特別な存在と特別な感情

昆虫や植物をよく観察しているとその造りや個性、そのいのちの絶妙さに感動します。小さな蟻や、一凛の花にもまるで神が宿っているような美しさがあります。意図的に特別な存在だと思わなくても、それぞれが特別な存在です。

人間社会は、承認欲求ばかりを競うようになってきて自分は特別だという発信ばかりがあらゆるところで広がっているように思います。そして何か特別なものになったかのような錯覚や、特別なものであることの優越感なども流行っています。SNSや動画をみてもそういうものばかりです。

自然界の中に入ると、特別が当たり前に感じるようになってきます。どのいのちも美しく唯一無二です。人工的なものがないところにいけばいくほどに、見事に調和している世界を感じます。

人間は画一的になるように意識し、権力や権威、欲望などを増大させてきました。差別なども増え、さらに競争は過熱していきました。国という概念を中心に、組織を運営するためにあらゆる特別を設けては人を管理してきました。その構造は、今でも変わりません。

特にお金や情報、権威や権力は形を変えて人々の心を管理するようになってきました。人はみんな自分が特別だと思いたいものです。そしてそれを周囲に承認されたいと思っています。

私はよく変人とか言われます。自分らしく自分の追及をしているからそういわれるのですが、それがいいのかわるいのかもわからず自分では普通だと思っています。あるがままでみんながあることは普通ですし、そして特別だとも感じます。

運よく生き残るもの、そうではないもの、でも人間万事塞翁が馬です。目に見えないご縁があることはすべて特別であり普遍という意味で普通です。

私達、すべてのいのちは特別な存在です。そして自分があるがままでいることが何よりも特別な感情です。みんながあるがままであることほど特別なことはありません。子孫のためにもあるがままの今を味わいながら、一期一会の有難い時間を大切に過ごしていきたいと思います。

 

鷹のような生き方

英彦山のことを深めていると、鷹に纏わる伝承がすべてを結んでいることに気づきます。周囲の筑豊、筑後、豊前、豊後、日田、耶馬渓、宇佐、国東、他にもあらゆるところに鷹がキーワードになって結ばれています。

アニメのワンピースではないですが、一つのことで繋がっていてそれが時代を超えても今でも存在しています。さらに深めていけば、ユダヤとのつながりや檀君神話など世界とも結ばれていきます。

もともと古代の信仰はいつはじまり、そのルーツにはどのような歴史があったのか。もう数千年も前のことは記録には残っていません。しかしよく観察すると地理の中や、文化や伝承などを辿るとその遺り香のようなものを感じることができます。

そしてキーワードを見つけることができたなら、そのキーワードを辿ることで全容が次第に明るみになってくるものです。

もともと先人や先祖は、この土地で何をしていたのか。どのような暮らしをしていたのか、それを知りたいと思うがゆえにその土地に出向きそして暮らしを見つめます。

私も英彦山の暮らしが増えていけばいくほどに、鷹の存在を強く感じるようになります。この鷹は、鷹羽、鷹巣、日鷹、鷹住、大鷹、鷹木、猿鷹日子、鷹天原など鷹の一族の存在が地名に顕れます。そしてそこには伝説や神話がたくさん残されており、今でも鷹を信仰しています。

この先、どのような鷹結びが発生してくるのか。とても楽しみにしています。

自分の直感で気づいたものを辿り、深く洞察して鷹のような生き方を実践してみたいと思います。

 

場を磨く

自分らしさというものがあります。その人の持ち味ともいえるものです。その人の持ち味とは何か、それはその人にしかない味わいのことです。

例えば、私たちが飲んだり食べたりする素材があります。これはその素材の持つものを味わってみようと試みれば色々な味わいがあることがわかります。その味わい方は、いくつも方法があります。料理の方法やその飾り方、環境、あらゆる要素が味わいを深くしていきます。

その他にも味わい深さは、その素材が誕生してたどり着いたプロセスのようなものもあります。滋味あふれる深い味わいは、その素材の真の持ち味ともいえます。つまり、この真の持ち味こそ自分らしさの源泉というものです。

