場数の価値

「場数」を踏むというものがあります。これはその場の経験を体験し積み重ねることを言います。この場数というものは、生き物が産み出した偉大な智慧の一つであり人間が発達し成長するための最大の糧になります。

先日から、農業関連の方や建築関係の方、そしてまちづくりや教育の方とお話する機会がありましたが以前には考えられなかったほどに様々なことを理解できそれを実現できる力が自分に備わっていることに気づきました。

なぜだろうと思い返すと農業においては19年の自然農の経験が活き、建築では古民家再生での経験が活き、まちづくりでは見守る保育の経験が活きています。それは知識を単に持っているからではなく、自分のこれまで積んできた場数の実体験がある一定量を超えて質に転換されていることに気づいたのです。

人間は最初からなんでも一流のようにできる人はほとんどいません。特に、職人の仕事をはじめ一定以上のプロの業を会得するにはそれなりの時間がかかります。

その時間とは、何回も何回も場数を体験することでありその場数の中で量を積み重ねているうちにある時突然に質に転換されていくのです。

これは以前、行った「貝磨きの体験」に似ています。

貝を磨き続けていると、ある時ふと突然に貝が光りはじめます。最初はざらざらで、光らなかった貝が紙やすりにを何度も往復させていくことでパッと光り輝くのです。まさにこれが量が質に転換された瞬間なのです。この貝磨きの体験の素晴らしさはこの「場数を踏む」ことの大切さを子どもたちに体験させていることです。

最近は、あまり経験することを尊ばず経験しなくても簡単にできる便利な方法ばかりを選択する若い人が増えているといわれます。便利なものを知ってしまうと、自分を磨いたり、場数を踏んだりすることを嫌がる傾向があるといいます。努力の価値や、精進の素晴らしさを体験する機会が少なくそのために質もまた低下しているというのです。

この質の低下は、「積み重ねる」ということの価値が下がっていることをものがたります。そして「磨き上げる」という努力の評価が下がってきていることも意味しています。

しかし「技術を自分のものにする」というのはつまり「自分を磨き上げる」ということに他なりません。努力を積み重ねて挑戦し続けて体験を智慧まで高め、如何に熟練の粋に達していくかが場数の価値なのです。

場数を馬鹿にすることなかれ、場数こそ本物になる要なのです。

そしてその場数の質を劇的に高める方法が、初心を忘れないことなのです。人間は初心という物差しで振り返り続けていけば必ず自らの高みに達することができるからです。大切なのは、何のために生まれてきたのか、人生とは何か、その意味もまたこの場数を踏むことによって得られると私は思います。場数の価値とは、いのちの価値です。

引き続き、自ら時間を惜しんで何回も挑戦する機会を楽しみ、場数を踏んで自分自身の質を高めていきたいと思います。