教育と暮らしの一致

現代の教育の問題として知識と知恵のつなぎがスムーズに連携できていないというものがあるように思います。学校で子どもたちが学んでいる知識がどうそれが活かされるのか、その体験までいく環境がありません。同時に、知恵がちゃんと知識としてその人のものになっていくという体験して内省し、それが気づきになるという時間もありません。

本来、学問の面白さはこの知識と知恵の一体感にこそあります。この両輪がきちんと周ってこそ、前進することの面白さを知り、好奇心が促され学問はさらに豊かなものになっていきます。

むかしは、知恵の縦軸という教育。そして現代の知識の横軸というものが見事に結ばれて教育は充実していたといいます。私の所には、80歳を超えてなおイキイキと学問を学ばれる先達からワクワクと童心を発揮する幼児期の子どもたちまで来ますからその学問の過程と共通点を観る機会が多くあります。

本来、学問の醍醐味は体験してみて知恵を習得してみたいという願望があってはじまります。そしてそれが知識になることで、それをみんなの役に立てたいと思えば自然に学び始めていきます。知識と知恵は切っても切り離せない存在ですし、それが分かれていることで色々な問題が発生しているのです。

この時代、もう一度その知識と知恵を一体に学ぶ必要があります。そのためにも、知恵を学び、知識を持ち、それを日々の暮らしの中で活かしているというまるで仙人のような生き方をする人たちが必要になります。むしろ、それが本来の先生の原型でもあり、みんなその先生と共に学び合いながら知恵と知識を一体化した存在を目指していったのです。

情報化社会で知識を得る方法は、とても長けてきました。子どもたちは、あっという間にIT化された道具を駆使して知識を習得していきます。しかしその反面、知恵を得る方法が失われてしまい、知恵だけが取り残されてきました。そのことで、知識を得てもそれを活かす術がないまま大人になり、世界との切磋琢磨からも置いてけぼりをしているところも増えてきています。

日本はむかしから世界に誇る素晴らしい伝統文化や生活文化もあり、知恵の宝庫です。その知恵を使えるようになるには、みんなで知恵を活かすための訓練や実践が必要です。

これからはじまる仙人苦楽部では、その生き方上手な仙人たちがみんなと一緒に知恵を蓄え、知恵を活かします。どんな未来になるのかわかりませんが、教育と暮らしの一致を目指していきたいと思います。

英彦山守静坊の甦生 感謝祭

明日は、いよいよ英彦山の守静坊の甦生感謝祭を行います。振り返ってみたら、本当に多くの方々に見守られ無事に宿坊を甦生することができました。結に参加してくださった方々のことを一生忘れません。この場をお借りして、改めて深く感謝しています。

思い返してみたら、今回の宿坊の甦生は困難の連続でした。工事に取り組み始めてからも何十回、もしくは何百回も神様に真摯に拝み、尽力することはやりつくすのでどうかお力をおかしくださいと祈り続けました。少し進んだと思うと、大きく後退し、善いことが起きたと思ったら八方ふさがりのような状態に陥ったり、一喜一憂してばかりの日々を過ごしてきました。

そんな中でも、本当に有難かったのは身近でいつも支えてくれたスタッフや家族、どんな時でも丸ごと信じて応援してくれた叔父さん。そしていつも見守ってくれていた仲間たち、結に参加してくれて見返りを求めずに徳を一緒に積んでくださった同朋のみなさま。小さなお気遣いから、大きな思いやり、取り組みに深い関心を寄せてくださった方々に心を支えていただいていました。

今回の宿坊の甦生で、故長野先生はじめこの宿坊に関わったこられた歴史の先人の皆様。そして英彦山に少しでも御恩返しすることはできたでしょうか。喜んでくださっているでしょうか、もしもそうなら努力が報われた想いになります。

私たち徳積財団、及び結の仲間は宗教組織ではありません。むかしの先人たちが暮らしのなかで信仰していたように、お山を拝み、お水を拝み、いのちを大切にし、お祈りを実践し、生活を助け合うなかで心をむすぶために信じあう仲間たちの結(ゆい)です。この結というのは、つながりや結びつきの中で暮らしていくという古来からの日本人の知恵の一つで「和」ともいいます。

