深山幽谷に棲むとされる存在に天狗があります。私は小さい頃から英彦山の豊前坊に導かれいつも身近に天狗がいました。この天狗の起源は中国では「流れ星」とされました。具体的には、隕石が大気圏に突入し地表近くで爆発して大きな音を立てることからそれが犬の咆哮に似た音が聞こえて天狗と呼ばれるようになりました。
つまり最初は、隕石が落ちたところに天狗が顕現したとなったのでしょう。標高の高い霊山にはよく隕石が降ったともいわれます。古代の人たちは、お山に天狗がいると思ったのは流れ星と共にお山に降臨した存在と感じたかもしれません。
私の人生の中で最も深いご縁ができた鞍馬山も金星の隕石が降臨したといわれているお山です。ここには、天狗大僧正という日本八天狗の棟梁がいるとされています。そしてその存在を「護法魔王尊」と呼びます。この護法とは仏法を守護するという意味です。魔王は、西洋では神の対照的な存在を悪魔としました。しかし東洋では、試練と成長を与える破壊と甦生の象徴としました。そして日本では、私の解釈ですが大自然そのものの徳の顕現としての鬼としての魔王としたように思います。
そもそも鬼というのは、恐ろしいものや力強いものの存在のことを指します。この鬼は桃太郎の鬼退治のように悪さをするよくない存在に描かれますが、実際には善いことをする鬼の物語もたくさん地方には遺っています。以前、三浦梅園の遺徳を學ぶときに訪れた国東半島では「邪悪なものを追い払い幸福をもたらす仏の化身」であると大切にされていました。
つまり護法魔王尊とは、仏の化身ということです。魔仏一如は神仏混淆の証だったように私は思います。
そしてこの天狗とは、まさにその仏の化身としてお山に棲む大自然の霊力と調和した存在ということでしょう。歴史の中で、存在も変化し研ぎ澄まされていくものです。
今の時代の天狗と護法魔王尊はどのような存在を言うのでしょうか。
明日、その鞍馬寺の晋山式に参列し御祝いにくらま山保育園の子どもたちに私が手掛けた日子山仙螺の法螺貝を十一貝ほど贈呈します。このご縁がこの先にどのように結実していくのか、大天狗の道のお導きに感謝するばかりです。
引き続き、鞍馬山とのご縁に感謝しながら大天狗の教えのままに歩んでいきたいと思います。
