蕎麦切り

昨日から愛用の蕎麦包丁を研いでいますが普通の包丁と異なり、研ぎが繊細で難しいものです。形もですが、大きさも36センチほどありあまり研ぎすぎるとまな板を傷つけることもあり、気を使います。

もともとこの形状の蕎麦包丁の発明は江戸時代だといわれています。 江戸時代の都市化で一般庶民の間でそばが広く普及したことで薄く長く切るための特殊な包丁が必要になりました。

それまではそばがきといって、蕎麦粉をお湯でこねて練り食べやすい餅上の大きさにしたものです。

この蕎麦がきは、奈良時代や平安時代が起源といわれます。特に信州や出雲などの蕎麦栽培が盛んな地域で発展し、祭りや特別な行事でも提供されてきたともいいます。これは鎌倉時代に石臼が発展して蕎麦を粉にしていく技術が高まったからです。それが次第に戦国時代から江戸時代にかけて全国に広まり、江戸時代には蕎麦屋のメニューとしても人気でした。もともとはお米と同じように、主食で食べられていたといいます。

蕎麦切りといって今のような麺になるのは、諸説出てきますが私は饂飩の影響が大きいのではないかとも思います。二八蕎麦といって、江戸時代には切れにくい蕎麦も打たれていました。

饂飩のように蕎麦を食べる、蕎麦は蕎麦湯もあり江戸時代に手ごろに食べられ栄養価もあり捨てるところもない食べ方として流行ったのかもしれません。

引き続き、お蕎麦を深めてみたいと思います。

稲荷神

田んぼには、稲荷神が宿るともよくいわれます。この稲荷神のことを倉稲魂大神(ウカノミタマ)といいます。これは日本神話に登場する女神で、穀物の神として広く信仰されてきました。

『古事記』や『日本書紀』に登場して農耕や商業の神としても崇めらています。この「宇迦」は、古語のウケの変形で穀物や食物を顕します。つまり食べ物つくる神様が稲荷神ということです。

稲荷神は、よく眷属としてよくキツネが祀られます。これは狛犬のように、神様と人を結ぶ使者のように扱われています。山に巣を持ち、田に降りてくるキツネが田を荒す生き物たちから田を守ったからともいわれます。

稲荷神社などにいくとキツネがいますが、何かをくわえて座っている姿が多くあります。それを説明すると、鍵は、穀倉の鍵を顕し収穫の安全や蓄えの守護を象徴しています。また宝珠(たま)は願いがかなう霊的な力の象徴と恵みの成就を意味します。稲束は稲荷の語源に通じる稲と農の神を顕します。そして巻物は知恵・教え・誓いなどを伝承する象徴とされます。

今はあまりキツネを見かけることもほとんどなくなりましたが、むかしは自然の循環や環境においてキツネは人間と近いところで暮らしていたことがわかります。

またいなり寿司というものがありますが、あれはキツネが油揚げを好きだからということから由来しているそうです。

稲荷神社ではよく朱色の社殿や鳥居が使われます。これは諸説ありますが、草木や果実が熟すと赤くなる様子から豊年や成熟する色とされたといいます。五穀の神で木火土金水の五行説の火(赤)は土を生ずることから土壌を肥やすための野焼きの色ともされます。荘厳で朱色の雰囲気は、巫女さんの着衣もですがご神徳を感じるものです。

時間をかけて伝承されてきたものには深い意味と知恵があります。

今年はお水や田んぼとのご縁が増えていますから、稲荷神のことも学び直していきたいと思います。

真の信頼

信頼には、相対的な信頼と絶対的な信頼があるように思います。信頼の対義語は不信です。相対的に信頼を語る時は、同時に不信や疑念、裏切りなどがでてくるものです。それに対して絶対的な信頼とは何か、それは丸ごと信じる、主体的に信じ切るときに使うものです。相手が存在するのではなく、自分がどうあるかを求めていく道です。

信じるというのは、成長していくものです。継続して信じ続けていくと、それが信念と呼ばれるものになります。それは単なる思い込みの継続ではなく、生き方の継続です。自分の今、一瞬一瞬の生き方で信じるを続けていくことです。そうすることで、きっと丸ごと善いことになると信じる力も育っていきます。

