職域を超える意味~役割分担~

昨日、見守る保育職域セミナーが東京で開催されました。

全国各地からそれぞれの職種、保育者や栄養士、調理師や看護師という人たちが一堂に集まり同じ理念で語り合う会です。

もともと私たちは自分の立場から物事を考える刷り込みをもっています。

例えば、会社であれば営業は営業目線、経理は経理目線というようにそれぞれの目線といった価値基準で正しい正しくないと判断しがちです。

しかしこれらの判断が正しいと思い込んでいたら、御互いに議論してもいつも平行線となり本質的に協力して一つのことを実現していくことが難しくなります。特にチームで何かをやろうとすれば、自分の立場を超えてそれぞれの役割を活かし合う関係が必要になるからです。

職種や立場というものは、部分で切り分けられたところに存在する領域のことです。それは部分では正しいことであったとしても、全体で観れば本当に正しいかどうかわからないものです。分かりやすい例は、諫早干拓などもそうですが農業と漁業で、農家を守るか漁師を守るかとそれぞれの立場を優先してせめぎ合ううちに森も海も死んでしまい職業が成り立たなくなることに似ています。

御互いの言い分を通そうとすれば、部分での正論が立ちますが全体では何が最適であるのかがその途端に観えなくなるからです。常に全体に対して何が最善か最適かを語り合うことで、御互いの固定概念や価値観、刷り込みを超えて協力できるようになるのです。

同じ理念を持つということは、自分の価値観よりも優先するものがあるということです。

自分が所属するその場をみんなでどのようにしていきたいか、自分たちが本当に目指す理想や理念のために自分をどう変化させて近づいていくか、そこに職域を超える理由があるように思います。

人は立場で役割を分けるのではなく、本来は目的や理念のために役割があるということでしょう。

何がもっとも大切なことか、何のために働くのか、それが目的や理念を実践するということになるように思います。仕事とは、作業分担ではなく役割分担であることを忘れてはいけません。

理念や理想を握り合うことで御互いの立場への思いやりも、そして楽しみや有難さも実感できるように思います。まずは私たちの会社がモデルとして実践していきたいと思います。

  1. コメント

    「仕事は、作業分担ではなく役割分担である」という言葉をよく理解しておきたいと思います。分業も連携も、結局は「個」を前提とした発想でしかないということでしょう。また「部分最適を集めても全体最適にならない」と言いますが、そもそも「部分最適」という発想自体がおかしく、意味がないということでしょう。「真の役割」を果たせるよう、常に、個の価値観の扱いに注意したいと思います。

  2. コメント

    セミナー会場で他に行われていた宴席名を見ていると、会合や会議と並び同じ会場内に多くの人が集まり話し合いが行われていたようで、宴席名を眺めながら体験したことから伝えていく自分で在りたいと感じました。普段行かないような場所、会場にいると仕事をしている気になりますが、一つでも体験する経験を増や子どもたちや先生方に経験をお伝えできるよう実践を積んでいきたいと思います。

  3. コメント

    身近な家庭内の妻子との関係のなかでも、それぞれに主張があり衝突したり、逆に分けすぎて無関心になったりする場合があります。だからこそ何を大切にしたいかを共有して同じ方向に気持ちが向くように皆で話し合う時間を大切にしています。会社でも家庭でも全体の中からいただいている役割であることを忘れず、感謝の気持ちで務めていきたいと思います。

  4. コメント

    理念から考えて今自分が何ができるかということであればなんでも出来ると感じます。なんでもできると感じたことをなんでもやってみることに魅力を感じます。なんでもできると感じられるし、なんでもやって見ることができる。このことを噛み締めれば、その場で成功することよりもその姿勢が成功を呼ぶのだと感じます。姿勢と継続としての積み重ねを大切にして行きたいと思います。

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