自己確立の道~自立道~

自立というものを深めていくと、そのうちに自己確立ということに出会います。自分のことを一番知っているようでもっとも分からないのが自分ということでしょう。ではどこまで行けば自立なのか、何を自立なのかということになります。実際は、自立は終わりがなくいのちの成長と同じで死ぬまで、いや、魂が続く限り成長し続けることが自立なのかもしれません。

トルストイの遺した言葉に「真の文明人は、人生における自己の使命を知っている人間のことである。」というものもあります。自分とは何か、自分というもののままに生きているかということが今を生きることであり、今に生きているからこそ本心や本当の自己というものを確立していくことができるように思います。

そして自我というものがあります。この自我が自分だと思い込んでしまうと依存が強くなり、自分というものを見失っていくように思います。如何に自我をそぎ落とし、自我を省き、自己を日々に見つめていくかが人生の意味であり体験の妙であるように思います。

一つ一つの体験を真摯に内省し、その内省したことの中から自己を如何に確立していくか。このブログも同様に、それぞれが一人ひとりがみんなで自己を確立していくことこそが真の平和や生きる仕合せに繋がっていくように思います。

自分らしく生きていくというのは、自立していくということです。自立していくということは、自分の心を片時も見失わないということです。私はそれを初心とも呼びます。初心を忘れないで生きていくことが、自分を確立していくことであり確固たる自己に目覚め自分の答えのままに自分を生き切っていくことになるように思います。

しかし初心ほど不安定なものはありません、日々に流され人の評価を気にし、何かに依存して自己を卑下したり比較したりするなかで生きていればすぐに初心を見失い同時に自分も見失います。自分を見失わないで自分を遣り切っていくというのは、天を相手にして自らに問うことの連続です。自分はどうかと自問自答、自学自悟することができるのならそれは自立への道に入って人生の醍醐味を味わっているということです。

人生の醍醐味は魂の昇華であり、本当の自分に目覚め自分になるいのちの開花です。子どもたちが自分らしく自分のいのちを全うしていけるように、真の教育や保育とは何かを自分自身が見失わないように自己確立の道を精進していきたいと思います。

  1. コメント

    「自分らしくある」ための基準のひとつに、「自分に嘘をつくな」と言われることがあります。それは、「ほんとうに自分の思いで、自分の意見か?!」ということです。言い換えると「誰かの受け売りではないのか?!」「人生までコピペしていないか?!」ということです。誰かを気にして「ほんとうの自分を見失っていないか?!」そこは常に、しっかり自問自答しておきたいと思います。

  2. コメント

    自分のことは自分でするや、経済的な自立のことを学校では大分と言われた記憶があります。学生から社会人になる上で大切なことですが、その根底に何のために生きるのか、自分は一体何者なのかということに、学生の頃随分考えました。高校生が一円対話を行う姿を見た時、自分の時もあったら良かったのにと思ったのは、そういった不安なども含め、共有したかったからかもしれません。自己確立は今でも最大のテーマです、初心から振り返り自分自身を磨いていきたいと思います。

  3. コメント

    こんなものだろうと思って読んだ一冊と、辞書を引き時には寝落ちもしながら懸命に読んだであろう1ページでは、その意味が大きく違う。社内木鶏の際にお聴きした事例は、生きる姿勢のことであり、磨く姿勢のことでもあり、今の自分はどうだろうかと省みるようなお話でもありました。人生もまたこの一冊と同じく、この程度と思って生きればあっという間。自分というものもまたこの1ページと同じく、懸命に探求していくことで磨かれてゆき本心に近づいていくものなのかもしれません。学ぶことが楽しくなるように、自他を発見していくことを楽しんでいきたいと思います。

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