家の甦生

日本全国には空き家が増えています。しかし空き家があっても新築を建て続けます。これは現在の建築業界の仕組みとビジネスモデルが新築重視で組み立てられてきたからです。そもそも高度経済成長とは、大量生産大量消費モデルです。消費あってこその生産ですから、消費するには古いものを壊して新しく建てるのが一番です。しかしこの問題点は、部分最適や対処療法でのメリットを優先するあまりそのメリット以外の価値が消失していくことです。

古民家であれば、その場所の景観や配置、また暮らし方など連綿と長い歳月、知恵として継承されてきたものがあります。それは家の中の暮らしの痕跡にも残っています。

現代は、みんな西洋化された便利な暮らしが基準になっていますから金太郎飴のようにどの家もどの建物も間取りもかつて続いてきたような暮らしが感じられなくなっています。

新築を建てればほとんど手入れもせずに、数十年で突然壊れて建て直しを提案されます。その点、伝統的な古民家は少しずつ壊れていきますからその都度のお手入れがいります。しかしそこでお手入れすることで愛着が湧き、また技術も残り、時代の変化や暮らしの小さな折り合いをつけていくことができます。

日本的な精神で暮らしをしながら、現代に少しずつ合わせるという和魂洋才ができるのです。

家は本来は、日本人の先生として機能してきました。その先生として役割が失われた現代では子どもたちが安心して育ちにくい環境になってきています。家が先生というのは、家が暮らしを伝承し、そして家が伝統を継承するものという意味です。

実際に私が手掛けた古民家では、囲炉裏があり井戸があり、建具などもむかしの繊細で弱いけれど柔軟で強い和紙や畳など、数々の自然の叡智を活かした家具、また床の間や仏壇、神棚やおくどなど様々な場所を神聖に保つ智慧。日本人の生き方が家の家風に現れていました。

古民家を遺すことは、暮らしを伝承していくことと同義です。

引き続き、色々とご縁あるものから徳を甦生していきたいと思います。

草取り行事

昨日は、無事にむかしの五穀田の草取り行事を仲間たちと一緒に無事に終えることができました。無農薬の田んぼなのでみんな素足で入り、和気藹々を土が冷たいと喜んで草取りしていたのが印象的でした。

自分は左膝を傷めていて歩けないので田んぼには入れませんでしたが、表面の見た目にはわからない田んぼの奥深くにたくさんの草が生えていて風通しが悪くならないように除草していただきました。今年は3回ほど、田んぼで草取りをしましたが入るたびに大きな発見があります。

いよいよ田んぼは、これから出穂する時季に入ります。田んぼ一面に稲の花が咲き、神聖な場ができてきます。稲の花は風媒花といって、花粉を運ぶのに風を利用します。自家受粉ともいいます。稲は夏の暑すぎず涼しすぎない絶妙な風に見守られながら花が一つ一つ咲いていきます。この花が開くのは晴れた日の午前中、一般的には午前9時から11時頃で、その時間はわずか30〜60分ほどしかありません。しかしこの短い時間におしべの先にある葯(やく)が裂け、花粉が放出されその花粉はすぐ近くにある同じ花のめしべにつき、受粉が完了するという流れです。そして受粉すると花はすぐに閉じ、その中で受精が始まり、やがて一粒のお米へと育っていきます。この約1時間の奇跡が種をつくります。連綿と数千年以上、続けてきたことで種になり私たちの主食となっているのです。

そしてこの時季に稲は土中から大量のシリカ(ケイ酸)を吸収していきます。土の中の微生物が稲の根にびっしりとはりついて発酵し、鉱物を分解してシリカをはじめ大量のミネラルを吸収するのです。この成分が循環を促進し古来から不老長寿の成分としていのちを支えます。

