お山の食文化

昨日は、守静坊で山椒の葉を収穫し山椒味噌を拵えました。もともと山の暮らしの中で山椒はとても大切な役目を果たして来たように思います。

この時季は新芽が出てきます。その木の芽は冬の間に溜め込んだ毒素を排出したり、不安定な氣脈を調え、身体を整え、感覚を開き、場を清めてきました。

特に山椒の葉に含まれる代表的な成分は、サンショオールやリモネン、シトロネラールなどの芳香成分が有名です。あの独特の痺れる刺激と、青く透き通るような香りをかげばすぐに誰でも山椒とわかります。食べると身体の内側に熱が巡るように感じるのは、そのためです。昔から山椒が、冷えや胃腸の弱りに良いとされてきたのも、この刺激作用によるところが大きいとされました。また香りそのものも自律神経を整え、気分を軽くし、心身の緊張をゆるめたといいます。

また山椒の葉には抗菌・防腐作用もあり精油成分には細菌やカビの増殖を抑える力もあります。よくお山の信仰が息づいている場所で今でも山椒味噌やちりめん山椒などが古くから作られてきた背景にはお山の保存食として山伏たちが大切にしてきたという歴史もあります。

山伏たちは山へ入り、滝に打たれ、断食し、自然の中で身体と精神を鍛えます。の修行を支えたのが、味噌や山椒、木の実、山菜などの山の食でした。冬から春といった季節の変化に対して、季節のリズムを取り入れるのに食はとても大切な役割を果たしてきました。

お山の暮らしを甦生するのに、この食文化の伝承は避けては通れません。なくなってからでも新たに場を清め調えて甦生すれば文化は再編集できるのです。英彦山に根付くお山の食を一つ一つお手入れし甦生していきたいと思います。

文明の甦生

人間が人間として育ち合うためにそれぞれの文明には文化がありました。これを私は「暮らし」と定義し、今は「場」と呼びます。私が取り組んでいる場の道場は、暮らしフルネスの実践道場ですがこれは徳が循環するような暮らしを通してお互いが育ち合う場をつくるための文明の甦生モデルを実現しようとするものです。

現代の日本は西洋文明に偏っていて、消費経済や気候変動、環境問題などを中心に文明の甦生をしようとしています。しかし、実際の太古からある文明の根源は人間性の回復、別の言い方では徳を醸成し続ける智慧こそ文明の甦生であるように私は思います。

その証拠に、日本でも普遍的な生き方をどの時代でも貫いてきた無名の暮らしの伝承や場がたくさん残っていました。しかし現代は、その暮らしや場も、歪んだ個人主義によって崩壊が進んでいます。現代は、個人最適や特定の権力者や国家最適を優先するあまり全体最適や全体快適ではなくなってきました。

そもそも自然は常に全体快適を目指します。気候変動の問題ではなく、環境問題でもなりません。自然は常に自浄作用を通して全体快適を行います。自然が問題ではなく、当然、人間の暮らし方が問題だということに気づかなくてはなりません。

また経済も然りです。本来の経済は、徳によって循環するものでした。今は、損か得か取れれば取れるほどすべてといった様相で搾取して貯蔵しています。金融の世界などは、地球の全資源の数倍の量のお金の取引をしています。

人間を中心にした社会実験をしているのを文明と定義してみたとすると、現代の人間の中心の在り方は破綻しているのがよくわかります。だとしたら文明の甦生とは何か、それが人間性の回復ということになるのです。

文明の甦生は、場からは始まります。

小さな場が増えていくことで文明は甦生していくのです。これは歴史を鑑みれば明らかです。政治や政府などの権力者の流行とは別に、不易としての人類としての役割があります。

引き続き、どのような場があれば文明が甦生するのかの実践を整理していきいたいと思います。

運と変

人生には運というもものがあります。そして運には兆しがあります。この兆しが観えるというのは、流れを観ているともいえます。流れこそが兆しということです。

「運」という字の語源の意味は、もともと「雲」の変化から生まれ物事の流れや巡り合わせを表す意味を持つ漢字だといわれます。

空の雲は悠然と変化を已みません。顕れては消え、またあらゆる姿に変化します。これは天候と結んでいます。そしてその雲の正体は水です。水もまた循環を已まず、あらゆる姿に変化します。大地に降り注ぎ、そして水はあらゆるものと和合して変化していきます。

