように多様な民族や伝統文化、暮らしがあってそれを尊重し合いながら生きていくことが人類の役割だと私は思います。

地球上で生きるすべての生き物やいのちたちを追い払って自分たちだけになって果たしてその世界は楽しく豊かな場になっているのでしょうか。閑散としたビル群の中での生活は確かに便利で楽でしょうがお金を使うことばかりに創られた都市の中で本当の仕合せはないと私は思います。

あの美しい自然が私たちの心を癒すように、何が本来の姿だったか、懐かしいものを現代に伝承していくことも今の世代の責任だと私は思います。

引き続きこの先に地球に生まれる子どもたちのためにも、風土のあるべきようを究め直し、風土を活かした志事を実現させて和の甦生を実践していきたいと思います。

視野と関心

物事には視野というものがあります。

この視野とは何かといえば、自分がどれくらい関心を持っているかということです。

人間は結局は、どれくらいの視野で物事を見てそして優先順位を決めているかで自分の活かし方もまた変化してきます。世界の広さで物事を観て、今日の一日を過ごす人と自分の視野だけで物事を観て一日を過ごす人ではその一生の活動においてその質が異なるのは明白です。

この視野を高めるために必要なのは、すべてのことを自分のことのように置き換えることで高まっていくように私は思います。自分のことにしか関心がなく、他のことを他人事のように考える人は視野が狭い人です。

視野の寛い人は、思いやりが深く配慮があり、常に世界に関心を持っています。狭い自分の価値観や自分だけの人生だけで自分をいっぱいにすることはなく、常に自分の周囲だけではなくその先にある子どもたちやその後に続くであろう人々に心を運んでいきます。

自他一体に、相手のことを自分のことのように思えるのは視野がある境地に達しているともいえます。例えば、相手に起きることは実は自分のことではないか、このご縁は自分が体験させていただきながら誰かのお役に立つためのものではないか、今起きているすべては必然ではないか、この人の問題は私の問題で会社の問題は自分の問題ではないかとすべてを同一にまで高めることができる人は視野を持てるようになっているともいえます。

視野という言葉と共に視座というものもあります。

これは相手がどの高さで物事を観ているかを知るということです。人は視野が高くなると同時に視座も高くなってきます。問題意識が高い人は視座が高い人だとも言えます。人は自分の高さで物事を見てもそれは問題意識の高い人の視点の高さで観ることができません。

自分の視座を高めるためには、相手の物事の観る視座を持たなければ対話をすることもできません。例えば、国家であれば首相の問題意識で物事を見る人、会社であれば社長の問題意識で物事を見る人、それで視野も視座も異なります。

全体を観るというのは、物事をどの高さで捉えているか、物事をどの視点で考えているか、物事をどの境地で観ているかということに由ります。

だからこそ常に相手の話を聞くときに、自分の視野や視点にだけ囚われるのではなく常に相手の立場に立って自分事としてとらえることで視野は寛がり、視座も高まるように私は思います。

松下幸之助氏の言葉に、「視野の狭い人は、我が身を処する道を誤るだけでなく、人にも迷惑をかける。」という言葉があります。常に自分本位、自分の視点だけで周りを見ないという自分勝手なことをしていてはいつまでも視野は変わりません。

だからこそ常に相手の立場で物事を考える実践や、常に相手が自分だったらと思いやることで視野を切り替える訓練を通して人は成長していけるように思います。

自分の思っている以上のことがその物事にはある、そして自分はわからないことがきっとあると自分の慢心を戒め、常に自分の視野が曇らないようにしていくことが最初の取り組みのように私は思います。

自分本位自分勝手な視野は、すべてを狭くします。関心とは心の関わりと書きますが、心がつながっていくことで視野は大きくなっていきます。常に心を開いて心からかかわっていきたいと思います。

 

 

成長の本質

「習熟」という言葉があります。

辞書によれば「ある物事に慣れて十分に会得(えとく)すること。」と書かれます。類語には、「習得する 、 身に付く 、体得する 、 自分のものとする 、覚える 、我が物とする 、マスターする 、 修得する 、 肌でつかむ 、心得る 、 極める、磨きぬく、鍛錬する、錬磨する、熟達する」などがあります。。

この習熟は、パッと言葉で教えてわかったからと簡単にできるものではなく長い時間をかけて繰り返し繰り返し続けていく練習の中で身についていくということがここからわかります。

自分のことを思い出せば様々な智慧はどうやって身についてきたかと思うと、根気強く一つのことを求め続けていく中で何回も失敗を繰り返し改善を続けていくなかであるとき、コツを掴みできるようになりました。

そのためにはいつできるようになるのかがわからなくても、諦めずに求め続け高め続けていく中である瞬間に臨界期を超えて脱皮して新しい自分に生まれ変わるという体験が必要です。

