手の扱い方

国家を観察するとき、その国家が人の扱い方がどうなっているのかというのを客観視するとき国家の方針を確認できるものです。例えば、大量生産し大量消費するモノのように人が扱われているのならその状況はモノを観察すればよくわかります。

利用価値があるものは大量に生産され、価値がなくなれば廃棄します。ゴミをよく観察すると、どのようにゴミが増えていくか、そして捨てられるのか、そのプロセスに扱い方というものが現れているからです。

この扱い方というのは、モノへの接し方です。

人は少ないと、希少だとして大切に扱いますが大量になると扱い方が雑になります。少ししかないと貴重だとして少しも捨てませんが多すぎると捨てるのです。

世の中にお金がありあまるほどあれば、同じように扱い方が雑になります。その逆に少ないと扱い方が丁寧です。

私はよく古民家甦生で「お手入れ」の話をします。これはどのように丁寧に接し手を入れ甦生させ続けるかというお話です。同時に、この「扱」の漢字の語源は、五本指と手でどのように引き込むかという意味です。

自分の手がどのようにモノやコトなどすべてを扱っているか、もっと言えば、自分の手でどのように今に接するかでその人の人生の方針がわかるのです。便利な道具としてか、それとも信仰の対象としてか、あるいはいのちを感じるためかはその人の手の扱い方に出てきます。

手は、何でも産み出します。私たちの心は手に顕れます。手は幸福を世界に産み出すこともあれば、残虐な不幸を産み出すこともあります。ある手は、人を救い、ある手は戦争によって人を殺します。この手は、心そのものでその手の扱い方をどうするかで生き方までも変わっていくのです。

取り扱うことが難しい案件というものはこの世にはたくさんあります。核や遺伝子組み換え、人工知能などもまさに手におえない難しいものです。これは頭でなんとかなる問題ではなくまさに日頃の手の扱い方、手の使い方にこそ気を付けなければなりません。

毎日、手を使って私たちは色々なことを創造します。

この手をまず善くすることから人は生き方を磨いていくことです。日々の手の扱い方、そこに自分の意識が投入されます。手を大切にしていくことから、人は心を大切にしていくことができます。

手の中にある意識をさらに高めて、世の中の平和を創造していきたいと思います。

講という信仰

この二日間、大阪で歴史のある修験道の講のお手伝いをする機会がありました。英彦山を先導して歩き、私が感じる信仰の場所をご案内し共に修行し、共に笑い、共に食べ、共に歩き、共によき時間を過ごしました。

私は講というものは、三浦梅園先生の慈悲無尽講から学んでいましたが実際に歴史のある講の方々をご接待することで講の本質を垣間見ることができました。

そもそも修験道とは何かということにおいては、験を修める道とありますから読んで字の通りでしょう。では講とは何かということです。私は、この講とは別に「結」というものを宿坊の茅葺の葺き替えで学びました。宿坊は、機械や重機など何も入れないような場所にあるので200人の人の手でみんなでバケツリレーのようにして2000本ほど萱を運びました。みんなが力を合わせて助け合い生きていく仕組み、まさにそこに結の智慧を感じました。

この結に近いものがあるのが講ですが、講の方がもっと強い信仰を持っているように感じます。現代では、推し活動(おし活)というものがあります。先日も、ある若いピアニストをみんなで推して支えようと活動をしている人とお会いしました。その方々はそのピアニストのために全力で推して経済的にも精神的にも全身全霊で応援して支えておられました。各地のコンサートには駆けつけ、練習風景はSNSで発信し、まるで家族の一員のように見守っていました。

信仰というものは、人間が生きる支えになるものです。信仰があるから人は元氣になり、若々しくも瑞々しくもなり青春をし続けていきます。まさに信仰とは、好きであることです。

好きなことがあることは、人生を真に豊かにします。それは好きな人いることでも同じですし、好きなことをしている人も同様です。好きなことが同じ人が集まると、そこには自由闊達な集団が誕生します。