稲にとってもっとも種の輝きを放つのがこの出穂や開花の時季です。

草取り行事の後は、みんなで本場のマサラ、インドスパイスカレーの体験しながら学び合いました。スパイスを選んでそこから調理する。調理の当たり前に氣づく大切な時間になりました。お腹ペコペコでしたので、みんな最幸の笑顔でモリモリ食べました。持ち寄った100年ぬか漬けや、キムチ、和楽のお庭のお野菜の塩漬け、差し入れのシャインマスカットに汲みたての井戸水や竈ごはん。子どもたちが賑やかで音楽あり祈りありと、今夏の素敵な思い出になりました。

暮らしフルネスの実践はあらゆるいのちの循環と共に生きる先人の智慧をこの時代でも甦生して結んでいくことにあります。経済活動も大切ですが、自然の循環やリズムの一部になって心身を安らぎ、場を調えることも大切な経世済民活動です。

今では忙しいことが当たり前になっていますが、ほんの少しだけでもその知性を休ませ、自然の循環と共生し貢献しあう一部になってみる。そのことで、忘れてはいけない懐かしい何かが甦生していくものです。

どんな時代に産まれてきたとしても、子どもたちや子孫たちにどんな未来を譲り遺していきたいか。

その答えを引き続き、場を磨きながら調えていきたいと思います。

遊びの味

今年知り合った郷里の地元の先輩が大変ユニークな方で色々と暮らしをご一緒する機会が増えています。この方は、私の3つほど上の先輩ですが中学校時代はかなりのワルで有名な方でした。危険なバイク事故などでも知られ、よく生きておられたなと驚くばかりです。

今では会社は2社ほど経営し、田んぼを約5町ほど持ち、山林をはじめ果物園や畑なども持っています。まだ農業ははじめて4年ほどとのことですがお米だけでなくシャインマスカットやイチジク、ブロッコリーなど様々な果物や野菜を出荷しています。

人生の生い立ちをお伺いしていると何でも究めるまでやってしまい、そこまでいくとまた別の事業をやるという具合です。ペットショップや爬虫類カフェ、他にも保険業や介護の事業など立ち上げてこられたそうです。

お話をすると生き方そのものが「仕事は遊び=遊びが仕事」になっているのがわかります。

実際には農業は大変でほとんど休みがありません。それも一人でやっていますから朝から夜まで体を酷使する作業ばかりです。しかもこの暑さです。普通ならもうやりたくないや面倒と思うところが、そこに遊び心が働き何でも好きになっていくのです。

例えば、ブロッコリーであれば36000本も収穫する時にカットしていくのですがそれも一人でやるから大変です。しかし、一本一本カットしていくのがなんとも心地よく楽しいと一人でやってしまいます。シャインマスカットやイチジクにおいては無農薬で本当に美味しいものを育てます。しかしその分、手入れが必要ですがどんな感じにできるのかが楽しいので色々と楽しんでいます。日曜日はキャンピングカーで海や川に釣りにいき、夜中は子どもたちとクワガタをとりにいきます。しかもクワガタも数百匹あっという間に集めてしまうほどです。

遊んでいるように働き、働きそのものが遊びになっている。

そんな人が育てた果物はきっと美味しいだろうと食べたらやっぱり納得の味。

ご縁ある方々にこの「遊びの味」を知ってもらおうとお贈りすることにしました。この遊びの味も、私が果物園にいって自分で遊びながら選定して自分でカットして箱詰めして送付するものです。

ついつい仕事は責任感で真面目であることがいいと刷り込まれていますが、郷里の先輩のように楽しく遊びにいくように仕事をしていきたいと新たな境地に挑戦していきたいと思います。

分類わけ

人間は世界というものは、分類わけして整理して理解しています。しかし実際には、分類できるものはなく全ては境界線がありませんし、結ばれ関係を持ち、溶け合っているものです。それを敢えて、分類わけして脳で処理したことで言葉が誕生し、学問が誕生し、科学を発展してきました。

しかし敢えて無理に分類したことから、その曖昧な中間や溶け合っているところが理解できず分類にならないものがわからなくなっていきました。

人は分類できないものを嫌うのは、理解が追いつかないからです。さらに言えば、理解できたというのはどこかの分類に入ったということ。あるいは分類できないという分類にしたということもできます。

