生き方の先生~サクラの智慧~

英彦山守静坊の枝垂れ桜がまもなく満開を迎えます。そして満開の後はいよいよ静かに散り始めます。

桜はどうしても満開ばかりを見る機会が多いと思いますが、桜守をしていると最初の咲き始めから終わりまでの散り際をずっと見守っていますからそのどの場面も一期一会を感じて学び直し、感動することばかりです。

特にこの枝垂れ桜の散り際の美しさは、信仰やいのりの場にある桜だからこそ偉大な智慧や教えを味わえます。

もともと日本人の美意識には散り際の美学のようなものがあるといいます。人生の終わりからどう生きるかという死生観のことです。

私たちの先祖たちは「生き方」というものを何よりも大切にしてきました。これは何を人生の初心にして何のために生きるのかという生きる姿勢のことでもあります。

一生懸命に真摯に生き切って、潔く静かに美しく散ってまた新たな甦生の循環となる。

古来から桜にはそのような雰囲気があるものです。

修験道発祥の地、山岳信仰の中心であった英彦山にひっそりと咲く守静坊のいのりの一本桜はまさに今の時代の人間が憧れる生き方の智慧の結晶のようです。

今週末にかけて散っていきますが、2日には満月を迎えます。夜桜の美にもまた智慧が隠れています。この枝垂れ桜は全方向、全時間、全受容、全存在で味わえます。

宿坊の甦生からますます元氣になっている奇跡の彼岸桜から季節の巡りと一緒に心の持ち方も学び直していけるといいですね。

 

 

英彦山枝垂れ桜の物語

英彦山の守静坊の枝垂れ桜は少しずつ開花をはじめています。この唯一無二の枝垂れ桜の物語を少しご紹介してみようと思います。

もともと守静坊のしだれ桜が英彦山の地に植樹されたのは今からちょうど二百三十年年前のことです。この頃の英彦山には約三千人以上の修験者たちが英彦山の中で暮らし宿坊も八百坊ほどあったといわれます。当時の英彦山はとても参拝者で賑わっており、坊家の山伏たちは薬草で仙薬をつくり、信仰者へのお接待やご祈祷や祭祀、護符の授与や生活の知恵の指導などを生業として暮らしていたそうです。

時代の変遷を受け、今はその様子は失われていますがその当時の面影のままに今でも清廉に咲き誇る「しだれ桜」が守静坊の敷地内にあるのです。時代を超えて生き続けている存在の御蔭さまで私も甦生に取り組むことができています。

この守静坊の枝垂れ桜の特徴は、「澄みきった可憐さを持つ花びらと、鳳凰のように羽を広げた姿はまるで今にも飛翔していきそうな姿」です。実際には樹齢二百三十年以上、高さ約十五メートル、幅約二十メートルほどあります。

品種は、「一重白彼岸枝垂桜」といいます。この名前には日本人の自然観と死生観がある象徴的な桜ともいわれています。この「彼岸桜」は、春のお彼岸の頃に咲くことから名付けられ、此岸(この世)と彼岸(あの世)をつなぐ存在として、古くから先祖供養や浄土思想と深く結びついてきました。

そして「枝垂」は枝が下へと流れるように垂れる姿を指し、その形は水や柳を思わせ古来より霊性や神聖さを帯びるものとされ寺社に多く植えられてきたものです。純白の透明感のある「白」は清浄や浄土を象徴する色であり彼岸という概念と重なることでより一層あの世への祈りや鎮魂の意味が入ります。

また「一重」は花びらが簡素で原初的な形であることを示し人の手による装飾性よりも自然そのものの美しさを宿しているともいわれます。これらすべてが重なり合ったという意味で「一重白彼岸枝垂桜」という名前になっています。

この世とあの世の境界に静かに佇み、亡き人への想いをそっと託すような、日本的精神性を体現した桜がこの守静坊の枝垂れ桜なのです。

そして言い伝えでは、江戸時代の文化・文政年間に(1804年~1819年)に当時の守静坊の坊主である守静坊普覚氏が二度ほど、英彦山座主の命を受けて京都御所へ上京しました。その時、京都祇園にあるしだれ桜を株分けしたものを持ち帰りこの英彦山に植樹したといいます。