本来、無理をして組織などつくらなくても人は好きなことで集団をつくるものです。私の周りには、左官集団などの伝統職人集団や、音楽関係集団、波動を学ぶ集団、またあらゆる分野のオタク集団があります。どの集団も、自然発生的に集まっていてとても自由です。そして同じ目的で集まった人たちは、共感しあい助け合う場ができます。

時代が変わっても、人の本質は変わりません。

暮らしの中で信仰があること好きなことがあることはとても仕合せなことです。私もあまり現代の組織論や集団、外部から評価される信仰や宗教などに惑わされず、好きに遊行を生きていきたいと思います。

ありがとうございます。

暮らしが神事

昨日は、夏至祭を行いました。宿坊をはじめその周辺の片付けをし、場を調えました。宿坊周辺は、先日の暴風で枝木や落ち葉が散乱して大変な荒れようでした。いくつかの場所では落石もあり、直系80センチほどの丸い岩が上から転がっている場所もありました。また古くなった大木も折れていたりと、自然の間引きとその威力にはいつも驚かされます。お山が大きいのと放置期間が長いため、片づけても片づけても片づけることばかりです。

古木の守静坊のしだれ桜が心配でしたが、一つも折れている枝がなく旺盛な葉をつけてはいまずがしなやかに風をいなしたのでしょう。桜とは一緒に見守り合う関係になってはや4年目ですが、植物や木々はとても正直です。お互いに思いやれば、それに応え合います。この世は、関係性によって信頼が生まれ、そして信用や信仰が醸成されます。

信じあうということや、見守り合うということはお互いが「信じる」という絆を持つために大切な行為であり人間の徳の原点かもしれません。

現代、信仰というとすぐに宗教を思い浮かべます。しかし私は真の宗教は、暮らしや文化、生活習慣に渾然一体となって根付いているものではないかと感じます。例えば、食事の時に感謝で手を合わせることや、お互いにご挨拶をしてお辞儀をすること、お布団を畳んだり、靴をそろえたり、またはもったいないやありがたい、おもてなしなどの日々に使う言葉の中にも信仰を感じます。

信仰というと、何が正しくて何が正しくないかなどすぐに対立構造や両義性ばかりが語られます。お互い様や御蔭様というものがなければ、世界の紛争や戦争はなくなることはありません。個人のレベルでさえ、人間は欲望や煩悩、権威や権力、お金の力によっていつまでも禍根を増やしていきます。

本来、それぞれが日々に丁寧に自分自身の暮らしを調えていく中で信仰の実践をしていればそこに禍根や争いは発生せず、お互いに心穏やかにいられるものです。宿坊周辺を調えたあとは、土地や場所、お山の神様、そして太陽に深く祈ります。ご供物を捧げ、いただいている恩恵や恩徳に感謝します。ご先祖様に御礼をして、お水をはじめ火や土などの精霊にも感謝します。夏至の太陽の光は、雲に隠れて穏やかでしたが確かに太陽の見守りを感じてみんなで喜びを分かち合いました。

優しい光と風が吹き抜けて、心身が調うのを実感しました。有難い静かなひと時は、いつも日常の暮らしの中の一期一会に存在します。

また沈んでいく太陽を眺める間は人生を振り返ることに似ています。この一日をどのように過ごしてきたか、どれだけたくさんの存在に助けられているか。美しいもの、善いもの、循環する徳に包まれていることなどを深く感じられます。

畢竟、私が人生で取り組んでいるのは、暮らしの中の神事です。そもそも暮らしが神事なのです。その神事は宗教ではなく、まさに暮らしそのものを神事のように生きることです。暮らしフルネスは、暮らしを神事として実行し実践することです。

