清々しく弘める

先日、ある取引先の先生から貧者の一灯のお話を拝聴してきました。富者の万灯よりも貧者の一灯という仏陀の話ですが、真心を籠めた一灯は大変尊いというお話でした。

もともと数が問題ではなく、一つ一つの行為に誠の心を籠めたものであったかという例えです。この話は、よく富者か貧者かというところをフォーカスされて使われたりしますが、そもそもその考え方自体が刷り込みによるものです。

他にも、清貧といって物質的なものよりもそれ以上の価値で簡素に生きていくという言葉もありますがこれも富むか貧しいかというところが比較されて使われるのも同じです。

そもそも貧者の一灯の場合は、富むか貧しいかが問題ではなく「真心」かどうかを語っていますし、後者の清貧か富豪かではなく「清らか」であるかを語るのです。

何でもそうですが、今の時代は競争か共生かとか、画一か個々かとか、何でも比較して語られますが本来のそれは言葉を脳で仕分けただけでそこに確かな心の生き方がどうかが語られなければ本質的な話ではないのです。

本来、私は競争は悪いとも思っていませんし比較も悪いとも思っていません。他にも画一が悪いとか、大人目線が悪いとか、贅沢が悪いとか、その反対に玄米食しかダメとか、お酒も醸造アルコールはダメとか色々とダメなことばかりを言うのでもありません。

そこにこだわりがあるのは、あり方の方で、私はそこに清らかであるか、真心かといったものがないのはどうかと思っているのです。

例えば、競争も清らかに真心を籠めればその競争はとても美しいものになります。お互いを高め合い認め合い、尊敬しあい、思いやりに満ちた素晴らしい体験になるでしょう。他にも比較も、互いの長所を褒め、互いの美点を尊び、その比較が全て善転するようにするならばそれもまた存在に感謝しあうでしょう。大人目線といっても、真に思いやりのある大人として目線を確かめたなら真実に触れ人は自律し磨き合い高め合うでしょう。

このように本来の心の定めた在り方次第で、いくらでも物事は本質のままであるのです。

人が本質から外れるのは、そういう在り方よりも表面上の脳で裁いた右か左かという発想が本質を歪めてしまうように私は思います。

今の時代は、物が溢れたからこそ物を否定せず、物をもっと大切に感謝して豊かさを清々しくしていく必要があるように私には思えます。それはまるで清貧思想でも清富思想でもなく、清く豊かな思想です。

これは感謝の時代、それだけ感謝をたくさん豊かにしていく時代のように思えるのです。貧しい時代が善かったとか、今は物が溢れすぎて心が貧しいとか色々と言われますが、もっと有難うということを豊かに感じる感性を磨けばいいようにも思います。

どうしても恵まれすぎると、色々なことが目に入らなくなり与えられている幸せを直視できないで感謝を忘れてしまうことがあります。特に豊かである人ほど感謝を亡くすのです。しかしそんな時は、恵まれすぎたものをどれだけ自分が多くの人へと還元するか、精進してそれをもっと豊かで幸せな社会のために真心で全てを活かそうかといった感謝の発掘発展と心のおもてなしに使えばいいように思います。

思いやりや真心、そして清らかである方を選ぶ生き方そのものが貧富の差なども取り払ってしまいます。大切な生き方が観える生き方かどうかは、生き方を実践しているかどうかで決まります。自分の生き方がそうだから、他人の生き方が観えるということは、自分も同じ生き方をしようと決めた人にだけ与えられる世界があるのかもしれません。

環境がどうであれ、日々の「生き方の実践」を怠らないのであれば人の住む世界はいくらでもその人の生き方次第で観え方が変化してしまうのです。そしてそれが道そのものとしてひらかれていくのでしょう。

今のような時代を全て受け容れ、清豊主義で与えられたものを最大限伸ばして真心を籠めて感謝でき、それを分け与え清々しく弘めるような生き方をこのまま優先していきたいと思います。

道心を弘めるのも私の使命ですから、脚を止めずにこのまま歩んで往こうと思います。

  1. コメント

    人間として、大きな意味での「慢心」が広まっているように感じます。本来は「感謝」から始まっているはずのものが、いつの間にか、その「感謝」が後づけの特別のものになってしまっているようです。「すべてを与えられていることへの感謝」から始まる毎日が、「与える愛としての思いやりや真心」に展開されるのではないでしょうか。

  2. コメント

    生き方を誰かのために生きる道と心から決めたならば、そこに迷いはなく生き方を実践する人に人は集まり、生き方と実践は脈々と受け継がれているのだとマザーテレサから感じました。自分が何をなすべきか感謝や真心から考えていきたいと思います。

  3. コメント

    真心であるかどうか、問われると思うと評価を気にしてしまいますが、自分に問い続けることだと感じます。誰に観られるでもなく、お天道様と自分との対話を見つめて歩みたいと思います。

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