おもろいか

昨日、私が尊敬する芸事の先生と一緒に雛祭りの見学に同行するご縁がありました。この先生は、茶道、華道、書道、陶芸に絵付け、料理に詩に絵画、他にも数えきれないほどの芸事に達している方です。どの作品も一流の業界紙に特集されるほどで、自らを数寄ものと名乗っておられます。

なぜ数寄ものかとお聴きすると、ものが好きだからと仰っておられました。つまりもの数寄だからと。その証拠に、この先生にかかればどんなものも輝いて持ち味を発揮します。ものの持ち味を引き出す室礼はまさに圧巻で、先生の作品からは壮大な物語を感じます。

この壮大な物語の源泉は、先生の歴史や由縁に精通していることもあります。日本の故事や由縁、そして伝説などもよく見知っておられ、それを物語として結び表現されるのです。

まるで物がすべてを語るように、この先生にかかれば物がひとりでに語り始めます。それを観てわかる人はすぐにそのものが何を語っているのかを直観するのです。昨日の雛祭りに同行しても、「これはもっとこう配置したほうがいい」とアドバイスを受けているとものの楽しみ方を学びました。この世のものをどのように見立てるか、まさに雛祭りは小さな世界の見立て遊びでもあり、まさに家の中に一つの自然や宇宙を表現する舞台のようです。

そう考えてみると、私たちにとっての舞台とは人生そのものです。

それをどのように面白く演出するか、そしてどのように楽しく結んでいくかはその人の生き方、そしてかかわり方、布置の見方などに因るように思います。四季のめぐりのなかで、どのようなテーマを持ち、何を組み合わせ、面白がるのはまさにこの世を美しくして暮らす日本の精神文化のように思います。

先生にお会いすると実力の差を実感しますが、それにも増して観ている世界に好奇心が湧き、これからの新たな場数や新境地にわくわくするばかりです。大阪生まれ大阪育ちの先生なので「そっちの方がおもろいやん」と、なんでも「おもろいか」と判断する生き様に生き方の方にも大きく憧れました。

子どもの心は、自分が守り育てていけば必ず唯一無二の自立になる。年齢は関係なく、若くても好奇心が枯れている人もいれば老いてもますます好奇心が瑞々しく偉大な人もいる。

一生の一度の人生だから、自分軸を大切におもしろく生きてみたいと思います。次回は具体的な「ものがたり」を学べることを楽しみにしつつ子どもたちに日本人の智慧を伝承していきたいと思います。

  1. コメント

    よく幸之助さんも「モノに聴く」と仰っていましたが、「おもしろい」というのは、「モノ」が生かされ喜んでいる姿でもあるのでしょう。それは、私たちが「自分の趣味」や「自分の都合」で判断するのではなく、「モノのいのちの喜びや輝き」が主体の世界観なのでしょう。真に生かすための「智慧」と「素直さ」を学びたいものです。

  2. コメント

    左官職人さんが子どもの頃に泥だんご作りが好きで、その好きがそのまま残って今があるのだと思うと、先生もきっと子どもの頃の感覚をそのまま削がれずにお持ちの方のように感じます。「面白く演出」という言葉に、先日お聴きしたアートという言葉を思い出しました。保育におけるアートの意味、その結びつき、生活の中にアートがあるということを大人が子どもから学ぶべきなのかもしれません。

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