私は、和が永続することを「平和」だと思っています。そしてそれは徳を積むことで得られると信じています。この徳を積むというのは、自分の喜びがみんなの喜びになり、みんなの喜びが自分の喜びになるという意味です。自然をお手本にして、全体のいのちが充実していくように、暮らしを充実させていくことです。それが暮らしフルネスの実践であり、徳が循環していく安心の世の中にすることです。

今の私たちは歴史を生き続けている存在です。終わった歴史ではなく、これは今も私たちが結び続ける責任を生きています。今までの先人たちの徳の集積を、さらに磨いてこの先の子どもたちに繋いでいくのが今の世代を生きる私たちの本当の使命です。

最後に、感謝祭に来てくださってお祝いをしてくださる友人たちがむかしの家族的な雰囲気で舞や唄を披露してくれます。この宿坊の谷は、弁財天さまの谷で弁財天は芸能の神様でもあります。むかしのように囲炉裏を囲み、みんなで一緒に同じ釜の飯を食べ、笑い、踊り、唄を歌う。心地よい法螺貝の音色が宿坊全体に広がっていくように豊かで仕合せなひと時を皆様と一緒に過ごせたらこれ以上の喜びはありません。

これから親友で同志のエバレットブラウンさんが、宿坊に滞在し英彦山の徳を出版や湿版写真等で伝承してくれます。そして私は、一人ひとりの徳を尊重し合い磨き合う場として仙人倶楽部というものをこれから徳積堂にてはじめます。私が心から尊敬する師の一人、二宮尊徳はこれを万象具徳といい、それを顕現させるのが報徳ともいい、その思想を一円観といいました。私はこれを現代にも甦生させ、「平和が永続する知恵」を子どもたちに伝承していきたいと思っています。

本日がその一つの節目になります。このひと時を永遠の今にしていけるように皆様と祈りをカタチにし、懐かしい未来を味わいたいと思います。

ここまで本当にありがとうございました、そしてこれからもどうぞよろしくお願いします。

和やかなテクノロジー

最近、ある人の紹介で「カーム・テクノロジー」(穏やかな技術)のことを知りました。これはシンプルに言えば、人、情報、自然が一体になって調和したテクノロジーのことを言うそうです。

もともと今のような情報社会になることをユビキタス・コンピューティングの父とも言われる有名なエンジニア、マーク・ワイザー氏はすでにその当時から予見していました。そしてそのワイザー氏が、現代のようなユビキタス・コンピューティングの時代に「カーム・テクノロジー」というコンセプトが必要になると予言していました。

このコンセプトは、テクノロジーが暮らしの中に溶け込み、自然にそれを活用しているという考え方です。このコンセプトは約四半世紀を超えて、人類に求められてきているテーマになっているということです。日本でも、この考え方を実装するためにmui Labという会社が京都に創業しています。この会社が監修したアンバー・ケース著の『カーム・テクノロジー 生活に溶け込む情報技術のデザイン』(BNN 2020年)にわかりやすくその内容の一部を整理しているので紹介します。

「テクノロジーが人間の注意を引く度合いは最小限でなくてはならない」

「テクノロジーは情報を伝達することで、安心感、安堵感、落ち着きを生まなければならない」

「テクノロジーは周辺部を活用するものでなければならない」

「テクノロジーは、技術と人間らしさの一番いいところを増幅するものでなければならない」

「テクノロジーはユーザーとコミュニケーションが取れなければならないが、おしゃべりである必要はない」

「テクノロジーはアクシデントが起こった際にも機能を失ってはならない」

「テクノロジーの最適な容量は、問題を解決するのに必要な最小限の量である」

「テクノロジーは社会規範を尊重したものでなければならない」

もともと、この「カーム・テクノロジー」(穏やかな技術)はなぜ必要になるのか。これは私なりの考え方では、自然を尊重するなかで如何にテクノロジーとの共生をするかは人類が生き延びるための普遍的なテーマだからです。これは避けては通れず、やり過ぎればどの文明も自分たちの技術によって滅ぶのです。これは歴史が証明していますからいつの時代でもその時代に生きる人が取り組む課題になるのです。そしてこの課題が発生する理由は、そもそも道具というものを使い進化するということの本質にこそあります。