この脱皮して生まれ変わるというのが、習熟であり発達したということです。その間は、なぜこんなにうまくいかないのか、なぜわからないのかと、どうすればできるのかと日々に煩悶しますがそれでも強く変わりたいと願い、挑戦し続けて取り組んでいく中で気が付いたときには変わっていくものです。

脱皮したり変化したりするのがうまい人は、好奇心が旺盛でなんでも楽しくやっているうちに変化していきます。あまりマジメ過ぎると、そのこと自体が楽しくなくなり、つらくなりさらには焦りや臆病風が吹いてきては怖くて新しいことに飛び込んでいく勇気がでないままに動けなくなりいつまでも変わらないこともあります。

だからこそ、変わるためにはもっと大らかに明るく楽しく求めていく必要があるように思います。それは道を究めようとする心であったり、やっていることの意味に気づき、その深さや面白さを味わったり、達人や熟達した人たちにその体験談やヒントを聴いてそれを試してみたり、また仲間や友人と共に現状を語り合いながら苦労や感想を分かち合ったりと、「創意工夫」をしながらやっていくとより脱皮しやすいように思います。

変わらないからと焦ってみても、自分を責めるばかりで周りのせいにしてはかえって変わることができなくなります。

どうせある日あるときに突然に気が付くとできるようになっているようなものが「成長の本質」であり、それが習熟するということですから日々はいろいろとやり方を工夫してみてその工夫の妙を味わっていくような気持でネアカに快活に歩んでいく方がいいように思います。

諺に「好きこそものの上手なれ」とありますが、まさにこれは先人が語る習熟するための至宝の妙法かもしれません。どうやってそのものを心から大好きになっていくか、そこが脱皮の最大のヒントのようにも思います。これはあるものを磨いてそのものに深々と愛着をもっていくことに似ています。

引き続き、様々な実践を楽しみ味わいながらその一つ一つがあるとき習熟してわかりできるようになる日を心持にしながらご縁を結び、日々の磨き直しを楽しんで取り組んでいきたいと思います。

 

社会の伝承

時代の変遷と共に子どもたちの取り巻く環境は変化してきています。戦後のベビーブームで急速に人口が増えていった多子社会の時の環境と、今のように高齢化少子社会の時では子どもたちが置かれた状況は一変しています。

私のまだ幼いころは、周囲には常に子どもがいて学校にも大勢の子どもたちがひしめくように狭い遊び場を取り合っていました。今では子どもの数が減り、空き教室なども増えています。それに近所にはたくさんの子どもがいて、ちょっと道を歩けば友達に会えましたが今では遠方に住んでいる友達ばかりで簡単には会えません。

都会では、田舎から人が集まってきますから人口はそんなに変わっていませんが子どもは昔と違って危ないからとほとんどが親の目の届く家の中で遊ぶか近所の公園や学童などの施設内で遊んでいます。

子どもが減って大人と子どもの関係ばかりが強くなると、子ども同士の関係は薄まってきます。しかし自分の幼いころのことを思い出すと、大人から過保護過干渉の縦の関係よりも子ども同士の横の関係で学んだことの方が多かったことを思い出します。

子どもたち同士で学ぶことは、そのまま実社会で役立つことばかりでそれを子どもながらに試行錯誤しそのころの友達と様々な遊びの中で智慧を培っていきました。子どもが子ども同士で学ぶのは社会を創る実験でもありました。その子どもたちが想像した社会実験が大人なってからの実社会になるのです。

子どもたちにとっては今の大人たちの社会が模範となって自分たちの社会を創造していきますから今の大人たちがどのような社会を育てていくかはとても大切なことのように思います。

大人たちが協力し合い、仲良く助け合う社会をみては子どもたちも同様にそのような社会を子ども同士で築き上げていきます。しかし反対に、競争や歪んだ個人主義の姿をみせばそれも真似をしていじめやひきこもりなどにつながっていくこともあります。社會は即、子どもたちの発達や成長に影響を与えます。

だからこそどのような社会を子どもたちに譲り遺していこうかと考えることは、人類にとっての教育のあるべき姿を追求する世界共通の課題であり、時代が変わっても子どもたちがどのような社会を望んでいるかは、常に私たちは子どもの今の姿から学び直す必要も感じます。

今の大人たちの社会を押し付けるのではなく、子どもたちが創ろうとしている社会をどのように信じて見守るかは現代の世代を担う責任であり、人類のための尊い使命のようにも思います。