変化をしないものは一切存在しないというのがこの宇宙、そして私たちのいのちの正体ということでしょう。つまり時も場も人もすべて運動を已まないということです。

生死が繰り返されるように、それもまた変化です。

私たちは変化を忘れるのは、流れを忘れてしまうからです。一つのカタチに固定された意識や思い込みが変化を勘違いさせていきます。だからこそ謙虚でなければ変化を澄んだ心で感じ続けることができなくなります。

変化を観る人は、運を観る人です。そして運がいい人というのは、変がいい人ということにもなるのではないかと私は思います。

変は常に流れています。まるで偉大な物語がつらつらと結ばれて綴られるように変化は記録され記憶されていきます。仏陀は、因果応報ともいいました。これも流れを観ている意識です。

人生はそれぞれに変化の中に和合して自分の旅を歩みます。

時には嵐があり、大雨があり晴天があり静寂と出会います。それもまた運です。そして変化するとき、人はそれに逆らうか和合するのかを選べます。

私が好きな良寛さんのお手紙に、

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、これはこれ災難をのがるる妙法にて候」

とあります。

まさに、運の本質を見抜いた言葉であろうと思います。山伏には「承る」という生き方があるといいます。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれという諺もあります。選ばない人生は、流れに従いながら兆しをよく観て謙虚に調和していこうとする生き方です。

まさにこの柔弱こそ、徳を磨いていくことではないかと私は直感します。

世界の流れをよく観察して、子どもたちによい流れを結んでいきたいものです。

 

文明の自立

人類の文明というものは何回も終焉を迎えています。その都度、新しい文明がまた興りそしてまた終焉に向かいます。つまり人類の歴史は、文明実験の繰り返しをしているともいえます。

今になって振り返ると、文明が滅んだあと別の文明ができますからその文明のことがよくわかりません。高度な技術をもった文明がたくさん産まれていますがその文明も滅んでいます。

例えば、現代のような文明も高度な技術を持っていますがいつかは滅びます。それが文明実験というものだからです。しかし何が滅んでいないのか、それは人間性というものです。それを文化ともいいますが、実際には私は文化も文明も分けるものではなくそもそも人間の生き方、人間がどう生きるのかということが「試されている」のです。

それがこの世で生きるということに他なりません。

そう考えてみると、今の文明が終焉を迎えるとき次の文明はどうするかということも自明していきます。人間は人間性というものが失われていくときに文明が滅んでいくように思います。これを洞察してみると「人間がその時代にどのような生き方をしてどのような暮らしをしてきたか」というものです。

例えば、縄文時代であれば縄文時代の暮らしや生き方がありました。それは縄文文明といいます。それが終わり弥生時代がはじまります。つまりは文明=時代であり、時代こそ文明の象徴ということです。

現代という時代は、現代文明ということです。

だからこそ、私は生き方や暮らしにこだわり、次世代の子どもたちのために大切な文明の継承を怠ってはならないと警鐘を鳴らして場をつくり育てているともいえます。

私は場の道場をはじめ、暮らしフルネスなど色々と言葉では遊んでいますが実際の実践の本質は人間性の甦生、文明の伝承、調和の時代を結ぼうと取り組んでいるのです。

改めて今、新たな文明の自立の必要を感じています。

子どもたちのことに向き合ってきた50年、この先の未来のために使命を再認識していきたいと思います。

生態叡智

昨日は、経営会議の後に久しぶりに祐徳石風呂に入りました。備長炭を8キロほど使い、時間をかけて波動石を温めます。石にかける薬草水は、松葉と蓬です。この時季の松葉と蓬の新芽は清々しく、蒸気と一体になったものを全身で浴びればすぐにその薬効は全身に行渡ります。

また地下水をかけ流して水風呂に入りますが、この時季のお水がまたヒンヤリと柔らかくて調います。

いつもは榊を使い、祓い清めていますが今回は新鮮なドクダミを用いて清めます。ドクダミの香りに癒され、全身をそのドクダミの束で叩くことで血行促進だけでなくドクダミの成分が経皮吸収されていきます。