昨年、故あってちょうど福岡にお越しになっていた平安時代末期から続く公家の家職であり代々宮中の装束を担当してきてこられた若宗家の山科言親様に浮羽の私が甦生している古民家でお会いするご縁をいただきました。その時に「元々は祇園桜の発祥は、京都円山公園にある山科家の宿坊の敷地内にあった枝垂れ桜だったんです」というお話をお聴きしました。その時の出会いの感動は大きく、時代を超えて桜を通して繋がる人々の関係があることに感謝したことを今でも覚えています。

守静坊ではこの枝垂れ桜の開花時期に、英彦山と場にご縁のある方々や檀家さんたちが集まりご先祖さまの供養を行う年中行事その後に行われてきたという伝承があります。それを新たに甦生して、今の時代に本質は変えずに桜を喜ばせるような年中行事「サクラ祭り」として私が実施しています。

昨日も大量の落ち葉を桜の養分にと作務をしていたら何処からか桜を観に来る方やお花見のお電話が入ってきました。どの方々もこの守静坊の枝垂れ桜を観て感動した、魂が震えた、桜との出会いが忘れられずにまた来たいと足を運んでおられました。

桜は凛としてただ自分の花を精一杯に咲かせているだけですが、その姿そのものあるがままの徳が人々の心を癒し清め、繋がりを保ち今でも心を救っています。

私もこの枝垂れ桜のように生きたいと、人生の大先生と慕い桜守をさせていただいているところです。きっと満開と見頃は今週末から来週末くらいまでではないかと思います。

英彦山はちょうど上宮の工事も終え、お山も次第に調ってきました。桜と共に皆様にお会いできるのを心から楽しみにしています。

https://www.crossroadfukuoka.jp/event/15519

お彼岸への伝承

日本の伝統的な行事に「お彼岸」というものがあります。これはインドや中国にはない日本で発展した仏教行事です。盂蘭盆会はインドからのものです。春分と秋分の間にあるのが彼岸で、夏にあるのが盂蘭盆会です。

そもそもお彼岸とは何でしょうか?

お彼岸の「彼岸(ひがん)」は仏教の言葉で「向こう側の世界」といいます。「あの世」ということですね。それに対して私たちのこの世界は「此岸(しがん)」といい「この世」のことです。

春分には太陽がほぼ真東から昇り、ほぼ真西に沈みます。そしてこれは秋分も同様です。この春分・秋分が日没の方向が一年の中でもっとも明快に「西」を意識することができます。

阿弥陀仏の説く極楽浄土は西の方角にあるといい、「阿弥陀の浄土は西方、十万億の仏土を過ぎたところにある」とされてきました。だからこそ西を向くこと自体が、極楽浄土へ心を向ける行為になっていたのです。

春分と秋分の時期は、太陽が真東から昇り真西に沈みます。その瞬間にあの世とこの世が結ばれると先人たちは実体験で味わったのかもしれません。中庸、バランス、調和、あちらとこちらも渾然一体になった時、そこに天地和合心、極楽浄土が観えたのでしょう。

英彦山の守静坊は、祭壇から玄関に向けて西を向いて建っています。私はいつも宿坊に来ると、夕方はいつも夕陽を眺めてはずっと祈ります。西から差し込んでくる澄み切った金色色の柔らかな太陽の光が「真摯に一日、そして一生を終えるいのちのご供養をしている」ように実感するからです。

輪廻転生、何度も循環し巡りくるいのちの調和は誰が何のために行っているのか。私たちはいのちがある御蔭さまでさまざまな体験ができています。それもまたご先祖様が結んで繋いでくださった一期一会のいのちです。

「在る」ものに眼差しを丁寧に向けてみると、感謝の世界が顕現してきます。

極楽浄土は何処にあるのか、それは感謝の中にこそということかもしれません。

人は朝に太陽を拝み、夕陽に太陽に祈ることで感謝の世界を味わえます。世界のいのち、そして人類が平和でありますようにと感謝でお気楽極楽に真心の暮らしを楽しむ。平和とはいつもかくありたいものです。

今日も、英彦山の守静坊ではご縁のある方々と一緒に先人や先祖を偲び、歴史を学び直してみんなで読経してお香を焚いて、しだれ桜のご神木にしめ縄をはります。

お彼岸の有難さに感謝しながら過ごす一日にしていきたいと思います。

場と道

「場が育つ」という言葉があります。植物や動物をはじめすべてのいのちが育つように、場も育ちます。この「育つ」という言葉の語源は、赤ちゃんが産まれることの会意文字でもあり、日本の古語の「生ひ立つ(おひたつ)」が由来だともいいます。つまり「時間をかけて成熟していく」ということです。