元来、道具というものは、全て使い方から産まれるものです。そして使い方は、使い手の人間力そのものによって最大効果を発揮します。使い手が如何に人間的な徳を磨いてきたか、そしてその徳を積む環境の中で道具と調和をはかったきたか、そこには時代に反映された生き方と働き方があります。

道徳と経済の一致の話も同様に、人はどの時代においても謙虚や自然への畏敬、そして自分たちの文化や歴史を洗練させてきました。この時代においても、それは必要で今の時代は特にテクノロジーで便利になり過ぎているからこそ危険なのです。

自然環境が破壊されるのもまた、その行き過ぎた消費文明の中の技術主義にこそあります。技術が技術を調和するには、確かに私もこのカーム・テクノロジーが行き過ぎたテクノロジー依存の人類には必要だと実感しています。道具だけ進化させても人間力が伴わなければ片手落ちになるからです。それは、今の人類の核の利用をみても明白です。

私ならこういう時は先人に倣います。自立した先人たちがずっと大切にしてきた伝統的な日本の和の暮らしをととのえながら、その時代に発明された道具を必要最小限で最大の効果を発揮する仕組みを知恵として生活に取り入れるのです。

私が提唱する暮らしフルネスは、古民家の懐かしいもの、宿坊の仙人的な知恵に囲まれていますが文明のテクノロジーは否定していません。むしろどれだけテクノジーを人間力で高められるかに興味がありそれを実現させようと取り組んでいるのです。これを徳という砥石を使ってやりましょうと話しているのです。言い換えれば、私なら穏やかではなく「和やか」というでしょう。そしてこの和やかな暮らしこそ、人類を救うと私は確信しています。

和やかなテクノロジーを、この日本、この福岡の地から発信してみたいと思います。

日本の初心

現在、英彦山の宿坊の甦生に取り組んでいますがいつものことながら困難続きです。だいぶ、これまでの経験から慣れてはきていますが信じているものの現実の対応には決断ばかりが必要で心身の疲労は蓄積していきます。

振り返ってみると、これまでも古民家甦生は無理難題ばかりの連続でした。当然ながら、費用の問題。大工さんや職人さんたちは一生懸命に取り組んでいますからそのお支払いが必要です。なぜ今までなんとかなってきたのが不思議で、その都度に知恵を出したり周囲の方々からのご寄付があったりして何とかなってきました。

そして次に建物の問題。私がやるところは皆が手入れをやめて荒廃していよいよ最期かというところのものしかご縁がありません。中もぐちゃぐちゃで、木材などもシロアリ被害にあっていて思った通りに工事が進みません。

他にも私の無知からの不手際でご迷惑をおかけしたり、本業の仕事ができなくなりみんなに迷惑をかけたり家族との時間が減り家事を任せきりになっていたりと、いろいろとあります。

何よりももっとも大変なのは、本質を守り続けるためにブレないで最後まで貫遂するための自分自身との正対です。

私が取り組むときに最初に決めるのは、「家が喜ぶか」「本物の和にしたか」そして「子どもに恥じないか」と定めます。今回の宿坊はそれに加えて、お寺ということもあり「布施行」を貫き仲間を増やし、「いのりの場」として子孫に繋ぐためのプロセスを重んじたかと、取り組みの際の自戒を定めてやっています。

何度も費用のことや、楽にやろうとしたり、時間がないなかで時間を敢えてかける方を選択したり、ブレないで自戒を大事に守り取り組んできました。夜中に夢に魘されたり、山の中の寒さで冷え切り体調が著しく崩れたり、心ここにあらずで怪我をしてしまったり、ストレスで頭痛や胃腸を悪くしたりと、思っていた以上に堪えました。

しかし、そんな時こそ足るを知り、いただいている方を観て感謝して同時に信じてくれた自分や周囲の御蔭様に勇気をいただき前進してここまで来ました。周囲からは、順風満帆で明るくやっていますし私自身も弱さを公開せずに徳を積む仕合せをこぼれさせようと顔晴っていますからなかなかこんなことを伝えることがありません。

むかしの諺に「武士は食わねど高楊枝」があります。 これは誇り高い武士はどんなに貧しくても、腹いっぱい食べたかのように楊枝を使って見栄を張っていたというものです。これは見栄をはっていたのでしょうか?