よく私のことを分類わけできないと言う人がいます。自分もどの分類のなのか自分でもわかっていません。分類を考えたこともなく、関係性の中で自分のご縁や直観を信じて何でもやりますから余計に分かりづらく感じるのでしょう。全体最適や全体快適などというのもすべてを一つの生命体やつながりのように認識することで余計に伝わりにくいのかもしれません。

よく考えてみると、水とか火とか太陽とか認識していますが本当の存在は認識できていません。わからないものを無理やりにわかるようにしたことで余計にわからないものが増えていきました。特に最もわからなくなったのが原理原則などの根源のものです。

古代人たちはそのわからないものをわからなかったのか。実際には、わかったのならどのように認識していたのかにとても興味があります。そこから自然の織りなす風景が別のものになることや、神秘や未知の出会いに感動することが増えました。

実際には原理原則をはじめ私自身は、「螺旋」やお水が一つの宇宙・生命の根本原理だと直観してそのうえで、流れ=螺旋を生み出す運動、循環=螺旋が繰り返すリズム、場=螺旋が育まれる環境、甦生=螺旋が健全に回復する働き、初心・真心=螺旋を正しい方向へ導く人の在り方などと翻訳しています。

技術にするにはまだまだ探求が必要ですが、場を通して体験できるようにし子どもたちに継承していこうと思っています。

夏休みの探求授業のように、夏は学を味わうとてもいい時間です。

日本的精神と真心の実践

日本的精神を引き続き深めていますが、それは日本人の歩んできた古代からの記憶であり今も続いている道です。その道はどこから探り出していくのか。古の日本を研究する学問が、霊元上皇や国学、水戸学などの流れをつくり尊王攘夷を経て今に至ります。

今ではあまり日本の道は何かなど考える学問がありません。私はそれを「かんながらの道」と名付け二十年前から毎日欠かさずブログを綴り続けています。

そしてその日本の道、かんながらの道は、暮らしの中にこそあるとし『暮らしフルネス』というものを発案し実践して今に至ります。

もともと古代の記憶はどこに伝承されているのか、また先人が何を畏れ、何に感謝し、何を次の世代へ伝えようとしたのかは場や暮らしに継承されています。それを甦生し、その心をもう一度受け取り、今の時代にふさわしい営みにすることで道を甦生しながら共に歩み連綿と続く未来の子どもたちや子孫へこの日本人の生き方を譲り渡していこうとする文明実験の一つです。

日本的精神は特別な何かの抽象的な思想を掲げることではなく、日々の暮らしを通していのちのつながりを日々の所作や実践によって内省し改善を続けるものです。あらゆる自然と混然一体になり、祖先が共に自分の心身と共生していることを自覚し、悠久の循環の中に自分と関係するすべてを丸ごと結び、呼吸するように暮らしを投じていくこと。それを徳循環と呼んでいます。

一人一人が、暮らしを調えて徳を磨いていけば自ずから道は現れます。すべてのものや人との関係性を大切にしていくことで日本的精神は研ぎ澄まされていくからです。

かつて古事記や万葉集から本居宣長は、日本人の精神をつかみ取ろうと人生を懸けて洞察しました。そこで「もののあはれ」と「真心」であると発見します。「もののあはれ」とは、物事に触れたとき、その姿や出来事の奥にあるいのちや意味を感じ取り、自然に心が動くことをいいます。あらゆる縁起の中で心が動いたままにいる。私の言葉では、常に直感が働いている状態のことをいいます。

そしてこの感受性の根源の存在を「真心」としました。作為や作り物ではなく、完全に宇宙のまま、あるがままありのままの心の動きです。これは先ほどのもののあはれと一体のものです。

心があらゆる事象に対して微細に動く、あらゆる八百万の神々たちとの関係性の中で変化して無常である。まさにその自然や宇宙の繋がりの中で感受する渾然一体の存在です。それを私は螺旋や法螺貝を通して実践しています。

