初歩の基本

ミマモリングを学び直す中で色々と発見していくことがあります。

基本というもの一つでも考え方を改めることがあります。

そもそも基本というものは何かといえば、初心者の取り組んでいく練習のことです。ふり返ってみると、かつての部活であろうが営業であろうが最初に行うことは足腰を鍛えるということだったように思います。

これは初心者の基本です。

しかし上級者の基本は、応用のことになり観るとか聴くとかの高度なレベルのことを指しています。これは初心者には応用になってしまうのです。

つまりは上級者が初心者を指導する際に、上級者の話す基本というものは応用であるという意味なのです。応用であるものを基本として初心者に教えるから初心者が崩れてしまうように思います。

天才というものは、大好きなことを大好きなうちに成し遂げる能力、つまりは稽古や修行、特訓や猛練習が苦ではない人たちのことをいうのだからそういう人物でなければこの上級者の応用に上達することはほとんどないように感じます。

私の場合は、最初から上級者の基本を学のはそれは応用ができるところまで初心者の時に基本をみっちり叩きこまれたからだとも言えるように思います。

部活でいえば、3年生になるまでの徹底した基本の修得。つまりはランニング、ジャンプ、体幹、姿勢、挨拶などありとあらゆる手間暇のかかることを正しくきちんとできるところから習得していくことではじめて試合で活躍することができたのです。

仕事というものや指導というものも同じく、「初歩の基本」をどれだけ徹底して修練するかというのはその後の応用を学んでいくためには必須の努力であろうと思います。

上級者の応用には「努力」というものは離れることは絶対にありません。努力することなどは当たり前という境地、苦しい方を選んで楽しくなってしまっている境地に入っているからこそ応用というものをモノにしていくことができるように思います。

私のことを心から信じてくださる人の御蔭で己の愚に気づくことができました。

初心者から学び、初心から取り組んでいくことを一からやり直していこうと思います。

 

  1. コメント

    「基本」とは、「足腰を鍛える」というこの一言に尽きるでしょう。スポーツでも仕事でも、足腰が弱くては絶対にうまくなりません。格好良さを求めて焦ったりしますが、スーパープレイを練習しても意味がありません。必要なのは、地味なトレーニングの徹底です。「基本」を身体に叩き込み、無意識で出来るところまで身体に覚え込ませないといけません。また、すぐ自己流をやりたがりますが、「基本」を知らない人は、現象に振り回されて、余計なことに労力を使ってしまいます。トレーニングを通して「基本」を身につけるとともに「克己心」を磨くことができた人だけが、上級者への道に入れるのでしょう。自身も見直しの必要性を感じます。また、この「基本」も伝承すべきものです。「基本」「初心」「建国の精神」といった大事なものをきちんと伝承できる仕組みが必要だと思います。

  2. コメント

    今までの人生で学んだことを含めて、再度一から学び直したいと思っています。そのためには知っているつもりを無くして初心者として全てに臨まなければならないのだから、今求めるべきは応用ではなく基本なのだということがわかりました。子どもと同じように自分の発達というものを感じながら、じっくりと妥協せずに成長していきたいと思います。

  3. コメント

    これまで人が体験したことのないようなことをさせて頂いてきましたが、自分自身で基本を学ぼう、そこから学び取ろう、基本は身についているのだろうかと振り返ると感じます。基本に不安を感じるということはまだまだ練習が足りていないのだと思います。応用へ行こうとする前にしっかりと基本の身に着け、自立した大人に近づけるよう練習していきたいと思います。

  4. コメント

    練習を日々積み重ねているだろうか。思うと、考え方や正解を学ぶばかりで、まだまだ自分で実現するという自覚の不足を感じます。
    不安は練習不足であり、場数だけの問題ではないと気付きました。いつでも機会は与えていただけるわけではないからこそ、練習を徹底したいと思います。

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