備長炭のぬくもりと地下水の清々しさ、そして薬草の癒し、親しい仲間との邂逅、場は産まれます。

場の道場は、場を学び直す場です。

私たちはかつてどのように関係性を築いてきたか、そしてお互いにどのような生き方を磨き合ったか、懐かしくて新しい暮らしからの氣づきや発見の宝庫です。

仕合せというのは、足元を見直すことからというのは智慧の一つです。

丁寧に実践する暮らしは、スローガンでも抽象論でもありません。

それを直接、直観し、直に体験できる唯一無二の場がこのBAです。

ブログでは文字にしかできませんが、子どもたちに譲り遺したい新たな文明論の体験を共にし、古今知新の生態叡智を共有していきたいと思います。

自然を學ぶ

理念や初心を定めた後は選ばないとして丸ごと信じて歩んでいると自然に従うということの学びが深まります。日々の暮らしの全ては必然的に発生していて、自然現象への観察眼が磨かれていきます。

例えば、経変変化というものがあります。また自然淘汰というものがあります。自然は必然にそのものを変化させます。その理由は、ありとあらゆる存在は全体を繋がっているからです。

これは人を除く自然ではなく、宇宙を含め微生物に至るまですべて丸ごと繋がっている構造全体で丸ごと自然と捉えます。

何が自然で何が不自然かということ。一般的には、何もしないのが自然で人工的なのが不自然といわれます。都会と田舎の違いのような具合です。しかし実際には、自然に逆らうか逆らわないかということが多いように思います。

自然に従い逆らわないとするのなら、自然を信じて任せていくしかありません。人為は必要最低限、最小限でとどめます。しかし自然に逆らうならすべて人為的に加工していく必要があります。前者は、半分以上が自然であるのに対し後者はほぼすべて人為になります。

何でも不信になり人為になるとお金と労力がかなり必要になります。今の時代は、自然に逆らうという不自然な構造の社会が全体を包んでいますから何が自然で何が不自然かを見究める判断力や観察力も衰えてきているように思います。

つまり自然に育つといっても、どこまでが見守って、どこまでがやってあげればいいかの判断も刷り込みが邪魔をしてなかなか思うようにいきません。

私の場合は、自然農をはじめ伝統的な日本の暮らしを甦生する中でその感性を磨く場があります。思い通りにならないなかで自然から謙虚になるように、素直になるようにと教えられます。

環境が人を育てるといいますが、この時の環境は「自然であることが人を育てる」ともいうのでしょう。その時によく使われる言葉は、「そのままでいい」という自然の快復や免疫、つまり主体性や自立、生きる力を信じるという考え方のように思います。

自然体で生きるというのは、自然を學ぶということでしょう。

引き続き、子ども第一義の実践を学び続けていきたいと思います。

安心して育つ場

物事の見方というのは、人によって異なります。ある人は好いことでもまた別の人には悪いことにもなります。同じ現象で同じ状況でも見方次第で結果は全く別物になります。

故事に「人間万事塞翁が馬」というものがあります。

これは簡単に言うとこうです。

昔、塞翁という老人の馬が逃げてしまい周囲は「不幸だ」と言いました。しかしその馬は、後に良い馬を連れて帰ってきたので「幸運だ」と言われます。ところがその馬に乗った息子が落馬してケガをし、「やはり不幸だ」となりましたがそのケガのおかげで息子が戦争に行かずに済み、命が助かり「幸福だ」となった話です。

周囲が不幸だ幸福だと騒いでも、塞翁という老人は「いやこれはそうとも限らない」と物事の見方をその都度に変えて対応した知恵の故事です。

出来事の結果はその時に決まったわけではなく、その途中として受け容れさらに運命が好転していくように見守っていくという心の態度です。

そう考えてみると、人生は色々なことがあり感情も一喜一憂します。周囲も様々な評価や解釈をします。しかし、生き方に照らし見方を変えればすべてそこから學ぶことがたくさんあります。

例えば、悪いことがあった時にも、これはいつか善いことになると素直に信じ、善いことがあった時には、これは後に氣をつけないといけないかもしれないと謙虚になる。

そうなると善悪正否や評価なども忘れて、「今がちょうどいい、これでいい」と意外と氣楽に取り組んでいけるものです。

自分のものの見方がどうなっているか、カグヤでは「丸ごと一円観」ともいい、「一円対話」でそのものの見方をみんなで磨いています。この実践を続けていくと、あるがままがいい、そのままでいい、存在そのものがいいと、居心地のよい居場所ができ安心できる職場になります。