心のままであることは、日々の暮らしを大切にすることで守っていくことができます。

なぜ私がここまで暮らしにこだわるのかは、それは生き方や在り方、日本人の心を生きるためです。霊峰英彦山から日本人の暮らしを甦生できるよう、お山と一体になった真心の実践を伝承していきたいと思います。

日本人の甦生

かつて日本人が日本人の言葉で日本というものを理解しようとして「国学」という学問が江戸時代に産まれました。この頃の日本は、中国思想などをもとに日本を理解していましたが本来の日本人の思想と言語と感性で本来の日本とは何かということの研究がはじまります。

具体的には『古事記』『日本書紀』『万葉集』など日本の古代を知る書物の本来の言葉や意味が次第に分からなくなっていき、それが後世の思想によって説明されることが増えていきます。すると、日本人本来のものの見方や感じ方が他国の思想や価値観での解釈になるので本質を見失うようになったのです。あるがままにそのままにそのものを理解するには、その時、その場、その人を深く共感し理解していくことがいります。

私も古いものを甦生するときは、知識や解釈などの先入観や刷り込みを捨てその場でその時代、その人の暮らしと一体になることでその心そのものを甦生しようとします。まさに国学への取り組みは、「日本人の甦生」であったように私は思います。

その国学の祖とも呼ばれる人物に真言宗の僧であった契沖(1640~1701)が出てきます。この人は古い写本を比較し、言葉の意味や仮名遣いを丁寧に調べ、『万葉代匠記』を著して日本古典を実証的に研究する方法を実現させました。そして荷田春満が古典・神道・歴史を総合的に研究する「国学」という学問の形を整えました。その後は、賀茂真淵が古代日本人の素直で力強い心を「ますらをぶり」として表現し、本居宣長が四十年をかけて『古事記伝』を作成し、「もののあはれ」や「真心」という言い方をして日本人の精神文化をまとめました。さらに平田篤胤という人がその国学を神道や民間信仰へと広げて多くの門人を育て幕末の思想にも大きな影響を与えたという流れです。

それが幕末の水戸学や尊王思想、尊王攘夷などと発展して吉田松陰をはじめとする多くの志士たちにも受け継がれ近代日本の精神的な土台になりました。

本来の「尊王攘夷」とは何か。

これは天皇を中心にして外国を排除しようとしたスローガンのように認識していますが実際はそうではありません。尊王攘夷の本質とは、日本の歴史や精神、文化を守りながら、国の独立と主体性を失わないようにしようとしたこと。

つまりは、古来からの日本人を甦生しようとする活動のことです。

日本が日本でなくなるのは、戦争に負けたからではなく日本人の精神文化が失われたときに日本でなくなるとしたのです。だからこそ尊王攘夷は、「外国を拒む思想」ではなく、日本の精神を守りながら、世界とどう向き合うかを問う知恵でした。

それが後の「和魂洋才」へと受け継がれていきます。

現代は、日本人の心が失われ洋魂和才のようになって行き詰ってきています。西洋の精神文化の影響は効率優先、物質化、自然からの離反、科学信仰、人間至上主義など色濃くでています。それが経済活動をはじめ、日本の文化にも影響を与えています。

まさに今こそ改めて「尊王攘夷」を立ち上げ、日本人が主体的に日本人を甦生する時ではないかと私は直感します。

色々と英彦山や萩などと連携して、子どもたちのためにその真心や至誠を伝承していきたいと思います。

 

 

日本人とは何か

江戸時代中期、失われかけていた宮中行事を次々と復興させた「中興の英主」と呼ばれる人物に第112代・霊元(れいげん)天皇がいます。この方は、天皇の譲位後も院政を行い、和歌や有職故実、神道、宮中祭祀など、日本古来の文化や伝統の復興に力を尽くしました。日本的精神とは何かを甦生した人物であり、英彦山とも大変深い関係があります。