実際には、江戸時代の武士の多くは今でいう政府や役所のお役人でした。彼らの多くは私利私欲に走ることなく世の中のため、民衆のためにと働いた公人でした。現代のように裕福でモノに溢れた時代もある中でも為政者としての武士の倫理規範をもち、無私の奉仕、誠実な生き様を痩せ我慢をしてでも実践した言葉です。

この時代、価値がないと捨てていく大切な伝統や本物の文化が荒廃していくのを見すごせないと私のようななんでもない凡人でも環境がなくても真摯に取り組めば甦生はできるとその姿に何かを感じてほしいと宿坊の甦生に取り組んでいます。

かつての山伏もまた、山で暮らし山を守り、日々に修行に精進して気品高く人々のために盡してこられました。私にとっての山伏は、先ほどの武士は食わねど高楊枝で尊敬する先人であり先達なのです。

その暮らしを甦生するためにも、私自身が同じ境地を少しでも感じたいとこの今も甦生に取り組んでいます。今回の宿坊の甦生、英彦山の甦生は、できる限り多くの方々のお布施や托鉢、そして英彦山を愛し、日本の誇りを甦生するための寄付をなるべく多くの一人ひとりから集めたいと願っています。

それが日本人の心のふるさとを思い出し、日本の初心を甦生させることになると信じているからです。途中経過になりましたが、今の私の心境です。皆様の心に何かが伝わり、一緒に徳を積むことの仕合せや喜びがこの社会をさらに磨き上げて素晴らしくしていくことをいのっております。

宿坊が甦生し、皆さんにお披露目できるのは新緑の頃になると思います。

ぜひ、この「いのりの場」に来ていただくご縁がありましたら心に懐かしい未来の美しい風景が宿りますことを念じております。残りの期間、しっかりと取り組みます。

一期一会

力に換える

昨日は、秋月の黒田鎧揃えに参陣してきました。これは以前も書きましたが、初代藩主の黒田長興公が島原の乱に出陣する前、正月三日に軍事演習(鎧揃え)を執り行ったことに由来し、相馬藩(現在の福島県相馬市)の「馬揃え」、土佐藩(現在の高知県高知市)の「旗揃え」と並ぶ“天下三揃え”のひとつといわれます。

主催の挨拶では、先人たちへの感謝や祈り、そして未来へ向けて想いをつないでいきたいという言葉がありました。また、秋月の藩校の稽古館の教えの唱和もありました。

長い時間をかけてどのような人づくりをしてきたか、そして藩祖がどのような想いでこの場所を見守り育ててきてくださったかとその御恩に報いているように感じました。

実際の行軍では、破邪顕正を祈り、法螺貝を立て、時の声を上げながら鎧を纏いみんなで清らかな心で行脚していきます。秋月のむかしの大切な場所へと向かい、祈り、そして本陣に戻りそのころの気持ちに寄り添うのです。

先祖が大切にしてきた気持ちは、言葉にならなくても伝統行事を執り行うことで初心に帰ります。その時の先祖や侍たちが大切に守ってきたこと、そしてそれがいつまでもその地に根付いていることなどが甦生するのです。

本陣に戻ると光月流太鼓や居合など、伝統の演奏演武もありました。

時代から先人の智慧や伝統は蔑ろになり目の前の便利さや合理性こそが智慧や革新のように思われている昨今ですがそれは本物ではありません。本物は、先人の智慧の中にあり、そして伝統の真っただ中にこそ存在するものです。

私は伝統か革新かと選ぶのではなく、本物こそ伝統であり革新であると思っています。つまり、智慧は先人からのつながりの中にこそ存在しそれをこの時代に活かすときにこそ本物になるということです。