自分らしさを磨いていくには、天命を知る必要があります。他人軸ではなく、自分軸で生ききり、自分に与えられた唯一の道、つまり天命を生きるときその人にしかない深い味わいがにじみ出てきます。

これはその人にしかできないというもの、まさに天から与えられた唯一無二の人生を歩んでいるときその人らしさの持ち味が発揮されるものです。

そして本来、これは特別な人にしかないものではありません。誰もが持っているものです。これを私は徳とも呼びます。徳を磨いていくことで、その持ち味は発揮されます。そしてその徳が集合し、調和していのちが循環するところを私は「場」とも呼びます。

私は場道家を名乗り、場づくりを専門にしています。

持ち味を活かすための仕組み、自分らしくいられる環境づくり、それを頭でっかちに理解してお金にすることを仕事にするのではなく、まさに暮らしの中でそれを体得するという生き方を伝承しているのです。

暮らしフルネスの場に来る人たちはそれを感じることができます。

これから少しずつ、仲間を増やしていきますが気づいた人は訪れてほしいと思います。先祖に報いて子孫に徳をそのままに伝承していけるように場づくりを深く磨いていきたいと思います。

妙見の地縁

今年は故郷の妙見神社のお社のお手入れなども取り組む予定があり、色々と妙見菩薩のことを深めています。この妙見は、「善を見通す」という意味もあります。もともと北斗七星を神格化した菩薩で、この妙見菩薩は国土を守り幸福をもたらす存在です。日本では特に眼病の治癒を祈る修法(妙見法・北斗法)の本尊として祀られています。仏教では尊星王、北辰菩薩、北辰妙見大菩薩、道教では、鎮宅霊符神、玄天上帝、太一、北極紫微大帝、そして神道では、天之御中主神ともいいます。日本に伝来し神仏習合され民間に広まり、時代の変遷を経てこれだけ名前が変わっています。

大きく変化したのは、明治の神仏分離令と廃仏毀釈です。それまであらゆるものが混淆していた妙見が神社になる必要があり。それまでの妙見菩薩を廃して別の神様に置き換えられていきました。明治政府による国家神道をつくり、一神教にしようとした試みです。

妙見という名が失われたのもそこからです。もともと色々なことを調べるほどに、時代の価値観の変化や新しい文化の輸入によってむかしのものが別のものと融合して新しくなっていきます。つまり革新し続けているということです。

それに広がり方などを観ていると、妙見は千葉氏が深く信仰していたため全国各地へその子孫が移動するたびにそこにお祀りするための場ができました。基本的には、杜という神聖さを保つ場所で心を清め祈りを捧げる場所に先祖や自らの信じてきた神様を祀るのです。

私たちが今、参拝する寺社仏閣をはじめ神社などのお社、祠には歴史がありそのむかしにそこに配置した誰かがいたということになります。私のいる場所の氏神様は、くらおかみの神という八大龍王、八龍権現といわれる水神です。雨乞い神事なども多く、稲作には欠かせない神様として先祖がお祀りしたところからはじまったのでしょう。

周囲にも龍王山があったり、別の場所には巨石の上で雨乞いをしていた毘沙門さまという場所もあります。

あらゆる人たちが、神域で新たに人々や地域に必要な神様を勧請するたびに文化が混淆していって今の私たちになったのでしょう。

懐かしい未来を思うとき、地縁というものを深く感じます。先人たちや先祖たちが何をしてきたのか、そして子孫へ何を伝えてきたのか。真摯に感じ取っていきたいと思います。

 

憧れ

暮らしを追及していると、生き方に出会います。生き方は暮らし方になっているからです。そして生き方を見つめていると死に方と向き合います。死に方は暮らし方の延長にあるからです。そして生き様というものが顕れ、死に様というものでその縁起を覚えます。

私が尊敬する人たちは、みんな生き様が見事な方でした。ここ10年で私が憧れた人たちが次々とお亡くなりになりました。ごく自然に、距離を持ち、そして静かに穏やかに逝かれました。