その信じる力が醸成されていくと、少しのことがあっても動じません。きっとこれもいいことになると信じることができるからです。諺にあるような、人間万事塞翁が馬の境地でしょうか。禍福一円で丸ごと循環してよいことになると思うのです。

ではなぜそうならないのか、それは感情があるからです。感情は思い込みなどとつながっていて信不信を往来して揺さぶってくるものです。頭で考えていることに呑まれていくと、真の信頼とは程遠くなります。自分を生きるという自立の実践は、自分が主人であることを忘れないでいるということです。

これに対して依存というものがあります。依存というのは、自分を信じるということを忘れている状態のことをいいます。自分以外の外側に意識も感情も囚われ、地に足がつかないようにおぼつかなくなるものです。これは根が大地に張り巡らされているように成熟していないともいえす。

大樹の成長を観るように、長い時間をかけて自分の根を自分の足元に広げていく。その場所で花を咲かせ、その場所で実をつける。いくら他の木を羨ましがっても、自分の木は自分の場所で育ちます。

拠って立つというのは、自分を生き切ることですがまさにそれが真の信頼に結ばれていくようにも思います。真の信頼を持つためにも、自立のテーマを忘れずに取り組んでいきたいと思います。

骨の真髄

私たちの体の中心は骨でできています。骨があってはじめて体の動作を支え、内臓を保護します。実際に死んでしまえば最後まで残っているのは骨だけです。しかも骨は長い歳月でもこの世に留まり残ります。

つまり骨こそ私たちの正体ともいえます。私の尊敬している漢方の先生は、骨格をみて色々なパターンを読み解きます。それは健康状態だけではく、運命や性格、傾向性や過去や今からの怪我や病気なども予測します。かなりの的中率で全国から多くの患者さんが診察に来られています。

骨というのは、不思議ですが空気や水のようにまさにこの骨にこそ真実があるものの一つです。

この骨の構造は外側の硬い部分(骨皮質または緻密骨)と内側の網目状の部分(海綿質)で形成されているといいます。骨の外側は「骨膜」で覆われており、関節部分には「関節軟骨」が存在し、骨同士の衝突を防いでいます。またコラーゲンとカルシウムから構成され、強度を保つ構造です。

骨の中心部には骨髄というものがあります。これが骨髄で赤血球や白血球、血小板などの血球成分を産生したり、カルシウムやリンなどを貯蔵し、これらを必要に応じて血液中に送り出します。骨は単なる白い塊ではなく、内臓や皮膚と同じように常に代謝をし続けて働いている大切な体の中心を支えるものということです。

その骨は常に生まれ変わります。だいたい約3年で古い骨から新しい骨に生まれ変わるといいます。ちょうど今、骨折していますがこの骨の代謝で、古い骨をこわすのは「破骨細胞(はこつさいぼう)」といい、その壊した骨の部分を修復しているのは、「骨芽細胞(こつがさいぼう)」という細胞です。具体的には、破骨細胞が古くなった骨の表面に貼りついて骨を溶かしていくといいます。そして古い骨が溶けたら、 骨芽細胞がたんぱく質やカルシウム、リンなどの骨の成分を分泌して新しい骨を作っていきます。

ちょうど今、骨折していますがレントゲンで観ると破壊された骨の隙間は黒くなっています。それが時間をかけて白くなっていきまるで靄がかかったようにつながっていきます。これは骨が代謝している証拠でもあります。

骨はだんだん弱くなるのは、筋肉と同じで老化していくからです。老化した骨は、壊れやすいのはそれだけ代謝をして生まれ変わった証拠ともいえます。

両親をはじめ先祖からいただいた大切なからだ、そして骨。まさに大切な存在であることを骨に刻みお手入れをしながら感謝して使わせていただきたいと思います。

ご縁と暮らし

ご縁というものは時間差があって発展していくものです。ご縁はまるで発酵のように成熟していきます。調理なども少し寝かせた方が美味しくなるともいいますが、ご縁もそれに似ています。

これは一体何かということです。

それは「刻」というのが関係しています。私たちは自分で生きていること以外に何かによって生かされているという事実もあります。私たちが呼吸をするとき、呼吸するのは自分ですが呼吸する何かがあることで私たちはそこからいのちのエネルギーを循環して生きています。