これからも子どもたちが安心して育つ場をお手伝いできるように精進していきたいと思います。

螺旋の真理 海の波動

螺旋のことを深めていると自然界のほぼすべては螺旋で構成されていることに改めて氣づきます。宇宙銀河をはじめ、人間のDNA、そして植物から鉱物まで全て螺旋で安定しています。

そもそも最も安定した姿が螺旋であり、それを揺らいでいるのが波動でもあります。

波動というものは、すべての振動のことです。別の言い方では周波数、そしてリズムともいいます。

いのちはすべてリズムを持っていて、それぞれに揺らいでいます。例えば、呼吸もですし光や音も同様です。空間の中で静寂があっても、そこで何かを鳴らせば揺らぎます。周波数を測定するには、時や揺らぎの回数などを測ります。

周波数は波動がカタチになったものです。波動のカタチは螺旋です。

法螺貝などは波動がカタチになったものです。では何がカタチになったものか、それは「海」であうろことは間違いありません。

海は波動が揺らいでいる存在です。その海の中では様々な生命の活動が巡り循環します。その一つのいのちの全体として法螺貝がいます。法螺貝の貝殻は海から形成されます。海水を使って貝殻ができるのです。

その貝殻は、螺旋構造を持っています。海の中で最も安定する姿に変化するのです。そしてその変化の形状はその海の波動と一致しています。

海の波動はお水の波動です。

そのお水の波動を持っているからこそ法螺貝はお水との相性がよく、お水を揺らすことができます。そのお水は空気中の微細な水分にまで影響を及ぼしますし、当然、人体の中にある水分にも影響を与えます。

法螺貝の海の波動は、いのちを伸ばし健康を維持するのにとても役立ちます。

私たちの生来具わっている感性や感覚の本質は何か、それは周波数や波動を感じて螺旋で吸収することだと私は直感しています。音も光も水も、螺旋は吸収して安定させます。つまり螺旋に入ればすべて取り込まれるのです。もっと別の言い方をすれば、螺旋によって調うのです。

私たちは偉大な螺旋という真理の中でいのちを纏めます。

引き続き、螺旋の真理を探究していきたいと思います。

螺旋の道

明日は、英彦山守静坊で法螺貝を七神お渡しする儀式をします。誓願した法螺の五百羅漢を目指し、いま七十四羅漢になりました。ますます法螺を通した波動は揺れ螺旋の繋がりが広がりより中心への思いの結びつきは強くなります。

法螺の意味は、「螺旋の真理」という意味です。ではこの螺旋の真理とは何かということです。螺旋というものは、宇宙の姿であり、星々の姿であり、意識や生命の姿です。そして分子や量子の姿でもあります。波動は揺れていますが、それを纏めているのが螺旋です。

つまり波動がカタチになったものが螺旋ということです。

例えば、空気中の風は揺れています。しかしそれが纏まるとき、台風や竜巻になります。海や川などの水も同様です。流れがありそれが揺らぎ螺旋になることで調います。時が動けば波動、空間や場が螺旋です。

最近は、脳科学でも螺旋波というものが見つかり私たちの脳の認知や意識は螺旋上に信号を送ることで纏まるといわれます。心臓も単なるポンプをするのではなく、螺旋状に包まれた筋束が螺旋のように呼吸をして血液や酸素を全身に巡らせているというものです。つまり螺旋はマクロ宇宙からミクロ宇宙まで全て網羅しているあらゆる真理の姿です。

此の世の全ての神秘には、波動や螺旋が深く関わっています。古代より人々は螺旋の力を発見し、紋様をはじめあらゆる暮らしの中心に螺旋を取り入れてきました。ある部族は、蛇を象った螺旋の踊りをすることでいのちを蓄えました。またある宗教では螺旋はすべての神人合一の象徴としました。陰陽道やタオといった道もまた、波動と螺旋が顕現したものとされました。

法螺貝を持つということは、螺旋の道を実践するということでもあります。

人は日々の生活の中で様々な感情を持ち心を調えます。この瞬間瞬間の一期一会には、波動と螺旋が深く結びついています。微細な揺れから大きな揺れ、それを自己内省によって螺旋にして調えます。

私たちが「調っている」という状態は、螺旋になっているということです。そして調うとは、成長すること変化すること、シンプルに言えば「旅をする」ということです。宇宙を太陽系の星々と共に螺旋しながら旅をするように、私たちのいのちは螺旋の道と一緒に歩みます。