今日は、これから新たな田んぼで仲間たちとお田植祭です。伝承してきた古来からの祝詞をみんなと一緒に捧げ、唄いながら、笑いながら、田んぼの元氣をいただきながら一日を暮らします。千葉の田んぼや一緒に生きる仲間たちのことを思いながら稲を一本、一本手植えしていきます。

忙しい日々の中でも、太陽や月や土を忘れず丁寧に暮らしは誰にでもできます。

さあ、これから準備万端、田のかみさぁと英彦山ガラガラをもって田んぼと遊びます。

おめでとうございます。

法螺道の加減

匙加減がわかるという言葉があります。この匙(さじ)とは、薬などを調合するときに使うスプーンのことです。分量次第で色々と効能も変わりますから、相手に合わせてまた状況や症状で適切にできる加減のことです。

この加減という言葉は、調整、調律、具合なども意味が近いものです。加えることと減らすこととありますが、これは力の調整、調律、具合などを合わせるということです。

例えば、物体であれば壊れやすいものや薄いものなどは特に丁寧に力を加減します。その逆に頑丈で強いものも力を加減します。弱いものから強いものまで、相手に合わせてその力の使い方を変化させるのです。

これは当たり前のことを言っているようですが、実際には物体によって個体差があります。同じ紙でもすぐに破れるものもあれば、とても強くて破れないものがあります。相手に合わせて、紙への接し方も変わります。見た目が同じ紙だからと、同じようにやるとなかなか加減が分からずにうまく扱えないものです。

道具というのは、相手の素材に合わせて使い分けていくものです。和包丁などは、素材に合わせて使い分けます。同時に使い手もその素材の性質を知り、力加減を絶妙にしていくのです。

現在、法螺貝の吹き口をつけ調律を学んでいますがこの加減というものの奥深さや難しさに直面しています。法螺貝そのものが持つ可能性を探っていくには、その貝の素材の性質を深く洞察し理解できないといけません。同時に、その法螺貝で出せる音を見究めるために様々な呼吸や吹き方を試していく必要があります。

先ほどの和包丁のように素材を扱う側も自分の身体の扱い方も両方が上達している必要があります。自然物というのは、なるべく余計なことをしないでいのちを壊さないようにした方が鮮度も保ち、徳を穢しません。

どれだけの加減を見究めるか。何でも同じことばかりしていたら、いい加減うまくいかないときに気づくものです。しかし人間は、加減を學ぶのはたくさんの経験や失敗を通してです。

私も古民家甦生をしてから恥ずかしいほどにたくさんのものを壊したり傷つけてきました。その都度、深く反省し失敗から学び、配慮するように生き方を磨いていきました。自分の方の扱い方を変えることの連続です。しかしその御蔭で、素材のことを深く知り、素材の性質や徳性を知り尊敬の気持ちも増えていきました。

法螺貝の道もまだまだ入り口、法螺道を真摯に向き合い螺旋からその好い加減を学び直していきたいと思います。

杣と仙

山のお手入れをする人たちを「杣」(そま)と呼びます。この杣という語はもともと木を植え付けて材木をとる山そのものという意味になります。

古来から人間社会において建築用の木材が大量に必要なときに、木を伐採する必要があります。そのためには、その伐採するための重要な木材を管理する場所が必要です。それを「杣山」(そまやま)といいました。

そこで採れる木を杣木(そまぎ)といい、その杣によって生業とする人たちと杣人(そまびと、そまうど)と呼びました。

この杣は、古来よりお山を守る大切な生業の一つでした。自然と共生し、お山の暮らしを支えた大切な存在です。樵(きこり)とも呼ばれますが、神様が宿る依り代としての木を尊敬し丁寧に扱い、お山のお手入れを通してお山を中心にできた地域の伝統的な暮らしが穏やかに伝承され安心できるようにしてきました。今ではその存在はほとんど見かけません。お山は放置されるか観光地化しゴミを捨てる人たちによって汚れ、荒れ果ててここ数年の水害で土砂崩れが頻発しています。お山で暮らすのは、金銭的にもできないということでお山を捨てて都市に移動した結果、杣人もいなくなりました。当然、山伏などもほとんど暮らしていません。