植物であれば、最初に土を定めそこに種を蒔きます。すると新芽が出て花が咲き実をつけては種になります。この自然の循環そのものが時間の成熟です。そしてそのいのちのめぐりそのものの働きを場とも呼びます。

場が育つというのは、自然全体で行われている循環が場に凝縮され顕現するのを実感するということです。

そしてその場の中には、人だけでなく風土や暮らし、そして歴史や文化、伝統や伝承などあらゆるものが有機的に結ばれて離れているものがない状態が繋がっています。その分けられていない、一物全体のような境地を「場」と私は呼んでいます。場は言葉で語れるものではなく、場で感じるものです。

場には道があります。

この道とは、歩んできた道のこと、つまりは時間をかけて成熟してきた道のりのことでもあります。人間は、視野を広げ、意識を高め、宇宙をはじめ全体と結ばれ、心を磨いて徳を調えると「道」の存在に氣づくものです。

道を感じるための入り口には、必ず「場」があります。

そして場を感じるのには兆しがあります。この兆しは、木々が清々しい花として変化したり、風や空気感が変化したり、水が綺麗に澄み渡ったり、光が揺らいだりといった自然現象の変化として顕れます。

人間は理想を抱き、謙虚に先人たちの遺徳を継承し、丁寧に誠実に実践を積み重ねるときに場の種は次世代へと蒔かれていくものです。

子どもたちのためにも、脚下の場を調えるような実践を積みかさねていきたいと思います。

ということで、来週は徳積堂(飯塚市有安)のある鳥羽池(八龍権現池)の桜から場を学び、再来週は守静坊(添田町英彦山)の230年の枝垂れ桜から道を辿ります。

この場と道に、ご縁のある方々のご参加を心から楽しみにしています。

むかしの五穀田

先日、故郷でついに農業委員会の許可を経て正式に農業を営む人になりました。そして2026年3月5日、無事に新しくご縁をいただいた田んぼで初心と覚悟を魂串に載せて綱分八幡宮の宮司様と一緒に「地まつり」を行いました。美しい棚田と霊山関の山を仰ぎ、澄み切った風がお山から吹き下ろされ一期一会の清らかで純粋なお時間を過ごすことができました。

このような素晴らしい風景がある場所の田んぼとご縁をいただけたこと、心から地縁神恩に深く感謝しています。

ちょうどこの場所は今から5年前に江戸時代の古民家を甦生した「和楽」(わら)があります。懐かしい未来の和の暮らしを実践する暮らしフルネス道場の一つです。この歴史を生きる古民家和楽とその庭先にある田んぼがきっと子どもたちの未来に確かな徳を智慧を伝承してくれることと信じみんなで予祝をしました。

5月の田植えころには、徳が循環する結づくりのコミュニティの仲間や縁者の皆様といにしえから続く音や楽、そして食や幸福を感じる神事を実施する予定にしています。

思い返せば、私が無肥料無農薬のお米づくりをはじめたのは2011年の東日本大震災の時です。もうすぐ3月11日、いつまでも大切なことを決して忘れない日と決めているこの日が近づいてきました。あの震災を私は東京で被災し、多くの犠牲者がでて天災と人災の違い、悲しみから犠牲者の追悼をしました。今でもあの体験を、あのメッセージを受け取った一人として忘れないぞという覚悟で田んぼに向き合ってきました。

そこから千葉県神崎にある神崎神社の麓にある田んぼをお借りして14年間無肥料無農薬でお米づくりを自然酒の寺田本家の酒米をつくっていた見事な農家さんと共に歩んできました。そして昨年、福岡県朝倉にある大己貴神社の麓にある田んぼをお借りしそこで仲間たちにお声がけして一緒に無肥料無農薬で手植え手刈り稲架かけでお米をつくりました。そしていよいよ本年から福岡県飯塚市(旧庄内町)にて田んぼを取得しこれまでの集大成としてこの場を天命と定めました。