つまり常に自他というものは和合し一体になっているということです。つまり一帯が全体ということ。一体全体という言葉もありますが、不思議なことを思うときによく使われるものです。

ご縁というのは、存在そのものすべてに降りかかります。なぜならすべてのこの世のものは繋がっていないものはない。それがご縁の正体ともいえます。つながっているものは決して人だけではなく、物体や歴史など途切れることがない時空の存在もあります。また意識というように、すべてのいのちが創造しているものともつながっています。

決して途切れない糸、あるいは闇があらゆるすべてを包むように存在しているもの、それがご縁ということでしょう。

ご縁があるかないかではなく、ご縁のないものはこの世には存在しない。そのご縁の感じながら生きている人と、ご縁を気にしないで生きている人がいるだけともいいます。

私はご縁を辿るのがとても好きで、ご縁を観察するのが趣味のようでもあります。このご縁は何か、そして刻々と醸成されていく意味が結ばれる時、感動や感謝が湧いてきます。

この人生の物語はとても豊かです、まさに幸福の本体はこのご縁ということかもしれません。

引き続き、ご縁を味わいながら日々の暮らしを磨いていきたいと思います。

足つぼの知恵

足つぼ療法というものがあります。元々の足ツボの歴史は、約五千年前の古代中国だともいわれます。古代の文献に足の裏を刺激することによって身体全体の整えが可能であるとの記述されているようです。またエジプトの4500年前の壁画にも描かれていますし、他にもアーユルヴェーダなどでも自然療法として伝統的に取り入れられています。

今ではリフレクソロジー(反射療法)といって主に足の裏の特定部位を押すことで体の特定部位に変化が起こるという理論をアメリカの医師ウィリアム・フィッツジェラルドによって提唱して足つぼ=リフレクソロジーともなっています。

もともとは手術中の患者がベッドの梁に手足を押し付ける行為を観察し、これを医学的に研究したことからはじまります。のちにユーニス・イングハムがフィッツジェラルドの理論を発展させ足裏の反射区と全身の器官の対応関係を体系化し、現代のリフレクソロジーになっています。どこを押せば、どの場所に効果があるかというのを体系づけたということです。

またこの「つぼ」という概念は東洋医学における「気」の流れを調整する重要なポイントのことです。このつぼを刺激することで身体の不調を改善するという仕組みです。最初の発見は、わかっている範囲では石器時代にまで遡る可能性があるとされています。具体的には1991年に発見された「アイスマン」のミイラにツボに関連するタトゥーがあり、当時から治療に利用されていたことが示唆されているともいいます。

結局、人類の始まりのころからこのつぼを刺激すること、足裏に何か健康維持の秘訣があることを智慧として伝承してきたということでしょう。

科学的な根拠は後でわかってくるとして、伝統的に数千年、数万年も前から人体に効果があるということを信じない手はありません、まさに智慧というものは、伝承されていることで今でも生き続けています。

気分転換に足つぼをするのもいいですが、実際には自律神経を調えたり、あるいは血液循環を調えたり、氣の流れが脳にばかりに集中する現代の生活習慣や食生活にもこの足つぼは大きな調和を与えてくれるように思います。

私はお灸もしますが、足裏のお灸はとても効果があり、私はよくその効果を体感しています。

先人の知恵を大切にしながら、心身の調和を味わっていきたいと思います。

怪我と静養

人間は以前の苦労をすぐに忘れるものです。かつてたくさん苦労しても過ぎてしまえばあまり思い出すこともありません。たとえば、怪我などもかつて大きな怪我で入院したりリハビリが大変だったりしましたがまた健康に歩けるように忘れてしまいます。しかし後遺症をもったり、その後の不便な生活がはじまると怪我が原因だったことを何度も思い出すものです。

そもそも「怪我」という語源の由来は、動詞「けがる」や「けがれる」の語幹から来ているともいわれます。つまり「思わぬ過ち」や「過失」を指し、身体に傷を負うことを意味していたといいます。時代と共に今では意味が変化し、現在では主に身体の傷や負傷のことを言うようになりました。また江戸時代には、過失犯を意味した刑法の名前だったともいいます。

