昨日から愛用の蕎麦包丁を研いでいますが普通の包丁と異なり、研ぎが繊細で難しいものです。形もですが、大きさも36センチほどありあまり研ぎすぎるとまな板を傷つけることもあり、気を使います。
もともとこの形状の蕎麦包丁の発明は江戸時代だといわれています。 江戸時代の都市化で一般庶民の間でそばが広く普及したことで薄く長く切るための特殊な包丁が必要になりました。
それまではそばがきといって、蕎麦粉をお湯でこねて練り食べやすい餅上の大きさにしたものです。
この蕎麦がきは、奈良時代や平安時代が起源といわれます。特に信州や出雲などの蕎麦栽培が盛んな地域で発展し、祭りや特別な行事でも提供されてきたともいいます。これは鎌倉時代に石臼が発展して蕎麦を粉にしていく技術が高まったからです。それが次第に戦国時代から江戸時代にかけて全国に広まり、江戸時代には蕎麦屋のメニューとしても人気でした。もともとはお米と同じように、主食で食べられていたといいます。
蕎麦切りといって今のような麺になるのは、諸説出てきますが私は饂飩の影響が大きいのではないかとも思います。二八蕎麦といって、江戸時代には切れにくい蕎麦も打たれていました。
饂飩のように蕎麦を食べる、蕎麦は蕎麦湯もあり江戸時代に手ごろに食べられ栄養価もあり捨てるところもない食べ方として流行ったのかもしれません。
引き続き、お蕎麦を深めてみたいと思います。
