日本の伝統的な行事に「お彼岸」というものがあります。これはインドや中国にはない日本で発展した仏教行事です。盂蘭盆会はインドからのものです。春分と秋分の間にあるのが彼岸で、夏にあるのが盂蘭盆会です。
そもそもお彼岸とは何でしょうか?
お彼岸の「彼岸(ひがん)」は仏教の言葉で「向こう側の世界」といいます。「あの世」ということですね。それに対して私たちのこの世界は「此岸(しがん)」といい「この世」のことです。
春分には太陽がほぼ真東から昇り、ほぼ真西に沈みます。そしてこれは秋分も同様です。この春分・秋分が日没の方向が一年の中でもっとも明快に「西」を意識することができます。
阿弥陀仏の説く極楽浄土は西の方角にあるといい、「阿弥陀の浄土は西方、十万億の仏土を過ぎたところにある」とされてきました。だからこそ西を向くこと自体が、極楽浄土へ心を向ける行為になっていたのです。
春分と秋分の時期は、太陽が真東から昇り真西に沈みます。その瞬間にあの世とこの世が結ばれると先人たちは実体験で味わったのかもしれません。中庸、バランス、調和、あちらとこちらも渾然一体になった時、そこに天地和合心、極楽浄土が観えたのでしょう。
英彦山の守静坊は、祭壇から玄関に向けて西を向いて建っています。私はいつも宿坊に来ると、夕方はいつも夕陽を眺めてはずっと祈ります。西から差し込んでくる澄み切った金色色の柔らかな太陽の光が「真摯に一日、そして一生を終えるいのちのご供養をしている」ように実感するからです。
輪廻転生、何度も循環し巡りくるいのちの調和は誰が何のために行っているのか。私たちはいのちがある御蔭さまでさまざまな体験ができています。それもまたご先祖様が結んで繋いでくださった一期一会のいのちです。
「在る」ものに眼差しを丁寧に向けてみると、感謝の世界が顕現してきます。
極楽浄土は何処にあるのか、それは感謝の中にこそということかもしれません。
人は朝に太陽を拝み、夕陽に太陽に祈ることで感謝の世界を味わえます。世界のいのち、そして人類が平和でありますようにと感謝でお気楽極楽に真心の暮らしを楽しむ。平和とはいつもかくありたいものです。
今日も、英彦山の守静坊ではご縁のある方々と一緒に先人や先祖を偲び、歴史を学び直してみんなで読経してお香を焚いて、しだれ桜のご神木にしめ縄をはります。
お彼岸の有難さに感謝しながら過ごす一日にしていきたいと思います。