一見、時代錯誤をしているように思われることでも時代が変われば本物を続けているだけです。この時代、次世代へと本物をつないでいくには工夫が必要です。私が取り組む「場」はその創意工夫に挑戦して本物を譲り遺すことにあります。

この体験もまた次世代への希望にし、子どもたちの力に換えていきたいと思います。

 

腸活を楽しむ~智慧食~

私たちの郷土料理の中の一つに「ぬか炊き」というものがあります。ぬか漬けの漬物を知っている人は多いと思いますが、そのぬかを使って料理して味付けをし煮込んだものがぬか炊きといいます。

そもそもこの「ぬか」は、玄米を精白する時に出る、胚芽(はいが)と種皮とが混ざった粉のことをいいます。それを壺や木桶などに入れて、塩水を加えて練れば「床」ができます。そのぬかの床ができるから「ぬか床」(ぬかみそ)とも呼びます。このぬか床は人間に有益な微生物や乳酸菌などの棲家になりそこでの発酵の循環で産み出されたものを摂取することで人間にとっても豊富なビタミンやミネラル、栄養価を得られます。

この微生物と人間との調和、そのものを「発酵」と呼び、私たちは伝統文化として暮らしの中に取り入れてきました。野菜等の保存食としても最適でもあるためこの智慧を伝承されてきたのです。今では冷蔵庫=保存するものになっていますが、自然界にはそんなものはなく微生物と共生することで私たちは生き残るための智慧を獲得してきたのです。この時の保存は単に傷まない腐らないための仕組みではなく、「永続的に健康でいられる仕組み」まで入っていたのです。

以前、確かこのブログでも書きましたがぬか漬けの歴史は奈良時代の「須須保利(すずほり)」という漬物がルーツだともいわれます。米糠のことも734年(天平6年)の正倉院文書の尾張国正税帳にあるといわれています。それだけぬかを使った暮らしには歴史があります。

その「ぬか」を使った「ぬか炊き」は一般的なぬか床のような漬物として使わずにぬか床を調味料にして青魚のサバやイワシをぬか床で長時間炊くのに使います。つまり「ぬか+炊く」から「ぬか炊き」ということなのです。このぬか床を長時間炊くことで保存期間が延びさらに青魚特有の臭みも消えぬか床のうま味が魚に入り絶妙な味わいが得られます。健康になる上に、寿命が伸びるという発明食です。福岡での伝統郷土料理としてのはじまりは小倉藩主の小笠原忠政公が前任の信濃国から保存食用としてぬか床を持ち込んだのがはじまりです。

今の時代、添加物をはじめいのちの入っていない便利なサプリや加工食品ばかりが広がっている中で腸内環境を整えるといった「腸活」が流行ってきていますが現代社会でも心身の健康恢復の救いになるのがこの「ぬか漬け」と「ぬか炊き」であることは間違いありません。日々の暮らしの中で如何に腸内フローラを活き活きさせていくか、それは暮らしの中の日々の食の智慧と工夫にこそあります。

つまり伝統保存食は単なる長期間腐らないものではないのです。本来の伝統保存食とは、健康な暮らしを維持継続させるための智慧食のことです。私たちは日々に心身が整っていけば、それだけで仕合せを感じます。日々の暮らしは、私たちの人生を美しく彩り、明るくしていきます。

「食」という字が、なぜ「人が良くなる」と書くのか。それは食によって人間が磨かれていくからです。そしてそれは「腸内環境」からというのはまさに的を得ていると感じます。

コロナウイルスのことで、暗く辛い報道も増えていますが、いつまでも子どもたちが安心して元氣で健康で幸せになれるように私も腸活を楽しんでいきたいと思います。

 

暮らしフルネスのごあいさつ

「お手入れ」という言葉があります。これは「手入れ」により丁寧な「お」が入ったものです。この手入れの意味はは「手入れよい状態で保存するための、つくろいや世話のこと」をいいます。さらにここに「お」がつくと「いのち」を伸ばすために、いのちを大切に扱うために思いやりやおもてなしになっていくと私は思います。