田んぼの命名は「むかしの五穀田」としました。

これはこの地域の氏神様が五穀神社であることからです。

この五穀は古来、日本の食文化の根幹をなし、米を中心に麦・粟・豆・黍(稗)などが挙げられました。日本人の精神の真髄その根源には常に『五穀豊穣を祈る』文化があります。

むかしとは、懐かしい心の風景のことをいいます。

古代より今まで私たちは生きるために食べてきました。食べるというのは、ただ食事をすることをいいません。共に仕合せに生きるために、共につくり、共に生き、共に助け合い、共に笑い合い、共に暮らす、共生と幸福の原点をいいます。

むかしから変わらないもの、変えてはならないもの、それを守ることが、子孫やこの地球の人々の過去と未来と今を見守ることにもなります。

世界が渾沌として戦争前夜のような重苦しい空気の中であっても、どう生きるか、どういう生きざまをするかは自分で決めることができます。

日本には「和合」という言葉があり、「和楽」という生き方もあります。

和をもって尊しとなすといった、聖徳太子、そして和の系譜を生きた尊敬する先人たちの先達者たち。その方々に恥じない生き方ができるようにこれから私も人事を盡して天命を喜ばせていきたいと思います。

これから「むかしの五穀田」を甦生して日子山を中心とする大和のクニから続く願いと祈りをしめ縄のように結っていきます。

皆様のご参加、賛同を心から楽しみにお待ちしています。

 

お水への感謝

浮羽の老舗兵四郎のお披露目会で古民家甦生の報告をすることができました。思えば、2年半の間、お水に見守られた有難いご縁になりました。浮羽は、大雪で吹雪いており時時に美しい太陽の清々しい光が舞い降り場を照らしてくれました。

今回の甦生で一番思い出に残っているシーンは、井戸掘りだったのは間違いありません。1年半もかけて、ずっとお水が甦生するように祈り、何度も井戸に入り、井戸に祈り、井戸を掘る職人と一緒に誠実に盡しました。最初は、井戸のあった場所が見つからず、周辺を何度も数メートルほどみんなで掘りましたが出てこず、諦めた頃にむかしの井戸であっただろう掘り穴が出てきました。またその井戸が空気抜きがされていないこともわかり、苦しかったであろうことも感じご供養祈祷をしました。

そこから砂や土を取り出し18メートルほど掘っているとお水が湧きました。そのお水が透明で美しく、顔を洗い口に入れるとその清らかさに感動して泣いていました。これだけ長い時間をかけて井戸を掘った理由は、井戸職人さんの体調をはじめ、道具を集めたり、無理せずに日を選んだり、定期的にご祈祷をして穏やかに取り組むようにしたこともあります。

井戸を掘っている間は、常にお酒やお塩、法螺貝を吹いては事故や怪我がないように祈り続けました。不思議なことに、一番奥ふかい場所から一つの勾玉のような石が出てきて台座もありました。誰かが井戸を埋める前に、安置したのではないかとし今でもその石と台座を大切にお祀りしています。

また井戸検査も見事な結果で、もちろん飲用もでき水質は近隣の名選百水の清水湧水に勝るとも劣らないほどです。

お水は調理や生活するには十分なほどの水量もあり、これから老舗兵四郎の店舗で用いられます。お水がまた流れはじめ、暮らしの中で循環すると思うと感無量で言葉にできません。

私たちはお水があってこそ生きていくことができます。

あまりにも身近にありすぎて、感謝をする機会も減っているように思います。しかし私は有難いことに井戸を掘る機会に恵まれたことでお水が湧きでることの本当の有難さを學ぶご縁をいただいてきました。

此の世のどのようなものよりもお水が尊い存在であることも井戸が教えてくれました。

昨日は、井戸の蓋を開けありがとうございますと話しかけました。清らかにあがってくる空気を感じながら、お酒を法螺貝に汲んで井戸と酌み交わしました。波動や鳴動で振動を揺らすと、余韻が場の全体に響き渡ります。

甦生したお水と古民家が、子どもたちの未来に向けて徳を発揮し、豊かさや喜びが場に満ちることを信じて蓋を閉じました。

一期一会の井戸とのご縁に深く深く感謝しています。

ありがとうございました。

私たちは生き方が場に顕れてくるものです。どのような人がその場所でどう生きたかは、よくよく観察すると場に顕れます。そしてその場が残るのは、その場に生きた人たちが遺したものによっていつまでもいのちが継承されていくのです。

