安心基地と平常心

人間をはじめすべての生き物は、それぞれの持ち味を活かして才能を発揮して生きています。如何に自分の能力が周囲に活かせるか、特に集団で共生する人間にとってはその力はとても重要です。

そしてそのパフォーマンスの良い状態を如何に持ち続けるかで個人をはじめチームとしての協働が効果的になり最高の力を発揮していくのです。その状態になるにはどうしたらいいか、それは安心を如何に創りだすかのように思います。

藤森平司先生が、見守る保育の中でよく安心基地という言葉を使われます。具体的には、子どもが意欲や好奇心を持つための安心基地が必要で、子どもが大切にされているという気持ちが持てるように、求められた時にはいつでも手が差し伸べられるような「保育」の精神そのものであるといいます。

この安心するということが如何に自分のパフォーマンスを高めるかは、あまり大事にされてきていなかったように思います。不安を解消するために動いていたら、そのパフォーマンスは自分だけが下がったのではなく周囲も下げてしまいます。自分が安心することで周りが安心し、自分を含めて周りも自信がつくものです。しかし自分が不安であれば周りの自信をも奪ってしまいます。

そして人は安心する存在がある人ほど、その人は自分の実力を存分に発揮していくことができます。これは子どもだけではなく大人においても「自信」を持つということが如何に大切かわかります。

自信を持つためにも安心基地は必要であり、それは一つの生き方モデルを持っている人を手本にしてもいいし、いつも助けてくれる仲間があってもいい、もしくは王道を歩む師匠や、陰ひなたからいつも見守ってくれているメンターがあってもいい、その人が安心するものを持つことでその安心が自信につながっていくのです。

その人の不安をどう拭い去っていくか、それは抜苦与楽にあるように思います。人の不安はどこからくるか、それは心から来るものです。そして過去の失敗やトラウマ、そういうものが棘として引っかかっておりそれが抜けなくて苦しむのです。もしくは、何かしらの我執や執着を持っているから余計にその苦しみが大きくなっているのかもしれません。

そういう人たちの力になり、自信になり、不安を消すというのは発想を転じて福にしたり、どんな時でもこの人が援けてくれるという絶対的な信頼を築き上げることでそのトラウマや不安は小さくなって安心が増えていきます。将来的には不安が気にならないようになればなるほどに、その人やチームのパフォーマンスは常に好循環に入り目的や目標は自ずから達成されます。

まず聴福人の実践するのは、その不安に寄り添うことです。そして自分の心配するまのないくらい真心を盡していくことです。実践はシンプルですが、それは日頃からの自分の心の状態の維持、つまり安心基地と平常心が大切になります。

子ども達に見守るを広げていけるよう、大人たちからお手本になるような見守りを実践していきたいと思います。

  1. コメント

    最近、「らしさが発揮されてるね」と声を掛けて頂くことが増えました。それは、それだけ安心している証であり、見守って頂いているお陰なのだと感じます。その見守りや安心感をたくさん頂いているからこそ、今度は自分が誰かの安心基地になれればと思います。何かを形にしていく以上に、その人の気持ちに寄り添い、励まし、応援し、一緒に歩んでいく自分でありたいと思います。

  2. コメント

    大人にとっての安心のひとつは「そのままでいい」と受け入れてもらえることではないでしょうか。愛されるのに「条件」を突きつけられないということです。「ここを直せば認める」と言われても、そこがなかなか変えられず、そのせいで私は愛されないと苦しんでいる人がたくさんいます。まずは、刺さったままの棘に触れられることが不安で保身に走る人から、その棘を抜いてあげることが必要です。「責められない安心感」ではなく「条件のない安心感」が必要ではないでしょうか。

  3. コメント

    体調がすぐれない時は普段と観えるもの感じるものが違うことがありますが、不安な時と安心している時もまた同じようなのかもしれません。周囲の安心を引き出せるよう自分の状態を整えていきたいと思います。

  4. コメント

    相手の不安に寄り添うと決めないと、自分の不安を消すために動いたり、自分の価値観に近づけようとしたりと、自然と行動してしまいそうになる時があります。心はいつも、何処かに働こうとしてしまいますが、心の寄り添い場所を決めて日々を過ごしたいと思います。

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