現在、私も英彦山の守静坊からお山のお手入れをしていますがまるでやっているのはこのかつての杣人と同じです。かつての杣人たちは、霊峰や杜のなかで暮らし、木々や森林資源を活かして生活していました。お山と一体になっていたのです。

枯れ木や倒木を片付けて燃料にしたり、木材を加工して生活文化に必要な道具をつくったり、炭焼きや薬草の採取などお山で自然と調和する暮らしを守っていました。その調和する暮らしそのものが、自然への畏敬や感謝に溢れておりそれが地域の伝統文化や行事、神事、そして智慧を守ってきました。それを山岳信仰と呼ぶのでしょう。

現代では区別や分業化が進み林業となって、お金のための森林伐採がメインになっていますがかつての杣人たちはお山の仙人のような風格があったようにも直感します。

お山にいるとお山の恵みを感じない日はありません。美しく澄んだ空氣に、清らかなお水、またあらゆる動植物や昆虫まで多様に活き活きと生活をして循環を支えます。このお山の恩恵を大切に見守っていこうとするのが杣人、そして仙人の役割ではないかと私は思います。

私が今、取り組んでいるお山の甦生はまさにこの杣人や仙人の暮らしを甦生することです。すでに薬草が増え、炭焼き、法螺貝づくり、お山のご神木を見守る神事や山岳の智慧の伝承など活氣づいています。

子孫たちに如何に自然の恩恵を譲り渡していくか。現代文明が終焉に入り、歪んだ物質至上主義の世の中もちらほらと綻びはじめています。コロナをはじめ感染症の背景にあるもの、食料危機という名の拝金主義、田んぼを農薬で汚し新築ばかりを建てては智慧を捨てていく現状。

子どもたちのためにもそろそろ氣づいて行動していく時節ではないかと私は思いますが皆さんはどう思われますか?

暮らしフルネスと私が提唱のは、むやみに危機感を煽りたいのではなく本来は暮らすだけで仕合せだった古来からの智慧に原点回帰した方が喜びも仕合せも増えますよという意味でもあります。みんな自然と共生していたころの懐かしい未来に憧れていたものです。いつの時代も心の豊かさは自然との共生の中にこそ存在します。

杣から学び直し、仙からやり直していけたらいいですね。

 

日子山仙螺

私の手でつくる鳴動法螺貝の数も次第に増えてきました。一つ一つにいのりといのちを籠めてつくりますが、どの法螺貝にもその法螺貝の音や徳性がありその波動や鳴動には感動するばかりです。

英彦山の守静坊で、弁財天と英彦山三所権現、瀬織津姫や造化三神に供物を捧げ法螺貝を安置して祈祷します。そのあと、全てが調ってから唄口を合わせて調律し唯一無二の鳴動法螺貝をつくりこみます。

一つつくるのにかなりの心身のエネルギーを使うので、大量生産はできません。しかし、一つできるとその鳴動は持ち主の人生を守ります。

かつて法螺貝は、龍の一種であり貝の中には龍が潜んでいると信じられていた伝承があります。龍宮に棲み、海の中で寿命を全うしその後に鳴動し昇天するものとして信じられてきました。つまり、龍の抜け殻ともいえます。そこから雨乞いや水に関係する神様として様々な厄災を祓い清め、その振動によって様々な病気などを快癒していったともいわれます。

