重さのハタラキ

この世には重力というものがあります。これは簡単に言えば「重さ」です。そのものの重量とも言っていいものと思います。私が小さい頃から虫や動物を飼うことが多かったのですが、それらの生き物は死んだら軽くなります。この時、実際のグラム数ではほとんど感じないものですが軽くなる感じがするのです。

それとは別によく幼い子どもたちを連れて山登りしていたのですが、おんぶや抱っこをしていて子どもが起きているときはいいのですが眠ると重くなります。これは重心の問題があるといいますが、重さは生き物が生きているバランスと影響しあっていることに気づきます。

また或いは体調を崩したり疲れたり寝不足になると体が重たく感じます。他にも意識として嫌なことや心で思ってもいないことは重たく感じます。これらを観察してみると、この重さには重心があり重力がありそこには確かに単なる物質的な重さだけではないものが働いていることを直観するのです。

水というものにも重さがあります。これは氷や液体、そして気体でも変わります。しかし、低気圧の厚い雲の下や膨大な水量を持つ湖や海だと重みを感じます。逆に秋晴の空や山の上などにいくと軽く感じるものです。

つまりこの「重さ」というものを私たちが感じるときには、物質を超えた何かと触れ合っているということになります。これは熱を感じるときに似ています。私はガスの火や炭の火や太陽の火などでは火の感じ方が異なります。熱もまた重さと同様に、単なる物質的ではない火がありその影響をとても深く体で感じていきます。

私たちはいのちというものを直感し、感得するのに五感や六感、あらゆる感覚を駆使して稼働させていきます。思想や思念もまた、先ほどの重さや暑さを伝道しているのです。

私たちは小さく生まれそれが大きく重たくなりまた小さくなり軽くなります。それが人間の一生です。次第に気楽になって気軽になり、体も軽くなって極楽にいくのでしょう。重くなくなり軽くなることが自然の循環だとすれば、私たちの重さの源は一体何かということを思うのです。

重力や重心には、まだまだ深めていく面白さがあります。新しい修行を追及していくなかで、様々な智慧を顕現させていきたいと思います。