引き続き、子どもの環境が変化していく中でも変わるものと変わらないものを見極め、子ども第一義の理念を実践していきたいと思います。

土の甦生

先日、古民家甦生で壊れた漆喰の壁を伝統工法で修復する作業がありました。糊も昔ながらの技法で海藻をコトコトと煮込み、漆喰を調合して壁面に塗り込んでいきます。

左官職人はまるで自由に滑らかに縦横無尽に鏝を使い繊細で緻密な作業を流れるように進めていきます。土づくりから参加してみてみると、下準備にかかる手間暇は膨大で最後の仕上げしか想像していなかった私には学び直すことばかりでした。

下準備や段取り次第では、仕上げの塗りができなくなることもあり、下塗りや中塗り、そして上塗りとコツコツと丁寧に壁を整えていきます。特に土の調合では、納得いくまで丁寧に何回もイメージしたものを混ぜ合わせていきます。

土は自然物ですから、その時々の気候や湿度、温度によって土の状況も異なります。その土と向き合い、その時々の環境の変化に合わせて微妙に調整をする、まさに職人技のなせるとことです。

今回は私も左官職人の指導で漆喰塗りを体験してみましたが、幼いころに遊んだ土遊びのことを思い出しました。幼いころは、川や水辺、田んぼの周辺で土を混ぜては様々な造形物を創りました。泥団子やダム、トンネルや、お城や動物など、想像したものを手で捏ねては塗り固めて遊びました。

あの頃のワクワクしたことを思い出し、土の存在を最初に身近に感じた頃の懐かしい記憶を思い出しました。土は、縄文時代以前からずっと私たちの身近にあって私たちの暮らしを支えてきたものです。

半永久的になくならず、そして甦生を繰り返して利用できる循環型の素材として土は永続的に家を保つのに活用されます。聴福庵の床の間や漆喰の壁の土もそこにあったものを剥ぎ取り、また混ぜ合わせて再利用されました。

どのような土で生きて、どのような土と共に歩んでいくか、土はその場所を動かないからこそ私たちはその土から生き方を学ぶようにも思います。

これから土は瓦の土と、茶室の土が入ってきます。特に茶室のものは、自然農で手塩にかけて育てて見守ってきた発酵した田んぼの土を使ってこれから左官職人と一緒に創りこんでみる予定です。

日本の伝統文化と職人の伝統芸術を遊びながら土の甦生を味わっていきたいと思います。

似て非なるもの

古いものを磨いて新しくするのと、新しいもので古いものをつくるのとではその内容も中身も異なります。例えば、私は古民家甦生という言い方をしますがこれは単に古民家風にすればいいのではなく昔からあるものを大切に活かしつつ、それを捨てるのではなく磨き直して手入れ修繕をし暮らしに活かすということです。

先日も、古民家風のレストランや古民家風居酒屋、古民家風町家にいきましたがこれは古民家ではなく、あくまで古民家風です。この古民家風というのは、建物や外観、見た目は古民家そのものですが使っているものはほとんどが新品で、現代のものばかりで構成されます。

例えば、レトロ調やアンティーク調はレトロやアンティークとは異なるのはすぐにわかります。見た目を誤魔化す技術は本物そっくりにしますから、歳月を待たなくてもまるであるかのような塗料やプリント技術で似せてきます。それだけ今は見た目のところを取り繕う技術が発展しているのです。

しかし似て非なるものという言葉もありますが、本物と本物風は同じではなくそれは佇まいに顕れるものです。古民家甦生は暮らしの実践が欠かせませんから、その手間ひまや修繕、手入れ、磨きによって空間に民家の醍醐味が入ってきます。結果しかみない世の中になってきていますが、そのプロセスにどれだけ精魂を込めているかは空間の中に積み重ねられていくのです。

見た目では誤魔化せないというのが、実践であり実績です。どれだけの歳月を磨き上げてきたか、どれだけの経過を改善し続けてきたか、それが見た目にも顕れるときそれが本物になります。

安く早く簡単便利にという価値観が横行すると、見た目だけ誤魔化せばいい技術が蔓延しますがメッキは剝がれますから結局誤魔化し続ける努力をしなければならなくなります。そうであるのなら、素材を本物にしそれを磨き続ける努力の方がやっていて楽しいものですし、何より自分自身が成長していく実感も味わるように私は思います。

古民家甦生はどれも地味なことばかりですが、それを継続していくことで本物の薫りを醸成していきます。

引き続き子どもたちのため、郷里への恩返しのために一つ一つ丁寧に実践を積み重ねていきたいとおもいます。

 

古井戸の甦生

昨日より、いよいよ古民家の古井戸の甦生をはじめました。もうずいぶん長く使用されていなかった井戸を、手掘りで再生をはじめたのですが慣れない仕事で体中が筋肉痛です。

井戸掘りのプロの方に見ていただき色々と調べてみると、大体6メートル近くはあるらしく今は1メートル半くらいは掘ったのでこれから残りの分を少しずつ掘っていく予定です。