現代の科学では振動するものや周波数、また波動が場や身体に影響を与えることが少しずつ解明されてきました。

この法螺貝の神秘は、まさにいにしえの伝説の龍と深い関係があるのです。

私が手掛ける法螺貝には命名をすることにしました。

その名は「日子山仙螺」(ひこさんせんら)です。霊峰日子山の場でいのり法螺貝を甦生させ、仙人の霊力を持つ貝にしていこうという覚悟からです。

お山の暮らしを丁寧に守り、場をととのえ、縁者たちのいのちを仙人のお山から見守ることは徳を磨くことにもなるでしょう。

法螺貝が人一人を変え、そして真の平和な時代をつくることを信じて一つ一つ真心を籠めて手を入れていきたいと思います。

貝の神秘~法螺貝の学び~

昨日は、法螺貝を三神ほどつくりました。それぞれに個性や癖があり、作業は大変疲れます。特に硬い殻を切ったり削ったり磨いたりする作業は、どれも繊細ながら力が要ります。夜寝る時には、手の感覚が強すぎてなかなか眠れず、肩こりや眼精疲労、また筋肉痛やだるさもあります。しかしエネルギーを使っているからか、食欲はあります。

音の吹込みは、何十回、何百回としながら調律していきますがそれもまたどの音がこの貝の音かを感覚で近づいていきますがそれは自分の中にある調和でしかわかりません。感覚としては「しっくりくる」、あるいは「感動して音と魂が震える」、あるいは「音や波動の余韻や貝が喜んでいる」というものです。

これは言葉では説明できず、感覚の世界ですから一緒に法螺貝を制作していたらわかるかもしれませんしわからないかもしれません。よく調理や料理をするときに、自然農で育った野菜を丁寧に蒸したり炭火で煮込むとき透明になることがあります。その食材が熱と水と調和して透明になった瞬間、もっともそのお野菜が美味しくなりいのちが輝きます。

このいのちが輝いた瞬間を逃さず、そのまま石膏をつかって加工するのです。この石膏という素材もまた扱いが難しく、鍛錬と修練が要ります。

そもそも石膏というのは、硫酸カルシウムが主な成分の鉱物のことです。似ているものにセメントがありますが、あれは石灰岩です。どちらも鉱物を粉にし、水と混ざることで固まります。セメントは数時間ありますが、石膏は数分で固まります。この数分で固まるのですが、実際は固まり出してからは数十秒が勝負です。

その短い時間に最適な位置で、音を確かめながら設置しなければなりません。しかも固まってしまえば調律できませんからまた壊してやり直しです。焦ったら手元が狂いますし、時間をかけたらいいわけではなくここというイメージで一気に取り付けていきます。

巻貝をはじめ貝は地球の影響を受けてらせん状になります。貝は元々は捕食される弱い生き物でしたが、そこに鎧を持つようになり身を守ってきました。また成長の過程で、その身を大きくしていくなかで何度も貝を作り替えて進化していきました。巻貝は、上に伸び、巻くことで内部の成長に余裕を持たせました。その大きさになるには、海の状況、食べ物が豊富にあるかも決定付けます。

手元にある法螺貝も、海の場所が異なりますから一つとして同じものはなく巻き方も螺旋もその貝が成長しようとした姿になっています。

どのように成長してきた貝なのか、それは加工していると実感できます。さらに、時代や年数で硬さや柔軟性も異なります。若いものは、柔らかく化石ほどになっているものは硬くて脆いですが音は響きます。

音を通して、貝と対話しその貝がどのような生き方をしてきた貝か、そして生きざまがどうだったのかまで洞察できるものです。貝から學ぶことはたくさんあります。

丁寧に根気強く、貝と共に徳を積んでいきたいと思います。

徳の循環

回向(廻向)という言葉があります。これは語源はサンスクリット語の「Pariṇāmanā」(パリナーマナー)から来ている言葉です。この言葉は「転回する」「変化する」「進む」という意味になります。この「回」は回転(えてん)、「向」は趣向(しゅこう)が合体した言葉で私の解釈では「自分自身の積み重ねてきた徳を循環する」ということではないかと思います。