生きているときに常にこれが最期のような感覚をいただき、お別れするときは今世はもうお会いできないのではないかという寂しさがありました。そうしてまたお会いしたいと思ったときにまたタイミングがきてお会いすると、出会えた喜びに生まれ変わったような気がいつもしました。しかしもうお会いできないという状況になると、まるで深山の巨樹のようにまだそこに存在して見守ってくれているのではないかという気配があるものです。

ある方は、光のように、ある方は風のように、ある方は土のように逝かれました。生き方はそのまま死に方になり、生き様はそのままに死に様になりました。

これらはすべてその人の初心が顕現しているとも言えます。どのような初心を以って道を歩んでいくのか、その初心の余韻が場に薫ります。

私たちはその人になることはありません。しかしその人の歩んできた道を共にした経験によって歩き方も変わっていきます。振り返ってみたら、自分もまた歩き方がだいぶ変わってきました。歳をとり、若い時のように歩いていくことはできません。歳相応に歩いていきますが、気が付くと無理ばかりをしているようにも思います。

初心を忘れてはいけないと、歩き方を歩き様を振り返っては反省の日々です。

憧れた大人になるように、そして子どもたちの憧れるような大人になれるようにどう生きるか、どう死ぬか、そしてどう逝くかを見つめています。

盂蘭盆会の準備に入り、夏の風が吹いてくると日が強くなり死が身近に感じられます。日々の小さなことに感謝して前を向いて歩んでいきたいと思います。

伝承的な暮らし

歴史には、知識の方面と知恵の方面のものが二つあるものです。知識としての歴史は、過去にこうであったと切り取られたものです。しかし知恵としての歴史は、今もこうであると生き続けているものです。本来、歴史はその両面を持ち合わせていたものでしたが今は専門家や分類わけが進み知識の歴史の方ばかりが重視されるようになってきました。

例えば、私は暮らしフルネスの実践の中で先人たちが知恵で生み出した知恵の暮らしを伝承していますがそれを使うには自分の五感をはじめ、身近なむかしの知恵の道具たちとの協力が必要です。囲炉裏で何かをしようとすれば、囲炉裏に関わる道具たちと火を上手に調整するための道具たちで構成します。

生活文化の歴史の本では、江戸時代の生活様式と紹介されイラストと一緒にその様子が描かれています。知識としては知っていても、それを使ってくださいとなると簡単には使えません。なので、実際には日々の暮らしで実践してみるなかで知恵を習得し、そのうえで知識としてこれはどのような意味や価値があり創造されているものかを語るとき、先ほどの知識と知恵の両面を持ち合わせることができるのです。

つまり歴史というものも同様に、まずは実践を通して知恵を学び、そのうえで知識を得ることで真実の歴史を伝承していくことができるように私は思います。

私は現在、英彦山の宿坊での伝統的な暮らしを試行錯誤したり、郷里の観音霊場の甦生などに取り組んでいます。失われた伝統文化などを甦生するには、自分の足で自分の身体を使い時間をかけて感覚を優先して会得していくことからはじめます。それと同時に、文献や地域の人たちの口伝、あるいは似たような文化圏を歩いて辿っていきます。

すると、不思議ですがかつての場に遺っている余韻のようなものと和合してかつての暮らしが甦生していきます。これは単に暮らしを追及したのではなく、日本人の追及の上に醸成されたとも言えます。

私たちの本来の日本人の原型というものはどういうものだったのか。先人たちの知恵の結晶の中には、日本人が語られていることに気づきます。自然との共生や真心を持ち、水のような謙虚さや光のような純心さがあります。

親祖から連綿と続いているやまと魂に触れることはとても仕合せなものです。子どもたち、子孫にその仕合せが永続していけるように伝承的な暮らしに取り組んでいきたいと思います。

杜を守る

山の中には、人間によって開拓されていない場所がまだ残っているものです。それを原生林といいますが、むかしはその場所を神域と呼び伐採や狩猟も禁止していたともいわれます。

むかしは杜がすべてのいのちを守っていたということを自然から学んでいました。ある場所を守ることでその地域の生態系が豊かになりバランスが取れるのです。自然の仕組みを知るからこそ、守るべき場所もわかっていたのでしょう。

しかし時代を重ねるごとに、経済的な危機からそういうものを破壊して人工的な森にしていくことが増えていきました。狩猟や伐採、別の木々に植え替えをし巨樹なども失われていきました。