手掘りで井戸掘りのことを伝えると、近所の方や知り合いが懐かしいと見に来てくださいました。昔はみんな井戸水を使っていたこと、日々の暮らしの根元には井戸があったこと、近所の酒蔵や醤油さんはその水でお酒や醤油をつくっていたことなどをお話していただきました。

夏はとても冷たく、冬は温かい、大体年中平均が16度前後の美味しい水が出るといわれ水が出てくる日が楽しみになりました。

昔の日本人は、自然の中に精霊のようないのちがあることを見出し、八百万の神々といってすべてのものに畏敬の念を持ち祈りを奉げお祀りしてきました。家の中には、厨房のおくどさんには三宝荒神さまがいて、トイレには烏枢沙摩明王さまがいて、井戸には水神さまがおられるとして大切に清浄にされてきました。

今では見えないものは信じられず、見えないものを語るとオカルトや宗教や頭がおかしいなどと中傷されますが古来の先祖は見えないものが観えたかのようにそこにあるものとして様々な祈りを奉げてきたのがわかります。

私たちの暮らしを支え見守る火や水、風、土、木や石、月や炭などもそこに確かに精霊やいのちが宿っていていつもその御力をお貸ししていただき私たちが生活していけることができているという感謝の念を忘れることはありませんでした。

今では簡単に火も水も風も、そういうものを自由自在に使えるように科学が発展しましたが技術だけで生み出したいのちの入っていないものに精霊やいのち感じることはできなくなってきたのかもしれません。

炭で熾す火とガスで簡単に出てくる火、井戸の中にある水と、蛇口をひねるとすぐにでてくる水に精霊やいのちをどちらがあると感じられるかは触れてみれば一目瞭然です。

人類が自然を破壊し大きな岐路に立たされているときだからこそ、どのように生きるか、いままでどのような心構えで生き永らえてきたのか、先祖の智慧を頼る必要があると私は思います。

最後に、外の猛暑とは一変してひんやり別空間の掘り進める井戸の中から真上を見上げると、青空が見えそれをのぞき込む仲間たちの笑顔が観えました。その光景にかつての井戸端会議なども井戸の中に響いたのではないかとも思い、生活や暮らしを土の中からお母さんのように見守る存在として水の神様があったのではないかとも空想しました。これはまさに土と水の調和の上に家が立つという教えだったのかもしれません。

有難い井戸や水神さまの存在に感謝しながら心を籠めて丁寧に掘り進めていきたいと思います。

 

 

伝統と伝承

先日、伝統工芸の職人の方々のお話をお聴きする中で考えることがありました。それは「伝える」ということの意味についてです。

一般的にいくら良いものだとわかっていてもそれを伝える力がなければ相手には伝わりません。それに伝統だと、師弟関係があったにせよそれがお互いに伝承できなければそれはのちに遺ってきません。この「伝」の意味はまさに今、私たちが課題になっているところです。

もともとこの伝の旧字体は「傳」です。 「人」+「專」の形声文字から成り立ちます。これは 「横から見た人の象形」と「糸巻き の象形」と「右手の象形」を表し、 その糸巻きをぐるぐる回しながら人から人へと何かを「つたえる」という意味を指します。

この「伝える」という取り組みは、人類にとってとても大きな意義があることです。長い時間をかけて人類を存続させ、子孫への繁栄を発展を約束するためにも「伝える」ことはその世代を経験して達したものの使命になっているようにも思います。

しかしこれが伝わらなくなれば、自ずからそこでそれは消滅するのです。如何に伝えるということが大切か、如何に伝わるということが大事かということです。そしてそれがいつまでも永遠につながっていくこと、それを伝統というのでしょう。

この伝統技術は、単に文字や言葉で教えて伝わるものではありません。伝わるには、真摯に伝える側が伝わる側に伝わるように真心を籠めて伝えなければなりません。そして伝えられる側も、真心を籠めて素直に耳を傾け、心から伝わるように全身全霊で受け取らなければなりません。

以心伝心とも言いますが、心が伝わりあうことではじめて伝承はなるからです。自分のことばかりを考える人ではこれはならず、お互いに思いやりと真心をもって心で一つのことに結び合うときその糸は連綿といつまでも続いていくようにも思います。

伝統を守るというのは、何をもって伝統を守るというのか、今一度考え直す必要があるように私は思います。

簡単には伝わらないからこそ、伝わったときの仕合せは感謝に満ちるものです。心がつながるとき、大事な理念が伝わりつながっていくとき、心は一つになります。心が一つになれば、その伝統は結ばれいつまでも時代を超えて生き続けていくのです。

改めて子どもたちの未来に今の自分が何を伝えていくことができるだろうか、もう一度自問自答し学び直していきたいと思います。