漢字の中国語においては、「怪我 (Guài wǒ)」は「責める」の意味ともなります。過失や責任を責めて咎めることが怪我という意味です。

古来より「怪我」は単なる「負傷」の意味でだけではなく、「過ち」や「汚れ」を指す「穢れる」の当て字ともされてきました。

怪我というのは、心が澄んでいないときに発生してくるものかもしれません。また注意することが大切ですが、この注意という言葉の語源も古代中国語に由来し、「注」と「意」から成り立ちます。つまり「注」は「そそぐ」という象形で、水が一点に流れ込む姿を表し、「意」は心臓の形をかたどった「心」と「音」を示す部首が合わさって「心に宿る思い」としています。

注意するということは、心を離さずに心のままでいるということです。意識を常に丁寧に集中しているときは「氣をつける」ことができているということです。事故や怪我は氣をつけないときに発生するということでしょう。

だからといって怪我は決してよくないことだけではありません。有名な諺には、「怪我の功名」というものがあったり、「禍転じて福になると」ということや、「人間万事塞翁が馬」や、「踏み外して得たもの」、「転んでもただでは起きぬ」などともあります。

重要なのは、どのような出来事からも學びがあり、素直に真摯に取り組めば相応の氣づきを得るということかもしれません。

久しぶりに骨折しましたが、學ぶことや氣づくことががまた増えそうです。怪我は穢れに氣づくチャンス、心を研ぎ澄ませて丁寧に止静の静養をしていきたいと思います。

士魂商才

戦争というものがあります。この戦争というものはよく観察すると何が戦争で何が戦争ではないかが観えてくるものです。そもそも戦争の始まりは何か、それは利害であろうと私は思います。

太古の人類もまた、土地の境界や水、あるいは食料の確保で争いがはじまりました。縄張り争いなどもその一つです。生きるために仕方がないものであったものが、味をしめた人間が無限にその欲望を拡大してきて歴史は何度も同じ過ちを繰り返します。

どちらかに利益があればどちらかが被害を受ける。利害が一致したものたちが徒党を組んで争うことで戦いは続きます。日本では古来、そこから武士道という精神が生まれました。ただ利害を争い合い、修羅のようになるのならお互いに武士道を保って自律していこうと戦う相手を自己の修養に根差したのです。

そもそも平和というものはどういうことか。それは他者と利害を争うことはではないことはすぐにわかります。

現代では経済戦争といって、武器をお金にして争います。お金がもっとも利害と影響が深いからです。世の中のマーケティング用語やビジネス用語はほとんどが戦争用語と同じだといわれます。先にどれだけ市場を獲得するかや、独占権を与えないか、権利の主張なども戦争のやり取りと酷似しています。武器でいえば最終兵器は核兵器、お金であれば最終兵器は世界恐慌ということでしょう。どちらも使っていないだけで、使うとそこで終わるということだけがわかっています。

かつて商人の中には、士魂商才といって武士道精神のままで商売をするという人たちがいました。江戸時代、戦国時代が終わり刀を仕舞い自立していく道を求めました。上杉鷹山や二宮尊徳、石田梅岩や三浦梅園などそれぞれに平和を願い道を歩みました。

結局、戦争は巻き込まれれば誰かのせいだといっていますが本当は誰にでも自分の中に戦争の火種はあるということです。人類はそれを運命だとわりきって文明が消滅するのを何度も繰り返していくのも宿命だという人もいるかもしれません。

しかし子どもたちのことを思うと、何かそれを少しでも調和できないか。もっともバランスのよいところはどこかと考えるのが政治でもあり、生き方でもあると私は思います。

利害を誰かがいいだしたら、みんなそれを言い出します。誰かが律してお手本を見せれば、みんなが律してお手本をしようと試みるものです。先祖の中には、長老と呼ばれる人格を磨いている人をリーダーにして群れを纏めてきたという実績もあります。これもまた人類存続の智慧の一つだったのでしょう。

やり方や工夫はまだまだたくさん地球に遺っていて、学ぼうとすればいくらでも学び直すこともできます。テクノロジーが進んだ今こそ、目覚める人も増えていくはずです。

引き続き、子どもたちの平和を願い挑戦を続けていきたいと思います。

此の世のかたちをなすものはすべては素材の集合体です。目に見えるあらゆるものは、解体していけば最後は土や粉のようなものになります。最初はどこからはじまったといえばこの地球では地面の土ということでしょう。そこからお水や光や火などが合わさり、岩になり川になり植物が誕生しという具合でかたちを形成していきます。