その結果、山は荒れ、聖域の持つ神秘的な雰囲気も失われレジャー施設のように遊戯場のようになっていきました。動物や昆虫たち、植生も変わってきて元の山の元氣はありません。

先日、古墳のことを深めているときに古墳は単なる墳墓ではなくその地域の生態系を守る役割があることを知りました。私の郷里も古墳だらけですが、今でも残る古墳には丘がありその下には貯めた池がありそこから湧水が湧いてきます。水トンボをはじめ、静かな池の周囲には豊かな杜が形成されています。

日本の古い神社仏閣も杜のようになっている場所が多くあることに気づきます。それはこれを破壊せずに守るようにとの先祖の教えが伝承されてきたものではないかと私は思うのです。

その場所は、守らなければならないという場所こそ私たちの根源があったところということでしょう。根源を守り続けることは、今の時代は大変な苦難を伴いますが子孫のためにも仲間と共に守るために変革していきたいと思います。

伝承革新

昨日は、福岡県にある秋月鎧揃え保存会のメンバーが英彦山の守静坊で合宿を行いました。合宿というのは今は多くの人が同じ宿舎で一定期間ともに生活して共同の練習や研修を行うことをいいますが本来は暮らしを通してお互いを見つめ合う一つの作法だったのかもしれません。

郷に入っては郷に従えということわざもあります。もともと何かを取り組むのには目的や初心というものがあります。それを確認するためには、その中に一本流れている筋道やルール、そして理念のようなものをどう理解するかが大切になります。

浅いところしかわかっていないのでは自由に動けば周囲への迷惑にもなります。深いところでお互いがよく理解しあい、規律と方向性を知ることはお互いを活かしあうためには大切です。

宿坊では、朝のお掃除の作務から歴史の勉強会、瞑想や座禅に加え、お昼には精進料理を食べ、振り返りを車座で行いお山の参道をのぼり休憩をして理念を唱和してお礼とお掃除と記念撮影をして終えるという具合でした。

当たり前のことをやっているようですが、私が司る場の中に入り、暮らしを体感するなかでそこに流れている生き方というものが加わり心身が調います。このような体験や気づきは、唯一無二でありその人の一生の思い出にもなります。

人は思い出があることで意識が変わることもあります。どのような思い出をお互いが持っているかは、一生において何よりもかけがえのないものです。

時代が変わりますが、歴史は終わることはなく今に生き続けているものです。その歴史を生きる人たちにとって思い出をさらに甦生させて歴史を刷新していくことは伝承する喜びに満ちています。

本来、歴史を生きるというのは単なる金銭を優先する観光イベントや文化交流ではありません。それは生き方をどう実践するかという、どう生きるかというという話です。

それぞれに人はどう生きるかというものに向き合っています。そこに尊敬する先人たちや今も心に共に生きる先達がいるというのはとてもありがたいことです。

守静坊は、歴史の今を生きる存在であり静的な修行をし続けている場です。これからも、本質を守り、静けさを保ち、本来の宿坊のままに生き続けて伝承革新していきたいと思います。

自然道の伝承

英彦山の守静坊の周囲のお手入れをしていますが、長年放置されていた状態の分だけお手入れは大変です。特に石垣の周囲には、野生の植物たちが入ってきていて人工的なものを壊していきます。先日の大雨で水路も崩れ、道もところどころ陥没していてそれも少しずつ直しています。

一日にできる作業はそんなに多くなく、コツコツと取り組んでいくしかありません。周囲の小さな昆虫たちをみていても同様に、雨で崩れた巣や環境の変化にあわせてそれぞれで調えています。

山に住んでみると、一見同じような木々や植生に見えてもどれが人が関わったものでどれが人が関わっていないのかということに気づきます。人の手が入ったものは、お手入れしなければ必ず崩れます。それが自然の仕組みです。自然はそれぞれの生き物たちが関わっているものによって成り立っていますから、その自然の場がどの生き物が作用してそうなっているのかはその生き物の徳によって醸成されているのです。