私は場道家として、場をつくることが本志です。

場をつくるには、場を調える必要があります。場を調えるにはまず場を澄ますことからはじまります。場を澄ますには、自分が場と同化して自己を澄ます実践が必要です。つまり、場と自己を磨き続けるという精進があってこそです。

では何を砥石にして場と自己を磨き続ければいいか。それは自我よりも偉大な存在に対して素直に従い、すべてを選ばずに承りながら道を歩む時に砥石は顕現します。この砥石は、かんながらの道でありあるがままの天命を生き切るときに自然発生してくるものです。

なので、正解もなく、固定もなく、思い込みもありません。ただあるがままの道を歩んでいるということです。

畢竟、人生というものは誰にでも誰にしかないものがありその使命を盡していのちを全うする存在そのものです。ただし、どれだけ透徹された透明さであるか、どこまで澄み切れたかというのはそれぞれに異なります。

自分の生れ落ちた場が選べなくても、自分の場を澄ませて透明にしていくことはできるということです。

いのちが透明であるというのは、いのちの正体を生きるということです。

場はそういう時にこそ、はじめて自他一体になり神人合一の境地に入るように私は思います。場と一体になるというのは、宇宙そのものであるともいえます。

引き続き、場を學び、場と歩んでいきたいと思います。

丙午の年

いよいよ今年は、「ひのえうま(丙午)」に入ります。これは十干十二支といって中国の古来の歴訪、そして日本の民間信仰が結びついてうまれたものです。一般的には自然の循環や時間の流れを整理し、理解するための東洋的な知恵の体系であるといわれます。

まず十干は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類があります。これに五行(木・火・土・金・水)と陰と陽が組み合わせられます。そして十二支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類があります。具体的には時間帯や方角や季節を意味します。

今回の丙午は、五行では「火」を顕し、陰陽では「陽」を示します。つまり火の氣が重なる非常に情熱的な年になるということです。

風水では、エネルギーが最高潮に達するということで燃えるイメージになります。活動的でスピード感、発展や成長などがあります。同時にメリットにはデメリットもあるように反対側に衝突やトラブル、激情や極端になるともあります。

私の名前は、「火」の性質がとても強く、この丙午のような性質で人生を送ってきました。よいこともあればよくないこともある。燃えすぎる情熱は時として摩擦や人間関係の軋轢をつくります。昨年、レスキュー隊長の消防士が来られましたが燃えていて冷静という二つの性質を調和することで人命を救助できるお話をお聴きしました。

まさに今年は、黙っていても背中を押されるように熱気や気炎が盛んですからどう調和していくかというのが何よりも重要になります。

風水では、火を調和させるのは土と水の役割です。土と水といって最初に連想するのは「田んぼ」です。田んぼはまさに火と調和する素晴らしい智慧です。

有難いことに今年の私のテーマは、「水」。そして土づくりは私の使命の一つ。丁寧に火と調和し、子どもたちのいのち耀く元氣なお米(魂)が育つような環境を調える一年にしていきたいと思います。

本年もよろしくお願いします。

ゆずり葉

この時季、鏡餅のゆずり葉を英彦山の守静坊のお庭に取りに行きます。この「ゆずり葉」というのは、常緑樹です。常緑樹でユズリハ属ユズリハ科に属します。

このゆずり葉の名前の由来は、春に枝先に若葉が出たあと、前年の葉がそれに譲るように落葉することに由来します。古名ではユズルハ(弓弦葉)と書きます。葉の中にある主脈がはっきりと目立ち、まるで弓の弦のように見えることからその名がありました。

正月の鏡餅に添える理由は、ユズリハが年神の乗り物として用いられるからともいいます。自分たちの先祖が次々と代を譲って新しい命へ生を繋げていくように、春になるとユズリハの新葉が芽吹きあたかも古葉が代を受け継ぐように落葉する様子に後世の人々がそのユズリハの落ち葉に乗ってまたご先祖様は天上界へ昇ったと信じられてきました。また葉柄の赤い色が呪力をもち邪気を祓うと信じられたからです。