この時代は、政治は徳川幕府が担い、天皇や朝廷は文化や儀式を守る存在となっていました。長い平和の一方で、朝廷の権威や古来の祭祀・儀礼は次第に衰え、多くの知識人は「日本人が本来受け継いできた精神とは何か」という問いを抱くようになります。幕府の力がつよくなり皇室の伝統も衰退していました。天皇は単なる政治権力者ではなく、日本の精神文化を受け継ぐ中心であるという強い自覚を持ち皇室の権威を立て直した知の人物だといいます。一生を懸けて取り組んだ、日本文化の甦生によって朝廷には再び古典や儀礼を重んじる氣運が生まれ、後の学問や思想が育つ土壌が整えられたといいます。

もともと霊元という追号は、古代の名君である孝霊(こうれい)天皇と孝元(こうげん)天皇から一文字ずつ取られたものです。

この霊元上皇の日本的精神の甦生の影響を受けて国学というものが誕生します。この国学は、『古事記』『日本書紀』『万葉集』など日本の古典を研究し、中国の儒教ではなく、日本人本来の心や価値観を明らかにしようとする学問のことです。契沖、荷田春満、賀茂真淵を経て、本居宣長によって大成されます。本居宣長は、日本人の心を「やまとごころ」と表現し、自然や四季、命の移ろいに深く心を寄せる「もののあはれ」の感性こそ、日本文化の根本であると説きました。霊元上皇が守り育てた宮中の古典文化や祭祀の伝統は、国学者たちが研究を深める重要な基盤となり、精神的な源流となったといいます。

そしてその後、水戸藩では徳川光圀が『大日本史』の編纂を始めました。これが後に水戸学と呼ばれる学問へ発展していきます。水戸学は、日本の歴史を通して国家のあり方を考える学問であり、歴史の主人公を歴代天皇に据えたことに大きな特徴があります。

この時、「天皇を敬い、そのもとで国を治める」という尊王の理念が体系化され、幕末には会沢正志斎や藤田東湖によってさらに発展していきました。国学が日本人の精神を明らかにし水戸学がその精神を国家の理念へ結び付けていったのです。

幕末の頃には、国学が示した「日本人本来の精神」と、水戸学が説いた「尊王」が日本の国家理念になりそれを学んだ志士がたくさん誕生してきます。吉田松陰は国学から日本の精神文化を学び、水戸学から国家観と歴史観を学び、さらに陽明学から「知識は行動によって完成する」という知行合一の思想を学び日本人の生き方を至誠として実践しその模範になりました。

英彦山との関係は、享保14年(1729)、霊元上皇が「英彦山」の勅額を下賜し、それまで一般的だった「彦山」に「英」の一字を授けました。これは英彦山に霊元上皇が日本の古来の文化と精神を持っている日本第一位の霊山と見なしたからではないかと私は直感します。

日本古来の信仰を守り続けてきた重要な霊場だからこそ勅額の下賜は英彦山を皇室が認める霊場として位置付け、の精神的価値を全国に示したように思います。

引き続き、霊元上皇のことを深めつつ、日本人とは何か、そして尊王攘夷の本質とは何かを学び直していきたいと思います。

自然の循環

志というものがあります。これは肉体が滅んでもこの世に遺しておきたい祈りや願いのことです。何ども生まれ変わってもこれをやりたいというものです。それはずっと連綿と人類で続いてきたことの継承とも言えます。

私たちは実は何度も生まれ変わっても、同じことを繰り返します。

一生の人生では短すぎて大願を成就するには間に合いません。だからこそ、幾度も幾度も生まれ変わり成就するまで続けていくのです。

これは自然の循環そのものです。

自然の循環は何を志しているのか。

私はこれを徳の循環と直観しました。つまり自然の志は、徳の循環ということです。いのちが連綿と繰り返し、生死を続けてはいのちを繋げていく。それは自然全体の徳が循環する一部としての使命を全うしているからです。

それを人間界では、至誠ともいい、真心ともいい、天命を全うするともいいました。

自分の与えられた肉体や場、そして人生において自然であることを全うする。みんながそのような生き方ができるようにと誠実に実践してもそれが通じないときもあります。その時は、徳が足りないのだと自省し誰をも恨まずにわが身を引き締めてさらに改善するだけ。