また仏教では先祖供養やご祈祷の時に、回向文(えこうもん)というものを最後に詠みあげます。これは先ほどの徳を循環させていくことですが「功徳を回向する」ともいいます。功徳はサンスクリット語の「グナ」を語源とするそうですがこの言葉にはもともと「幸福」「神聖」「清浄」の意味もあるといいます。つまり功徳の循環が幸福であり清浄であり神聖なものであるということでしょう。

回向文はこうあります。

「願以此功徳(がんにしくどく) 普及於一切(ふぎゅうおいっさい) 我等與衆生(がとうよしゅじょう) 皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)」

これをそのまま読み上げると以下のようになります。

「願わくは この功徳を以(も)って 普(あまね)く一切に及ぼし 我等と衆生(しゅじょう)と 皆共(みなとも)に仏道を成(じょう)ぜんことを」

徳を積み、徳がめぐることこそが仏の目指した道であるということでしょう。

まさに私も仏陀の道はこの徳の循環にこそあると思います。仏陀がその歩んだ道の最期に弟子たちに語り掛けたことを記したお経があります。それを大般涅槃経といいます。そこには、「諸行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。」と説きます。

私の意訳になりますが「もしも皆が同じ道をこの先も歩んでいくのならこの世は無常であるからにして永遠に徳を積む精進をするといい」と諭したのではないかと思います。変わらないものと変わるものがあることを死の直前に示すのです。

この世は変化し続けていきますが自分はその変化の真っただ中に存在しています。たとえ自分に直接的な見返りがなくても、いただいている偉大な御恩がある。そして子孫や未来のために少しでも「徳がめぐる(回向)」ようにしていくことが最も大切であると。これは当たり前のことですが、資本主義の価値観や人間の私利私欲の人工的な社会のなかではなかなかこれはできないものです。

引き続き、ブレることなく流されることもなく仏陀の道に見守られることに感謝して何が徳を積むことかを誰かに語るのではなく脚下の実践で真摯に伝承していきたいと思います。

ありがとうございます。

主食の甦生

私たちが日ごろ食べているお米にはとても長い歴史があります。特に近代においては、収量の確保からあらゆる食味がいいお米が多数開発されて私たちの食卓のお米の味は数々に進化してきました。

コシヒカリという銘柄があります。この開発の歴史も、収量重視から品質重視への転換でその当時の人々によって開発されてきたものです。最初は欠陥品種として病気の弱さや倒れやすさなども指摘されましたが、それを栽培方法などを工夫することで改善し、今では新潟のお米の代表となっています。そこにも関わった人たちの歴史があり、特に魚沼では風土と一体になってコシヒカリを見守り現在では日本の農家の約40パーセントがこのコシヒカリを栽培しているともいいます。

このコシヒカリという名前は、越前、越中、越後などの国々を指す「越の国」と「光」の字から「越の国に光かがやく」ことを願って付けられたといいます。その名付け親である元旧新潟県農業試験場長の国武正彦(福岡県出身)が「木枯らしが吹けば色なき越の国 せめて光れや稲越光」(冬には雪に閉ざされてしまう越の国にあってコシヒカリが越の国を輝かせる光となりますようにの意)」と和歌に詠んだことによるといいます。

同じ福岡県出身で、これから私たちがエミタタワ(笑みたわわ)の新たな品種の発展に取り組むのにとても参考になる人物であり、その生きざまや生き方にもこれからどのように日本のお米に取り組んでいけばいいかということも直観します。

もともと私も震災後から会社で無肥料無農薬でお米づくりに関わってきました。収量を気にせず、子どもたちの憧れるような生き方や働き方を目指し田んぼでの暮らしを充実させていきました。一般的に国が定めるような食味とは異なりますが、その美味しさは格別で今ではたくさんのファンがいて喜んでくださっています。