精神というものは、場に影響しあいます。その人の精神が場に顕現するともいっていいものです。その人物がその場をどのように清め調えているのか、あるいは荒廃したものをまたどのように甦生し以前よりも善いものへと磨き上げていくのか。これは伝承や文化の話でもあり、生き物たちはそうやって常に自然といのちと向き合いながら豊かに仕合せに生きているともいえます。

暮らしの豊かさというのは、自然の中での営みと共にあります。他の生き物たちと一緒に同じ時代、同じ場所でそれぞれの生活を豊かに営んでいくこと。お互いに環境に配慮しあいながら生きていく喜びは格別なものです。それはそこに思いやりがあるからに他なりません。

生き物たちは、私たちが思っている以上に思いやりをもって関係を維持しています。自分だけでいいとはなっておらず、お互いの境界線のぎりぎりのところで場を調えていきます。ここまではいいのか、ここはよくないのか、それはお互いの暮らし方や営みの間で距離をとっていくしかありません。

しかし植物たちも昆虫たちも、それはなんとなくわかっていて仕方がないことも知っています。謙虚さというのは万物を活かしあう真心と共にあります。

思い通りになることが良いのではなく、お互いに活かしあうことの方が善しとする生き方と暮らし方。

先人の歩んできた道を甦生し、子孫へ新たな道を伝承していきたいと思います。

カビとの折り合い

長雨が続くと、古民家ではカビが発生してきます。カビといってもあらゆる種類のカビがあり、目に見えるものには青カビ、黒カビ、白カビ、赤カビ、緑カビといってそれぞれの場所にコロニーをつくって生存します。自然界の中には、いつも浮遊していて湿度や温度、栄養があればそこにコロニーをつくって大繁殖します。

これはシロアリなども同じで、エサが大量にあるとわかればそこに巣をつくり大繁殖していきます。シロアリも、湿気と温度と、栄養になる餌が揃えばやってきます。

逆にいえば、これらの湿気と温度と栄養のどれだかがなければそこにはコロニーをつくることはありません。それを考えて環境を調えていくしか、高温多湿の日本ではカビを抑制することはできません。

まず温度は20〜30度くらいがもっともカビが活発に活動するといわれます。なので梅雨から夏場がもっとも活動期になるということです。温度を下げるというのは、今では空調がありますが古民家では難しく私はこまめに拭き掃除をしたり柿渋や蜜蝋、あるいはヒバ油などを塗って対応しています。

また湿度は60%以上あると活発に動き始めます。除湿器もありますが隙間が多く、特に山にある宿坊は水気が多くてとても対応できません。風通しをよくするしかなく、窓を開けて湿度を下げる工夫がいります。

最後に栄養ですが、人の皮脂汚れやホコリ、ダニ、食べ物のカスなどなんでも栄養になります。湿気を吸い込む古い木材など栄養の塊です。

この3つの条件がすべて整うと、カビはすぐに繁殖して目に2日~3日で目に見えるところまで出てきます。また黒カビでも5〜10日ほどあれば出てきます。そうなってくると、掃除は3日に一度は続けないとコロニーをあちこちにつくられてしまう計算になります。

実際にはカビはいらないかといえばそうではなく自然界ではとても重要な役割を果たしています。カビが無機物を分解する御蔭で地球は循環していきます。アリやミミズのように分解してくれる御蔭で私たちもその恩恵が受けられます。それに麹カビやチーズを作るカビ、抗生物質のペニシリンなど人類には欠かせないカビもいます。とはいえ、カビは胞子を飛ばしアレルギーを誘発したり毒をもっているものがたくさんありますので折り合いをつけて生きていくしかありません。

むかしの人たちは全部排除するのではなく、やはりお手入れをしながらこの高温多湿の日本でうまく折り合いをつけてたのでしょう。むかしのことわざに梅干しにカビが生えると縁起が悪いというものがあります。これは本来、腐ったりカビが生えないものが家事を疎かにすることで生えてしまうといういわれもあるようです。

カビが生えないように意識することで、私たちは風通しや水の流れ、掃除などを実践することを忘れないようにしてくれているともいえます。

この時期は、特に気を付けて暮らしをととのえていきたいとおもいます。