この「お手入れ」というのは、存在そのものを大切にするときにも使います。私はこのお手入れこそが今の時代にはもっとも必要な価値観であろうと思うのです。

大量消費の時代、お手入れをするというのはもう死語かもしれません。お手入れをするよりも新しいものを買うという具合にすぐに新しいものを購入します。モノがあふれているからこそ、古くなればすぐに捨てるのです。この捨てるように使うというのが文明のことで、文化は捨てずに修繕するのです。

つまり修繕というものを学ぶことこそが、文化を甦生させることでありますから幼いころから「お手入れ」を学ばせることが大切なのです。これが永遠に文化を大切にすることを忘れさせない人の生きる道につながるのです。

このお手入れは、本来は単なるモノにだけ行うものではありません。自分自身に対するお手入れもあります。それは体のお手入れ、心のお手入れ、精神おお手入れ、そして魂のお手入れなども必要です。

このお手入れは、磨くことと直すこと、そしていのちを大切にするということです。これを今はどれを使って教えるか、それは私は「暮らし」を使って教えることだと思っています。

先人たちはその真理を悟り、持続可能ではなく「永遠」であるものを伝承してきました。私たちはまだ目新しい持続可能という延命治療を知る前に、もともと永遠を生きるという根源治療をやっていたのです。

私はSDGsという言葉を会社の取り組みから外したのは、暮らしこそが本物の文化伝承の仕組みだと気づいたからです。

これが私が暮らしフルネスを提唱した根本的な理由です。

これから一緒に私と「お手入れ」に生きる同志を集めます。

ぜひ一緒に、暮らしフルネスの世界に変えていきましょう。

法螺の道

昨日は京都の南禅寺の行場で、素晴らしい法螺師の方とのご縁がありました。その方が立てる法螺貝はまさに行場の神聖で清浄な空気そのものであり、凛として優しく包み込むような音に深く心が癒されました。

何も分かっていない私に対して、とても丁寧にそして真心でお稽古をしてくださり初心者の心得を伝承していただきました。

法螺貝は、楽器ではなく法具であるというお話や、それぞれの流派の歴史、そして何のために法螺をやるのかという意味などをご指導いただきました。法螺師の生き方や生き様、流派や宗教に囚われず原始原点の信仰の姿を垣間見ることもできました。

もともとこれらは音楽ではないから音符があったわけではありません。明治以降、音符にしてそれぞれの流派の法螺の音色を紙面におとしていますが本来は口伝や伝承によって師から弟子へと引き継がれてきたものです。

それは単にテクニックだけではなく、原点や初心を伝承してきたのです。短い時間ではありましたが、ご指導いただく一期一会の一コマの中にとても凝縮された温かい見守りを感じて魂が揺さぶられました。

私は甦生を磨いていくものですから、法螺貝によって自分を磨き、その法螺貝と一緒に徳を磨いていきます。先達の法螺師から、「あなたが選んだ法螺貝だから、それがあなたの低音である」といわれ、誰とも比べることのない私の音を、この法螺貝と共に見つけていきたいと感じました。

自然物の法具は、いつも私を磨いてくれます。想えば貝は、私の人生にとってとても偉大で大切なパートナーの一つです。

人間が自然と共に、自然と一体になっている姿から本来の人間とは何か、人間の持つ役割とは何かを改めて思い出します。山伏や法螺師の姿は、大地そのものです。大地のように力強いチカラで、子どもたちのいのちを揺さぶり元氣を甦生させていくかのように私もこれから法螺の道を究めていきたいと思います。

ありがとうございました。

道の奥義

宮本武蔵に『五輪書』(ごりんのしょ)という兵法書があります。これは宮本武蔵の代表的な著作であり、剣術の奥義をまとめたといわれています。

寛永20年(1643年)から死の直前の正保2年(1645年)にかけて、熊本県熊本市近郊の金峰山にある霊巌洞で執筆されたといいます。この書には、生き方の真髄とむかしの稽古の本質が記されているように思います。単なる剣術の奥義ではなく、まさに日本人的な生き方の伝統を純粋に生ききったことで得た境地を書いたもののように思えます。