このかたちの形成には何通りかあって、自然に風土が形成していったもの。もう一つは人工的に形成したものなどがあります。他にも偶然に組み合わさったものもありますが、これも自然といえば自然にできたものです。

自然に形成されたものの中には、数億年、数十億年の歳月をコツコツと積み重ねてかたちになったものがあります。人工的なものではそこまでの時間をかけることはありません。そもそも人工的なものは、数十億年も使えるものをかたちにしようという発想がありません。

特に現代においては、定期的に壊れるようにしてはお金になるようにかたちにしています。本来、せめて数百年持つような家なども数十年で壊れるようにつくります。ものづくりもまた、すぐに新しい材料と組み合わせがでて変化していくので長持ちするよりも目先のスピードを重視してかたちをつくります。

私たちの肉体も同じく、本来は土からできたものです。そして土から取れたものを糧にして生きています。すべての存在は土に始まり、最期は土に還ります。つまりはこの土こそがかたちを形成するすべての基礎になっているということです。

近年では、その土を汚すような技術が増えています。土を汚したり水を汚してはかたちをつくります。これなどはまさに形成する前の素材そのものを汚染するという技術です。これによってかたちになったものがすぐに壊れたり汚染されて歪んだりします。つまりは、原初の土そのものを破壊するのです。

例えば日本刀の古刀などは現代の刀工では再現できないともいわれます。それは素材が異なるからではないかとも思います。その素材は、決して刀に使われる炭や砂鉄だけではなく、その関わる人間の身体もまたその時の土でできていますからかたちになるものもかわっていきます。だからこそ土こそがすべてのかたちの基本なのでしょう。

土さえ変わらなければ、かたちは変わりません。土をどれだけ大切に尊重していくか、人類は今まさに試されているということでしょう。

土を守り土を育てるというのは、土を汚さないということです。

田んぼの技術はまさにこのかたちをつくる智慧の結晶です。子どもたちに本物の土をつくって、かたちを譲り渡していきたいと思います。

田んぼから挑戦

現在、人間社会は金融によって自然が大きく破壊されています。お金を大量に創造してはそのお金の使い先をつくるために、あれやこれやと新しいビジネスを無理やり考えてはお金を使います。地球の資源がすべて失われるか金融が破綻するかの我慢比べのような様相です。どちらにしても、私たちのいのちはその我慢比べによって崩壊していくのは火を見るよりも明らかです。

不思議なことですが、循環の真理というものは悪循環というものもあります。一度、悪が循環するとずっと悪で循環するということです。循環に意志はなく、ただ循環をするだけです。歴史を鑑みると悪い流れを断ち切るときは、衝撃波のような大きな出来事が発生するものです。その悍ましさと悲しさを知るからこそ、真に平和を望む人々は、身近な自立や暮らしから改革を続けていくものです。人間の利権は目を曇らせます。目を覚ます人を一人でも増やし、一人一人が暮らしから変えて自然の循環に寄り添って流れを易えていくしかありません。

日本の田んぼでも今、同様のことが起きています。

もともと日本という島国は、お水を貯水することが難しい国土でした。島国は雨が降ってもすぐに水が海に流れ出てしまいます。貯水が難しいのが島国ということです。そこで、田んぼをつくりお米を栽培することで永続的な自然循環の営みと調和していきました。

種を守り育ててその一部を食べるという仕組みは、自然全体の調和にも貢献していくし土を発酵させ、水を必要とするいのちのために場を調えることはそれだけいのちの好循環を育んでいきます。

先人の知恵というものは、循環の妙を悟っているようにも思います。この世のすべては、いのちが循環することで調和します。そのいのちが循環するように暮らしをそれぞれが磨いてきたから永続的な生活が保障されてきたともいえます。

人類は今、大きな分水嶺に来ています。衝撃波まで諦めて何もしないか、それとも子孫のためにも今、ここで暮らし方を変革するか。極端にはできなくても、小さなところ、弱いところから変革していけば自分の意識もまた本質的になり生き方も変化していくものです。

引き続き、今年も暮らしフルネスを通して田んぼから挑戦していきたいと思います。