今回、福岡県朝倉市で復古起新してお米づくりに関わることにも深いご縁を感じます。

このエミタワワ(笑みたわわ)は、私の叔父さんが名付け親です。まず平成27年、農研機構との共同開発で研究段階にあった「羽919」という品種改良に着手し収穫1年目から羽919には他のお米にはない粘性・膨らみ・おいしさがあることに気づきます。そして翌年には「西海307号」へと名称を更新し、その後も改良を重ね続け、令和元年10月に農水省の品種申請の受理のもと「笑みたわわ」として誕生します。それを農薬・化学肥料一切不使用の安心でおいしいお米で、笑みがたわわに実りますようにと今まさにその志が世の中に出ていく黎明期です。

日本は、農家に対する政策を失敗してきた国だと私は思います。現在では、農家の担い手も減り、田んぼは化学薬品で傷み、現在の米騒動にあるように民衆の怨嗟の声も出ています。海外からのお米がこれから大量に流入してくるのも予測できます。

だからこそ、本来の日本人として私たちの主食をどのように大切にするかが問われる時代でもあります。子どもたちのためにも、今まで取り組んできたことをさらに磨き上げ、主食の甦生に挑んでいきたいと思います。

遊行の甦生

一遍上人という人物がいます。遊行宗の開祖の方です。別の言い方では遊行上人ともいいます。すべて捨て去る実践を遊行という言い方で求道なさった方です。その一遍上人の書いた書物などは亡くなる前にすべてご本人が焼いてしまったため残っていません。また「我が化導は一期ばかりぞ」と常に一期一会に生き切ることのみで残すということをしませんでした。

その後に、遊行上人を慕う人たちによって教義を定め組織化されて今に至ります。そしてその遊行の実践語録として後世の人たちが語り継いできたことで今の私も存在を知ることができます。

結局、物質的なものとしては残さなくてもその生き方や生きざまは人々の心にいつまでも残っていくということかもしれません。もしも歴史でお会いできるのであれば、ぜひお会いしてみたい人物の一人です。

そもそも捨てるというのは、今の時代ではデトックスという言い方もします。このデトックスは解毒を意味する英語の「detoxification」を短縮した呼び名で、体内から毒素や老廃物を取り除く言葉です。

日本では古来から、「穢れを祓う」という意識があります。これは神道の実践の一つで、心身を清浄にしようとするものです。日々に置かれた環境によって私たちは穢れがつきます。これは掃除であれば、何もしなくても埃が溜まっていくようにチリも積もっていきます。そのままにしておけば、害虫がわいたり、病気の原因になったり、家も傷みます。掃除やお手入れは、常に清浄であるために行うものです。

私たちは日々に学んだと思っていても、その学んだこと自体が知識だけが増えて実践が追いつかないとそれは毒にもなり穢れにもなるものです。本来は、体験して実践してみたものを知識として調和させていくのが學びの本質ですが現代のように先に知識ばかりが詰め込まれて分かった気になってしまうとさらに毒や穢れになって積もり積もっていくものです。一度、そうやって貯えた知識や毒は次第に執着となり本来の自己の素直さや正直さを濁らせていくものです。

現代の環境は、あまり清浄を保つのに相応しいものではありません。消費活動を発展させるばかりでゴミが増え続けているような時代です。また忙しい日々に追いかけられ、心を静かにゆったりと落ち着いて休む時間も取れなくなっています。

しかし普遍的に人間の幸福や豊かさを人々は求めては苦しむものです。遊行上人はこう言います。

「無為の境にいらんため すつるぞ実(まこと)の報恩よ」

そしてこのような和歌も語り継がれます。

「旅ごろも 木の根かやの根 いづくにか 身の捨られぬ 処あるべき」

どのような思いを旅をしていたのでしょうか。きっと一期一会でいるためにあらゆるものを捨てていたのではないかと勝手に空想してしまいます。かの仏陀も万物は変化しないものはこの世には一切ないからこそ、怠らず精進せよと説いたといいます。

何が精進であるか、その一つがこの遊行であると私は直観します。

遊行をこの時代に甦生し、懐かしく新しい真の豊かさを試行錯誤していきたいと思います。