このゆずり葉には、有名な二つの詩があります。一つは、三好達治氏のもの。もう一つは、河井醉茗氏のものです。改めて二つの詩から「ゆずる」ということを感じてみると、

三好達治氏

「ゆずり葉」

子どもたちよ
子どもたちよ
ゆずり葉の木の下で

==

河合醉茗氏

「ゆずり葉」

子どもたちよ。
これはゆずり葉の木です。
このゆずり葉は
新しい葉が出来ると
入り代わって古い葉が落ちてしまうのです。

こんなに厚い葉
こんなに大きい葉でも
新しい葉が出来ると無造作に落ちる
新しい葉にいのちをゆずって――。

子供たちよ
お前たちは何をほしがらないでも
すべてのものがお前たちにゆずられるのです
太陽のめぐるかぎり
ゆずられるものは絶えません。

かがやける大都会も
そっくりお前たちがゆずり受けるのです。
読みきれないほどの書物も
幸福なる子どもたちよ
お前たちの手はまだ小さいけれど――。

世のお父さん、お母さんたちは
何一つ持ってゆかない。
みんなお前たちにゆずってゆくために
いのちあるもの、よいもの、美しいものを、
一生懸命に造っています。

今、お前たちは気が付かないけれど
ひとりでにいのちは延びる。
鳥のようにうたい、花のように笑っている間に
気が付いてきます。

そしたら子どもたちよ。
もう一度ゆずり葉の木の下に立って
ゆずり葉を見るときが来るでしょう。

==

どちらのゆずり葉も子どもたちに向けてのものです。私は、子どもに関わる志事に24年間取り組んできました。子ども第一義の理念を掲げ、子どもたちが憧れるような生き方や働き方をしようと理念に忠実に実践しました。

このゆずり葉の詩にあるような生き方や心にはとても胸に響くものがあります。シェル・シルヴァスタイン氏の本、大きな木~ザ ギビングツリー~という本があります。この心境もとても似ています。

与えて去っていくもの、与えられて受け継いでいくもの、伝承の歴史のうえに私たちのいのちは咲き続けています。

いつまでもその恩徳を忘れないように子どもたちの傍で見守っていきたいと思います。

法螺貝講習

昨日、英彦山守静坊で法螺貝講習を行いました。一人一人に丁寧に、法螺貝を吹いてもらい何が課題で何が重要か、そして吹き方の癖やどのように吹くと振動や音が安定するのかなどを見つけて指導していきます。

今回は、私のメンターの立螺師も宇佐から来ていただき一緒に考え方をはじめ法螺貝を吹くことの意味や背景、その歴史や経緯など、仏教の真理に従い進行していきました。

例えば、法螺貝を立てるときの偈文に「三昧法螺声」というものがあります。この偈は、仏教の教えを表し、法螺貝の音が三界の神霊を驚かせ、妄夢を醒まし、覚りの位に導くとされているものです。他にも「一乗妙法説」などの偈文を唱え、魔障を払い、大日如来の説法からご祈祷が始まります。

その中で、最後に「當入阿字門」と最後に唱え法螺貝を吹きます。

この「阿字門」とは何なのか?

これはシンプルにいうと「阿」という万物の根本真理に入り、悟りの本質に至ることを意味する真言密教の言葉です。

まずこの阿は、梵字(サンスクリット文字)の 「अ(a)」 のことです。この阿は万物の根源・生滅しない真理(不生)・大日如来そのもののことを指します。つまり不生不滅の存在、分別することのないあるがままの存在のことです。

そして阿字門とは、その悟りへの入り口に入ると門のように見立てたものです。最後は、すべての修行は阿に帰着するのだという意味で唱えます。「當入」というものは、「まさに入るべき」「正しく入る」という意味になります。

この法螺貝の音を聴き、まさに自己と宇宙(大日如来)が一体の存在であることを悟るのだということがこの「當入阿字門」です。

法螺貝を吹くたびに、この心願を唱えます。

私たちが吹いている法螺貝は、その音を聴けば宇宙と一体になる響きを味わう。まさに宇宙の螺旋を顕現する唯一無二の存在が法螺貝であると私は信じています。

参加者の講のみんなも活き活きとし、また法螺貝をもっと吹き込みたいと熱気が充ちていました。このように繰り返すことで、はじめてやっていることの意味や、自分たちがなぜ法螺貝に導かれたかがわかります。

ご縁を大切にし、また次回の講習を楽しみにしています。次は法螺貝網袋に使う「七宝」の真理についても学び合いたいと思います。