法螺貝を吹くとき、私たちは螺旋になります。

螺旋になるということは、あらゆるものを一円和合して成長して真に自己に氣づくことを繰り返すということです。

何度も何度も繰り返し同じことをしても、必ず前と同じ円ではなく螺旋となるという法則。そこに絶対的安心を直観するから今でも法螺貝は人々と共に旅を導く存在として大切に守られ人類のお導きの存在、宝ものになっているのでしょう。

宇宙自然、全体調和、波動の中で旅をし、螺旋の道を究めていきたいと思います。

釜炒り茶の甦生

英彦山の守静坊には、古い茶の木がいくつかあります。ほとんど長い期間、手入れをしていなかったのか野生が強くなりヤマチャのようになっています。むかしは、英彦山の山中でつくられたお茶は特産でもあったといいます。山伏たちの生計を支えた大切な暮らしの一つであり薬でもありました。その名残がいくつか宿坊のお庭には残っています。

今年は、その古い茶の木から新芽を摘みむかしながらの釜炒り茶をつくってきました。この釜炒り茶の歴史は古く、室町時代くらいから九州に伝来してきたお茶づくりの技法です。特に九州の山間部でこの釜炒り茶は発展してきました。

現代は、ほとんど蒸し茶になっていますが釜炒り茶は19世紀前半には蒸し製と勢力を二分するほどであったといいます。上田秋成『清風瑣言』(1794)には、茶には蒸し製・焙じ製・鍋炒り・日干しがあるという趣旨の記述があり、釜炒り茶は蒸し製に次ぐ位置づけだったといわれます。江戸期の日本茶は、今のように「日本茶=蒸し製煎茶」ではなく地域ごとに蒸す・炒る・湯通しする・日干しするなど多様な製法が並立していました。

ではなぜ今、日本茶=蒸し製茶になったかというと明治時代の政策がまた関与してきます。大体、明治の頃に日本文化の原型はだいぶ破壊されていきます。英彦山の文化もまた明治に衰退しています。

お茶の方は、明治から茶の輸出をはじめました。すると不正茶・粗悪茶を問題にします。特に日干しで仕上げる「釜炒り日干し茶」が粗悪茶として取り締まり対象にし「釜炒り茶」全体の評価下がったといいます。明治前期には釜炒り茶の生産量が3万トン近くあり、全国各地で作られていたにもかかわらず、1893年には静岡県茶業組合連合会議所が釜炒り茶を禁止し、1894年から農林省統計でも調査対象茶種から外れたとされます。

味で蒸し茶に負けたからなくなったのではなく、輸出向けに再現性が高い蒸し技法が優先されたということです。現代も似ていますが、標準化して大量生産にあう便利な製法が増えて本来の素材を活かしたり、職人技といった地域や人の徳性の違いなどは無視し費用対効果を追求した結果ともいえるでしょう。

釜炒り茶は、やってみるとすぐにわかりますが香り・火入れ・手の感覚・地域差がでます。標準化には向いていない技法ということです。

しかし私は炭を使った調理をはじめ、火を丁寧に扱うことが得意ですから私にはぴったりの技法です。

蕎麦打ちにも共通しますが、身体感覚をよく使います。まず茶の葉を摘むところから、茶の木の個性を感じて葉っぱの肌触りや厚み、強みなどを感じます。その後は、薪になる木を選び火を熾します。鉄の釜やフライパンなどに感じる熱の雰囲気を指先でなぞりながら、適量の茶葉を入れて殺青といって新鮮なうちに発酵を止めます。

その後は、丁寧にゴザの上や掌で手もみしていきます。さらにもう一度、釜で炒り適度な状態になるまで手作業で乾燥させていきます。あとは、余分な水分をじっくり取り除き完成です。

砂鉄の鉄瓶で満月の英彦山の湧水を汲んで、備長炭で火を入れてその茶葉のお茶を清浄な宿坊の調った場でいただきます。

これがむかしの伝統のヤマチャであり、釜炒り茶の甦生です。

何でも便利さや大量生産ばかりを優先したこの150年、もう一度、日本文化とは何か、日本人がどのような感性を大切にしてきたかを暮らしの中で子どもたちに伝承していきたいと思います。