こうやって人間性を磨いてさらに徳を高めていくのです。

自然の循環から離れないように生きること、それは生き方を決め志を立てることです。自分の生き方が周囲を徳化していくように努めていくこと。それが真の人間性の教育です。

今日は、萩に呼ばれていますが吉田松陰を偲んで初心に帰りたいと思います。

 

流れと螺旋

中国最古の医書『黄帝内経』には「正氣内に存すれば、邪干すべからず」(体の正しい働きが保たれていれば、病邪は容易に侵入できない)」という言葉があります。そして現代では有名な「未病」(みびょう)という言葉もまたこの『黄帝内経』で初めて使用された言葉です。

そこには「聖人は既病を治すのではなく、未病を治す」とあります。これに対して既病とは、既に症状が出ている状態のことをいいます。未病とはまだ病気が表面に現れていない状態のことをいいます。

現代では、病気は病院が治すもののようになり病気になってからはじめて人は病気を認識します。そして病院もまた病気になってから診療を受ける場所になっています。

本来は病気というものは、生命を支えている循環の何らかの流れが滞り、流れなくなって循環しなくなったことをいいます。

自然治癒を洞察するとそれはすぐに察知できるものです。自然界も同様に、循環や流れが滞ると問題が発生してきます。スムーズに静かに流れていれば、自然も穏やかです。しかしそこに何らかの澱みや流れの滞りが起こればそれが災害となっていきます。

つまり自然は常に「調和」するために流れや循環を已まないようにしているのです。

そして人間の身体もこれを同じです。

人間の身体では、血液やリンパ、呼吸や腸内や神経などあらゆるものが流れています。それが疲れや感情や自立神経の乱れ、食べ物の片寄りや睡眠や運動不足などで流れが滞ってくると病気が表層に出てきます。

誰しもが調和している状態を健康であると知っているのは、この「流れ」というものを自明しているからともいえます。

流れが澱み、滞れば不調和が産まれ調和に戻そうと自己免疫力が働きます。それが自然治癒です。つまり自然治癒というのは、流れを取り戻そうとする根源力のことです。

これは人体だけでなく宇宙も同様の真理で働いています。

場の道場では、薬草をはじめ太陽や月のリズム、そして呼吸法、滝行や坐禅、自然農や発酵などあらゆることを体験を通して場づくりを学びます。これは未病を実践するためです。

つまり未病の場というものは、流れが澱まない場であるということ。言い換えれば、循環しようとするのを邪魔せず、自然の流れになるように調えるということです。

これを私は場づくりの中心に据えています。

そしてその養生法が暮らしフルネスということになります。

氣は風、いのちは水、この風水によって流れ(螺旋)は常に循環するのです。

自然治癒の学びを深めつつ、螺旋の真理を甦生していきたいと思います。

 

心の伝承

先日から盂蘭盆会の準備で場を調え、落雁をつくり菊花のお供えをしています。元々は釈迦の弟子、目連のお母さまの苦しみを解き放つためにはじめられたともいわれますがそれが長い歳月を経てこの日本でも仏道の伝来とともに継続している行事です。

よく来客があるのでおもてなしすることが多いので、いつもとやっていることはほとんど変わりません。それが祖先をお迎え、共にゆっくりと心穏やかに過ごし、いのり送り出すという具合です。

そのために場を調え、心を落ち着かせ、法螺貝やお経、お線香を立ていのります。

しかしこの時間があることで、自分の中にあるご先祖様や今も一緒に生きている霊魂の存在を感じます。時間というものは、誰にも平等ですがどのような意識で過ごしているのかでその時間の質は全く異なります。

一年の中で、この盂蘭盆会をどのような心で過ごすのか。

私にとっては、欠かすことのできない心の栄養になっています。

また家祈祷といって、祖霊をお迎えするために家や場を調えていきます。床の間には静寂と徳の薫りが満ち、凛とした空気が宿ります。

日本人でよかったと感じる懐かしい風景です。

子どもたちや子孫へ、心の伝承を続けていきたいと思います。