「兵法の利にまかせて、諸芸、諸能の道となせば、万事に於て、我に師匠なし。今この書を作るといへども、仏法、儒道の古語をもからず、軍記、軍法の古きことも用ゐず、この一流の見立、実の心をあらはすこと、天道と観世音とを鏡として、十月十日の夜、寅の一点に、筆を把りて書き初めるものなり。」

はじめに自らの経験のみを師とするというのは、古今世界共通の真理です。そして最後にはこう締めくくります。

「我が流において、太刀に奥口なし、構えにきわまりなし、`ただ心を以てその徳を弁えること、これ兵法の肝心である」

自らの心こそ矩とする、そして実の心、経験から得た内省こそを師にしてその道に向かい歩んでいくこと。素直な道ともいうその生き方は、今でも変わらず私たちの心に深く響いていきます。

先達の人たちの生き様を見倣いそれを今の自分の生き方の鏡にする。まさに稽古照今は、道の奥義です。

乱稽古の高揚感や楽しさはハレの日の面白さですが、平常のケに帰し、いつものように淡滔滔と暮らしフルネスの実践を磨いていこうと思います。

ありがとうございました。

場道の心得

日本の精神文化として醸成し発展してきたものに、場・間・和があります。これは三位一体であり、三つ巴にそれぞれが混ざり合って調和しているものですからどれも単語が分かれたものではなく一つです。

この三位一体というのは、真理を表現するのに非常に使いやすい言葉です。私たちは単語によって分化させていきますから、実際には分かれていないものも分けて理解していきます。言葉はそうやって分けたものを表現するために使われている道具ですから、こうやってブログを書いていても全体のことや真理のことなどは文章にすればするほど表現が難しく、読み手のことを考えていたら何も書けなくなっていきます。

なので、共感することや、自分で実感したこと、日記のように内面のことをそのままに書いていくことで全体の雰囲気を伝えているだけなのかもしれません。

話を戻せば、先ほどの三位一体ですが例えば心技体というものがあります。これは合わせて一つということで武道や茶道、あらゆる道という修業が伴うものには使われるものです。これらの分かれて存在しているようなものが一つに融合するときに、道は達するということなのでしょう。言い換えれば、このどれも一つでも欠けたら達しないということを意味しています。

そして私に取り組む、場道もまた道ですからこの心技体は欠かせません。では何がこの場によっての心技体であるかということです。これを和でわかりやすく伝えると、私は「もてなし、しつらい、ふるまい」という言い方で三位一体に整える実践をしています。そもそもこれが和の実践の基本であり、そして同様に場と間の実践にもなります。

まず「もてなし」は、心です。「しつらい」は技です、そして「ふるまい」が体です。

これは場道を理解してもらうために、私が自然に準備して感覚で理解してもらいその道を伝道していく方法でもあります。もてなしは、真心を籠めることです。相手のことを思いやり、心の耳を傾けて聴くこと。そしてしつらいは、それを自然の尊敬のままに謙虚におかりし、場を整えていくことです。美しい花の力を借りたり、磨き上げた道具たちに徳に包まれることで万物全体のいのちに礼を盡します。最後のふるまいは、一期一会に接するということです。この人との出会いはここで最初で最後かもしれない、そして深い意味があってこの一瞬を分け合っているという態度で行動することです。もちろん世の中のふるまいのような立ち振る舞いもあります。しかし本来は、見かけだけのものではなくまさに永遠の時をこの今に集中するという態度のことで覚悟のことでもあります。

人生を省みて、その時にどのようにふるまったのか。

つまりその人は、どのような夢や志をもちこの時代の出会いの中での「ふるまい」という上位概念でのふるまいを私はここでの三位一体のふるまいと定義しているのです。これは実は、先ほどの「もてなし、しつらい、ふるまい」の共通する理念を指しているものでもあります。

つまり「生き方」のことです。

場道の真髄と極意は、生き方を日本の文化を通して学び直すことです。先人たちに倣い、本来の日本人の大和魂とは何か、生き方とは何かを、思い出し、それを現在に甦生させていくことで魂を磨き結んでいくのです。

子どもたちが、この先もずっと日本人の先祖たちの徳を譲り受けて輝き続けられるように見守っていきたいと思います。